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ファンタジア・パラダイムシフト!  作者: 海図岬
第一章・学府教官編
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第2話 清々しい目覚めにお酒少々

本日中(07/22)に第3話まで更新予定。


 光が刺さって目が痛い。喉が乾くのに腹の中には過剰な水分を感じる。

 そして何より、左肩から全身に伝播する緩やかな振動。深い深い底まで沈んでいた意識が釣り上げられるように覚醒していく。


「………………んぁ?」

「あ、起きました?」


 鉛のように重い瞼を何とか持ち上げ、身を起こした俺の視界に映ったのは――鬱蒼と生い茂った森と、赤髪、金髪、栗毛と三者三様の髪色をした少女が三人。


 ……これどういう状況?

 微睡んでいた思考回路を稼働させようとするが、すかさず締め付けるような鈍痛が発生してしまう。反射的に側頭部を手で押さえるが痛みは治まらない。


「無理しないでください。どこか怪我でも?」

「あー、うん、大丈夫だ。怪我はないよ、心配してくれてありがとう」


 名前がわからないので髪色で呼ぶが、俺を起こしてくれたのは栗毛ちゃん。


 性別を考慮しても華奢な身体、シミ一つない白肌、整った顔のパーツ、空気感のあるショートヘア、これら全てが完璧に調和している超絶美少女だ。

 今この場には同年代と思われる少女が三人いるが、あえて美少女度を順位付けするなら栗毛ちゃんがダントツだな。もう素材のレベルが違う。


「で、えーと……」


 目覚めたら知らない場所に知らない人。この状況、身に覚えがありすぎる。

 まず間違いない、俺は酔い潰れて寝ていたのだ。その認識を皮切りに今に至るまでの行動が鈍痛と共に脳裏に浮かび上がってくる。


 昨日は……そう。

 まあ無限湧きの公務員に勝てる道理はないわな。ほどほどに暴れた後は豚箱にぶち込まれたわけだが、単純賭博は略式起訴になるのが通例だ。

 幸か不幸か関係者全員が略式起訴のプロだったので手続きは滞りなく終わり、夕方にはシャバに解放されたはずだ。


 それから……俺と同じタイミングで解放された顔見知りがいたから、警らたちに目に物見せてやろうと留置所の目の前で酒盛りを始めたんだ。


 なにせ留置所で夜通しぶひぶひ鳴いてた社会不適合者たちだ。

 ほんの微かに残っていた人間性を捧げることで警らの気分を害せたなら上々の等価交換だったと言えるだろう……。


 そして……たぶんこれが最後の記憶。

 誰が言い出したのか、酒盛りのテンションが最高潮に達したところで「童心に返ってかくれんぼしようぜ!」って流れになったんだ。


 ……な、なんで童心に返る必要があったんだ?

 今となっては理解不能な行動だが、飲みの席で世界の理が捻じ曲がるのは珍しいことじゃないからな。これ以上は考えるだけ時間の無駄だろう。


「まあ、基本から押さえていこうか。ここ、どこなんだ?」


 改めて周囲を見渡してみたけど、やっぱり森だわ。

 王都から最寄りの森までは徒歩で二日以上は歩かなきゃいけないんだけど。いくら童心に返ったと言ってもバイタリティやばすぎじゃね?


 前後不覚を窺わせる発言、そして何より隠しきれない酒の匂いでここに至るまでの経緯を察したのか、栗毛ちゃんは苦笑いを添えて質問に答えた。


「えっと。ここは次元塔の14階層です。倒れてるお兄さんを見つけてびっくりしたんですよ。無事で良かったですね」

「へ? 次元塔?」


 留置所を第二の我が家にしてしまうような社会不適合者でも知っている。


 次元塔とは、エストフィリア王国の首都、その中心に座する神製の塔のことだ。

 とにかく足を引っ張り合う国家間においても「次元塔=神製の塔」という認識だけは共通しており、次元塔と神の存在は明確に定義されている。


 見上げても果てが見えない塔、という一点だけでも建築学を木っ端微塵にしているし、全100階層の塔内部は階層毎に異なった環境が再現されているという摩訶不思議の具現体である。


 そして現在地であるらしい14階層に限って言うなら再現環境は森林だったはずだ。次元塔としては踏破しやすい環境と言えるだろう。


 つまり何が言いたいのかというと、社会の闇をこってりと煮込んだ留置所前から次元塔までは徒歩20分ほどで着くってこと。

 酔ってテンションが上がっていた状態なら「次元塔に隠れたら無敵じゃね!?」と考えてもおかしくない。酔っ払いの思考回路ってマジで読めないからね……。


「なるほどなるほど、次元塔ね。そんじゃお嬢ちゃんたちは踏破者か?」


 過酷な環境に凶悪な魔物。次元塔は普通に死者も出る超危険地帯だが、それでも次元塔の踏破を生業とする者、通称「踏破者」は後を絶たない。

 理由は単純、命の危険に見合うだけの金を稼げるからだ。稼ぎと実力がわかりやすい比例関係にあるため、この稼業に人生を懸ける輩も少なくない。


「はい。今日も三人で踏破に来たんですが、」

「アルゥ、話はそこまで。起きるまで待ってやったんだからもう良いでしょ」

「わわっ」


 どんなに察しの悪い奴でも「怒ってるな」と察せざるを得ない声音。

 和やかな流れをぶった切り、不機嫌であることを主張しながら割って入ってきたのは少し離れた位置で待機していた赤髪の少女だ。


 体格に関しては十代半ばの女性平均程度で目立った特徴はない。

 しかし燃えるような赤髪のツインテールと、何より「強い意志」という言葉が形になったような瞳が印象的だ。栗毛ちゃんは超絶美少女で目の保養になるんだが、記憶に残るのは間違いなく赤髪だな。


「そうですわ。私たちには時間が無いのです。そもそも次元塔は自己責任が基本、これ以上手助けする義理はありませんわ」


 そして、俺に敵意を向けているのは赤髪だけではない様子だ。

 赤髪と並び立ち、生ゴミでも見るような目で俺を睨む金髪の少女を合わせ、二人の見知らぬ少女に敵意を抱かれているのが俺の現状のようである。


 金髪の容姿にも目が行くが、この場にいる三人の中で最も身長が高い。

 と言っても全体的に女性らしい丸みを帯びているし、緩くウェーブが掛かった金髪が腰辺りまで伸びているから男の俺とはシルエットが全く異なる。


 超絶美少女の栗毛ちゃん、気の強そうな赤髪、スタイル抜群の金髪。

 候補に挙げられた方としては堪ったもんじゃないだろうが、野郎仲間と性癖談義をすれば盛り上がりそうな面子だな。


「え、えっと、確かにそうかもだけど、困ってる人を放置するのは……」


 赤髪に金髪、二人の怒気に栗毛ちゃんが気圧されている。

 この三人は次元塔を踏破するための集団、いわゆる「クラスタ」の仲間同士なのだろうが、おそらく俺への対処で意見が割れたのだろう。


 俺を庇ったせいで栗毛ちゃんが咎められるってのは良くない状況だ。

 実際、金髪の言う通り次元塔は全てが自己責任だしな。踏破者としてこの場に踏み込んだ三人の邪魔をするつもりはない。


「ヘイお三方。何にせよ起こしてくれて助かったよ。この後は自分で何とかするから、今回はこのあたりで解散ってことにしようや。踏破、頑張ってくれ」


 ――と。話が一段落するのを待っていたわけではないだろうが、俺たち四人を囲む茂みがガサゴソとわかりやすい音を立てる。


 そして次の瞬間、茂みから複数の黒い影が飛び出てきた。

 目を凝らすまでもない、ピオンと呼ばれる狼の姿を模した魔物だ。頭数は五。茂みから飛び出てくるや俺たち四人をぐるりと取り囲む。


 次元塔では階層によって出現する魔物は異なるが、11階層から20階層の森林地帯で幅をきかせているのはこのピオンだ。

 単体としては大した脅威ではないが、群れでの狩りを得意としており多くの新人踏破者が数の暴力に苦戦することになる。


「くっ。仕方ない、ここで迎え撃つわよっ!」

「言われなくてもわかってますわ!」

「お兄さんは隠れてください! 僕たちが何とかします!」


 どうやら三人で俺を守ってくれるらしい。

 非常に情けない構図になるわけだが、まあ次元塔で酔い潰れてた俺にプライドもクソもないわな。


 お言葉に甘えて、ここは低みの見物と洒落込もうじゃないの。

 すかさず俺は戦闘の邪魔にならない位置に移動し、懐からスキットルを取り出す。中身はもちろん酒だ。丁度良い見世物もあるし、二日酔いには迎え酒ってね。


 そして――傾けたスキットルの中身が波打ち小気味良い音を立てた瞬間、待ってましたとばかりにピオンが三人娘に飛びかかった。


〈用語解説〉

・「踏破者」

 次元塔の踏破を業とする者の呼称。

 当初は「次元塔の最上階を目指す者」という意味で用いられていたが、踏破者人口の爆発的増加により本来の意味は希薄化、新たに「次元塔の踏破によって金銭を得る者」という意味が広く浸透することになった。

 踏破者としての稼ぎ方は多岐にわたるが、総じて稼ぎと実力が比例しやすく、一攫千金を狙う者が多い傾向にある。


・「クラスタ」

 次元塔を効率的に踏破するため結成された踏破者の集団。

 クラスタのメンバーは「クラメン」、リーダーは「クラリー」や「クラくらおさ」、その他各クラスタ特有の略称で呼ばれている。


・「世界の理」

 アルコールで捻じ曲げられる。


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― 新着の感想 ―
[一言] 話の素早い展開がいいですね。自分は場面を切ってしまう勇気がなくて、無駄に文字数を重ねてしまう傾向にあるので、このように場面をすばやくすすめていく書き方はとても参考になりました。  美女三人…
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