第18話 奇跡の仕組みが不合理なのは人を試しているから
まず結果を先に言うなら、ウィズに臨時教官を頼んだのは大正解だった。
やっぱり同年代で同性っていうのが大きかったんだろう。
俺が実力を見せても「年上だし男だし……」と一種の諦観が働いてしまうわけだが、ウィズが相手なら言い訳はきかない。
いやむしろ「この子にできるんだから私も……」と希望を持てる。人間、あまりにも高すぎる目標にモチベーションを保ち続けるのは難しいものだ。
そういう点で奮起できたのか、それとも今までの地道な訓練が三人の練度を高めていたのか、15階層の踏破は間近だ。
現在、〈遙かな旅〉の三人は四匹のピオンと戦闘中だが、俺の予想ではこの群れを倒せば16階層に上がるための転移陣まで辿り着ける。
戦況も〈遙かな旅〉が優勢。特大のミスでもしなければ負けはない。
「そもそも、ウチかおめーに寄生して20階層を踏破するのじゃ駄目なんです?」
「ん?」
一通りの立ち回りを叩き込むまでは〈遙かな旅〉の一員として戦闘に参加していたウィズだが、本格的に踏破を開始するということで脱退。
今は俺と一緒に茂みに隠れ三人の踏破を見守っている。俺もウィズも、15階層の魔物如きに補足されるようなヘマはしない。
「寄生と言うと、俺たちみたいな強い踏破者に同行して、自分では何もせずに次元塔を踏破していく、って意味の寄生だよな?」
「ですです。あまり褒められた行為じゃねーですが、犯罪でもねーです。ウチが先導してやれば20階層なんて今日中に踏破できるですよ」
今俺たちが〈遙かな旅〉の三人と同じ階層にいることからわかるように、次元塔はごく一部の階層を除けば任意の集団で踏破することが可能だ。
そんな柔軟な任意性をいいことに、寄生と呼ばれる小細工が罷り通っている。
実力のある踏破者に金銭か何かで寄生を持ちかけ、「俺の20階層踏破を手伝ってくれ」と頼むわけだ。頼む方も頼む方だが、受ける方もあくどいと言える。
そういった悪い印象を持たれているのに、それでも踏破業界から寄生が無くならないのは相応の利点があるからだ。
まず単純な利点として、最高踏破階層を誤魔化すことができる。
踏破業界において最高踏破階層は一定のステータスを持つから、周りから良い評価を受けようと寄生によってそれを誤魔化すわけだ。
しかし寄生によって得た評価など張りぼてもいいところ。いずれは本来の実力が露見するだろうし、そうなった時に失う信用は計り知れない。
だから当然、アドレ魔導学府も学生の寄生については対策をしている。
「んー。まあ寄生の正当性を無視して考えても、今回のケースで寄生をするのは無理だ。ウィズには細かい説明をしてなかったが、〈遙かな旅〉の正確な最終目標は“試験官の前で20階層を踏破すること”だからな」
寄生という小細工が存在している以上、踏破者の真の実力を確認するなら直接審査するのが確実で手っ取り早い。
そのため、今回〈遙かな旅〉に課せられた20階層踏破は学府審査の下で行う必要があり、寄生によって最高踏破階層を誤魔化したところで最終的には化けの皮を剥がされてしまう。
「試験官に審査させるのは20階層の踏破だけで良いらしいが、順当に練度を高めるなら15から19階層も〈遙かな旅〉だけで踏破させた方が良い。……まあ、状況が切迫するようなら20階層までは俺がおんぶしてやっても良いんだが……」
「考えてみりゃ、あれだけこだわりのつえー奴らですから、寄生なんて提案は受け入れねーでしょーね」
「そういうことだ。そこで寄生する奴らならもうこだわりなんて捨ててるわな」
一応、期限内なら何回でも試験官の派遣を要請して良いらしいが、踏破失敗、つまり死ぬと【聖域特性】が失われてしまうので、20階層踏破の挑戦は限界まで練度を高められる期限最終日になるだろう。
「あ。決まるですよ」
「みたいだな」
ウィズと話しながらも戦闘には注目していたが、確かに決まるな。
初めて出逢った日の〈遙かな旅〉と今この瞬間の〈遙かな旅〉、何が最も変わったかと言えば、それは剣闘士であるサラの安定性が上がったことだ。
「体幹が安定しねーなら自分から突っ込まず待ちゃ良いんです。10代階層の魔物なんか少し焦らしてやりゃ突っ込んでくるですから」
昨日から俺が教えていたこと、そして今日ウィズが実際に見せてやったこと。
それは「待ち」の技術。自分からは斬りかからず、攻撃してきた魔物に反撃する戦法、つまりはカウンターだ。
「っ、今ですわ!」
基本である中段の構えでピオンと相対していたサラだが、しびれを切らしたピオンが喉元に食らいつこうと飛びかかってくる。
このまま突っ立っていたら噛み付かれる……という状況だが、少し冷静になればわかること。ピオンの前足や口元より、両手で長剣を構えるサラの方が早く攻撃を加えられる。単純に干渉できる長さが違うからだ。
しかもご丁寧にも相手は飛びかかっている。空中ゆえに進行方向を変える手立てがなく、それでいてかなりの運動エネルギーを保持している状態。
この状況なら斬りかかる必要はない。そっと剣を添えるだけで十分だ。
「はあっ!」
迫り来るピオンの動きをしっかりと観察し、剣を横薙ぎで滑らせる。
骨を断ちきるような鮮やかな一閃ではない。ないが、ピオン程度の魔物は顔面に深さ5センチの裂傷を負えばもう死に体だ。
絶叫してのたうち回るピオンに対し、サラはダンスの要領で身を翻してその腹部に剣を突き立てる。これでピオンは殲滅、〈遙かな旅〉側に損害はない。
「やりました、今のは完璧でしたわ!」
ピオン程度にしか通用しない立ち回りと言えばそうかもしれないが、それでも成長は成長だ。教官としてこの頑張りを認めない理由はない。後で褒めてやろう。
「サラ、喜ぶのはまだ早いわよ! 転移陣に辿り着くまで油断しないで!」
「ふっ、わかっておりますわ。むしろ調子が乗ってきたところ、ピオンが飛び出てくるなら鮮やかに切り裂いてやります!」
最後まで集中を切らさないのは褒めるべきだが、幸か不幸か、来た道を戻るような真似をしなければ目的地まで魔物との接敵はない。
しかしここで俺が登場して「もう実質クリアだぞー」と教えては興ざめだろう。最終的な結果は同じだが、ここは過程を重視する。最後まで見守るとしよう。
――と、ちょっとした気遣いをしたわけだが、やはり魔物との接敵はなかった。
警戒しながら進むナルナたちの視界の先。鬱蒼とした森が一気に拓け、仄かに発光する転移陣が〈遙かな旅〉を出迎える。
「……あ、転移陣! やった、やったわよ! これでようやく15階層踏破ね!」
「ええ! 久しぶりの達成感、やはり良いものですわね!」
ナルナとサラが一足先に歓喜に沸き立つ。それからほんの少し遅れ、最後尾で最後まで魔物を警戒していたアルゥも喜びの輪に加わる。
「やったね! 二人とも、すっごく立ち回りが良くなってたよ! これなら本当に20階層踏破も夢じゃないよ!」
「当たり前でしょ! このまま20階層まで一直線よ!」
「ですわですわ!」
やんややんや。やんややんや。
放っておけば軽く一時間は騒ぎ続けるだろうが、これに匹敵する喜びは少なくともあと五回は控えている。そろそろ冷や水を掛けても良いだろう。
「うーす、おつかれー。急な話だったがよくやったなー」
隠行を解き三人の元に移動する。当然ウィズも一緒だ。ハッとして俺たちの存在に気付いたナルナが興奮冷めやらぬ様子でぶんぶんと右手を振る。
「二人とも、私たちの活躍を見てたでしょうね!?」
「見てた見てた。ただその辺の総括は後だ。俺だって喜ぶなとは言わないが、まだ道半ば。先に済ませることを済ませとけよ」
「なによ、ノリが悪いわねぇ」
と言いつつも、冷静な俺とウィズを見て自分が浮かれすぎていると自覚したのか、ナルナはペチペチと自分の頬を叩く。……まあ、頬の緩みは直ってないが。
「よし! それじゃ各自、転移陣に触れて!」
「ですわ!」
「うん!」
ナルナの号令は比喩ではなく、本当に転移陣に触れるという意味だ。
まずは言い出しっぺのナルナが転移陣の上で膝を突き、発光する転移陣に右手で触れる。
「! 来た! えーと、【Voia!】」
転移陣に触れたばかりのナルナが詠唱したのは、【強化】を意味する呪文。顕現事象は身体能力の強化だ。筋力の強化が主だが、目に見える要素としては全身が青色の粒子を纏う。
「これが噂に聞く身体強化かー! うん、確かにいつもと感覚が違うわね!」
そう、噂に聞くだけだった魔法。
身体強化の魔法は近代魔法戦闘の基礎中の基礎だが、ナルナは今まで身体強化、つまり【Voia】の単語で詠唱する魔法を使ったことがない。
無論、誰もが【Voia】という単語を【ヴォイア】と発音することはできる。
しかし【Voia】を魔法の詠唱として、つまり呪文を構成する【超元言語】として詠唱するには、こうして15階層の最奥にある転移陣に触れなければならない。
だから、ナルナが【Voia】の魔法を使えるようになったのは今この瞬間からだ。
「よし! ねえココロ、16階層踏破で習得できる【超元言語】ってなんだっけ?」
「【遠視】の【Xest】だな。それとなく視力が良くなる。あれば便利な単語だが、まあ戦闘が劇的に楽になるかと聞かれりゃ微妙な所だ」
「ふーん。まあ10代階層で修得できる単語なんてそんなもんか」
転移陣に触れることで【超元言語】を修得できるのは15階層だけではない。
地表部にある0階層の転移陣からは【転移】と【一】、1階層の転移陣からは【火】と【二】など、次元塔は踏破していくほど【超元言語】の語彙量が、つまりは使用できる魔法の幅が広がっていくことになる。
これは魔法の【絶対原則】であり、何人も覆すことはできない。
「そう言えばウィズって何階層まで踏破してるの?」
「45です。ドーターズの遊撃隊長として、45階層で修得できる【操作】の単語が必要だったですよ。無論、ウチ一人の力です」
「……まあ、それくらいは当然か」
ウィズの最高踏破階層は45階層。
それはつまり、最低でも45単語以上の【超元言語】を修得しているということであり――寄生という行為が生まれた最大の理由は、まさに魔法の修得方法が原因と言って良い。
仮に45階層を踏破する実力がなかったとしても、寄生によって45階層を踏破することができれば【操作】の単語を習得することができるわけだ。
最高踏破階層が【超元言語】の語彙量に直結する以上、低階層踏破者と高階層踏破者では使用できる魔法の種類、そして何より質が決定的に異なってくる。
だから、半端な踏破者は思うのだ。
高階層で修得できる強力な魔法さえあれば、自分はもっと上を目指せると。
だから、踏破業界から寄生という行為は無くならない。
……もっとも。そういう輩は、最高踏破階層を誤魔化し、身の丈に合わない強力な魔法を修得したとしても、いずれ気付くことになる
自分が踏破者として大成できない理由が、魔法の有無ではなかったことに。
「ふっ。そもそも最高踏破階層なんて言い出したらにーにーの方がすげーです。なにせ全階層を踏破した超元者ですよ? 踏破者としても魔法使いとしても、ウチたちとは次元がちげーです」
ふふんとウィズが得意げな表情で胸を張る。もちろん嬉しい。俺もウィズの横に並んで胸を張る。兄の成果は妹の成果だ。好きなように誇ってくれて良い。
「それココロも言ってたけど、普通にあり得ないでしょ。確かにココロはすごい奴だとは思うけど、さすがに全階層踏破はないない。そんなの歴史に名が残るレベルだから」
「なっ!? なんで信じてないです!? ホントににーにーは全階層を踏破してるすげー踏破者です! 証拠もあるですよ! にーにー! 【運命魔法】を使ってくれです! 次元神から下賜された究極の魔法ですよ!」
「は? 【運命魔法】? なんのことだ?」
「えっ!? なんでいきなりはしご外すです!?」
「そりゃウィズの可愛い驚き顔が見たかったからなぁ」
「っ! 馬鹿! 社会不適合者! そんなんでウチに恥かかせるなです!」
――とにもかくにも15階層踏破。最終目標まで一歩前進だ。
次元塔は階層が高くなるほど踏破の難度も高くなっていくが、今回修得した身体強化の魔法はかなり強力だ。上がっていく難度を補って余る効果が期待できる。
……しかし身体強化の恩恵を十二分に受けられるのは、強化される身体を使って敵を打ち倒す剣闘士や射手、つまりはサラとアルゥだ。
もちろん魔闘士であるナルナにも恩恵はあるが、やはり二人ほどではない。
身体能力が強化されても呪文の詠唱速度が速まるわけではないし、ましてや魔法の効果が高まるわけでもないからだ。
だから、もし〈遙かな旅〉から脱落者が出るとすれば、それはおそらく……。
「さあ、嘘つき兄妹は放っておいて、今日はこのまま16階層の踏破まで済ませるわよ! 期限日より早く20階層を踏破して学府を驚かせてやるわ!」
「おー! ですわ!」
「頑張ろー!」
……ま、その時はその時だ。俺が何とかしてやるさ。
だから今は何も考えずに前へ進めば良い。もし転んで立ち上がれなくなったら、俺も転んで一緒の目線で世界を見てやるよ。
そして最後には、立ち上がり方ってやつを教えてやる。
なんたって俺は〈遙かな旅〉の教官で、転んで立ち上がることが趣味の上質な社会不適合者だからな。立ち上がり方には詳しいのさ。
〈用語解説〉
・「【超元言語】」
魔法の行使に必要不可欠な呪文、それを構成する単語の総称。魔法を制御するためだけに存在している言語であり、人間が創造した言語ではない。
・「寄生」
金銭などを対価に実力のある踏破者を雇い、自分では何もせず全てを任せて未踏階層を踏破、それによって最高踏破階層を底上げする行為。
ただし、25の倍数の階層は一人でしか転移できないため、全ての階層を寄生によって踏破するということは不可能。
基本的には悪とされる行為だが、1から9階層までの低階層における寄生は「随伴踏破」と呼ばれており、通常の寄生と区別されるどころか国家主導で行われる。
特に顕著なのは、王国警ら隊が定期的に開催する「修得会」。
歴戦の警らが一般人に随伴して1から9階層を踏破するという行事であり、警らの重要な仕事の一つ。
これは1から9階層で修得できる【超元言語】が、火種を生み出す【Tes】、水を生み出す【Arta】、光を生み出す【Noia】など、日常生活に必要不可欠なものであることが理由。最も容易な国力増強であり、国家として当然の判断と言える。