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ファンタジア・パラダイムシフト!  作者: 海図岬
第一章・学府教官編
17/30

第17話 メイドさんの嗜み(殺人術)

 先進工房で弓矢一式を受け取った、その翌日。教官生活三日目。


 今日は次元塔で実地訓練だ。現在地は15階層、再現環境は森林地帯。最終的な目標である20階層と同じ再現環境だ。


 無論、次元塔で死ぬと【聖域特性】が失われるのはわかっているが、仮に本日死んでも期限までに一度は復活するのでその点は問題ない。

 いやむしろ、隔離措置の日程を考慮するなら気兼ねなく実戦訓練ができるのは今日明日くらいと言えるだろう。


 そういうわけで、限りなく本番に近い状況での訓練をすることになったが、本日三人を指導するのは俺じゃない。

 木々と茂みばかりの森林地帯で、三人と一人が向かい合っている。俺は少し離れた場所から四人を見守っている形だ。


「――ということで、今日はウチがおめーらの稽古を付けてやるですよ。対価は貰ってるから遠慮なくウチの胸を借りると良いです」


 ドーターズ所属、第七遊撃部隊の隊長を務める我が妹、ウィズ・リリシアだ。


 これは先進工房で顔を合わせた時に思い付いたことだ。

 現状、俺と〈遙かな旅〉の三人では実力差がありすぎて対人訓練が雲を掴むような状態になっている。

 だから同年代であり同性でもあり、そして何より俺よりは実力差がない相手であるウィズに臨時教官を頼んだというわけだ。良い刺激になるだろう。


「当然、おめーらの現状についてはにーにーから話を聞いてるですよ」

「にーにー?」

「どっ、泥舟のやろーから事情は聞いてるですよ。そこで本日の訓練は最大三段構えを想定しているです。まずは私と対人訓練、次に魔物相手の実戦訓練。そして仕上がり次第ではそのまま15、16階層の踏破をするですよ」


 本日の訓練については「なるべく殺さない方針で」という一点以外は全てウィズに任せている。まあ任せたと言っても、あまりに的外れな訓練をするなら口を挟んでいたが、その心配はないみたいだな。


「ココロがやれって言うから付き合うけど、あんた大丈夫なの? 私より小さいし、そんなに強そうに見えないんだけど」


 確かにウィズは小動物系の美少女だが……武闘派組織であるドーターズで「隊長」という肩書きを得るために必要なもの、それは純然たる強さだ。


「そう思うなら殺す気で掛かってこいです。今死んでも問題はねーはずですが、私からは致命的な攻撃はしないので安心するですよ。武器も刃引きしてあるです」


 そう言って右手をしならせると、エプロンの中から短剣が飛び出しウィズの手に収まる。ドーターズの隊長に必須のスキル、繰糸術だ。


「……なに今の。エプロンから短剣が飛び出てきたんだけど……」

「繰糸術です。どうしてもと言うのなら教えてやらないこともないですが、今日一日じゃ曲芸も身につかないです。大人しく普通の訓練に精を出すですよ」


 繰糸術は攻防一体の妙技だが、修得には弛みない鍛錬と特別な才能が必要だ。半端に手を出すと自分の指を飛ばすことになる。


「……なるほど。まあ、ココロの妹なんだからとんでもない奴なのは推して知るべきだったわね。私の認識が甘かったわ」


 お。こりゃ訓練開始の号砲だな。

 妹という単語に反応したウィズは、顔を朱に染めつつ声を張り上げた。


「だから、ウチはにーにーの妹じゃねーです!」


 頬が緩んでしまう矛盾はともかく、ウィズはありとあらゆる才能に恵まれた生粋の戦士だ。踏み込み一つとっても常人のそれを凌駕する。


「っ!?」

「ですっ!」


 一歩でナルナの前に躍り出たウィズは首狩りの角度で短剣を振るう。サラのそれとは違い「断ち切る」という一事を極めた美しい一閃だ。


 しかしナルナ、反射的に上半身を仰け反らしこの一閃を回避する。

 相変わらず素晴らしい反射だ。近接戦闘は反射、神経伝達速度が全てと言ったが、今の回避にはその才能が凝縮されていると言えるだろう。

 そして即座に反撃できれば言うことなしだったが、やはりこだわりが出た。


「【Arta】【Ma!】」

「間抜け!」

「ぐっ!?」


 短剣を振って終わり。攻撃を回避して終わり。それでは駄目だ。戦闘という行為において「終わり。」が許されるのは敵勢力を完全に無力化した時のみ。

 その点、ウィズはさすがだな。一閃が回避されると判断するや重心を移転、それでいて一閃の勢いを殺さずに左足でナルナの腹部を蹴りつける。


「そこは殴り掛かるとこです! 呪文なんて詠唱してたら反射が泣くですよ!」


 そう、反射速度に優れるナルナには剣闘士としての適正がある。

 その場しのぎと言うと聞こえは悪いが、近接戦闘なんてその場をしのげなくなった奴から死んでいくのだ。その場をしのぎ続ける反射とはそれだけで価値ある才能と言える。

 今もそれに頼ればウィズに本気を出させることもできただろうが……「呪文の詠唱」と「反射」が致命的なまでに噛み合っていない。


「で、次は剣馬鹿ですか!」

「わ、私は馬鹿ではないですわ!」


 背後からウィズに斬りかかろうとしたサラだったが、剣を振り上げた段階で体勢を立て直されてしまい正面からの斬り合いになってしまった。


 近接戦闘における数的有利とは、要するに相手の背後を取れるということだ。

 そういう観点から言えば「ナルナに意識が向いたウィズに斬りかかる」というサラの判断は絶妙だったが、残念ながら前提となる位置取りが微妙だ。


 というのも、サラには「全体の状況を把握してから動く」という俯瞰意識があり、戦闘の中心地から少し距離を取りつつ立ち回っていることが多い。

 無論、その立ち回り自体は間違っていない。常に俯瞰を意識し、仲間の後隙をフォローできる前衛は貴重だ。クラスタ全体の安定性が違ってくる。


 しかし「剣」という攻撃手段しか用いないサラの攻撃には「接近」というタイムラグが加わるため、結果的に最高のタイミングを逃している。

 そして背後からの一撃で仕留められなければ近接戦闘に移行するわけだが、サラにはその場しのぎのやり取りで優位に立てる反射がない。


 つまりサラの最適解は「中距離から魔法による援護でナルナの後隙を潰す」であり、それはもう魔闘士の領分と言わざるを得ない。

 これなら反射のやり取りに身を投じる必要はないし、何より常に俯瞰視点を活かせる。状況に応じた多彩な攻撃こそが魔法の真骨頂だ。


「ウチとおめー、直立って体勢一つとっても完成度がちげーですよ! おめー、体幹を意識できねータイプです! 腰、浮きすぎ! 足、軽すぎ!」

「はわわ!」


 ウィズの連撃を捌いているサラだが、実力が拮抗しているわけではない。

 土壇場の底力を見極めるならギリギリまで追い込む必要があるから、ウィズが絶妙な加減で手を抜いているのだ。強い言葉とは裏腹に思いやりに溢れている。


 しかしまあ、サラの限界に関してはウィズが口走った通りだ。

 残念ながらサラには土壇場で前線を保てるだけの基礎がない。攻撃を受けるサラの腰は浮いており、それに伴い足運びが雑になっている。足運びが軽いというのは前衛として致命的な弱点だ。


「おめーはもう寝てろです!」


 体幹の無さを自覚させるには足を攻めるのが一番だ。繰糸術には相手の足を払う技もあるが、それに頼るまでもない。


 サラの左足が力なく浮き上がった隙を見逃さず、ウィズが懐に踏み込む。

 そして体捌きの流れで無防備な右足を刈り取ろうとするが――ウィズの最も優れた資質、危機察知が十全に働く。


「うっ!?」


 左半身を狙った弓矢の狙撃。右手に持つ短剣で対応するには体幹に捻りを加える必要がある、つまり間に合わない。

 しかしここで射られるようではドーターズの隊長は務まらない。アルゥの狙撃を感知したウィズは咄嗟に左手を翻し、繰糸術で短剣を操り飛んできた矢を弾く。


「お、おめーは中々です。ちょっとドキッとしたですが、それだけですよ!」


 繰糸術は攻防一体。矢を弾いた短剣をそのまま手繰り、短剣の柄と繋がる糸によってアルゥが潜んでいるであろう茂みを一挙に刈り取る。


 しかし露わになったそこにアルゥの姿はない。矢を放った時点で次のポイントに移動している。魔法狙撃から弓矢に切り替えたばかりだが立ち回りは健在だな。


「……なるほど、にーにーの言ってた通りです。対人訓練終了! 対人訓練に関してはウチから教えられることはねーです! 魔物との実戦に移行するですよ!」


 言うが早いか、軽く両手をしならせ短剣をエプロンドレスの中に収納する。


 隊長に限らず、ドーターズのメイドには「武装は見えないところに収納しなければならない」という鉄の掟がある。

 これは「メイドたるもの、常に優雅で気品ある立ち振る舞いを徹底すべき」という考え方、つまり単純に見映えを気にしてのことだ。


 優雅さと武装の調和は確かに難しいが……そうして見映えを徹底した結果、とあるメイドによって繰糸術が、つまりは暗器と糸を組み合わせた至高の殺人技が生み出されることになった……。


「まだ立ち合ってから数分よ? もっとボコボコにしてくれて構わないけど」

「その必要はねーです。さっきも言ったですがおめーらの問題についてはにーにーから話を聞いてるですよ。念のために自分でも確かめとこうと思っただけです」

「ふーん。それじゃウィズの目から見て私たちはどうだったの?」

「各自光るものはある。それを活かせば20階層の踏破なんて容易。でもこだわりを優先するなら地獄を見る必要がある。そんなとこです」


 俺と同意見、つまり目新しい意見ではない。ナルナたちの反応は淡泊だ。各々頷くなりして地獄を見る覚悟があるとウィズに主張する。


「それなら今からウチは〈遙かな旅〉の仮クラメンです。一緒に魔物を狩るですが、おめーらそれぞれの理想の動きを見せてやるですよ。それを記憶して自分に活かせば少しはマシになるはずです」


 自分の理想の動きを他人を通して観察する訓練、要するに「真似」だ。

 百聞は一見にしかずとも言う。これに関しては俺も行う予定だったが、俺よりも同性であるウィズの方が観察対象として違和感がないだろう。


「それじゃ早速、と言いたいところですが、にー……泥舟と相談することがあるですよ。おめーらは五分休憩、待ってやがれです」


 俺とウィズは教官側だ。教官ならではの相談もあるだろうと、そう判断したのか〈遙かな旅〉の三人の反応は薄い。


 しかしにーにーにはわかった。このムーブ、甘え成分摂取の合図だ!

 有り余る兄力でウィズの元に瞬間移動すると、ウィズは三人に盗み聞きされない位置取りであることを確認してから小さな声で言った。


「……やっぱわかんねーです。にーにー、なんであんな奴らの教官なんて引き受けたです?」


 その経緯については昨日説明した。そしてウィズは一度聞いた説明を翌日忘れてしまうような間抜けではない。

 だから「なぜ教官を引き受けたのか?」が本題でないことはすぐにわかったし、実際、俺の口が開くのを待たずウィズが続けて言う。


「……ウチが、ウチがドーターズに誘った時は断ったのに……」


 ウィズがドーターズに所属したときのことは覚えている。涙目、不安そうな表情、消え入るような声で「にーにーも一緒に来て……」だ。忘れるはずもない。

 しかし、基本的にドーターズは男子禁制の花園……いや、言い訳だな。こと三頭会に限ってはどうしても譲れない個人的な一線があるんだ。


「ウィズも知っての通り、俺は三頭会全ての設立に関わってる。だからこそ俺は特定の一組織に肩入れしちゃいけないんだ。ウィズだって、俺が的屋や信金ばかり優遇してドーターズを蔑ろにしてたら気に食わないだろ?」

「……別に、文句なら好きに言わせておきゃ良いです。何なら抗争になっても、」

「ウィズ」


 滅多なことを口走ろうとしたウィズの頭に手を置く。


 要するに、嫉妬だ。自分の頼みは聞かなかったのに、突然現れた〈遙かな旅〉の頼みを聞いたのが気に食わなかったんだろう。


 そして賢いウィズは、自分がわがままを言っていることを理解している。

 三頭会の力関係は絶妙だが、俺がどこか一組織に肩入れすればそれは覆る。はっきり言って、ココロ・ポララという個人にはそれだけの影響力がある。


 しかし、家族に甘えたいというわがままが罪であるはずがない。

 だから俺は、「北区の顔役」でも、「人類史上たった二人しかいない全階層踏破者」でもない。「兄」としてはっきりと断言してやった。


「心配なんかせずとも、俺にとってウィズは特別な存在だよ。それでも〈遙かな旅〉に嫉妬するなら、いつでもポララベーカリーに帰って来い。家族総出で嫌になるくらい甘やかしてやるからさ」

「……うん。ねーねーの焼いたパン食べたい」


 ウィズはメイド服の裾でゴシゴシと目元を拭い、〈遙かな旅〉の三人を見据える。

 そして、にっこりと最高の笑顔で言った。


「でもやっぱりあの三人は気に食わないからきつめに指導してやるです。ママからも好きなようにして良いって言われてるですから、血反吐を吐かせるですよ」


 ……ドーターズ、マジで武闘派だなぁ。

 これ以上ウィズの繰糸術に磨きが掛かったら、俺は兄としてどう対応してやれば良いの? 頼れるもう一人の妹様、レイちゃんに意見を聞いとかないとね……。

〈用語解説〉

・「ねーねー」

 レイ・ポララのこと。

 日頃の行いの差なのか、「ねーねー」と呼ぶことには抵抗がないらしい。

 呼びかけの「ねーねー」と併せて「ねーねーねーねー」と発言したことはポララ家の微笑ましい思い出の一つ。


・「繰糸術(そうしじゅつ)

 ドーターズに所属するとあるメイドが体系化した殺人術。

 暗器と糸を組み合わせた妙技であるが、件のメイドが元暗殺者だったため、どうしても対人色が色濃く反映されることになった。

 始祖曰く「人間は動脈が一本切れただけで死ぬか弱い生き物。故に必要なのは小さな刃と一本の糸だけ。繰糸極まればそれ即ち繰死なり」とのこと。

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