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ファンタジア・パラダイムシフト!  作者: 海図岬
第一章・学府教官編
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第16話 血縁関係もなければ義理の関係でもないがそれでも妹

 王都で武器屋と言えば中央区だ。

 武器屋の主な商売相手は踏破者であり、踏破者の主な活動場所は中央区。だから武器屋に限らず踏破者関連の施設は中央区に集中している。


 しかし何事にも例外はある。

 そして例外の一つがここ、「先進工房」だ。北通りと呼ばれる大通りから外れた裏路地、日の当たらない一角で看板も出さずに営業している。


「ここ? なんか小さいし地味な店構えね。普通の民家みたい。私の知ってる武器屋はもっと大きかったけど大丈夫なの?」

「大丈夫も何も、ここは王都一の武器屋だぞ。まあ店員に癖はあるがな」


 受け渡しの予約は間違いなく今日だから入店を躊躇う理由はない。俺が気軽に入店すると三人もそれに続く。


 武器屋と言えば所狭しと武器が並べられている光景が思い浮かぶが、先進工房の店内に武器の展示はない。別の区画へと繋がる通路と取引用のカウンターが置かれているくらいだ。


 そして入店して一番、店内を見渡したサラが納得したように頷く。


「なるほど、オーダーメイドの店でしたか。どうりで外観に力を入れていないわけですわ。ここでは注文と受け渡しをするだけですか?」

「そういうこと。基本的に一見は相手にしてない。工房やら試用室は別に用意してある。よろっすーよろっすー!」

「は?」

「よろっすー!」

「え?」


 よろっすーは先進工房における挨拶みたいなものだ。木霊するよろっすーに困惑するのは誰もが通る道だと言えるだろう。


 そして「よろっすー」が返ってきた通路、つまり工房の方からバンダナとエプロンを身に纏った女性が駆け寄ってくる。

 見習いのクウェルだ。羽毛のような言葉遣いを駆使する長身の美人さんだが、たしか俺より年上だったはずだ。


「泥舟さん、どもっス! 悪いスけど注文品はギリギリ完成してないっスね! 今工房長が死ぬ気で仕上げてるんであと10分くらい待ってほしいっス!」

「いや、今回はこっちが無理を言ったからな。10分くらいならここで待たせてもらう。急かしてるみたいで悪いな」

「いえいえ、泥舟さんはお得意様っスから! では少々お待ちくださいっス!」

「うっすっス」


 頭空っぽの極みみたいなやり取りだが、クウェルは心底真面目だ。ぺこりと深いお辞儀をしてから工房に駆け込んでいく。


「てなもんだ。アルゥ、現物が来たら試用室で軽く試射するからそのつもりでな。その後は次元塔で実戦だ。まあアルゥならすぐに慣れるさ」

「押忍! ご期待に応えて見せます!」


 と、癒やしの一押忍を獲得した瞬間、閉じたばかりの入口の扉が開く。

 反射的に視線を向けるが、同じく俺たちの存在に気付いたその人物はハッとした後、こちらにも聞こえるくらいの盛大な舌打ちを敢行した。


「なんでにー……じゃない。なんでおめーがここにいるです?」

「おお、ウィズじゃねーか! 奇遇だな! 今日もめちゃ可愛いぜ~」


 俺たちに少し遅れて入店して来たのは、ウィズ・リリシア。俺の妹だ。

 同年代と比べるとやや小柄でスタイル抜群とは言えないが、警戒心が強い小動物系の美少女であり、諸事情あって日常的にメイド服を着用している。


 しかしウィズちゃんについて特筆すべきは、その愛らしい容姿からは想像できない毒舌てんこ盛りの言葉遣いだ。

 可愛い女の子の毒舌はある種の萌えポイントではあるのだが……ウィズの場合、この言葉遣いには自分を強く見せるという意味合いが込められている。


「元気にしてたか? ちゃんと飯食ってる? ちなみに昨日は何食ったんだ?」

「あ? んなことおめーに報告する義理はねーです」

「いやいや、兄が妹の体調を気に掛けるのは当然のことだろ」

「だからウチはおめーの妹じゃねーです! 今度妹扱いしたら埋めるですよ!」

「は~。照れ隠しマジ可愛い。可愛い妹が二人もいるとか幸せすぎかよ」


 ギャップ萌えって言うの? ウィズ、これでも根は甘えたがりだからな。少し気を抜くと俺のこと「にーにー」って呼ぶんだよ? 可愛すぎる。

 ウィズが素直になれない分だけ俺が愛を注いでやらないとな。どんな甘えたがりにも対応してやる。なーに、お返しはにーにーと呼んでくれるだけで良いさ。


「お前らにも紹介しとく。この毒舌っ娘はウィズ・リリシア。血は繋がってないし義理云々の関係でもないが、それでも俺の妹でドーターズの第七遊撃隊の隊長を任されてる。超優秀な妹で兄としては鼻高々だ。兄妹共々よろしくな」

「あんた言ってることおかしくない? 矛盾ってレベルじゃないんだけど」


 確かにおかしいが、俺とウィズの間にはその「おかしい」が罷り通るほどの過去がある。だからウィズが俺の妹、ポララ家の次女であるという絆は否定させない。


 俺の強い意志を感じ取ったのか、さらに何か言おうとしていたナルナは「はあ」とやる気の無い溜息を漏らした。


「……ま、よその家の事情にこれ以上口出しはしないわ。とにかくその子とよろしくするのは良いんだけど、ドーターズってなんなの? ヤバい組織じゃないでしょうね?」


 ……ああ、俺の中では当たり前の存在だったから説明するの忘れてたな。

 一般人には馴染みのないメイド服に、ナルナを越える荒い言葉遣いだ。ウィズ本人、そしてそのウィズが属するという組織に警戒心を抱くのは当然の話だ。


 過失とまでは言わないが、北区入りさせるなら前もって説明しとくべきだったな。ちょうど良い空き時間だし軽く説明しとくか。


「良い機会だから説明しとく。今の北区は三頭会って呼ばれる三大組織が支配しててな。裏と名の付く稼業を取り仕切る〈的屋労働組合〉、各種の金融事業を担う〈北王都信用金庫〉、北区で働く女性の保護と派遣業を行う〈ドーターズ〉。この三つだ。北区を彷徨くなら最低限これくらいは覚えといた方が良い」


 最低限の理解を得るには十分な説明をしたが、三人の反応はまちまちだ。

 胡乱な目で俺を見つつ溜息をつくナルナ。

 合点がいったという様子で頷くサラ。

 キラキラと目を輝かせるアルゥ。


 気になると言えばサラの反応だな。忘れがちだがサラは新進気鋭の商会の身内だ。商会の情報網で北区について何か情報を得ていてもおかしくない。

 俺の視線に気付いたのか、サラは頷きの理由を言葉にしてくれた。


「お察しの通り、三頭会の存在自体は知っておりましたわ。特に北王都信用金庫、通称信金については西区の商業組合から注意喚起を受けておりますの」

「あー。得体の知れない相手だから取引すると酷い目に遭うぞ、て話だろ?」

「ですわ」


 北区には北区の、そして西区には西区の商業組合がある。

 特に西区は商区と呼ばれるほどの商業地区だ。事業者への融資によって得られる利ざやは莫大な既得権益であり、信金の進出を防ぎたいという道理は理解できる。


 しかし、既存の取引相手に釘を刺すような真似をしている時点で色々とお察しだ。さらに言うなら信金の頭取は素晴らしく有能な人物だ。もう数年後には西王都信用金庫が西区の金融を牛耳っていてもおかしくないだろう。


「うちも現状では信金と取引をするつもりはないのですが、まあ、将来どうなるかわかりませんから。どうせなら信金がどういう組織なのか……単刀直入に言えば、信頼に値する借入先なのか確認したかったのですわ」

「なるほどねえ。んじゃ機会を見て信金の本部に連れてってやるよ。頭取とは知り合いなんでね。その後どうするかはお前が決めれば良い」

「それは本当に助かりますわ。何なら20階層踏破の件が片付いた後でも構いませんのでお願いしますわ」

「任せとけ」


 踏破者について並々ならぬこだわりを持ってるのは知ってたが、家のこともしっかり気に掛けてるんだな。家族でパン屋を営んでる俺としては好印象だ。

 と、話が一段落したと判断したのか黙って話を聞いていたウィズが口を開く。


「……もうこっちも用事済ませて良いです?」

「ん? ああ、別に俺たちに気を遣わなくても……あっ。もしかして、いつ質問されても良いように構えてたのか? 思い返せば、三頭会の説明をするきっかけになったのはドーターズへの質問だったもんな」

「は、はぁ? 勝手な妄想を言うのも大概にしやがれです。にー、おめーのために使う時間なんてねーですよ! よろっすー! よろっすー!」

「よろっすー!」


 いかなウィズちゃんと言えども先進工房の決まりには従わなくてはならない。

 木霊するよろっすー。少し間を置き、俺が注文した弓矢一式を抱えたクウェルと、その背に隠れながら先進工房の主がやって来た。


「あれ? ウィズさんも来てたんスか?」

「今丁度来たとこです! 注文してた物は出来てるですか!?」

「もちっス。んじゃ今持って来まっス! 工房長、ここは任せるっス!」


 雑用は見習いの仕事だ。持ってきた弓矢一式をカウンターに置き、客に90度のお辞儀、そして工房長に敬礼をしてからクウェルは駆け足で工房に消えていく。


 しかしその結果この場に残されたのは……重度の対人恐怖症を患う上質な社会不適合者、先進工房が工房長であるチャル・オイテスその人だ。


 妙齢の女性で顔立ちは整っているのだが、手入れされていないボサボサの黒髪、睡眠不足を窺わせる目の隈、太陽光を拒み続けた真っ白の肌……などなど、言っちゃ悪いが見た目で社会不適合者だとわかるタイプだ。


 そして、チャルの社会不適合者っぷりは留まるところを知らない。


「ふ、ふひっ、知らない人が三人もいる……やばい、吐きそう……」


 そう、チャルは見知らぬ人物の視線を感じると気分が悪くなる対人恐怖症を患っているのだ。相手の性別や年齢は関係ない、三人ともなれば吐き気を堪えるので精一杯だろう。


 それでも俺が三人を連れてきたのは、いわゆるリハビリのためだ。

 こんな様子だがチャルは対人恐怖症を克服したいと考えており、この先進工房もリハビリの一環で営業を始めたという経緯がある。

 そういうわけで、俺は機会があれば知り合いを連れてきてチャルと会話をさせている。もちろんチャル本人から許可を得ての話だ。


「どーどー。落ち着けー、深呼吸しろー。そんで注文した品の説明をしてくれー」

「う、うん、そうだね、説明しないとね……ふ、ふひひ、今回も自信作だよ」

「さすがだな。やっぱりチャルに頼んで良かったぜ」

「うへへ……」


 話すことが苦手なら、得意なことを話題にすれば話しやすいんじゃね?

 気休めになればと思い俺から提案したことだが、結果的には正解だった。大好きな武器の説明をしている時は対人恐怖症が緩和されるのだ。


 そして武器の話をきっかけにして日常会話を、という具合で会話可能な相手を増やしてきた。知らない人にカウントされていないウィズも通ってきた道だ。


「……えっと、それで、これを使うのは、あなた、だよね?」

「あ、はい。僕です。よくわかりましたね」

「えっ。いやその、ま、まあ、何となくね……」


 弓矢の制作にあたり使用者の情報、つまりアルゥの情報は事細かに伝えてある。その情報を参考に見知らぬ三人の中から使用者を特定したのだろう。

 それ自体は良いんだが、その後の対応がへにょへにょだ。「事前に話を聞いてたんだよ~」って軽く返せば良いのに、全部自分の中で完結させようとするのが対人恐怖症っぽいなあって思うわ


「そ、それじゃあ説明するね。この複合弓はね、あ、複合弓が何かっていう話をした方が良いかな? えと、複合弓っていうのは――」


 そうして、類い希な技術力と常人を超越した発想力を兼ね備えた今世紀最高の武器職人、チャル・オイテスによる説明が始まる。

 アルゥを筆頭に〈遙かな旅〉の三人が説明に聞き入る中、俺は隣で待機していたウィズにそっと耳打ちした。


「なあ。ちょっと頼みたいことがあるんだけど、良いか?」

「……なんです? 言うだけ言ってみやがれです」


 何だかんだで頼みを聞いてくれるのがウィズだ。本当、俺の妹は可愛いなあ。

〈用語解説〉

・「三頭会」

 北区を支配する三大組織、〈的屋労働組合〉、〈北王都信用金庫〉、〈ドーターズ〉の総称。上手い具合に権力を分散しており北区の安定化を担っている。

 なお一番の武闘派は、北区で働く女性の保護と派遣業を行う〈ドーターズ〉。多数の部隊を抱えており、その武力は他の追随を許さない。


・「先進工房の決まり」

 店内は基本無人であり、利用の際は工房にいるクウェルを呼ぶ必要があるが、その際は「よろっすー」と発声しなければならない。

 一見客を弾くための合い言葉、と言われているが、先進工房に通いクウェルと会話をすると自然にこの言葉を口に出してしまうようになる。

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