第14話 才能
「それはそれとして、才能がないって実際どういうことなの? ああまで言い切ったんだから私たちが納得できる説明をしてよね。もちろん魔法と剣、両方よ」
本当の意味で〈遙かな旅〉の教官として認められたその後。
車座を囲んでいる。場所は変わらず校舎裏だ。俺は地面で車座を囲むのが嫌いじゃない。今後車座を囲う機会は多くなるだろうからこいつらにも慣れてもらう。
「俺の個人的見解でも良いなら教えてやる。まず魔法の才能についてだが、空間把握能力と仮想処理能力の二つが必要不可欠だ。つまりナルナにはこの二つが無い」
才能について語る展開は想定していたので、昨日ナルナたちと別れた後、魔法研究家の知り合いを質問攻めにして「魔法の才能」を言語化してある。
「空間把握能力については、ほれ。【Miris】【Ortago】【Gran】【Kulge】」
ちょいと呪文を詠唱すると、少し離れた場所に人型の的が顕現する。頭部と胸部にそれぞれ円形の的が描かれており着弾確認が一目でわかる仕様だ。
「……なんか今さらっとすごい魔法使わなかった?」
「そら俺くらいになればな。そんなことよりこの地点からあの的までの距離、それぞれ言ってみろ。可能な限り正確な数値でな」
この地点、と発言しつつ地面に点を書き込む。これなら誤差も最小限で済む。距離の目測自体は単純な話だし、三人は顔を見合わせた後に続々と答えていく。
「……20メートルくらい?」
「24メートルですわ」
「えっと。23メートルと75センチですか?」
順にナルナ、サラ、アルゥだ。予想通りのばらけ方だな。俺はうんうんと納得したような態で頷き説明を続ける。
「正解は23メートルと68センチだ。当てずっぽうで答えられちゃどうしようもないが、正解に近いのはアルゥ、サラ、ナルナ。魔法の扱いに適性がある順だな」
「うっ……」
アルゥの空間把握能力は魔法使いとしてと言うより、狙撃手としての経験則なんだろうが、今回の場合だとナルナが最下位であれば理屈が通る。
「な、なんで測ってもないのにそんな正確にわかるのよ」
「慣れや経験則ってのも否定できないが、正確に言うなら直感だよ。ここからあの的までの距離を考えて、パッとその数字が頭に浮かんでくる。空間把握能力ってのは、そのパッとがそれだけ正確かを示してると言って良い」
物と物との位置関係を把握する能力、それが空間把握能力だ。
聴覚や嗅覚などでも位置関係の把握は可能だが、今それを補足すると話がややこしくなる。目測の正確性だけでも納得させられるはずだ。
「そして、魔闘士は空間把握能力に秀でていることが大前提だ。なぜなら次元塔で多用される魔法の本質は遠距離攻撃にあり、対象との位置関係を正確に掌握しなければ高次元の運用ができないからだ。【Arta】【Ern】【Magna】」
俺は目を閉じ、両耳を塞ぎ、【水】【五】【射出】の呪文を詠唱する。
すると俺の後頭部付近に五本の氷柱が顕現して飛翔、それぞれ的の頭部に三本、右胸部に一本、そして左胸部に一本突き刺さる。見なくとも結果はわかる。
「てなもんだ。魔闘士として適正のある奴は訓練なんてしなくとも直感でこれができる。実際、俺は魔法の扱いに関して訓練なんてしたことない」
「……で、でも、目測の精度なんて訓練次第でどうにでもなるでしょ? 今は無理でも、もっとたくさん訓練すれば私だって何とか……」
そう、目測の精度に関しては比較的容易に高めることができる。なぜなら目測という行為は視覚機能だけで完結するからだ。
外的情報のほとんどを視覚から受容している人間にとって「視覚だけで完結する」のは極めて都合が良く、いわゆる経験値を積むのが容易なのだ。そして当然、経験値を積んでいくほど目測の精度は高まっていく。
つまり問題なのは、五感では補いがたい要素が求められる超感覚に関してだ。
「だから慣れもあるって前置きしただろ。問題なのは仮想処理能力の方だ。これは想像力と言い換えても良い。極論を言えば、仮想処理能力が極まった魔法使いは攻撃を絶対に外さない。魔法を放つというその判断は、限りなく現実に近しい“当たるというイメージ”に基づいて行われているからだ」
「わかったような、わからないような……いやわかんない。もっとわかりやすく」
もっとわかりやすくか。確かに始めからこうすべきだったかもな。
「んじゃナルナ、あの的に向かって氷柱を撃て。ただし撃って良いのは一発、それも一回だけだ。当てたらご褒美をやるよ。よーく狙えよ?」
「……わかった」
ナルナは的に向けて右腕と人差し指を伸ばし、片目を閉じて狙いを定め始める。
……魔法の才能があれば「狙う」という行為を「直感」で代替できるわけだが、それは言うまい。おそらく、狙いに狙ったとしてもナルナは的に当てられない。
「【Arta】【Magna!】」
指定した性質の飛翔体を前方に撃ち出すという、ただそれだけの魔法だが、単純だからこそ奥深く、才能という曖昧な概念が残酷なまでに結果に反映される。
「あっ……」
ナルナが撃った氷柱は的を通り越し、適当な場所で推力を失い地面に落下した。
的に掠りもしない。この結果が「魔闘士としての才能が無い」ということだ。
一発だけならその日の調子次第で外すこともある、というのは才能無き者の言い訳。物理的に可能な状況であれば、才能ある魔法使いは絶対に狙いを外さない。
今のナルナの射撃を見て思う。なぜこんな簡単な事ができないのだろう、と。
「ナルナは今、的に氷柱が当たるというイメージで射出魔法を使った。でも的には当たらなかった。脳内で思い描いたイメージと顕現事象に齟齬があるんだ。そして、この齟齬を“限りなく現実に近いイメージ”に補正し、脳と世界を直結するのが仮想処理能力なわけだが……これは、後天的にはまず身につかない」
「っ! ……どうしても、駄目なの?」
「脳ミソの構造に直結する話だからな。特殊な感覚を持って生まれるか、脳ミソが成長途上にある幼少期に特殊な訓練を行うか。だから、まあ……普通に生まれて、普通に育ってきたナルナには、才能ある魔法使いのための訓練は無駄だ。経験値になるどころか悪影響しかない」
「……わかった。長々と説明してくれてありがと」
確かに俺は「ナルナには魔法の才能が無い」という事実を長々と説明した。
激昂して自棄になってもおかしくない。心が折れても仕方がない。
しかし、ナルナが俺のことを信頼しているなら次の言葉は決まっている。
「で? 私は何をすれば良いの? 何でもするから言いなさい」
惚れ惚れするような模範解答だ。
20階層を踏破するために本当に必要なもの、それは才能の有無なんかじゃない。才能が無いことを認め、相応の努力をする覚悟だ。
当然、俺はその覚悟に応える。
「今後ナルナにしてもらう訓練は、脳内チェス、複雑な計算式の暗算、箸かなんかを使っての積み木、このあたりだ。さっき仮想処理能力は後天的には身につかないと言ったばかりだが、何事にも例外はある。だから万に一つの可能性に懸けて全力を尽くせ」
「わかった」
ナルナは踏破者としては二流三流かも知れないが、リーダーとしては一流だな。
万に一つの可能性について言及しないでいられる踏破者がどれだけいるか。ここでクラ長に求められるのは覚悟だけだ。雑念はクラスタ全体の士気に関わる。
そしてここはナルナが作ってくれた勢いに乗るべきだろう。
もう一人の愛すべき問題児に注目すると、それを察したサラは居住まいを正す。
「次いで剣闘士の才能について話すが、これは超単純。直感という名の神経伝達速度だ。わかりやすいのだと徒競走のスタートダッシュだな。号砲という外的要素を受けて、足を動かすまでの反応速度。この速さが剣闘士の才能だ」
人間の身体は筋肉によって動き、筋肉は脳から発される電気信号によって動く。
そして脳から筋肉に電気信号が走るまでの所要時間、数値にすればミクロの世界だが、剣戟を交わす近接戦闘ではその差が全てだ。
「無論、身体を鍛えればある程度の立ち回りはできる。剣闘士は魔闘士と違って己が肉体の延長線で立ち回るからな。そういう観点から言えば、二週間みっちり俺と打ち合ってれば20階層を踏破する程度の実力は身につくだろう」
訓練の質は「何を」「誰と」行うかで決定的に変わる。
その点、この世界に俺以上の踏破者はいない。俺並みになる、のはまず不可能だが、相応のレベルまでは容易く引き上げられるだろう。
しかしそれ以上を……学府の頂点に立ち、立派な剣闘士になることを望むのであれば、やはりそれ相応の努力を覚悟しなければならない。
「ふっ。20階層の踏破は通過点に過ぎません。それ以上を目指せるなら何でもする覚悟はありますが……そもそも神経などどうやって鍛えれば良いのですか?」
何も無い荒野に一歩踏み出すのと、先人の足跡を追って一歩踏み出すのでは勇気の必要量が桁違いだ。
サラも気の強い方だとは思うが、この覚悟ある返答を捻り出せたのはナルナが足跡を残していたのが大きいと言える。クラ長の面目躍如だな。
「お察しの通り、神経伝達速度そのものを強化するのは極めて難しい。二週間じゃまず無理だ。だから疑似要素として動体視力と周辺視野を鍛える」
「ふむ。その二つを鍛えることにはどういった意味がありまして?」
「人間は外的情報のほとんどを視覚から得てるからな。となりゃ視野が広ければ対応の幅が広がるし、動体視力が優れていれば相手の次の動作を想定できる。それは反応速度を改善することに等しい」
「なるほどですわ。視力を鍛えるとは面白い発想ですわね」
剣闘士と言っても剣だけ振ってりゃいいわけじゃない。納得してくれたようで何よりだ。訓練の意味を理解してるのとそうでないのとでは経験値が違ってくる。
「つーわけでサラの訓練は、お手玉、キャッチボール、それとダンスあたりだな」
「ダンス、ですか?」
「ああ。俺が相手する。ダンスは相手と動きを合わせるもんだからな。流動的な身体の動かし方って奴を俺が直接叩き込んでやるよ」
俺もダンスに詳しいわけじゃないが、昨日、ナルナたちと別れた後にメジャーなものは全て覚えておいた。全身を使うもの、ステップが重要なもの、繊細な表現力が必要なもの、不足はないはずだ。
「で、えーと。あとはアルゥの指導に関してなんだけど……」
待ってましたとアルゥが目を輝かせる。
ナルナとサラに丁寧な説明をしただけに、自分にも丁寧な説明があると思っているのだろう。期待という概念が目に見えるようだ。
「はいっ! あ、指導の前になんですけど、その……ココロさんのこと、師匠って呼んでも良いですか? ココロさんは尊敬に値する実力者ですし、何より僕が理想とする男性像にぴったりなんです! ですから、踏破者としての教官だけじゃなくて、人生の師匠になってくれれば嬉しいな、と考えているんですが……」
「……えぇ……?」
理想とする男性像って……俺を人生の師匠にしたら反社ルートまっしぐらだぞ。
そして、アルゥを反社に染め上げたなんて話がお袋の耳に入ろうものなら……何がどうとは具体的に言えないが、ヤバい。とにかくヤバい。
し、しかし、これだけの美少女にうるうるの上目遣いで懇願されたら、身の破滅とかどうでも良くなっちゃう……俺はニカッと小汚い笑みを添えて親指を立てた。
「……わ、わかった。とにかくアルゥの好きなように呼んでくれ……」
「はいっ! 改めて、よろしくお願いしますね、ししょー! 押忍!」
「押忍押忍押忍……」
こんな美少女に「ししょー!」呼びで慕われて、「押忍!」という究極の可愛いを見物できるとか……前世の俺はどんな徳を積んだのかな? 今は手持ちが少ないから一呼び1万エンくらいだとありがたいんだけど。
「……で、えーと。アルゥの指導に関してだが、弓を使ってもらおうと考えてる」
「弓、ですか? 僕、弓使ったことないです。それに、お恥ずかしながら金欠でして、実用に耐えうる弓を買うお金はなくて……」
呪文一つで奇跡を起こせる魔法と違い、武器は装備するだけで金が掛かる。
特に弓は本体の手入れもさることながら矢の補充が馬鹿にならない。一応、矢の再利用も可能だが、それはいわば奥の手だ。安定性を求めるなら矢は常に新品であることが望ましい。だからやっぱり金が掛かるのだ。
「ああ、金の話なら心配すんな。弓矢一式は俺の方で手配しといた。ナルナとサラに関してもそれっぽい装備を見繕ってある。これから昼メシがてら取りに行くぞ」
全て昨夜の内に手配済みだ。それなりに金を積むことになったが、20階層踏破のために全力を尽くすって約束したからな。金で解決する話なら金は積む。
「お昼ご飯は食べるけど、そんなのんびりしてる暇あるの?」
「あるある。むしろお前らの物わかりが良かったから時間は余ってるよ。俺としちゃナルナとサラを慰めるのに二日くらい掛かると想定してたからな。ま、息抜きも兼ねてだよ」
立ち上がり、有無を言わさず歩き出す。こうすれば何か思うところがあっても付いてくるしかあるまい。結局、三人は間を置かずに俺の後に続く。
さあ、楽しい楽しい社会科見学の時間だぁ……。
〈用語解説〉
・「脳内チェス、複雑な計算式の暗算、箸かなんかを使っての積み木」
仮想処理能力の強化は気休め程度で、クラスタリーダーとしての才能を光らせるために考案された。脳内チェスと暗算によって「現状を正確に把握する能力」を養い、積み木によって「イメージと実際の出力の齟齬」を認識させる。
なお脳内チェスはフル盤面でやるつもりはなく、駒を減らし盤面を縮小したものを想定。当然相手はココロが片手間で務める。
・「お手玉、キャッチボール」
そこそこ理に適った訓練であり、やり遂げれば剣闘士としての成長は確実。
お手玉の目的は、両手の動きの高度化、および視野の強化。後者については不規則なタイミングで玉を追加することで視野を意識させる。
キャッチボールの目的は、純粋に動体視力の強化。速球への対応、もしくは球に色や数字などを書き込み回転を目視させる。