第13話 心の距離の詰め方
次元塔の踏破を生業とする踏破者にとって死とはただの前提条件だ。どんなに凄腕の踏破者でさえ死の経験がないというのはまずあり得ない。
未踏階層の踏破に挑み、死んで、問題点を洗い出し、再挑戦する。死を省ければ言うことなしだが踏破者の日常はこの繰り返しだ。
だから踏破者としての訓練も死を前提とすることが望ましいが、人類社会が築き上げてきた倫理観がそれを許さない。単純に人的資源の消耗も懸念される。
しかして、「死」という究極の問題を解決したのが学府というわけだ。
俺としては演習場を利用するつもりだったのだが、ナルナ曰く「演習場はいつも満員だから、普段から校舎裏を使ってる」とのことなので、人気の無い校舎裏で訓練することになった。
……学府の【疑似聖域特性】は敷地全てに適応されるらしいので校舎裏を使うこと自体は良いのだが、本当に混雑が理由なのか、それとも別の理由があるのか。
まあ、三人の切なげな表情を見たらどっちなのかとは聞けないわな。
「【Arta】【Ern】【Magna!】」
「あのな、一発も当てられないのに五発撃ってどうすんだよ。数撃ちゃ当たるってか? 運任せで戦うなら訓練なんて意味ないぞ。まずは一発、必中を狙え」
ナルナ・ジオライト。魔闘士志望で〈遙かな旅〉のクラスタリーダー。
射出魔法で顕現する飛翔体の数は連結させた数字系単語によって変動する。今回は【五】と連結したようだが無駄撃ちと断言して良い。
回避を想定して綿密な軌道設定をするならまだしも、ナルナは適当に前に撃ち出すだけ。着弾の確率を高めたいのはわかるが、顕現数を増やすのは一発を確実に当てられるようになってからだ。それが練度を高めるということ。
「今ですわっ!」
「仲間の後隙をフォローするのは良いが、手だけで剣を振るな。下手に当てたら手首にひび入るぞ。剣は身体全部を使って振れ。下半身から上半身、そんで腕から剣の先端まで、淀みなく力を伝達させろ」
サラ・アリューン。剣闘士志望で実剣の装備が特徴。
何歩も無駄なステップを刻んでようやく接近、そして下段に構えていた実剣をわざわざ上段に構え直してからの袈裟一閃。
まともに振れているなら救いもあったが、豪快に叩き割ることも、鋭利に切り裂くこともできない見掛けだけの張りぼてだ。芯がない。
「とっ。アルゥはこのままで良いぞ。いやマジで言うことないから安心しろ」
「は、はいっ!」
アルゥ・アゼルクティオ。射手志望の超絶美少……年。
狙撃手タイプの射手に求められるのは状況の推移を予測する感度だ。
なにせ撃ってから対象に着弾するまで距離がある。その間、狙撃対象はもちろん仲間だって動く。それらを正確に予測できなければ狙撃なんて機能しない。
その点、アルゥの狙撃は20階層どころか30階層でも通用する。アルゥには悪いが本気で20階層踏破を目指すなら負担を強いることになるだろう。
「……そろそろだな」
特任教官の役目を引き受けたその瞬間から、話すと決めていたことがある。
ともすれば未来ある若者の心を折りかねない繊細な話題だが、断言できる。この件に触れておかなければ〈遙かな旅〉は絶対に20階層を踏破できない。
「よっと」
「ひゃあっ!」
ここは無制限の死が許されている学府だが、無駄に殺すつもりはない。
まずは適当に足を引っかけナルナとサラを転ばせる。少し離れた場所から狙撃していたアルゥは手で制することで中断を伝えた形だ。
「よーし。訓練は一旦中断。全員、集合して三回深呼吸しろ」
軽い立ち合いのおかげで適度に心拍が上がっている。脳に十分な酸素も行き渡った。集中力が高まり、思考回路が最もパフォーマンスを発揮する状態。
この状態で話をすれば誤解は発生しない。仮にお互いの認識が食い違ったとしても、それは誤解ではなく無意識の本意だ。
「……魔物との戦闘も異常だったけど、こうして立ち合って改めてわかった。あんたマジでヤバいわね。三人掛かりでも勝てる気がしないとかどうなってるの?」
もはや尊敬を通り越し、同じ人類なのか疑うような目だ。
しかしまあこの手の反応には慣れてる。ガサ入れの時、変態連合の構成員である警らに「化物め……!」って言われるのは伊達じゃないってこと……。
「ま、あんたのヤバさは後で詳しく話を聞かせてもらうとして……どう? 私たち、期限内に20階層を踏破できそう?」
片鱗も片鱗だが、圧倒的な実力を披露した俺の言葉には「説得力」が宿る。だから俺の返答を待つナルナたちの態度はそれはもう真剣だ。
……しかし、そう。真剣になってもらわなければ困る。〈遙かな旅〉、特にナルナとサラには現状を正しく認識してもらう必要があるからだ。
「そのことについてだが、今から大切な話をする。俺はこれを、恋人に愛を囁くように甘く優しく告げても良いし、王国警ら隊の指導教官も納得の直接的表現で告げても良い。ナルナ。どっちか選べ」
多数決の出番ではない。ここはクラ長が独断で決めるべき場面だ。
クラ長は責任を負えば負うほど強くなるくらいの精神力を持つべき、ってのが俺の持論だからな。この独断が〈遙かな旅〉を救う時がきっと来る。
「まどろっこしいのは嫌いなの。早くわかりやすい方でお願い」
「そう答えると思ってた。単刀直入に言おう。まずは魔闘士志望のナルナ。お前に魔闘士の才能はない」
「……そう」
次いでサラを見る。それを察したサラは一つ頷きあっさりと答えた。
「わかっておりますわ。私には剣闘士の才能がない。そう言いたいのでしょう?」
「ああ。もう二度もお前たちの立ち回りを見たからな。間違いない」
次元塔での対魔物戦で一回、そして俺を相手にした対人訓練で計二回。
俺くらいになれば立ち振る舞いだけである程度の察しは付く。そんな俺が二度も観察したんだから間違いない。
才能という概念を具体的に説明するのは難しいが、それでもあえて言う。
魔闘士を目指すナルナには魔闘士の才能がなくて、剣闘士を目指すサラには剣闘士の才能がない。
「それなら別に改まってする話でもありませんわ。学府では耳にたこができるほど聞かされた話ですもの。ねえナルナさん」
強がったり取り繕っている様子はない。サラがこれ見よがしに肩をすくめると、俯いて押し黙っていたナルナが突如として地団駄を踏み始めた。
「ほんっと腹立つんだからあいつら! なーにが魔法の才能がないんだから剣に集中しろよっ! 私は世界で二番目にすごい魔法使いになるって決めてるんだから剣なんて振ってる時間はないっつーの!」
次元塔で俺の戦闘を見たとは言え、それだけの縁で教官を頼もうとするのは変な話だと思ってたが……なるほど、こういうわけか。
学府を見限ったのか、それとも学府から見限られたのか。
退学が懸かった課題を出されていることを考慮するなら……まあ、見限られたと言うべきなんだろうな。じゃなきゃ特任教官なんて思い付かない。
「サラも似たような意見ってことで良いんだな?」
「そうですわね。私は立派な剣闘士になりたくて学府に入学したのです。魔法を使えと言われても困りますわ」
アドレ魔導学府の校是は単純明快、優秀な踏破者を輩出すること。
そして優秀な踏破者というのは剣と魔法の両方を十全に扱える者だ。両方が無理ならどちらかを人並み以上に扱える者だ。
だから学府としては、魔法を扱う才能がない学生には剣の訓練に注力しろと言うし、剣を扱う才能がない学生には魔法の訓練に注力しろと言う。
そしてナルナとサラは、“素晴らしい才能”を伸ばそうとした学府を拒んだ。
その結果が退学の危機だ。背水の陣なんて表現は良く言いすぎ、自業自得と言われても仕方ない。
「……で、なに? あんたも無い才能は磨けないって言いたいわけ?」
強い意志に混じる若干の敵意、不安、緊張。
考えてることが目に表れるのはナルナの良いところなんだが……ナルナも緊張するんだな。いやまあ思い返して見ればゴスロリさん相手には萎縮してたか。
ただ、ひどく個人的な感想を言って良いなら、ナルナに不安の感情は似合わない。まだ三日にも満たない付き合いだが緊張した面持ちに強烈な違和感を覚える。
だからナルナ、俺がお前を完璧にしてやるよ。
「まあ確かに? 学府の言い分もわかるさ。個々人の適正に合った指導は効率的だし、指導を受ける方だってメリットが多い。世界最高峰を謳う学府からすりゃ無い才能にこだわるお前らは厄介なお荷物だったろうよ」
これ見よがしに肩をすくめる。残念ながら事実しか語ってない。
そして事実だからこそこれ以上ない燃料になった。瞬間、ナルナの瞳が燃え盛る炎を思わせるような激情を帯びる。
よし。気炎は十分。あとは“確信”があれば20階層の踏破なんて容易い。
今までの辛い経験が20階層を踏破するという未来に確信を持たせてくれないのなら、俺が、お前らの分もまとめて確信してやるよ。
「だがな、俺は社会不適合者。効率って言葉と最も縁遠く、時には命よりもこだわりを優先する酔狂の達人だ。そんな俺からすれば、才能の有る無しなんてどーでも良いんだわ!」
言うが早いか、俺は人類最高峰の身体能力をフル活用してナルナとサラの間に瞬間移動、そして反応を示す前に二人の肩に手を回してぐいっと抱き寄せる。
「ちょっ!」
「い、いきなり何ですの!?」
抱き寄せられたナルナとサラは顔を真っ赤にする。
生理的嫌悪の反応ならやり方を変えるつもりだったが、そうじゃないならこの体勢のままで続行だ。物理的距離と精神的距離は比例するもんだからな。
「まあ聞けよ。そもそも俺は20階層の踏破が無理なんて一言も言ってない。どうしたって回り道にはなるが、最後まで俺が道案内してやるよ。だから安心して付いてこい」
そう言ってガシガシと二人の頭をなで回す。頭部、より正確に言えば頭髪に触れるのは中々の距離感のはずだが目立った反発はない。
ま、今回の場合は頭髪への接触が許されるほど仲が良いってわけじゃなく、俺の発言を吟味することで忙しいのだろう。
「……学府でだって、最初から疎まれてたわけじゃない」
「お?」
「私の夢を応援してくれる友達もいた。でもカリキュラムが進んで、成績に差が付くにつれて……理解できないものを見るような目で離れていった。今は調子良いこと言ってるけど、あんただってそうなるんでしょ……?」
今にも消え入りそうな声音。
正直、俺は俺ほど周囲に恵まれた奴はいないと思ってるから、周囲から冷遇されて生きてきた奴の気持ちはよくわからない。
だから今までの経験なんて考慮しない。わからないことを考えても仕方ない。
俺はこいつらが気に入った。だからこいつらにも俺のことを気に入ってほしい。
そう思った瞬間、嘘偽りのない言葉が自然に溢れてきた。
「俺は、何があってもお前らのことを見限らない。たとえどんな困難が待ち受けていたとしても俺が何とかしてやる。だから、お前たちは気が済むまでこだわれ」
踏破者である前に十代の少女だ。
触れ合って想いを伝えることには慣れていないだろうから、気を遣える社会不適合者である俺は二人から離れ言葉による返答を待つ。
そしてナルナは、この出逢いが運命であったことを肯定した。
「……嘘だったら、殺すからね」
「ああ。そんときゃ射撃魔法の的にでもなってやるよ」
嗚呼、学府文学。ほんの少しだけ、学府の事を好きになれたような気がした。
〈用語解説〉
・「才能」
日常的に使われる単語であり、時にはその有無が人生すらも左右してしまうが、「才能とは何か?」という問いに人々は絶対的な答えを持たない。
それはひとえに、才能が目には見えない曖昧な概念だから。
一応、行動に伴う結果を数値化、それを他者と比較することで「才能の有無」を客観的に判断することは可能だが、そこまで手間を掛けても「絶対的な普遍性」を証明することは難しいため、都合良く曲解され続けてきた。
その結果、才能は成し遂げたい何かを諦めるための口実になった。