8th page その時、義姉(わたし)は盗み見しておりまして
【2020/8/23:追記】編集が上手く行っておらず、内容に一部未反映の箇所があるため、一旦改稿いたします。ご迷惑おかけいたします。
【2020/8/24:追記】修正版を投稿いたしました。
「それでは、私はこれで失礼します――」
そう言って、私は静かに談話室の扉を閉めた。
(――まさか、こんなことになるなんて!)
深呼吸をして、私は急いで書庫へ向かう。
『もしやその文字は、ニホン語……なのでは……?』
殿下へそう訊ねた時のあの反応。
明らかに、殿下は動揺されていた。
(……殿下があそこまで動揺なさった理由はなに? アビゲイルに伝えた時も驚いていたようだし……)
きっと、二人にしかわからない〝何か〞が、あの文字には隠されているのだ。
私は書庫への扉を開き、魔方陣が描かれた机に向かう。
《エイヴリル……あの二人は――》
書庫に入った途端に、ノア様の《聲》が聞こえてきた。
「ノア様、申し訳ありませんが、しばしお待ちくださいませ!」
私は席に着き、呪文を唱える。
いつもの精霊との感覚共有。
案の定、二人の《精霊の加護》を持つ者がいる談話室の光景が、意識しなくとも頭の中に最初に写し出された。
(殿下、申し訳ございませんっ!)
ギディオン殿下は「あまり人目に着きたくない」と仰っていたので、本邸ではなくこの離れにお通したのだけれど。
(本当は二人の会話を盗み聞くためだったなんて、絶対に言えないわっ)
この事は、墓場まで持っていこう、私がそう思っていた矢先――
『――その気持ち、めちゃくちゃわかりますっ!』
途端に耳をつんざく声が聞こえてきた。
それはアビゲイルのものだった。
(今のは、アビゲイル? ……って、殿下に対してフランク過ぎよ!!)
けれど、ギディオン殿下は、アビゲイルの態度を気に止めていない様子だった。
(いつの間に、二人は親しくなったの? この短時間でそんな仲になったとは考えにくいし……)
私が談話室から離れたのは、長くて数分。
その僅かな間に、二人が親しくなるような話題なんて……共通の趣味の話とか?
しかし次の瞬間、アビゲイルの真剣そうな声が聞こえてきた。
『……でも、今はハーレムエンドを目指しています』
(――ん?)
何、エンドですって?
確か、〝ハーレム〞はどこかの国で『一人に対して、多数の異性が恋愛的感情を向ける状態やそれらが集まる場所』という意味を持っていたはず。
――それを、アビゲイルが目指しているですって?
(何てことをそんな真面目な声のトーンで……っ! しかもよりによって殿下の御前で宣言しているの、あなたは!!)
顔が熱い。とにかく熱い。
義妹が口にしたことで、どうして私がこんなに動揺しなければならないのか。
精霊との感覚共有には、精神の集中力も求められる。
これでは、せっかく共有先の声を聞こえるようになったのに、心が乱れてしまって仕方がない。
けれど、殿下の落ち着いた、そして真面目な声が、私を引き戻した。
『――エイヴリルか』
――私? どうして、そこで私の名前が出てくるの?
訳がわからないわたしを置いて、殿下の言葉にアビゲイルが頷く。
『はい。私は、お姉ちゃんを助けたいんです』
――はい?
(どうして、私がそれで助けられることになるの?)
疑問符ばかりが浮かぶ私をよそに、二人は会話を続ける。
『エイヴリルはどのコウリャクタイショウでも必然イベントに関わってくるからな。……現状の感触的にはコウカンドはどう思う?』
(……まさか、殿下の口からコウリャクタイショウの名前が出るとは思わなかったわ……)
コウカンド? 好感度? 高感度? どういう意味かしら?
殿下の質問を受けて、アビゲイルは何かの数を数えている様子だった。
『前よりは良くなってる……とは思います。でも、お姉ちゃんは基本的に私のこと避けるし……』
――う。バレている。
『クライドとも、そんなに会えていないのでコウカンドも上がっているか怪しいし……』
(クライド? 彼も関係しているというの?)
次から次へと、わからないことばかりだった。
『このまま行けば、精霊感謝祭は間違いなく必然イベントに入る。そうなれば――』
ギディオン殿下が一瞬言い淀む。
その言葉の続きを口にしたのはアビゲイルだった。
『――お姉ちゃんは十中八九、狂気に陥り死亡します』
(――はい!?)
『――俺としても、それは避けたい』
アビゲイルは、姉や兄の存在に憧れがあったと語る。
だから、私のことを本当の姉だと慕っていた、と……。
アビゲイルの表情が曇っていく。
『確かに、お姉ちゃんは〝私〞に対して、あまりいい印象がないのはわかってます。
でも、私はお姉ちゃんを助けたいし、今よりもずっと仲良くなりたいんです!』
(……アビゲイル……)
殿下も頷き、二人は握手を交わしていた。
《――リル、エイヴリル!》
再び聞こえたノア様の《聲》。
「……ノア様。申し訳ございません。何でしょうか?」
いけない。
何度呼んでも返事をしなかった私のことを、ノア様は少しお怒りのようだった。
《なぜ、あの二人がここにいるの? いいや、なぜあの二人をこの屋敷に招いたの?》
「はい。二人が同じ国の言葉を使っていたようなので、殿下が義妹と会って話がしたい、と仰って……」
正確には、先ほどまでギディオン殿下はその相手がアビゲイルだったと知らなかった訳だけれど。
(それでも、二人はすぐに打ち解けあっていたようだし……)
《……そうか。じゃあ、聞き方を変えよう。あの二人は何を話していたんだい?》
ノア様の《聲》が、少しだけ大人びて聞こえた気がした。精霊が成長するなんて聞いたことはないけれど。
「それが、私にもわからないことばかりで……」
ハーレムにしたいとか、私を助けたいとか。
《……そう》
私の説明では要領を得ないと判断されたのか、ノア様は沈黙してしまった。
とはいえ、当の本人でもある私も、先ほどの脈絡がない会話に思考は完全に迷宮へ入っていた。
その中でも、一番私を惑わせているのは――
(……私が〝狂気に陥り死亡する〞って、どういうことなの?)
そしてその言い振りから推測するに、それはアビゲイルだけでなくギディオン殿下もご存じのことだった。
《精霊の加護》を持つ者の中には、未来が視ることが出来る人間もいるらしい。
もし二人が言うことが本当ならば、私は近いうちに死ぬのかもしれない。
そして私は、頭の中でもう一人の少年について思い出していた。
最近はよく授業を休みがちだけれど、密かに図書館に入り浸っているという話を耳にしていた。
確か彼も、未来を視ることが出来る存在だった。
(学園史上最年少の精霊魔術師……)
アーヴィン=クラレンスは、私が学園の中等部二年生の時に編入してきた少年だった。
市井の生まれでありながら生まれてすぐに精霊の祝福を受けた彼は、精霊魔術師を多く輩出する貴族のクラレンス家に引き取られ、養父であり宮廷精霊魔術師でもあったルーシャン=クラレンスによって幼い頃より精霊魔術を学んでいたという。
そして齢十一歳の時、彼は筆記も実技も最難関と言われている宮廷精霊魔術師の試験に合格し、最年少の精霊魔術師となったのだ。
本来ならば、この学園に入学する必要のない立場を手に入れた彼だ
けれど宮廷精霊魔術師として一年目を終えた年、彼の身にとある変化が訪れた。
触れた人間の未来がわかるようになったのだ。
宮廷の筆頭精霊魔術師だったルーシャンは彼の状況について、ひとつの結論を導きだした。
それは《精霊の加護》が強いが故に、アーヴィンはその力を上手くコントロール出来ていないというもの。
そしてアーヴィンにこの学園へ入学し、精霊魔術師として一から鍛え直すよう命じたということだった。
それが、これまでに私が聞いてきたアーヴィン=クラレンスについてのすべて。
実際に彼とは、クライドと同様にずっと同じクラスメイトのはずなのだけれど、その実、あまりは話したことはなかった。それはひとえに彼が普通の授業に出る来ることがなく、精霊魔術の授業にだけ出席しているからだったのだけれど。
その他に、私を含めたクラスメイトを彼自身から遠ざけているもうひとつの要因があった。
それは。
「何? また来たの?」
アーヴィンの人を寄せ付けないその物言いと、態度だった。
図書館の床に座りながら、指一本の長さよりも分厚い本を開き、横目で私に問いかける彼。
灰色の髪から僅かに見えるアメジストのような紫色の瞳は、一瞬こちらを見ただけですぐに本へと戻っていった。
その横顔は、十五歳の少年というわりには落ち着いている。
「ええ。また来たわ」
初日に来た時よりも、気付いてもらえるのが早くなった気がする。
私は彼の横の床に腰を掛けた。
最初は彼の態度に言葉を失ってしまったものだけれど、一週間通いつめたお陰でて少しは心が鍛えられたようだ。
「始めに言ったよね? 僕は貴族が嫌いなんだ」
「ええ、聞いたわ。でも、学園では、ただの同級生でしょう?」
この学園では、貴族や平民といった生まれで判断されることはなかった。
稀にごく一部に異なる考え方を持つ生徒もいるけれど、学園は基本的にそれをよしとはせず、あくまで自由と平等の精霊の名の許に双方を平等に扱っていた。
今は放課後。
今週は特段重要な作業も残っていなかったため、クライドに生徒会には少し遅れるという言付けを頼んで、私はアーヴィンがいるという噂の図書館へ来ていた。
「何度も言うようだけれど、どうしてもあなたに、してもらいたい頼みがあるの」
「……なんで、僕がただの同級生の君の頼みなんて聞かなくちゃいけないの?」
アーヴィンが、ページを捲りながらこちらを見向きもせずに告げる。
なんと、言質を取られるとは。
けれどアーヴィンは昨日、その言葉を残してどこかへ行ってしまったことを考えると、あと一押しか二押しでいける……かしら?
「お願い。精霊魔術師であるあなたにしか頼めないことなの。アーヴィン=クラレンス」
この国で、許可なく精霊魔術を行使することは精霊魔術師以外禁じられている。
それはこの学園に通う《精霊の祝福》を受けた生徒も対象となる。
けれど、既に精霊魔術師の資格を持つアーヴィンは、その縛りの中にはいなかった。
「……報酬は?」
少しの沈黙の後、本にしおりを挟んで閉じたアーヴィンが私の方に顔を向けた。
私を見上げる二つの紫の瞳。
相手に頼み事をする側の人間として、私は彼と同じ床に膝をついて言う。
「……何がよろしいの?」
試されていたのなら、ここでアウトだったのだろう。
けれどアーヴィンは表情ひとつ変えずに告げる。
「その〝頼み〞ってのを聞いたら、もうここに来て僕に関わらないって言うのなら、いいよ」
どうやら、彼の貴族嫌いと言うのは筋金入りのようだった。
金銭的なものを要求されると思っていた私は、呆気に取られた声をあげてしまう。
「そんなことで、いいの?」
「……なに? 人のことバカにしているの?」
私は前に彼と話をしたことがあった。
けれど二言三言だけ交わしただけで、彼の本質的なところまで理解するには不十分だったようだ。
「そんなことはないわ。ただ、あまりに予想と違ったから……」
「ねえ、一応、精霊魔術師は奉職の位置付けだって知ってるよね?」
確かに。精霊の恩恵を国にもたらす役割を担う精霊魔術師は、奉職に当たる。
言い淀む私に、アーヴィンは溜め息を吐いて立ち上がった。
「で、僕に何をしてほしいの?」
私はアーヴィンに感謝を述べて、本題に入ることにする。
ここまで来るのに、一週間かかってしまった。
予想が正しいのなら、私に残されているのは、もうあと一週間しかない。
「私の未来を視てほしいの……視ていただけるかしら?」
アーヴィンの手から本がこぼれ、挟まれていたはずのしおりが、ページの間からひらりと落ちた。
【アビゲイルのスタエンメモ】(ファンブック一部引用、一部抜粋)
◆セブリアン=ソロス・オロス
「おい、そこの女生徒……廊下は走るな!」
学園の教師。約十年前に記憶喪失の状態で発見され、以降は学園長の計らいで学園にて生活を送り、教師となる。
異国の血に見られると言う黒髪黒目という特徴から、生徒たちからは影で〝魔王〞と呼ばれている。
精霊魔術師の使い手であり、主人公のクラス担任であると同時に精霊魔術師の授業でも教鞭をとっている。またその教え方はややスパルタ気味ではあるが、腕前は確か。
◆攻略とネタバレ
入学初日に学園内での行動で【教えてもらった教室へ行く】を選択し、かつ【(迷っちゃいそう…)】を選択すると学園の研究棟前で出逢うことが可能。
普段は無口、無表情だが、内心では生徒たちのことを大切に思っており、第一に考えている。
研究棟での出会いの際に【黙って逃げる】か【素直に謝る】かで初期好感度が決定。以降はランダムで遭遇し、会話の中で出現する選択肢により好感度が変動。
ある日の授業で補修を受けることになり、課題をしている時にされる「精霊魔術になることはいいことか否か」という質問に【目的ははじめから決まるものではない】を選択することでセブリアンのトゥルーエンディングが解放される。