7th page その日、転生者(かれら)は逢いまして
いつもご覧いただき、ありがとうございます!
今回はいつもと視点人物が異なります。
王都の郊外に居を構えるスプリング侯爵邸へ、ギディオン=クロスハートが訪れたのは、精霊感謝祭を数日後に控えた週末のとある日。
視察の公務が終わってからの訪問のため、時刻は昼を過ぎていた。
「ギディオン殿下。遠路はるばるよくお越しくださいました」
「これは侯爵。出迎えすまないな」
ホールで出迎える、侯爵と侯爵邸の者たち。
「……本日は、一体、どのようなご用件で?」
「あ、ああ。貴公のご令嬢に用があってね」
「それは。一体――」
〝どちらの娘の方なのか〞。
スプリング侯爵の様子は、その言葉を飲み込んだように窺えた。
「ギディオン殿下」
その言葉を微笑みでかわしていると、そこに一人の令嬢が現れた。
纏っているのは、普段学園で来てる制服ではなく、クラシカルなロングワンピース。
彼女の雰囲気に似合う落ち着いた茶髪は、その瞳の深緑と合間って、彼女の知的さを醸し出していた。
「お出迎えが間に合わず、申し訳ございません」
彼女の名は、エイヴリル=スプリング。
急いで来たのか、彼女の肩と胸は少し弾んでいた。
「構わないよ。君が出してくれる美味しい紅茶に、準備がいるのは知っているからね」
そう言いながら、彼女へ微笑みを向ける。
「もったいないお言葉ですわ。どうぞこちらへ。ご案内いたします」
呆気に取られているであろう侯爵たちに会釈をし、ギディオンはエイヴリルの後に続いた。
エイヴリルに連れられてギディオンが辿り着いたのは、侯爵家の庭園を抜けた先にある離れだった。
「しばし、お手をお借りしてもよいでしょうか? 殿下」
エイヴリルは恐縮そうに告げる。
その言葉の意味を理解していたギディオンは、微笑んで左手を彼女に差し出した。
「ありがとうございます。それでは――」
エイヴリルは、すぅと深呼吸をすると、言葉を綴った。
「――《彼の者、我が許しを得てここに在り。さすれば汝も、それを認めよ》」
その瞬間、ギディオンの手を伝って微かな稲妻が走る。
痛いと感じる暇もなく、すぐに普段の感覚へと戻っていった。
「……大丈夫、だったでしょうか?」
放された手を何度か握るギディオンに、エイヴリルが心配そうに訊ねる。
「ああ。この離れの精霊は、随分と君のことが好きらしいな」
「そう、なのでしょうか……」
見るからに頬を染めて嬉しがるエイヴリル。
普段の彼女は、どちらかと言うと凛々しいと感じることが多い。
だからこそ、あまり想像出来ない反応にギディオンはくすりと笑みか溢れてしまった。
ギディオンの言った言葉に嘘はない。
この離れを守護する精霊は、《始まりの精霊》に次ぐ存在だった。
その精霊は《誓約》を交わしたエイヴリルの母親同様に、娘の彼女のことを大切に思っているらしい。
エイヴリルにとある部屋へと案内される。
そこは、談話室と呼ばれるような、落ち着いた装飾が施された部屋だった。
そして丸テーブルと用意された二つのうちの一つには、素でに先客が座っていた。
「君は――」
ギディオンたちの入室に気付き、その人物は立ち上がる。
エイヴリルとは違って、彼女は学園の制服姿だった。
「ギディオン殿下っ」
アビゲイル=スプリング。
エイヴリルの義理の妹に当たる少女だ。
先ほど会った侯爵譲りの短い金髪が、カーテシーと共に揺れる。
きっと彼女がエイヴリルの言っていた人物なのだろう、と独り合点を打ちつつ、ギディオンはアビゲイルに対して微笑んでみせた。
心の中で、もし彼女が本当にそうなのだとしたら、試さなければならないと思いつつ。
エイヴリルが紅茶を用意した後、静かに談話室から去っていった。
ここまでお膳立てをしておいて彼女が何も詮索してこないのは、ひとえに〝他人にはあまり知られたくない〞という願いを口にしたギディオンにあった。
二人の息をする音だけが、談話室に静かに溶ける。
「――早速だが、単刀直入に君に問おう。アビゲイル=スプリング」
始めに口を開いたのは、ギディオンだった。
「……どうぞ。ギディオン殿下」
アビゲイルも、これから始まる何かに心を決しているという顔付きに変わる。
ギディオンは口許に組んだ手を合わせながら、〝それ〞を口にする。
「『君が僕を忘れても、』――」
「『僕は君を忘れない』」
間髪を入れずに、ギディオンの言葉の後にアビゲイルが言葉を紡いだ。
まるで元々はひとつの文章だったような言葉の響き。
否、そうなのだが。
アビゲイルの言葉を聞いて、ニヤリとギディオンの口許が綻んだ。
――いいや、まだだ。
まだ、確証を得るには早すぎる。内心は嬉々としていたが、ギディオンは平静を装って、再度口を開いた。
「『その瞳に映る景色は』――」
「『あの日の夜空』」
二つ目も、アビゲイルはこれしかあり得ないと言わんばかりに即答で答える。
そしてギディオンから見ても。対するアビゲイルの表情は、とても輝いているようにさえ窺えた。
そして、三つ目。
――これで最後だ。
「『スターダスト』――!」
「『エンゲージ』!!」
アビゲイルが後手の言葉を紡ぎ終わった瞬間。
それは、互いに確信へと変わった瞬間でもあった。
ギディオンは思わず座っていた椅子から立ち上がっていた。
そしてそれは、対するもう一人――アビゲイルも同様で。
両者は互いの目を見つめ、確信を伝え会うように、次の瞬間には固く手を結び合っていた。
ギディオンは、自身の表情が珍しく高揚感に彩られているような気がした。
内心では驚きと喜び、そして少しの恥ずかしさがある。
一方のアビゲイルは、まるで故郷とは遥か離れた異国の地で、親友と再開した時のように満面の笑顔であった。
「……まさか、俺以外にも転生者がいたとは」
ギディオンが思わず言葉を落とす。
アビゲイルも首を大きく頷かせ、同意する。
「それはこちらのセリフですよ! お姉ちゃんから〝あなたと同じ文字を書いている人物がいた〞って聞いた時はびっくりしたんですからね」
長い握手を終えた二人は着席し、それぞれエイヴリルが淹れた紅茶で喉を潤した。
「まぁ、俺が思い出したのは、つい先日のことなんだがな」
ギディオン自身が前世の世界について思い出したのは、先日の公務の視察で遠方に訪れていた時のことだった。
突然めまいに襲われ気を失ったと思ったら、脳裏に数々の見たことのない風景や人々がフラッシュバックした。
それにより、彼は自身の前世を思い出し、現在の人生がとある乙女ゲームの登場人物であることに気付いてしまったというわけだ。
「……私は、この家に来た時――六歳の時に思い出しました」
アビゲイルは小さく頷く。
そしてギディオンは、ずっと考えていた疑問を口にする。
「――君が転生者というとは、エイヴリルは違うんだな?」
これまでのエイヴリルの行動を思い出してみる。
確かに、クライドや生徒会メンバーとの会話の中で、一種の齟齬や違和感といったものはこれまで感じてこなかった。
「……はい。試しに『スタエン』の話をいくつかふってみましたが、どれも反応なしです」
アビゲイルが、少し寂しそうに答える。
「……そうか」
ギディオンは、もうひとつ気になっていたことを訊ねることにした。
「――それで、結局、君は一体誰推しなんだ? きっと、全キャラ攻略済みなんだろう?」
先ほど彼女へ訊ねた言葉は、どれもファンブックのキャッチコピーや記載されていた台詞だった。
それを暗記しているということは、おそらく全攻略対象のルートも熟知しているはず。
「はい。魔王ルートもハーレムエンドもバッチリですよ! 中でも魔王ルートは激熱胸キュンでしたね!!」
拳をぎゅっと握るアビゲイルに、今度はギディオンも笑いながら深い同意をする。
「ああ。あれは俺も涙腺が崩壊しそうだった。妹なんか自分で二次創作を作っていたぞ」
「その気持ち、めちゃくちゃわかりますっ!」
王太子であるギディオンに対して、途端にフランクに接するアビゲイルだったが、ギディオン自身、彼女の態度には、さりとて気にも止めていなかった。
それはかつての生を、同じ小さな島国で過ごした者同士だとわかったからだろうか。
あるいは、アビゲイルと同じくらい年が離れていた前世での妹を、彼女に重ねていたからかもしれない。
しかし次の瞬間にも、アビゲイルは真剣な眼差しに変わった。
「……でも、今はハーレムエンドを目指しています」
ギディオンは、その真剣な表情の裏にある真意を汲んだ。
「――エイヴリルか」
アビゲイルが頷く。
「はい。私は、お姉ちゃんを助けたいんです」
ギディオンは思い出していた。
どの攻略対象のルートに突入しても、主人公たちの前に立ちはだかる存在――彼女のことを。
「エイヴリルはどの攻略対象でも必然イベントに関わってくるからな。……現状の感触的には好感度はどう思う?」
救いは、エイヴリルにとっての唯一の生存ルート〝ハーレムエンド〞にしか存在ない。
しかしそのためには、主人公が全攻略対象との好感度ゲージを均一に保ち、かつ義姉であるエイヴリルとも仲良くなる選択肢を選ばなければならないのだ。
アビゲイルは顎に手を宛がいながら、自分の記憶を手繰るように、もう片方の手で思い当たる節を数えていた。
「前よりは良くなってる……とは思います。でも、お姉ちゃんは基本的に私のこと避けるし……」
そして彼女の話では、クライドとの接触が極端に出来ていないらしく、好感度がいまいち掴めていないというのだ。
「このまま行けば、精霊感謝祭は間違いなく必然イベントに入る。そうなれば――」
ギディオンが口にすることを躊躇った言葉を、アビゲイルが続ける。
その表情は、あえて自分が口にすることで、やがて訪れるであろうその出来事に立ち向かおうとしているようだった。
「――お姉ちゃんは十中八九、狂気に陥り死亡します」
恐らく、二人の共通の認識としてある、このゲームの最大の盛り上がり場面であり最大の課題。
必然イベント〝魔王の籠絡〞。
唯一、魔王からの誘惑を事前に打ち消すことが出来るクライドルートは、現状の彼のアビゲイルに対する好感度から考えると、実現は絶望的だった。
「――俺としても、それは避けたい」
長年、生徒会の一員として共に切磋琢磨してきた仲間を、あんな悲しい終わりで失いたくないと、ギディオンは思っていた。
「……私、前は一人っ子で、お姉ちゃんとかお兄ちゃんの存在に、すごい憧れがあったんです。だから、お姉ちゃんが出来たってことが、すごく嬉しくて――」
アビゲイルの表情が徐々に曇る。
「確かに、お姉ちゃんは〝主人公〞に対して、あまりいい印象がないのはわかってます。
でも、私はお姉ちゃんを助けたいし、今よりもずっと仲良くなりたいんです!」
前に一度《秘密の庭園》で会った時は、互いに転生者であるとは知らなかった。
けれど、今は同じ転生者という立場で、同じ未来を止めようとしている、同志だった。
ギディオンは頷き、アビゲイルへと再度手を差し伸べた。
「わかった。俺も、最大限協力しよう」
互いの目標を確かめ、改めて握手を交わし合う。
その光景を、彼女が視ているとは露知らずに。
【アビゲイルのスタエンメモ】(ファンブック一部引用、一部抜粋)
◇アーヴィン=クラレンス(15歳)
「……それが〝先輩〞への態度ですか?」
学園史上最年少の精霊魔術師。主人公より年下ではあるが学年は一つ上。
市井の生まれで、クラレンス伯爵家に養子として迎えられ、学園寮にて生活を送る。《精霊の加護》を受けているが故に、触れた人間の視たくもない未来を視てしまう。
精霊魔術の腕は随一だが、精霊魔術科担任のゼブリアンからは「精霊魔術の本質には至っていない」と補習を指示されることもある。
◆攻略とネタバレ
入学初日に学園内での行動で【とりあえず校内を歩く】を選択し、かつ【(歴史がありそうな校舎…)】を選択すると《図書館》で出逢うことが可能。
出会った際に、【ぼく? 迷子?】か【ひょっとして学園の生徒…?】かで初期好感度が決定。以降はランダムで遭遇し、会話の中で出現する選択肢により好感度が変動。
主人公に出会った際、うっかり手が触れてしまったことで彼女が魔王に殺されるという未来を視てしまう。
精霊感謝祭の準備で図書館を訪れた際に、他人の未来を盗み見るという彼の噂を聞いた上で【気にしない】を選択し、精霊感謝祭で図書館に引きこもる彼を【私が一緒にいるから大丈夫だよ】を選択することで、アーヴィンのトゥルーエンディングが解放される。