5th page ある日、義妹のメモを見まして
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その日。
私が登校の準備をしていると、レジーナがなんとも言葉に出来ないような顔を向けてきた。
そして言葉を落とす。
「今日だよね!? エイヴリルの義妹ちゃんが入学してくるの!!」
「……あの娘だけ入学式が別なわけないでしょう?」
皮肉めいた言葉を返す。
レジーナとは、この数年間で随分と打ち解けられたものだ。
「いやー、楽しみだなー! だって、《誓約》破りが祝福を受けたんだよ? 面白い娘に決まってるでしょうが!」
「レジーナ。何度も言っているけれど、私には面白いことなんてひとつないわ」
むしろ羞恥の的だ。
「精霊との《誓約》を犯したにも関わらず精霊から祝福を受けるなんて、前代未聞よ……」
「でも、《誓約》を犯したのに無事だったんでしょ? その義妹ちゃん」
そう。まず《誓約》を犯した人間が無事でいること自体が極めて珍しいのだ。名誉なことかどうかはさておいて。
けれど。
「……〝あれ〞を無事って言うならね」
この学園に入学してから、毎年の夏期や冬期の休暇の際には侯爵邸へ帰省しているものの、その間もあの義妹の様子は変わらなかった。
いや、ますますエスカレートしていると言っていいかもしれない。
「もう、またそうやってエイヴリルさんはひねくれるぅ。そんなこと滅多にないんだから、義姉として胸張ればいいのに……」
レジーナがベッドの上に腰をかけて、からからと鈴を鳴らしたような声で言う。
「これは、新たな生徒会のメンバーは決まったも同然かな?」
「……縁起でもないこと言わないで」
そうなったら、次期生徒会長のブルーに抗議しよう。
「あ。そう言えば」
生徒会の仕事をしていると、ギディオン殿下が不意に何かを思い出したように呟いた。
殿下には珍しく、思い出し笑いを口許に浮かべている。
「今日ね、君の義妹さんに会ったよ」
「えっ!? どちらででしょうか!?」
まさか、この御方から言われるとは思ってもいなかった。
「ああ。僕のお気に入りの場所でね」
殿下のお気に入りの場所――それはひとつだけだった。
《秘密の庭園》。
この学園の守護精霊の守護領域であり、その中に入ることを赦されているのは《精霊の加護》を持つ一部の者のみ。
加護を持たない私は、前に一度だけ、特別にクライドに連れて行ってもらったことがあった。
(そんな場所に、あの娘が……)
「本当に《精霊の加護》を受けているんだね、あの娘。でもまさか、昼寝中に起こされるとは思わなかったよ」
「い、義妹が大変な失礼をっ」
私が椅子から立ち上がって謝罪しようとすると、殿下はそれを手で止めた。
「いいや。私もつい誰も来ないと油断していたのだから、おあいこだよ」
殿下は先日あった御公務の視察先で、体調を崩されたと聞く。
だから滅多に人が立ち入らない気の休まるあの場所で、僅かな休息を取られていただろうに。
「ですが――」
「エイヴリル。話してるところごめん」
いつの間にかクライドが机の前に来ていた。
その表情はどこか固い。
「クライド?」
「見積もり書のここの部分、数字が前と変わっているから、調べてもらっても良いかな?」
「え? ……ほんと、ごめんなさい。すぐ確認するわ」
渡された用紙の付箋が貼られている箇所を確認すると、確かに数字が前回と違っていた。
それが意図するものなのか、そうでないのか確認するために、作成時に使った資料を探す。
(今は義妹のことよりも、与えられた仕事に専念しなきゃ!)
この見積書は来月の精霊感謝祭のための大事な書類。
万が一のないよう、もっと注意しなければ。
結局のところ数字相違の問題は、ある項目の追加費用が計上されていた結果で、間違いではなかった。
会計担当のデニスが以前指摘を受けた際に、付箋でメモ書きを残していたらしいけれど、それがどこかで剥がれてしまったらしい。
落ち込むデニスを慰めつつ、本日の生徒会業務は終了した。
アビゲイルが入学してから一週間。
食堂で見かけることはあれど、学年が違うため、寮で出会すことは早々になかった。
けれど。
移動教室の帰りに私が先生から言付かった用事を終えて一人廊下を歩いていると、角の方から誰かが話す声が聞こえてきた。
ぶつからないように少し離れていると、その声の主が角から現れる。
父親譲りの金髪が揺れた。
「うーん。あとはクライドと会うだけなんだよなー」
私がいた方とは反対の廊下へ曲がっていったアビゲイルは、私に気付くこともなく、ぶつくさなと何かを呟き続けている。
(どうして、あの娘がクライドのことを探しているの?)
気になったのは、僅かに聞き取れた名前についてだった。
「あー! こんなペースじゃハッピーエンドに行けないよぅ」
アビゲイルが頭を抱えながら歩いていく。
今日も今日とて、おかしな娘。
(小説でもあるまいし、何が幸せなんて人それぞれでしょうに……)
けれど。
一瞬だけ見えた彼女の右手に、何かの紋様があったのがわかった。
――あれが、精霊の祝福。
お母様にあったものとも、レジーナにあったものとも異なっていたけれど、間違いない。
――……マ……イ
胸の奥で、何かが疼いた。
私は気付けばすがるように、耳飾りへと手を伸ばしていた。
そうしたって、どうすることもできないのに。
それでも、これをしていれば、お母様が見守っていてくださる気がした。
最期まで侯爵夫人であった母。
その娘の私は、例えどんなことがあっても、侯爵家の令嬢として振る舞わなければならない。
心を決してクラスへ戻ろうと一歩踏み出した時、私は足元に何かの紙切れが落ちているのに気が付いた。
そう言えば、先ほどアビゲイルが似たような紙切れを何枚か見比べながら歩いていたのを思い出す。
「……何かしら?」
紙切れを拾って、文字が書かれている方へ裏返す。
そこには――
「――なんて読むの?」
規則性が感じられるものの、その形は様々。これは、文字……?
掌に収まるサイズのメモ用紙には、角ばった文字や丸めの文字、果ては記号まで描き込まれていた。
かろうじて読み取れるのは、矢印やハートマークなどの記号くらい。
真ん中に書かれている文字列に対して五本の矢印が向いていて、ハートマークがそれぞれの上に描かれていた。
(何かの相関図、と見るのが妥当かしら?)
使用されているいくつかの文字が同じだから、それらを母音や子音と仮定して、解読しようと思えば出来そうではあるけれど――
「うわぁぁあぁぁ!! ちょっと待ったぁぁあぁ!!」
「っ!?」
全速力で廊下の端から私目掛けて走ってくる人物。
それはアビゲイルだった。
「って、お姉さま! そのメモ……!」
息を切らせながら私の目の前で立ち止まり、私が持つ紙切れを指して叫ぶアビゲイル。
「それ、読んじゃい……ました?」
「読むも何も、こんな文字見たことがないから読めないわ。何語なの? これ」
参考までに何語なのか訊ねると、アビゲイルは急にしどろもどろの回答になった。
「……えっと、これは、すっごい東方も、東方の国の言葉で、日本語と言いまして……」
「ニホン? 確かに、聞いたことがない国ね」
素直に驚いた。
世界地図の位置は把握しているつもりだったけれど、そんな国の名前は聞いたことがない。
よほどの小国か、または情報が遮断されている国なのかもしれない。
(とは言え、そんな国で使われている言葉を学び、使えるなんて――あんなに急いで戻ってくるくらい大事なものだったのかしら?)
もしかしたら、精霊魔術の教科書や文献で使われている言語なのかもしれない。
そこまで彼女が勉強熱心だとは知らなかった。
だとしたら、先ほどクライドを探していたのも、何か質問があって探していたという推測も出来る。
勝手に一人納得した私は、メモをアビゲイルに返しながら「そんなに大事にしているのなら、ノートにでも貼っておきなさい」と告げた。
いちいちメモをするより、ノートに書いた方が効率がよいと思うのだけれど。
「い、以後、そうします……」
おずおずとメモを受け取ったアビゲイルを内心見直しつつ、私は教室へと向かうことにした。
「あ、あのっ」
立ち去ろうとする私の背中をアビゲイルが引き留める。
「なにかしら?」
一瞬、何かを決心したように、アビゲイルが息を飲んだ。
そして真っ直ぐに私を見つめて言葉を紡ぐ。
「〝貴女には、感謝してもしきれません〞」
それはまるで、何かの台詞のようだった。
「そんなに大事なものだったら、以後は失くさないようにね」
落とし物を拾っただけでそこまで感謝されるとは思っていなかった私は、くすりと笑いを堪えずにはいられなかった。
義妹はおかしなところはあるけれど、その言葉や行動はいつも素直なものだと思えてしまう。
(昔に比べたら、少しは私も努力しているのかしらね……)
私が去ろうとすると、今度はアビゲイルが走ってきた廊下の方から、一人の教師が早歩きで向かってきていた。
「こらっ! スプリング……って姉ではなく妹の方! 今さっき廊下を全速力でダッシュしていたな! 廊下は走るな!」
隻眼の右目と肩で緩く結われた髪はどちらも黒く、生徒たちから影で〝魔王〞と呼ばれている精霊魔術師、セブリアン=ソロス・オロス先生だ。
「オロス先生」
「セブ先生!」
「おい、人の名前を勝手に略すな」
アビゲイルの行動と態度に些かご立腹の様子の先生は、私の方を見て言った。
表情を崩されていないのはいつものことだけれど、声のトーンは平時より怒り気味だ。
「お宅の次女の教育はどうなっている?」
「……返す言葉もございませんわ」
私はオロス先生に頭を下げる。
先生は私が高等部一年生だった去年に着任された先生でもあり、その時の私のクラスの担任教師でもあった。
教師二年目でこの問題児を受け持つことになるとは、ご愁傷さまです、オロス先生。
「罰として、今日の課題の他にクワル語の書き取りも追加してやろう」
「そ、そんなぁ!」
悲壮な声を上げるアビゲイル。
「まったく……貴女はスプリング侯爵家の令嬢として、もっと自覚を持つべきだわ」
「お姉さままで! そんなご無体な!」
義妹よ、それは自業自得です。
オロス先生に連行されるアビゲイルを見送り、私は教室へと戻った。
【アビゲイルのスタエンメモ】(ファンブック一部引用、一部抜粋)
◇クライド=エルカーレ(17歳)
「……そんなことろにいると、怪我をするぞ」
クロスハートリア王国の宰相エルカーレ公爵家の次期当主。その面影はどこかギディオンに似ている。《精霊の加護》を持ちながら、それを公表されることを嫌う。何かとそつなくこなせる性格だが、そのやり方がどこか模倣的なのは「目立たずにいるにはどうしたらいいか」を常に考えて行動しているため。主人公の義姉・エイヴリルは従姉に当たる。
◆攻略とネタバレ
入学初日に学園内での行動で【とりあえず校内を歩く】を選択し、かつ【(この学園は広いなぁ)】を選択すると《校舎の裏側》で出逢うことが可能。
その際、名前を訪ねられ【名乗る】か【名乗るほどの者ではありません】かで初期好感度が決定。以降はランダムで遭遇し、会話の中で出現する選択肢により好感度が変動。
精霊感謝祭の用意で城下町を訪れた際に彼の姿を目撃し、【クライドさん?】を選択することで、クライドのトゥルーエンディングが解放される。
実は現国王の落胤で、母親はエルカーレ家の次女。その事実を知るのは国王とエルカーレ公爵のみ。自身は何となくその事実に気付いているようで、今後の身の振り方を模索中。しかしそれを魔王に利用され、ギディオンの暗殺計画を図ることになる。
従姉のエイヴリルに好意を寄せているが、クライドルートに入ると主人公と出会い、その天真爛漫な態度に心惹かれて行くようになる。