4th page ついに、自由になりまして
そして、時は流れ――
「――今日から、私は自由よ!」
私が十三歳の年。
私は実家から逃げるように、クライドが教えてくれた貴族の子弟や精霊魔術師の卵が通うユシェンディア学園の中等部へと入学した。
ユシェンディア学園は、元々は精霊魔術師の素養を持つ人間が通う学園だった。
けれど、近年では精霊魔術師の素養を持つ人材が減りつつあるというのと、学園の経営面での問題から、貴族の子弟もある程度は受け入れていた。
学園は全寮制で、帰省は夏期と冬期の休暇の間だけ。
(やっとあの邸にいる必要がなくなったわ!)
ノア様の《聲》が聞こえなくなるのは少し寂しかったけれど、学園への入学をクライドから勧められた時、ノア様はこう言っていた。
《僕に構わず、エイヴリルのしたいことをすればいいよ》
その言葉に背中を押されて、私は渋るお父様をなんとか説得したのだ。
そして今日、私は王都から少し離れた〈誓いの都〉にあるこのユシェンディア学園へと無事に入学を果たした。
勿論、私をこの学園に誘ったクライドも一緒だ。
中等部のクラスは全部で三つ。
中等部は定員が少ないというクライドの話だったけれど、それでも一クラスに三十人はいた。
そしてその中には《精霊の加護》を持つ者が数名在籍していた。
実は同じクラスになったクライドも、その一人だったりする。
クライド本人はあまりその事実を他人に知られたがらなかったけれど、彼のように生まれながらに精霊の祝福を受けた人間はとても稀で幸運な存在なのだ。
そしてあの御方も、その一人である。
「ギディオン殿下! ごきげんよう」
「ええ。ごきげんよう」
私やクライドのひとつ上の学年に在籍する、この国でも有名な人物。
私たちの国――クロスハートリア王国の王太子、ギディオン=クロスハート殿下である。
「……君が、エイヴリル=スプリングかな?」
読書をするために訪れた中庭のベンチで、唐突に話しかけられた。
――その御方は……
「ギディオン殿下!?」
私は驚いてベンチから立ち上がり、殿下へカーテシーをする。
膝の上に置いていた本が、足元へ落ちることも気付かずに。
「そんなに畏まらないで。同じ学園の生徒だろう?」
「それでも、先輩であることには代わりありませんわ!」
何度か面識はあるものの、直に喋る機会なんて今までになかった。
一介の侯爵令嬢に、王太子殿下が何のようかと思考を巡らせる。
殿下は地面に落ちた本を拾って汚れを払い、私に差し出した。
「今日はね、君を勧誘しに来たんだ」
「勧誘、ですか?」
話が読めない。
ベンチの隣に座りながら、ギディオン殿下は事情を話してくださった。
「実は、時期生徒会のメンバーを探しているのだけれどね。
――君に、書記をお願いしたいんだ」
「せ、生徒会?」
寝耳に水の話に、私は何がなんだかわからなかった。
この学園の生徒会は代々生徒会長が選挙で選ばれ、他の役員の任命は会長となった人物にすべて一任されている。
そしてその会長に選出されたのがギディオン殿下だった。
けれど、どうしてろくに話したこともない私に、生徒会の一角である書記なんて大役を任せようと思われたのだろう?
「……参考までに、私を選ばれた理由をお伺いしても?」
これくらいは、伺っても失礼には当たらないはず。
「実は生徒会の副会長をエルカーレに頼んだのだが、断られてしまってね」
「クライドに副会長を?」
確かに。クライド本人は、自分が目立つことは好きな方ではない性格だった。
一人納得していると、思いがけなかった言葉が殿下から落とされる。
「その時に言われたんだ。〝エイヴリルが一緒だったら、入ってもいい〞ってね」
「〝私が一緒だったら〞って?」
私は何度か目を瞬かせる。
言葉を腑に落として意味を理解しても、その理由がわからなかった。
(クライドは私を話の引き合いに出すほど、生徒会には入りたくないということ?)
けれど彼の能力的には問題ない、というかむしろ彼は状況把握能力に長けているから、殿下のことを上手く補佐していけると思うのだけれど。
「……エルカーレ家の彼とは、今後とも仲良くはしていきたいんだけれどね」
苦笑を顔に浮かべる殿下。
そうか。殿下は歴代宰相を輩出するエルカーレ家の時期当主であるクライドと、今のうちから関係を築いていきたいのだろう。
けれど、それは私の一存では決められない。
「わかりました。前向きに検討してみますわ。
ですが、クライドのことは彼に直接聞いてみないと。私の一存では決められませんので」
「ああ。それで構わない。助かるよ」
殿下はそう微笑んで、校舎へと戻っていった。
そのあと早めに教室に戻った私は、教室の前でクライドと鉢合わせた。
「クライド、あのね――」
ちょうどよかった、と私が口を開こうとした時、先にクライドが言葉を紡ぐ。
「あいつと、何を話していたの?」
「さっき、中庭のベンチで一緒に話をしていただろう?」と言葉を続けるクライドの口調は少し暗かった。
「あいつって……」
もしかしなくても、それはギディオン殿下のことだろう。
彼にしては珍しい。
目上の方、それも王太子殿下に対してそんな言葉を使うなんて。
「生徒会に入らないかって、勧誘を受けていたの」
私は正直に答える。
「そのことであなたに話があったのよ。私を話の引き合いに出すくらい、生徒会の仕事が嫌だったのかな、って思って……」
「……俺を入れるためには、見境ないってことかよ……」
「……えっ?」
クライドの顔が、途端に苦虫を噛み潰したような表情になる。
今の言葉は、聞き間違いだろうか。
(そこまで殿下から厚い信頼を受けていて、どうしてそんな表情をするの?)
「……いや、別に嫌だって訳じゃなかったんだ。でも、俺そういうのあんまり柄じゃないから……。
それで、エイヴリルは入るの?」
僅かな沈黙の後に、クライドが私に訊ねる。
「ええ。せっかくの殿下からのお誘いなのだし、頑張ってみようかなって。それにもし私が生徒会の活動を上手くこなせば、お父様に……少しは認めてもらえるかなって……」
我ながら、なんて打算的な考えなんだろう。
けれど、与えられた役割を十二分にこなしてこそ、スプリング侯爵家に生まれた人間として相応しいのは確かだ。
「〝培い、育み、共に在る〞よね」
我がスプリング家の家訓を思い出す。
「……そっか。エイヴリルがそう言うなら、俺も入るよ。生徒会」
「殿下と約束したしね」と肩をすぼめるクライドに、私は不安を覚えた。
「いいの?」
先ほどの表情もそうだけれど、クライドが心に何かを抱えているのは明らかだった。
「もし嫌だったり、気になることがあるなら、言ってね?」
私からも殿下にお伝えしてみるから、と続けると、私の従弟は首を横に振る。
「ありがとう。その言葉だけで十分だよ。ごめんね、俺の我が儘に付き合わせて」
「いいのよ。私も、この学園でやりたいことを見つけるチャンスだもの!」
クライドに気負わせないよう、私は努めて明るく告げた。
生徒会のメンバーが揃い、活動を開始して半月。
生徒会の仕事は想像通り――否、想像以上に忙しかった。
去年の年間活動計画を基に、既に組まれている予算案と現状の齟齬を把握。それに加えて部活動から寄せられる議案書の稟議、理事会との会議の調整、エトセトラエトセトラ……
(……で、殿下は想像通りに何でも出来るし、クライドも話し方が簡潔で、議題がまとめやすい……)
書記の私は、主に議事録の作成に携わっていたのだけれど、会議の量が半端ではなく、まとめるのも一苦労だった。
「……大丈夫? エイヴリル。俺、何か手伝おうか?」
追加の資料を持ってきたクライドが、生徒会室の私の机の上に山積みされた議事録を見て心配そうに言った。
「ううん。あとは資料を見ながら清書するだけだから、大丈夫よ」
私はクライドに感謝を伝え、今取りかかっている精霊感謝祭の予算案の清書に取りかかった。
忙しくても、大変でも、生徒会の役員として学園の行事を運営する立場を経験できたことは、私にとって貴重な経験になることは確かだった。
そして、学園生活でもうひとつ経験できた嬉しいこと。
それは――
「あ。エイヴリル。おつかれー」
生徒会の仕事で寮の門限ギリギリになってしまった私が部屋の扉を静かに開けると、その声が聞こえた。
「ごめんなさい、レジーナ。起こしてしまった?」
「ううん、起きてたからへーきだよ」
彼女は、レジーナ・ペイス。
私の、はじめての友人である。
寄宿舎で同室となったのがきっかけで仲良くなったのだけれど、彼女は子爵家の令嬢であり同時に《精霊の加護》を受けている精霊魔術師の卵でもあった。
短く切り揃えられた亜麻色の髪に、深い藍色の瞳。
そして彼女のその瞳には、精霊が視えているという。
私の知らない精霊の話を聞かせてくれるレジーナは、家柄関係なく尊敬できる存在となっていた。
「私は、お母さんの《精霊の加護》を引き継いだだけだし、そんなに褒めても何もでないからね」
そうは言っているものの、精霊の話をするときの彼女の顔はとても生き生きとしていて、聞いているこちらが嬉しくなるほどだった。
彼女のお母様は、西方の聖域にある森を守護する巫女の家系の出で、娘の彼女にも十二歳の時に《精霊の加護》が与えられたとのこと。
ちなみに精霊の祝福とは、身体のどこかに〝精霊の接吻〞と呼ばれる刻印がされることで、それを持つ人間に対して《精霊の加護》を受けている、という表現をする。
この国にいる精霊魔術師の多くは、レジーナのように家系や血族に由来している者で、ある日突然、精霊の祝福を受けて精霊が視えるようになるらしい。
レジーナは左肩にその刻印があるのを、前に見せてもらった。
クライドと同じ精霊魔術の授業を受けている彼女は、宿題と思われる魔方陣の作成をしていた。
「これは、なんの魔方陣?」
気さくな性格のレジーナは、描いていたいくつかの魔方陣を見せてくれた。
「こっちが精霊と《誓約》するときに使う魔方陣で、こっちが精霊の属性を知るための魔方陣」
一見して違いがわからなかったけれど、どうやら、魔方陣の中に組まれている文字に違いがあるようだった。
私は魔方陣の形に見覚えがあったのを思い出す。
「そう言えば、私の母もこんな風な魔方陣を描いていた覚えがあるわ」
「エイヴリルのお母さんて、あのリディアスフィア様でしょう?」
私のお母様――リディアスフィアは、国全土を守護する大精霊《始まりの精霊》と《誓約》を交わした、数少ない巫女として国に仕えていた。
「……ええ」
「その娘のエイヴリルに祝福がないのは、おかしいと思うんだけどなー」
レジーナが、私も何度も考えたことについて言及する。
(私も、〝もしかしたら〞って思っていたけれど……結局、ノア様以外の精霊から祝福はなかったのよね)
精霊の祝福は、生まれてから十二歳までに発現する可能性が高いという統計が取れていた。
それに、ノア様との《誓約》だって、正規のものじゃない。
その証拠に、私の身体のどこにも精霊の祝福がもたらされた痕跡はなかった。
私は、自分の耳に着けている母の形見の耳飾りに触れた。
(離れにいた時の癖で、耳飾りはしたままなのよね……)
けれど、自分が持っていないものや持てないものを、いつまで望んでいても仕方がない。
(――私は、与えられた役割をこなして、実家の役に立つしかないんだわ)
私はそう一人で決意して、それからの日々の学園生活を送るのだった。
――けれど。
現実は、いつも非情で、無情で。
「な、なんですって……っ!?」
そして突然だった。
それは私の学園生活が五年目を迎えた十七才の春。
実家から届いた一通の手紙で、それは告げられた。
――十六歳になったアビゲイルが精霊からの祝福を受け、《精霊の加護》を得たというのだ。
(それはつまり――)
この学園への入学を意味していた。
【アビゲイルのスタエンメモ】(ファンブック一部引用、一部抜粋)
◇ギディオン=クロスハート(18歳)
「……ああ、そうか。君が〝噂〞の女の子だね?」
主人公の故郷クロスハートリア王国の若き王子。文武両道、才色兼備。加えて《精霊の加護》があるため、国内からの支持は厚い。
学園内でも生徒会会長を務め、生徒や教師陣たちからの信頼があり、まさに学園の王子様。
◆攻略とネタバレ
入学初日に学園内での行動で【庭園へ行く】を選択し、かつ【(今日はいい天気!)】を選択すると《秘密の庭園》で出逢うことが可能。
基本的に女性に対して優しく、率先して会話をしてくるが、そうすれば会話の主導権を握られずにすむという心理から。
その実、自身の婚約者を決めなければならないという焦燥感に駆られているものの、上記の性格のため、女性に対して冷めた意見を持ちがち。しかし主人公の天真爛漫な態度や予測不可能な行動に興味を覚え、いつしか惹かれていくようになる。
《秘密の庭園》で寝ているところを【起こす】か【起こさない】かで初期好感度が決定。以降はランダムで遭遇し、会話の中で出現する選択肢により好感度が変動。
精霊感謝祭にてダンスのパートナーとして選ばれ【ぜひ、お願いします】を選択することで、ギディオンのトゥルーエンディングが解放される。