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25th page もう一度、ハッピーエンドを目指しましょう

明日の投稿が本編ラストとなります!

 その場にいた全員が四者四様の反応を示していた。

 特にアビゲイルとギディオン殿下は、先程までの緊迫感に加えて驚愕の表情を浮かべている。


「次から次へと……今度はなんだ!?」


「あの《聲》は……」


 そしてもう一度、その《聲》が響く。

 それは神殿の天井から、壁から、はたまた神殿全体から、まるで何重にも重なって聞こえてくるようだった。


()()を滅ぼせ、我が巫女よ。我らが世界に仇なす存在(もの)を……》


 次の瞬間、私たちの前にあった一つの像が、宙に浮かんだ。

 それは、〈始祖の精霊(オリジン)〉の彫像。


 元々の彫像が持っていた滑らかな表面は既になく、灰色の外套(ローブ)を纏った人物が人一人分以上の高さに浮いていた。


《……失敗だ……失敗だ……失敗だ……》


 失意と落胆、そして失望。


 それらの感情を含んだその《聲》が、まるで私へ向けられているように金縛りのごとく私の身体に絡み付く。


 加えてその人物の顔を被う外套(ローブ)で見えるはずのない視線に、射抜かれたように全身の鳥肌が止まらなかった。


 私の頭は、本能でこの存在には絶対に逆らってはいけないのだと理解する。


 そんな中、少女の声が聞こえた。


「――ちょっと!」


 それはアビゲイルのものだった。


 彼女は怯むことなく、突如現れた人物へと食って掛かる。


「いきなり出てきて〝滅ぼせ〞とか……なに物騒なこと言っているのよ!? というか、一体誰なの、あなた!!」


 アビゲイルの問いに答えたのは、〈光の精霊(ルミエール)〉だった。


《……〈始祖の精霊(オリジン)〉……》


「はいっ!?」


 アビゲイルが誰よりも一番驚いていた。


「ちょっと、どういうこと!?」


《間違いありません。あの精霊の気配は、原始精霊のもの……あれは〈始祖の精霊(オリジン)〉です》


 その場にいた全員の視線が、その外套を纏う人物へと注がれる。


 〈光の精霊(ルミエール)〉の言葉を信じるならば、今私たちの目の前に立っているのは、神話で語られる最高位の精霊であり、この国の守護者。


《ですがなぜです!? 〈始祖の精霊(オリジン)〉……貴柱あなたは彼女との〈誓約〉で、動けぬはず。どうしてこの場に……》


 〈光の精霊(ルミエール)、が叫ぶような《聲》をあげる。


《……これは、そなた自身が望んだことだからだ。()()よ》


 その言葉は、アビゲイルへ向けられていた。


「私がいつそんなのこと望んだっていうのよ! っていうか、巫女って……」


 アビゲイルの言葉尻が途切れる。何かに思い当たる節があるのか、彼女のその視線はギディオン殿下へと向けられていた。


 その視線に、殿下が答える。


「……初代巫女のことか?」


 初代巫女。

 御伽噺や神話の中で〈始祖の精霊(オリジン)〉》と契約して聖なる力を手にし、魔王を封じたとされる存在。


 その巫女を示す言葉が、アビゲイルへと向けられた?


「い、嫌っ!」


 突如、アビゲイルが悲鳴のような声を上げる。


「アビゲイル!? どうしたのっ?」


「身体がっ、勝手に……避けて、お義姉ちゃん……!」


 するとアビゲイルが天に掲げた腕に光が巻き付き、それが次の瞬間には私へと向けられていた。


 束となって放たれたその光の槍の速度は、まさに雷の如く。


「エイヴリル!!」


 同時に誰かが私の名前を呼んでいた。


 けれど私はその声が誰かということよりも、もう何度目かわからない〝死〞を目前にして、身体が動かせない事実にただただ悔しさが込み上げていた。


 一体、私は何のために、あの苦しみを乗り越えてきたのだろう。


(……ああ、また……)


 けれど、次に来た光の眩しさと衝撃音、加えて爆風で、私はその衝撃から目を瞑った。


 それが収まったかと思って恐る恐る瞳を開くと、私は自分が一切負傷をしていなかったことに気づく。


 そして、背後から《聲》が聞こえた。


《……もとの世界に戻ったというのに、災難続きなのだな。お前は》


 振り向いたそこに立っていたのは、アビゲイルから〝ノア〞と呼ばれた男だった。

 彼は前方に片手を伸ばしていて、その口許は僅かに綻んでさえいるようにも見える。


 その言動から、一つの推測が浮かぶ。


「今のは、あなたが……?」


 アビゲイルが放った光の槍を消したのが本当にこの人なのだとしたら、どうして私を救ってくれたのかはわからないのだけれど。


 それでも、先程聞こえた《聲》は、間違いなく聞き覚えのあるものだった。


 それは、あの数多の水晶が浮かぶ世界で、幾度となく言葉を交わした――


「あなたが――本物の魔王……」


 どうして同じ人の口から、ノア様の《聲》が聞こえてきたのかはわからない。


 けれど、今目の前にいるのは間違いなく〝魔王〞と呼ばれた存在なのだと理解する。


 そして私は、もう幾度となく聞いた言葉を耳にした。


《――もし、この状況をなんとかしてやると言ったら、お前はどうする?》


「……え……っ?」


《お前は、()()俺の手を取れるか?》


 ◆


 アビゲイルは動揺していた。


 たった今、自分は本来助けたかったエイヴリルを攻撃してしまったのだ。それも、自分の意思とは関係なく、身体を操り人形のように支配されて。


 恐らくこれは〈始祖の精霊(オリジン)〉と呼ばれる精霊の仕業だった。


 もし運命と時間を司る〈始祖の精霊(オリジン)〉の力を借りることができたら最強かも!? と思い至ってその契約の魔方陣を試み、加護を得たところまでは良かった。


 続くエイヴリルがこちらに戻ってくるまでの流れも、以前に視た未来視通りの展開で、何も問題はないはずだった。


 なのにここまで来て、次から次へと予想外の出来事ばかりが起こっている。


(もしかして、どこかに見落としているフラグでもあるっていうのっ!?)


 予想していなかったのは、やはり〈始祖の精霊(オリジン)〉の登場だった。


 元々、〈始祖の精霊(オリジン)〉は『スタエン』の中でもアーヴィンルートやセブリアンルートでその名前が少しだけ登場するという、フレーバーテキスト的な存在で、情報は限りなく少ないと言っていい。


 けれど。


「アビゲイル!」


 そこで、義姉のエイヴリルに名前を呼ばれた。

 状況からしてノアが何かをしたのだということは理解できたものの、その思惑が読み取れない。


 アビゲイルの前にエイヴリルが駆け寄ってきた。そして彼女へと口早に告げる。


「お願い、アビゲイル。もう一度……今度は〈始祖の精霊(オリジン)〉へ向かって言霊を使って!」


「どういうこと!?」


 エイヴリルの意図が飲み込めず、思わず聞き返す。


「〈原初の精霊(オリジン)〉を消せるのは、貴女しかいないの」


(〈原初の精霊(オリジン)〉を、消す?)


 アビゲイルは義姉の口から出た〝消す〞という不穏な言葉に、眉をひそめざるをおえなかった。


「……でも、魔王(ノア)に言霊が通じなかったのに、〈原初の精霊(オリジン)〉》相手に通じるわけが……」


《――安心しろ、〝巫女〞とやら。この世界の俺は、既に先程のお前の言霊で消えている》


「……ノアッ!? どういうこと!?」


 いつの間にかエイヴリルの後ろにいたノアの姿に驚く。

 その見た目はゲーム時代のノアそのものだったが、《聲》や口調、態度が若干別人のようにも思えた。


 先程のどこか切迫している様子も感じられない。


《だからこそ、お前が奴に言霊を使え。奴との〈誓約〉を破棄すると》


「……〈誓約〉?」


《いけません! アビゲイル!》


 首を傾げるアビゲイルに《聲》を上げて止めたのは、〈光の精霊(ルミエール)〉だった。


《……確かに、初代巫女の血を引くあなたには〈始祖の精霊(オリジン)〉との〈誓約〉を破棄する力があります。


 ですがそれをすれば、この国に巡らされた〈始祖の精霊(オリジン)〉の結界は消滅してしまうでしょう。


 そうなれば、いつ魔王が侵略してくるか……》


 (いにしえ)の時代。〈始祖の精霊(オリジン)〉は魔王の復活を阻止するため、後世に初代巫女と呼ばれる少女と〈誓約〉を交わし、この国全土に結界を張り巡らせていた。


 確かに〝スプリング侯爵家〞の生まれである主人公(アビゲイル)には、その初代巫女の血を受け継いでいるという裏設定がある。


 もちろんそれを匂わす表現として、作中で何度か〝巫女〞と呼ばれる場面もあった。


 だから、どの攻略対象と共に挑むことになる魔王ノアとの戦いの時も、巫女として最終決戦に挑むことになっているのだ。


 〈光の精霊(ルミエール)〉の危惧に対して、ノアは飄々とした態度で告げる。


《安心しろ。俺はこの世界の俺ではない。それに、もうじきこの身体も朽ちるだろうさ》


 やはり、その言葉の真意が汲み取れなかった。

 けれどそれとは裏腹に、彼の身体――四肢の先端は宙へ溶けるように透明になっている。


 アビゲイルと同じ気持ちだったのか、端から状況を見ていたと思われるギディオンが割って入ってきた。


「それを信じるにたる証拠は?」


《さてな? 叶わなかった夢をここで見ようと思っただけだ》


 はぐらかされた回答に返す言葉もないアビゲイルへ、一つの言葉がかけられる。


「大丈夫よ、アビゲイル。その御方の仰っていることは本当だから」


「お義姉ちゃん?」


 それはエイヴリルだった。

 彼女は静かに頷いて、真っ直ぐアビゲイルを見つめている。


 その眼差しは、強く何かを決めた者のものだった。


「……わかったわ」


 賭けてみるしかない。

 アビゲイルは拳を握って、視線を宙に浮かぶ存在へと向けた。


 ◆


 〈始祖の精霊(オリジン)〉を真っ直ぐに見据えたアビゲイル。

 けれど、先に仕掛けたのは〈始祖の精霊(オリジン)〉の方だった。


《……己が運命(さだめ)に従え、我が巫女よ》


 その《聲》が響くと共に、アビゲイルの眉間にシワが寄せられる。


「何が、運命(さだめ)よ! 勝手に私の運命を決めないで!」


 アビゲイルは大きく息を吸い込んで、神殿内に響き渡るような声で告げた。


「この世界は、私たちの世界は……私たちが自分自身の手で守っていくの!


 だから――っ、《私はここに、あなたとの〈誓約〉を破棄するわ! 〈始祖の精霊(オリジン)〉!!》」


《……な、なに……?》


 聞こえる〈始祖の精霊(オリジン)〉の《聲》は、明らかに動揺を含んでいた。


「ええ。何度だって言ってあげる。《私たちにはもう、あなたの加護は必要ないの! だからあなたはしばらく休んでなさい!!》」


 一見して言霊とは思えないアビゲイルの言葉に、周囲の私たちも一瞬呆けてしまった。


 しかして、それは一瞬の出来事だった。


 〈始祖の精霊(オリジン)〉の姿が一瞬にして元の彫像のように固まったかと思うと、次の瞬間には砂塵のように散っていた。


 神殿内には今しがたまで〈始祖の精霊(オリジン)〉だったものの砂の残骸と、《聲》だけが残響のように残される。


《……失敗、だ……また……やり、直さ、なけ……れば……最、初か……ら……》


 私は、すうっと、身体の力が抜けていくのがわかった。


(無事に、終わったの……?)


「エイヴリル!?」


「お義姉ちゃんっ!?」


 倒れそうになる身体を支えてくれたのは、クライドだった。


 そして駆け寄ってくれるアビゲイルに、私は大丈夫だと告げる。


「お義姉ちゃん、何か……嘘、吐いてない?」


 心配そうな声と瞳が、真っ直ぐに向けられ、私は目を反らしたくなった。


 でも、もう決めたことなのだから、やるしかない。


「……ごめんなさい、アビゲイル」


「えっ?」


 私はクライドにお礼を言い、隣で待ってくださったその人の前に向かい、静かに告げる。


「ノア様。私たちに御力をお貸しくださって、ありがとうございました」


《……()はもう俺の中にはいないぞ》


「はい。それはわかっています。今私がこうしてお話しているのは、あなたに対してです、()()()


 あなたはこの世界を見捨てて、新しい世界を創ることもできたはず。けれどそうはせずに、この世界へ――私へ手を伸ばしてくださった。


 だから、私はあなたのことを信じたい」


 この人の中にはもう、私が幼い頃から知るあのノア様はいない。それは薄々気づいていた。


 けれど。

 これは私のけじめであり、責務でもある。


 あの日、ノア様が私に手を差し伸べてくださったことは、今でも忘れない。


 見てほしかった。

 気づいてほしかった。

 そして、助けてほしかった。


 そのすべてを叶えてくれた、あなたに少しでも報いられるのなら。


 私は息を整えて、後ろにいたアビゲイルたちへと告げる。

 その顔を見て話す勇気がなかったのは、これからまた、あんな顔をさせてしまうと思ったから。


「……ごめんなさい、アビゲイル。せっかく助けてくれたのに」


 そして私は、ノア様とした〈誓約〉について、話をした。


 〈始祖の精霊(オリジン)〉を退けるために、ノア様からその方法を聞き出したことの対価。


 それは――


「〝これまでノア様が創り出したすべての世界が消滅するのを、この瞳で見届けること〞」


「なっ!?」


 その場にいた三人とも、同じ反応をしていた。

 突拍子もないことに、驚くのも無理はない。


 でも、私はこれまで見てきた世界について、経験したことを口にする。


 思い出したくなくても、目蓋を閉じたら目に浮かぶ光景。


 たくさんの人を傷つけてきたこと。

 アビゲイルを羨み、妬み、危害を加えようとしたこと。


 世界を映したあの水晶が舞う場所で、それらすべての水晶が砕け散る様を、私は見届けにいくのだ。


 例え誰もいない、ひとりきりの世界だとしても。


「……それが私に出来る、償いだから」


「お義姉ちゃん……」


 私は勇気を振り絞って、振り向いた先のアビゲイルへ視線と言葉を預けた。


「……だから、もう少しだけ、待っていてね」


 差し出された、もう消えてしまいそうなノア様の手に触れた瞬間、私の意識は遥か遠くの空へと向かっていった。



 *



 私はまた、空を見上げる。

 空といっても、本当の空ではなく、造られた暗い世界。


 その見上げた先で瞳に映る一つの水晶(せかい)が、刹那輝いた。


 そして瞬きの間に、その最期の光を宙へと散りばめて消えていく。呆気ない終わりだ。


 それはまるで、幼い頃に家族で見た流れ星のようだと思う。


「……」


 一体、どれだけの数の世界を見送ったのだろう。

 最初から数えてはいなかったけれど、随分と見送った気がする。


 もしかしたら、以前私がこの場所で選んだ水晶は、まだこの空の中にあるかも知れないし、もう消えてしまったのかもしれない。


 そう思う間にも、夜空のような空間に浮かぶ水晶の星が、一つ、また一つと消えていった。


 悲しい、という感情とは別の痛みが胸を刺す。

 消えていく世界は、あり得たかもしれない〝私〞がいる世界なのだ。


 その世界で私は、たくさんの過ちを犯し、大切な人を傷付けた。


 だからこそ、それらの終わりをすべて見届けることで、私は前へ進めるのだ。


 例え、もう二度とノア様とお会いすることが叶わなくても、私は私の世界を生きるために、前を向いていく。




 そして。

 最後の水晶が残り、それが次第に光を増していく。


 それは日溜まりのような安心感が込み上げる温かさだった。


(あれが……私のいた世界……)


 直感でそう思った。


《……これで、やっとこの永い遊戯(あそび)を終えられる》


 どこかでそんな《聲》が聞こえた気がした。


 本来、私に精霊を視る力はない。

 クライドから渡されたあの指輪も、次目覚めたときにはきっと効力は消えているだろう。


 だから次に目覚めた時、私はもう誰の《聲》も聞くことは叶わないはずだ。


「……」


 だからこそ、今伝えておかなければならないと思った。


「……ノア様。あなたにお逢いできて、本当によかったです」


 きっと、伝わっている。

 そう信じて、私は温かい光へと手を伸ばした。


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