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22nd page けれど、あの日溜まりは今なお遠く

時間軸が前後しても、ストレスなく読める文章って難しいですね。

これからも精進して参りますので、よろしくお願いいたします。


 閉じていた目蓋の上に、何かの光が当たる。

 僅かに目を開くと、その正体が薄暗い牢の壁の上に填められた四角い鉄格子の窓から射し込む、月明かりだとわかった。


 どうやら、朝から降っていた雨は上がったようだ。


「……」


 ここは、〈誓いの都(ユシェンディア)〉の丘の上に建つ、旧王城の地下牢。


 牢の中は空気が淀んでいて、湿度も高く、カビの臭いが鼻をついていた。


(どうして……こんなことになったの?)


 私は僅かな明かりに照らされた自分の手に目を向ける。

 そこにはもう、血の痕はない。ないはずだった。


 ……あれから、どれ程の時間が経ったのかもわからない。


 わかっているのは、私がまた失敗したという事実ことだけだった。


          *


 前と違って陽光の下で輝く白い髪は、いくぶんか暖かみがあるものの、その燃えるような紅い瞳は整った顔と合わさって鋭い光を放っていた。


「……なぜ、お前がここにいる?」


「……っ!?」


 初めて聞く声だった。

 それは低く、威嚇するよう発せられ、私は目がそらせなかった。さながら、蛇に睨まれた蛙のようだ。


 けれど、私へ向けられたはずの言葉に、どこか違和感を覚える。


「……干渉者が現れたと思って来てみれば……とんだ異物が紛れていたようだな」


「な、何を言って……」


 男の言っている言葉の意味が、まったく理解できない。


 干渉? 異物?


「まあいい。どうせ、()()()()()()()()()。」


 男がそう言うと、片手を空へ向ける。


 私は記憶に残る恐怖で、咄嗟に目を瞑っていた。


「……?」


 けれどいつまで経っても何も起こらない。


 ゆっくり目を開けると、そこはいつの間にかどこかの廊下に変わっていた。


(……ここ、は……)


 記憶を探り、ここは父の仕事の用事で何度か訪れたことがある場所――王城だと気付く。


(……えっ?)


 そしてなぜか、目の前にはアビゲイルが立っていた。

 豪華なドレスを纏い、たくさんの装飾具で身を飾りながら。


 その表情かおからは、怯えているのがありありと見て取れた。


 すると。


「あなたのようなが殿下と一緒にいるだなんで、実に不愉快だわ」


 辛辣な言葉を含む誰かの声が、アビゲイルに投げられる。


 どこかで聞いたことがある声だと思っていたものの、全身から来る違和感から、とあるその事実に気付いた。


 その言葉を発したのは、他ならない私自身だったのだ。


 まるで私の身体を誰かが操っているかのように、口が勝手に動いて言葉を発する。


「……聞こえていて? あなたに言っていますのよ?」


 あり得ない。

 そんなつもりはないのだとアビゲイルに謝罪を述べようとしても、唇ひとつ動かすことすらできなかった。


 次に、私のものではない私の記憶が伝わってくる。


 アビゲイルが入学してからというもの、ギディオン殿下と一緒にいるところを目撃してしまい、彼女を僻んでいた。


「ギディオン殿下は、あなたのような庶民が気安く話しかけていい御方ではないのよ? それすらも、その頭ではご理解いただけないのかしら?」


 執拗に敵意をむき出しにして喋る、もう一人の私。


「身の程をわきまえなさい!」


 そして、アビゲイルに手を上げようとした。


「やめろっ!!」


 途端に、私の身体は駆け付けた衛兵たちによって取り押さえられる。


 そして、兵と共に駆け付けたギディオン殿下が、アビゲイルを庇うように一歩前に出て告げた。


「我が婚約者への数々の冒涜、クロスハート王国王太子であるギディオン=クロスハートの名において、エイヴリル=スプリング、お前を不敬罪ならびに反逆罪の現行犯として極刑に処す」


(きょ、極刑……!?)


 殿下のその命令が響き渡ると、次の瞬間に私は、王城の広場に立っていた。


 首元が涼しい。

 そう感じたのは、長かった茶髪がうなじよりも短く切られていたからだった。


 服装も汚れた粗末な作りの服に変わっていて、身体の至るところには赤痣が出来ていた。


 そして周囲から聞こえる怒号や罵声。

 後ろ手に組まれた腕は固く衛兵に捕まれて動かすことも出来ず、なされるがままに膝を地に着けた。


 辛うじて見上げた先に立っていたのは、黒い覆面を被った体格のいい男。その腕には、斧が握られていた。


 足元には、首を乗せる台が置かれ、それがこの私の終わりなのだと理解する。


 私はなす術もなくそこに横たえられ、静かに目を閉じた。


「……」


 そして、斧が振り上げられた。


「――っ!?」


 首筋に走る強い痛み。そして衝撃と共に、私は閉じていた目を見開いていた。


 跳ね上がる鼓動に手を宛ながら、もう片方の手で衝撃を受けた先である喉元に触れる。


 今、目の前で起こったことが嘘であるかのように、首は繋がっていた。

 理解が追い付かない頭をよそに、胸の鼓動は次第に落ち着いていく。


(一体、何が……って、ここは……?)


 そして私が立っているのは、一面がまるで夜空のような場所だった。


 視界は、上も下も、右も左も、すべてが闇に包まれている。

 けれどその中で、星のような小さな輝きがいくつも瞬いていた。


 よく見ると、それは大小いくつもの水晶の欠片が散らばってできた光景なのだと理解する。


 近いようでいて遠いような距離で煌めくそれらの光は、とても綺麗だった。


 私がその景色にみとれていると。


《……随分と、()()()()いたようだな》


 水晶の光と同じように、空の遥か遠くから聞こえるような、はたまた隣で囁かれているような、不思議な《聲》が聞こえた。


 口調から、〈秘密の庭園(シークレットガーデン)〉で出会ったあの男だと直感した。


「ここは、一体……それに、あなたは誰なの?」


 煌めく水晶が浮かぶ空に向かって訊ねる。

 けれど、返ってきた言葉は、予想だにしていないものだった。


《ここは、お前のいた世界の果てだ》


「……世界の果て?」


 おうむ返しで、得た言葉を呟く。意味がわからない。


何故(なにゆえ)に干渉出来たのかは不明だが……お前は、その〈水晶の欠片(せかい)〉のどれかから、こちら側に来たのだ》


「?」


 何を言っているのか、理解できない、はずだった。


 けれど、不意にこちらへとゆっくり落ちてきたひとつの水晶の欠片が目に留まった瞬間、その中に映る〝世界〞が視えた。


「……っ!?」


 実家の離れ。学園の校舎。生徒会室。そしてそこで出会う、すべての人たち。


『ああ。そこにいたんだね』


『約束が違いますわ! 私と――』


『俺は断じて、お前を許さない!』


『……教え子をこのような形で失うのは残念だ』


『面倒だけど、本気でいくよ』


 本当に一瞬の出来事だった。


 けれどその僅かな時間の中で、それらの光景が脳裏に焼き付けられ、出会う人々との会話が頭に流れ込んでくる。


 それはまるで、物語の断章を脈絡なく読んでいるような、様々な劇の一場面ワンシーンを暗転ごとに見ているような、断片的で断続的な光景ばかりだった。


 そしてその光景は、すべて同じ人物――私自身の視点から見たもので、それは唐突に終わりを告げる。


 最後に、誰かの瞳と目が合った。

 その人物が誰なのかは分からなかったけれど、そこに宿っていたのは、明らかな敵意ということだけは分かった。


 握っていた拳に力が入る。


 ――この世界でも、私は邪魔物だったらしい。


《……ほう。我の助力なしで〈水晶の欠片(せかい)〉を覗けるか》


 《聲》は面白いものでも見たように、言葉の端が上がっていた。


「この欠片……一つ一つが、ひとつの世界……?」


 自分で言葉にしつつも、信じられなかった。


 けれど、今目の前で起こったことや見たことは、私が迎えたかもしれない別の人生エンディングなのだとすれば、荒唐無稽ではあるけれど理解できた。


「それじゃあ、私がもといた世界も――」


《無論。このどこかには在るだろうな》


 ――その世界に、還る方法は?


 そう私が訊ねるより前に、《聲》が続ける。


《だが、既にそれらの〈水晶の欠片(せかい)〉は、我が失敗した残骸(もの)に過ぎん。


 この中のどの欠片からお前が来たとしても、それを知る術はここにはない》


「……本当にこの中に、私がいた世界があるの……?」


 返ってきたのは沈黙。それは肯定と捉えるべきだろう。


 分からないことだらけだった。

 けれど、私がいた世界は、確かにこの中のどれかに存在しているのだ。


 私は、目の前に漂ってきたその中のひとつを掌で囲む。

 人差し指よりも小さな水晶の欠片は、小さく瞬いたかと思うと、放つその光の量が次第に大きくなり掌から溢れ出した。


 意識が、その光に吸い込まれていく。


 けれど頭の中では、沢山の人物の顔が消えることなく浮かんでいた。


 その人たちの――否、自分自身のためにも。


(……私は、あのみんながいた世界へ、絶対に還って見せる!!)


 そう、心に決めたのだった。




 ――けれど、現実は、そう甘くなかった。




 先程まで月明かりが射し込んでいた牢の鉄格子からは、夜明けの紫色の空が白んで来ている。


(……もう、朝なのね)


 結局、私は何度も何度も失敗を繰り返した。


 やり直した回数は、両手両足の数を越えた辺りで数えるのを止めている。

 繰り返すその度に、己の無力さを痛感して挫けそうになったからだ。


 けれど、これまでの体験でわかったことがいくつかあった。


 その一つはまず、私がどの水晶を選んだとしても、必ずアビゲイルが学園へ入学してくるあの日から時間が始まるということだ。


 次にわかっていること。

 それは、どの世界でも私が〝死ぬ〞と、再びあの水晶の星空の空間に戻るということ。


 その死因は様々で、自身が犯した罪に対する処罰、事故死、自殺、発狂死……どれも思い出したくもないものばかりだった。


 でも、それがわかってもどうしようもない。だって私の目的は、元いた世界へ還ることなのだから。


 そして繰り返すどの世界の中でも共通して言えたのは、私が死ぬ原因となる引き金がアビゲイルに対する嫉妬心であることだった。


 そのきっかけは、等しく精霊感謝祭。

 アビゲイルが誰かと親しく踊っているところを見た途端、それまでいくら平静を保っていたとしても、私の心のたがは外れ、彼女へ向ける嫉妬の炎が燃え上がり始めるのだった。


 けれどアビゲイルがダンスを踊るその相手は、これまで経験した世界で数人いた。


 ギディオン殿下、クライド、ライナス、アーヴィン、そしてオロス先生の五人だった。


 この五人のうちの誰かと必ず踊るアビゲイルを見て、私は自我を失い、壊れ始めるのだ。


〝ドウシテ、アノ娘ダケが愛サレルノ……?〞


 思考は、アビゲイルへの羨望と嫉妬が折り重なって、次第に淀んでいくのだった。


 まるで、それが私に求められている役割であるかのように。


 そして、もうひとつ。

 クライドのギディオン殿下の暗殺計画は、必ずと言っていいほど起こっていた。


 その度にクライドから計画に誘われ、断れば彼が感謝祭の日に死ぬ未来に繋がった。


 私がどんなに彼の凶行を止めようとしても、いつも何かの不運や偶然が重なって、事件は起こってしまうのだ。


 それがなかったのは数度だけ。

 それも、クライドがアビゲイルのダンス相手として踊っていた世界でだけだった。


 そして、その先の未来で二人は恋人として結ばれるのだ。


 脳裏に、これまで自分が繰り返した失敗が次々に浮かぶ。


「……え……っ?」


 視界が歪んで、それが目尻から頬に伝った。

 涙なんて、もう枯れ果てたと思っていたのに。


 まだ大丈夫、そう自分に言い聞かせ、頬のそれを手で拭う。


(でも……)


 一体、私はあと何度失敗すれば、あの暖かな日溜まりの世界に還れるのだろう。


 とはいえ、次の水晶を選ぶ時は、すぐそこまで近づいていた。


 だって、私は今日、処刑されるのだから。


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