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2nd page ある日、義妹を無碍にしまして

「お姉さま! いっしょにご本を読みませんか!」


「お姉さま! いっしょに外でお散歩しませんか!」 


「お姉さま! いっしょに――」


「お姉さ――」



(――ああ、もうしつこいわね!)


 アビゲイル。実に厄介な娘である。

 父に紹介された次の日から、侯爵邸の中で私を見かけると何かと誘ってくる。


 その度に、今用があるからとか、今手が離せないとか、理由をつけて断っていた。


「――お前からも歩み寄ったらどうだ」


 アビゲイルが侯爵邸に来てからある日の、夕食のあと。

 個別に父の執務室へと呼び出された。


(何かと思えば……)


 大方、私が夕食の席に座る前にアビゲイルが父に話をしたのだろう。

 『お姉さまと仲良くしたいのに、ぜんぜん相手にしてくれない』だとか言って。


 私は、執務机に向かって手を組む父に告げる。


「……喧嘩はしていないと思いますが」

「私は『仲良くしなさい』と言ったんだ」


 父の声色は低かった。そしてその表情も。


「今は二人とも侯爵わたしの娘だ」


 それではまるで、私が母のように彼女を家族と認めていないような口振りだ。

 否、父にはそう見えているのだろう。


(……ここで〝侯爵〞を出すのね)


 ここで一人の父親として娘たちの関係性に入ってこようとするのなら、私の方もいくらか腹を割ってみようと思っていた。

 けれど。


「アビゲイルに何かあれば、例えお前であっても容赦はしない」


 ――ああ。この人は、私にお母様を重ねているのか。


「――わかりました」


 あなたの言いたいことは、十分に。


「それでは明日から、わたしは離れで暮らしますので」

「っ!?」


 刹那、父の眉が歪んだ。


 けれどこれで、私は彼女に危害を加える意思はないことを伝えられる。

 あそこは――離れは今は亡き私の母が暮らし、最期を迎えた場所でもあり、そして同時に《誓約》の場所でもあったから。


「明日から、私とニーナは離れで暮らします」




 父にそう言った翌日から早速、私はニーナと二人、離れに住むことになった。


「換気はしているはずですが……少し淀んでいますね。今すぐ空気を入れ換えてきます」


 広間で、ニーナがカーテンを明けながらそう告げる。


 この離れに入ることを許されているのは、母の血を引いた私と私の専属の侍女ニーナ、そして長年母に使えていたサリアだけだった。


 けれどサリアは、母が亡くなった後すぐに迎えられるアビゲイルの存在を知って「奥さまに申し訳ない」と自ら辞表を出してきた。


(サリア、あちらで上手くやってくれているといいのだけれど)


 私名義で紹介状を書いたので、きっとあの家は彼女を無碍にしないはず。


「エイヴリルお嬢様。お部屋の方も少し換気をいたしますので、少々こちらでお待ちください」

「わかったわ。でも久しぶりだし、私も、少し中を見て回ってくるわね」

「畏まりました」


 ここからニーナとは別行動。

 私は一人、かつて母に教えてもらった書庫へと向かった。


 半年前――去年の秋口に亡くなった母・リディアスフィアは、この国でも珍しい《精霊の加護》という能力を持っていた。

 能力に差異はあれど、加護を持つ者は(まじな)いごとや未来を視ること、そして魔法と呼べる力を使えるという。


 そして母はいくつも精霊と契約を交わしており、国からは〝稀代の巫女〞とも称されていた。


 あいにく娘の私にはその能力は受け継がれておらず、何度か精霊と契約を交わそうとしたものの、それが叶うことはなかった。

 けれど母は、精霊との親和性が低い私のために、この離れでのみ私にも精霊と交流が出来るようにと精霊と《誓約》を交わしてくれたのだった。

 そのために必要なものの一つが、母の形見であるラピスラズリの耳飾り。


「……ここね」


 耳飾りがきちんとついていることを確認して、私は書庫の扉を開ける。

 開けた先には、本の乾燥した匂いが広がっていた。

 書庫の窓を明けて換気をする。


 書庫は小さな部屋ではあったけれど、置いてある机も椅子も、母が揃えたものだとわかるとても上品な造りだった。


 窓の近くにある机の上に教えられたその紋章を見つけ、私は椅子に腰を掛けて息を整える。

 そして母に教えてもらった《誓約》の言葉を唱えた。


「《我が名に宿りし精霊よ。今盟約に従い、その能力を借り受ける。我が力となりて汝の守り場所を写し出せ》」


 すると、頭の中に離れの部屋一つ一つが写し出された。

 これが母の言っていた〝精霊の守護領域〞というものらしい。


 玄関。

 広間。

 食堂。

 台所。

 談話室。

 寝室。


(……これが、魔法……)


 はじめての魔法。

 それが、私に少しの特別感を与えてくれた。


『確かにこの離れは、一人で住むには広すぎるくらいの広さね。

 だけど、ここにいる時だけは私は〝邸の主〞として振る舞えるの』


 そう以前に母が言っていたのを思いだし、その通りだと理解する。


 もしかしたらこの気持ちと似た感情が、母を侯爵夫人として成り立たせていた矜持なのかもしれない。

 とは言え、その矜持を逆撫でされて、晩年までこの離れからは外に出ようとしなかったのだけれど。


 〝巫女としての力を悪用しない〞


 それが母が精霊たちと交わした制約であり誓約だった。


 勿論、それは娘の私にも適応されている。

 もっとも私の場合は、この能力を使える場所は離れに限定されていて、使える能力にもある程度の制限が掛けられているのだけれど。


(――っ!? 何であの娘が!?)


 その時だった。

 玄関から俯瞰して邸の頭上に視点が移った時、ふと彼女が視界の端に現れた。


 少し意識を玄関周辺に意識させる。


 どうやら、この離れのことを侯爵邸の者に聞いたのだろう。

 幼い義理の妹は、本邸とは別の家があったことに驚いている様子だった。


(――ああ。やっぱり)


 義理の妹が玄関の扉に触れようとした時、バチンと小さな雷が彼女の小さな手を撃った。

 その反応は、痛みよりも驚いているように見受けられる。


 侯爵邸の庭の囲いを少し抜けた先にあるこの離れは、先に言ったように今では私とニーナしか入ることを許されていない。


 そう。誰に許されているのか。それは精霊に他ならない。


 母はその能力を使って、身近な人間しか自分の領域に入れないようにした。

 侯爵でもある父は、そこから最初に除外された。


 何度か母と話をしようと離れを訪れた父が、渋い顔で本邸に戻ってきたのを覚えている。


 恐らくはこの離れの概要を幼い彼女は飲み込めていないのだろう。

 『入っちゃダメ』と言われているのに、入ろうとするのは子供でなくとも人間の悪い癖だ。


 そして、彼女は愚かだった。


「――っ!! ダメ!!」


 けれど、どれだけ大声で叫ぼうと、遅かった。

 一瞬首を傾げた義妹は、あろうことが今度は両手で扉の取っ手に手を掛けたのだ。


 そして、精霊の拒絶が彼女を襲う。


 幼い身体は力無くその場に倒れ込み、精霊との感覚共有に不馴れな私は、それ以上視界をその場にとどめておけなかった。


「ニーナ! お願いっ! 助けてっ!!」


 パニックに陥り、魔法を使えなくなった無力な七歳の私には、離れのどこかにいるニーナを泣きながら叫んで探すしか方法はなかった。




 義妹はすぐに本邸へと移され、掛かり付けのお医者様が診察してくれた。

 その間、邸の者から知らせを受けて、宮廷から父が青い顔で飛んで帰ってきた。


 診断の結果、幸い命には別状はないとお医者様の口から告げられたけれど、父の顔色は戻らなかった。

 いくら幼子とは言え、精霊が《誓約》を犯した人間を無事に生かしておく例など、今までになかったからだ。


 義妹は今もベッドで眠ったまま。

 加えて、夜には高熱を出すようになった。


 その日の深夜。

 付きっきりで義妹の看病をする父の姿を見て、私はいてもたってもいられず、離れへと向かった。


「お願い! 精霊様! あの娘を――義妹いもうとを助けてあげて……っ!」


 月明かりが床に線を描き、私は明かりのない離れの広間で叫ぶ。

 暗いのはとても怖かった。

 でも、それ以上に父から嫌われることが怖かった。


『アビゲイルに何かあれば、例えお前であっても容赦はしない』


 そう言われた昨日の今日だ。


 けれど帰って来た父の口からは「お前のせいだ」とも「お前のせいじゃない」とも言われなかった。

 それが、一番辛かった。


 静寂だけが離れに溶ける。


 私は前に母がこの離れの中で精霊が一番好きな場所だと言っていた、談話室へと向かった。


「私はあの娘のこと、なんとも思ってないの! だからもう、赦してあげて!」


 私が離れに来ようと思わなければ、アビゲイルはあんな目に遭わずに済んだかもしれない。

 私のせいだ。私のせいで――


 〝精霊との《誓約》を犯してその怒りを買ったのならば、天罰として最悪は命を落とす〞


 そんなものは、迷信だと思っていた。


 けれど目の前で崩れ落ちるアビゲイルの姿を視てしまった私には、その迷信を信じ込むには十分すぎる材料だった。


「お願い、どんな精霊様でもいいからっ! 私の願いを叶えてっ!!」


 ――本当に、どんな精霊でもいいの?


 不意にそんな〝聲〞が聞こえた。


 ――もし、義妹そのこを助けられたら、君は代わりに何をくれる?


「私にあげられるものがあるのなら……」


 ――本当だね? じゃあ、君の願いを叶えてあげよう。その代わり――…………




 その後。

 アビゲイルは三日三晩高熱に浮かされ、生死の境をさ迷った。


 そして、四日目の朝日が昇った時。


「あれ、ここは……?」


 それまでの高熱がまるで嘘のように引いた義妹は、けろっと起き上がって首を傾げた。


「お前は精霊との《誓約》に触れて、倒れてしまったんだよ」


 父が安堵から、これまでの経緯をかいつまんで説明する。

 終始状況が飲み込めていない義妹は、自分の顔を手鏡に写すと、次の瞬間に驚愕の声をあげた。


「私、『スタエン』のアビゲイルになってるー!?」



 アビゲイルは――義妹は、精霊からの天罰で、頭をやられていた。


【アビゲイルのスタエンメモ】

◇『スタエン』とは?(ファンブック一部引用、一部抜粋)

乙女ゲーム『スターダスト・エンゲージ』の略称。

主人公の少女アビゲイル(名前のみ変更可能)は、幼い頃に実の父であるスプリング侯爵の養女になるという過去を持っていた。そして時は流れ、16歳の誕生日を迎えて貴族の名門校でもある学園に入学することになった貴女かのじょは、自身が精霊と《誓約》を交わせる数少ない存在・精霊魔術師の素養があることが判明する。それには、十年前の出来事が関わっているようで……。そして星降る夜に貴女かのじょが出逢う運命の相手とは――?

『君が僕を忘れても、僕は君を忘れない』。話題の恋愛シミュレーションRPG販売中!

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