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17th page 時に、真実はごく身近にありまして

いつもご覧いただきありがとうございます!

投稿ペースが遅くなり、申し訳ありません。少しずつ書き溜めておりますので、気長にお待ちいただければ幸いです。


(……あの地下室の扉の紋章って、神殿のものだったんだわ)


 私がそのことに気付いたのは、精霊神殿の扉に刻まれた紋章を見た時だった。


 徐々に思い出される記憶の中で、お母様が神殿で巫女をしていた時に身に付けていたという、その紋章と同じ装飾具バッチが頭に浮かぶ。


 神殿の開け放たれた入り口の扉には、記憶の中のものと同じ、六角形の枠に囲まれた神殿の紋章が刻まれていた。


 私は扉を潜り、中へと入る。


 静謐な空気に満たされた神殿内は、一面が〝白〞に染まっていた。

 大理石の床に、白亜の壁。


 そして神殿の左右の壁に沿って二体ずつ、正面の壁に三体の計七体の彫像が奉られていた。


 彫像の大きさはどれも同じで、私が腕を伸ばして届くかどうか。

 それぞれの彫像の前には、果物や作物が供物として置かれ、参詣者たちは順番に祈りを捧げている。


 神殿ここは、巫女や神官が奉職する場であると共に、地域に住む国民たちが感謝や祈りを精霊へと伝える場所でもある。


(加護がない私でも、本当に精霊が目の前にいるような気がするわ……)


 神殿内の七つの彫刻には、それぞれ精霊が宿っているのだという。

 かつてここを共に訪れたお母様から聞いた記憶が蘇る。


 地水火風の四大精霊。

 生、を司る〈光の精霊〉。

 死を司る〈闇の精霊〉。

 そして、すべての運命を司る〈始祖の精霊(オリジン)〉。


 特に原始精霊と呼ばれる最後の三つ柱の精霊は、四大精霊とは違って奉られる場所の配置は定められたものなのらしい。


 向かって右に、生の痛みを和らげるように手を組んで祈る女。

 向かって左に、死という避けられない人生という名の鎖に縛られる男。


 そしてその両者の像の間に立ち、両手を双方に差し伸べる外套を纏う人物。


「……」


 〈始祖の精霊(オリジン)〉は私たち人間や世界の運命を司っているという。


 いつか、ノア様が仰っていた言葉が頭に浮かんだ。


《――エイヴリル。もし君がその〝運命〞を知ってなお、それに抗いたいと心から願うのなら――……》


 私は三体の御像を見上げて、あの時思っていた言葉を口にした。

 

「運命は、乗り越えられる……」


 ちょうどその時、私の方へと真っ直ぐ歩いてくる足音が背後から聞こえた。


「……お待たせいたしました。エイヴリル様」


 手紙に書かれていた通りの時間。

 振り向くと、そこにいたのは初老の男性だった。


「あなたは……」


 その男性は、エルカーレ公爵家の執事バトラーのゴードンと名乗り、表に馬車をつけていると言葉を添える。


 そう。今日私がここへ来た理由は、ジャクリーン叔母様からの手紙で指定された待ち合わせの場所だったからだ。


「ジャクリーン様がお待ちでございます」




 公爵家の馬車に乗ること半時。


 エルカーレ公爵邸に着くと、私はゴードンに連れられるまま二階へと通された。


 豪華な邸の造りに、高価と人目でわかる調度品。

 我が国の宰相家の栄華を詰め込んだような印象を受ける。


 二階のある一室の扉の前でゴードンが立ち止まり、ノックをした。


「どうぞ」


 開かれた扉の奥の部屋には、ジャクリーン叔母様がいた。ちょうどベッドの前にあった椅子から立ち上がったところらしかった。


 その鮮やかなエメラルド色の瞳と視線が合う。

 私は叔母様へ今日の礼を伝えた。


「この度はお手紙をくださり、ありがとうございます。ジャクリーン叔母様」


「……久しぶりね。エイヴリル」


 落ち着いた優しい声。けれどその中には疲労が見えた。


 ジャクリーン叔母様は、お母様より六つ年下――今年で三十六歳になるはずだ。


 叔母様の外見の印象は年齢の割りに若い。

 けれどそれよりも目に留まるのは、病的なまでの細さと白さだった。


 服の上から長いショールを羽織っているものの、昔から病弱だったというジャクリーン叔母様の小柄な身体がありありとわかってしまう。


 淹れたての紅茶のような明るい茶髪は緩く巻かれていた。

 けれど、その白い肌に目が行くせいで儚い印象を抱かせる。


「こんなに素敵な令嬢レディになって……出迎えもせずに、ごめんなさいね」


 叔母様の言葉に、私は首を横に振った。

 叔母様に、これ以上の負担をかけるわけにはいかない。


「……あの子に、会ってあげて」


 私の肩に、叔母様の手がそっと添えられる。


 その視線の先にあるのはベッド。そして、その上で横になっていたのは――


(……クライド……ッ)


 一瞬、息が止まりそうになった。


 次に、静かにそしてゆっくりと上下するその胸の動きを見て、駆け寄りたい衝動をなんとか抑えた私は安堵の溜め息を漏らしていた。


 けれどベッドへ近づくにつれて、私は現実を思い知らされる。


 クライドの顔の左側には包帯が巻かれ、その素顔は半分が隠れていた。


「……クライド」


 私が名前を呼んでも、深い眠りの底にいる彼の耳には届いていないようだった。


 私の隣に来たジャクリーン叔母様が、ベッドの端に腰を掛ける。

 そして彼女と同じ色のクライドの髪をそっと撫でた。


 その横顔は、ただただ子を案じる母親おや表情かおそのものだった。


「この子ね、まだ一度でも意識は戻っていないの。


 でも、この前……熱に浮かされながら、一言だけ口にしたのよ。〝エイヴリル〞と」


 だから今日、私を呼んだのだと言葉が続けられる。


「……昔から、この子はあなたに懐いていたのは知っていたけれど……。まさか、自分こんな状態になってまで一番に口を出たのが、あなたのことなんてね」


 苦笑を浮かべる叔母様。


 てっきり、あの日のことについて聞かれると思っていた私は、その言葉を聞いてただ驚いていた。

 最悪、詰じる言葉が投げられることさえ覚悟していたのに。


 それに加えて、恐らくは目を見開いているであろう私に、叔母様は驚きの言葉を口にする。


「この子は、あなたに……()()()をしたのかしら?」


 そして叔母様は、私が沈黙の答えを選ぶ前に首を横に振って言葉を続けた。


「いいえ。答えなくていいわ。でも、そうね……この子は、昔からあなたのことを大切に想っていたから」


 だから、私の婚約を知って、黙っていられなかったのではないだろうか、と。


 叔母様はそこまで口にして、小さく息を吐いた。


「……なんて、この子のことをわかったつもりになるだなんて、愚かだとは思うわ、私も。でも……だからこそ、夢の中でもあなたの名前を呼ぶこの子に、あなたを会わせたかったの」


「叔母さま……あの、今日のことは……」


 私の言葉の続きを汲んだ叔母様は、小さく頷いた。


「ええ。勿論、父は知らないわ。すべて私の独断よ」


 もし公爵が知っていたのなら、全力で反対されていただろう。


「……ごめんなさいっ」


 そう思うと、途端に何かが溢れて来た。

 もう、枯れるほど泣いたと思ったのに。


 みっともなく手で涙を拭おうとする私に、叔母様はハンカチを差し出してくれた。

 そして、そっと肩を抱き寄せて、背中を擦ってくれる。


 それは、かつて小さい頃の私が泣いた時、お母様がしてくれたものと同じだった。


「謝らないで、エイヴリル。あの子も……クライドも、あなたが泣くのを望んではいないはずよ」


 〝泣かないで〞。


 そうだ。クライドもそんなことを言っていた。

 それが余計にあの日のことを思い出すきっかけになり、思いとは裏腹にますます涙が止まらなくなっていた。


「あらあら。顔を洗った方がいいわね」


 そして私が落ち着いてくると、叔母様が微笑みながらそう言って使用人を呼んだ。


 ベルで部屋に呼ばれた使用人の女性を見て、私は思わず、彼女の名前を口にする。 


「もしかして……サリア?」


「お久しゅうございます。エイヴリルお嬢様」


 十年という時間を感じさせつつ、初老の女性――サリアは会釈をした。


 彼女はニーナの前任者で、恐らくは、私やニーナよりも長年、お母様とともに我が侯爵家のあの離れで過ごしていた人物だ。


 お母様が亡くなってアビゲイルを引き取るということになった時、彼女は暇を願ってきた。


 けれどなんの落ち度もない彼女を侯爵家うちの事情で無職にしたくなかった私は、エルカーレ公爵家のお祖父様と叔母様へ向けて紹介状を書いたのだ。


「サリア。エイヴリルに客室を使わせてあげて」


「かしこまりました」


 私はサリアに案内され、同じ二階の一角にあった客室へと通された。


 けれどサリアが洗面の用意をする間、私は彼女の顔を見た瞬間に思い出していたあの場所について、頭から離れなかった。


(……そうよ。サリアだったら、あの地下室の鍵の在処や地下に何があるのか知っているかも知れないわ)


 そして、叔母様が待つ部屋へ戻る道すがら、思いきって彼女に訊ねてみる。


「……サリア。あなたに聞きたいことがあるのだけれど……」


「はい。何でしょうか?」


「あなたがまだ侯爵家うちにいた時、お母様と住んでいたあの離れのことなのだけれど。あそこ……地下室があるでしょう? あの中に何があるのか、あなたは知っている?」


 先を歩くサリアの足が止まり、首を横に振った。


「いいえ。地下室への鍵はリディアスフィア様ご自身がお持ちになっておりましたので。


 月に何度かお一人であの地下室に入ることはあったのですが、その際は〝中には決して入らぬように〞といつも申し遣っておりましたので、私は何があるかまでは存じ上げません」


「そう……なら、お母様が鍵をしまっていた場所に、名にか思い当たるところはあるかしら? 後任の者が鍵がないと言っているの」


 私がそう訊ねると、サリアが首を傾げながら不思議そうなものを見る目へと変わる。


 彼女の答えに、私は耳を疑った。


「……鍵でしたら、侯爵家にてお暇をいただく際に、旦那様へとお渡しいたしましたが?」


「え……?」


 考えてもいない回答だった。


 再び歩き出すサリアの後を追いながら、私の頭の中は疑問で渦巻いていく。


(……お父様が? でも、お父様は――)


 一体、どういうことだろう。


(サリアの話では、お父様が地下室の鍵を持っているということだけれど……)


 けれど、お父様と直接話したニーナからは、そんな話を聞いた覚えはない。

 ただ、鍵の紛失報告を受けた際に、交換をする必要はないと言っていたそうなのだ。


(……つまり、お父様は、地下室の鍵を隠している……?)


 そう思えて仕方がなかった。

 そして考えれば考えるほど、次から次に疑問が湧いてくる。


 一体何のために、母は地下室へ一人で入っていったのか。

 一体どうして、父は鍵の存在を知らせなかったのか。


 そして最大の疑問は、一体あの地下室には、何があるのか。


 私は大きな疑問を抱えながら、帰路に着くこととなったのだった。


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