第8話 アリアの決別と旅立ち
翌朝、宿屋で朝食をとったあと、アルベルトはディアナとアリアに馬車を買ってくるから荷物を運び出す準備をしておくように伝えてから、受付で携帯用の昼食を頼むと馬車を買うために宿屋を出た。
人族至上主義者たちを捕らえた報奨金が大銀貨2枚と中銀貨8枚もあったので、長旅にも耐えられる幌付きの頑丈な荷車とその店で一番体力のある馬を中銀貨3枚で買ってもまだ余裕があった。
馬屋で買った馬車を走らせて宿屋に着いたアルベルトは、子供を含んだ三人旅で荷物がほとんど無いというのも体裁が悪く不審に思われかねないと考え、昨日のうちにディアナ達が買っておいた荷物をマジックボックスから取り出してディアナと一緒に荷台に積み込んだ。
そして、荷物を積み終えて携帯用の昼食を宿屋の従業員から受け取ったアルベルト達は、街を出る前にマリアのいる冒険者ギルドへ挨拶をしに行くことにした。
「おはようございます。マリアさん」
「おはよぉ。マリアお姉ちゃん」
アリア達は冒険者ギルドの前で掃除をしていたマリアに、荷台の後ろから顔を出して声をかけると、マリアはきょとんとした顔で二人に挨拶を返していた。
「あら? おはよー。アリアちゃん、ディアナさん。もう街を出るの?」
「ああ、そうしようかと思ってたんだが、二人がマリアさんに挨拶をしておきたいらしくてな。立ち寄らせてもらった」
「そうなんだー」
マリアは嬉しそうに相好をくずすと、アリアに近づいてその頬に手を伸ばして優しく触れる。
「アリアちゃん、身体には気を付けるのよ」
「うん」
「それから、必ず幸せになりなさい。お父さんとお母さんの分まで、ねっ」
「はい……」
「そんな、顔しないのっ。そんなんじゃ、いつまで経ってもお父さんとお母さんが心配して天国にいけないでしょっ!」
「……うん。わかった」
アリアが俯かせていた顔をあげてマリアの目を見て力強く頷くのを、アルベルトは感心するように見ていた。
(本当に、強い子だなアリアは……)
「それと、これはすごぉーーく大事なことだから覚えておきなさいっ」
「なに?」
「お父さんみたいな、素敵な男を捕まえるのよっ!」
マリアは右手を自分の顔の前に持っていくと、ニヤッと白い歯を見せて華麗にサムズアップを決めていた。
「へ!?」
「へ!? じゃなぁーい! 大事なことなんだからっ、しっかり覚えておくっ!」
「う、うん」
「マリアさん……。前半の良い感じの話が台無しになってる気がするぞ」
「いいえっ! アルベルトさん、マリアさんの言うとおり大事なことですっ!」
「ふえぇぇぇっ」
マリアに同調してディアナまで胸元で拳を握りしめながらアリアを凝視していた。
マリアとディアナの肉食獣のような輝きを放つ大人の女性の目で睨まれるように見つめられて、アリアは仰け反るようにして後ずさりながら、奇妙な声をあげてたじろいでいた。
その様子にアルベルトは呆れるように溜息を吐くと、何かを思い出したようにマリアに話しかけた。
「はぁ……。あ、そうだ。マリアさん」
「何かしら、アルベルトさん」
「俺たちは、これからジェーヴァの街まで馬車で向かって、そこから船で俺の里に近いリエガまで行くつもりなんだが、ついでにできる依頼でもあれば受けても良いかなと思ったんだが、どうかな?」
「んー。それは助かるわ、少し待っていてくれるかしら」
マリアがそう言って冒険者ギルドの中に入って行ったあとも、後ろの荷台ではディアナがアリアに先程の話を未だに熱く語っていた。
そんな二人を眺めていると暫くしてマリアが一通の手紙を持って帰ってきた。
「依頼という訳じゃないけど、これをジェーヴァにいる、あたしの姉に届けて欲しいの」
「わかった。それでそのお姉さんはジェーヴァの何処に居てるんだ?」
「あたしと同じように、冒険者ギルドの受付をしているからすぐに分かるわ。それと、これが依頼料ね」
「いや、依頼じゃないんだろ? ついでに手紙を届ける程度のことで金なんて受け取れないっていうか、出しすぎだろ?」
「ダメっ! あたしが姉に怒られる。それに、それはアリアちゃんへの餞別込みだから美味しいものでも食べさせてあげてっ」
「わかった。そういうことなら預かっておく」
「それと、これはジェーヴァの通行証ねっ」
「助かるけど……よく許可が出たな?」
「一応、輸送の依頼……だからねっ」
マリアは、てへっと、舌を出して笑うと通行証と小銀貨1枚を渡して、馬車の後ろの方へ歩いて行った。
「それじゃ、そろそろ出発するぞ」
「「はい」」
二人が声を揃えて返事をしたあと、アリアは自分たちの住んでいた村のある方の空を見つめて、その空に向かって手を振りながら決別の声をあげた。
「みんなー! 今までありがとー! みんなに恥ずかしくないように頑張って生きるからねー!」
ディアナとマリアはその様子を微笑みながら見ていて、アルベルトはアリアの言葉を合図に手綱を握った。
「アリアちゃーん! 落ち着いたら手紙ちょうだいねー!」
「わかったー! 必ず手紙書くからねー!」
「マリアさーん! お世話になりましたー!」
「ディアナさんもお元気でー!」
マリアの人柄だろうか、二日にも満たない僅かな間だったがアリアとディアナは数年来の知り合いだという風に、すっかり気心を許していた。
アルベルトはそんなマリアに感心しながらこの街に来たとき通った東門へ向かい、来たときとは別の通用門を通り抜けてジェーヴァの街に向かって馬車を走らせた。
ブルックの街を出て一刻半ほどして街も見えなくなり擦れ違う人も殆んどいなくなった頃、アルベルトが着ているコートのポケットの中から、もぞもぞっとベルとセレスが顔を出してきた。
「よしっ、誰もいないねっ!」
「そうねぇ、誰もいないわねぇ」
そう言ってポケットから飛び出すと荷台の中に飛び込んで、元の大きさに戻るや否や二人してアリアに抱きついたりほっぺを突いたりしはじめた。
さすがに荷台に四人は窮屈なので、ディアナは御者台に移りアルベルトの隣に腰掛けて微笑ましそうに荷台の中の三人を眺めていた。
「やっと外に出られたー! それでアリアが、ふわぷにー!」
「そうですねぇ。アリアちゃん、ぷにふわですねぇ」
「ふぇぇぇぇっ。くすぐったいぃぃ」
「ベル、セレス。アリアってどちらかというと華奢な方だと思うんだが、どうしてふわふわでぷにぷになんだ?」
「アルは分かってないなー」
「アルぅ、わたしたち精霊にはぁ肉体的、というかぁ造形的な美というものはぁ、それほどぉ意味がないのぉ」
「そうそう! むしろ魂というか、精神的にというか、そんな感じ!」
「造物に込められたぁ魂や想いの形がぁ大事なのぉ、だからぁアリアちゃんはそれがとぉーってもぉ、ぷにふわでぇ気持ちがいいのぉ」
そう説明するとベルとセレスはアリアに纏わりついて、更に抱きついたり、キスしたり、頬を摺り寄せたりとやりたい放題である。
「ひえぇぇぇぇぇっ」
「そうなのか……。あまりやりすぎてアリアに嫌われないようにな」
「「……ッ!?」」
アルベルトの一言にベルとセレスはぐりんと勢いよく首を振ってアルベルトの方を一度見たあと、ギギギと音が聞こえてきそうな油の切れた機械仕掛けの人形のようにアリアの方へ振り向いて、わたわたと慌てた様子で半泣きになりながら騒ぎ出した。
「ア、アリア。き、嫌いになった?」
「アリアちゃーん。嫌いにならないでぇー!」
「うん……嫌いじゃないよ。でもぉ激しいのはちょっとぉ……。優しくしてね」
アリアが両手の人差し指をつんつんと合わせながら上目遣いに二人を見てそう言うと、ベルとセレスは「グハっ!」と二人して胸元を抑えながら呻くと、悶絶して荷台の中を転がりはじめた。
「アリア……いっそ殺してっ!」
「アリアちゃんってばぁ、とんでもない武器を隠し持ってたのぉ」
「ええええええっ!?」
「はぁ……」
アルベルトは右手で顳顬を抑えながら、騒ぎ過ぎて人に見つからないでくれよ、と溜息を吐くとディアナに話しかけた。
「アリアを二人に任せておいていいのか?」
「ええ、お二人のお陰でアリアも嫌なことを思い出さなくて済んでいますし」
ディアナはもう一度アリアの方へ視線をやってからアルベルトの方を向いて、もう何度目になるのか分からない礼を言ってきた。
「アルベルトさん、ありがとうございます。アリアが笑っていられるのも貴方のお陰です」
「礼なんてもういい。それに、アリアの事は任せておけと言っただろ。何も心配する必要はない」
「えっと、どういうことでしょうか?」
「君と初めて会ったときに約束しただろう? アリアのことは任せておけと」
「あの時は、わたしも死ぬものだと思っていましたから…………」
「約束は約束だ。それに、俺には子育てなんてできないから君も助けた訳だし、それはディアナが自分でやってくれ」
「それは……。わたしのこれからの生活についても任せろ。と言っているのと同じなのでは?」
「…………」
アルベルトはそういう事になるのかと思い、これではまるで期せずして未亡人にプロポーズしているみたいではないか、と言葉を詰まらせ頭を掻いていた。すると背後から揶揄うように声をかけられた。
「アル、照れてるっ。可愛いー」
「アルぅ。わたしたち精霊だけじゃなくてぇ未亡人にまでぇ見境ないのぉ」
「喧しいっ! 騒ぎ過ぎて人に見つかる前に、強制的に精霊界に送り返すぞっ!」
「キャー。アルが怒ったー。キャハハハハッ」
「アルが怒ったのぉ、しくしくしく」
「ふふふっ。アルベルトさんも、このお二人にとっては只の弄られキャラなのですね」
「はぁ……」
村を出て誰とも深く関わらず、ずっと一人で旅を続けていたアルベルトはこんなに賑やかな旅は初めてで、人と旅をするというのはこんなものなのかと溜息を吐きつつも、そう悪くないなと思いながらジェーヴァに向けて馬車を走らせ続けるのであった。
やっとアリア母娘の旅が始まりました。
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