第77話 ミスリルのペンダント
上位種の魔物との戦闘を終えて直ぐに、アルベルトは自身の愛刀である黒龍石の剣のことで、嬉々とした表情のカトリーヌから質問攻めに遭う羽目になってしまい、仕方なくパーシヴァル達が戻るのを待っている間、カトリーヌにもローガンに話した内容と同じ話を聞かせていた。
「黒龍石と浮遊石の合金が素晴らしいのは分かりました……ですが、アル君の言うとおり特産品にしようとしても、費用対効果が悪くてそれ程の普及しそうにありませんわね」
「黒龍石の採掘や運搬の問題さえなければ」
「そうね。そこがクリアできればあの灰輝鉱石と同じように、黒龍石と浮遊石の価値も認知されると思うわ」
カトリーヌが灰輝鉱石を引き合いに出したことに、アルベルトが不思議そうな顔で首を捻っていると、カトリーヌはアルベルトの疑問に答えるように話を続けた。
カトリーヌ曰く、灰輝鉱石も最初は何も価値がない、灰色のただの岩石だと思われていた。それが世の中に広まる切っ掛けになったのは、何気ない日常の出来事であったらしい。
それは、ある日、一人の鉱夫が仕事を終えて帰る途中に、作業服のポケットの中に岩石の欠片が紛れ込んでいることに気付き、投げ捨てようとしてポケットから摘み出すと、それは親指の先程で夕日に照らされて鈍く灰色に光っていた。
それでも、いつもなら投げ捨てるのだが、その日の鉱夫は一人娘の土産にしようとポケットに戻すと、日課である酒場にも寄らず、真っ直ぐに帰宅した。
帰宅した鉱夫から鈍く光る岩石の欠片を貰った少女は、それを人差し指と親指で摘んでランプの光に当て、キラキラと光る様子を暫く眺めたあと、父親に向かってニカッと笑ってスカートのポケットの中に仕舞い込んだ。
次の日の朝、休養日であった鉱夫が一人娘に起こされて目覚めると、鈍く光る岩石の欠片を手に娘が、その欠片の角を取って綺麗に磨いて欲しいと強請ってきた。
それは岩石の欠片を拾ってきた直ぐの休養日に必ずある娘の行動で、父親の鉱夫は朝食を済ませると、いつも通り倉庫部屋に向かい蓋付きの木の筒と研磨剤の入った袋を手にして、居間兼用のダイニングキッチンに戻って来た。
そして、持ってきた木の筒に灰色に鈍く光る岩石の欠片と研磨剤を入れて蓋をしたあと、父親の鉱夫は蓋が外れないように両手で掴んで上下に振り始めた。
途中、休憩を挟みながら二刻ほど木の筒を振り続けた父親の鉱夫が、木の筒の中から岩石の欠片を取り出すと、角が取れて丸みを帯びた河原の石ころの様になっていた。鉱夫が岩石の欠片に付いた研磨剤を拭き取ると、それは所々が青みを帯びた銀色に光り輝いていて、父親の鉱夫はそれを見て目を見張っていた。
少女は様変わりした石に瞳をキラキラと輝かせて、早く返してとばかりに両手を伸ばすが、父親の鉱夫は後で必ず返すからと娘に言うと、家を飛び出して一目散に鉱夫の組合がある建物に向かって駆けだしていた。
組合に着いた鉱夫は息を切らせながら組合長を呼び出すと、捲し立てる様に新しい鉱石を発見したかもしれないと伝えて、手にした岩石の欠片だった石を突き出した。
組合長は突き出された鉱夫の掌の上にある石を手に取り、まじまじと暫く眺めたあと、首から下げた鑑定用のゴーグルを装着して更にその石を調べるように観察した。
そして、鑑定を終えた組合長はゴーグルを外して、鉱夫の両肩を叩く様に両手でがっしりと掴んで「でかした!」と、声を上げて互いに生き生きとした良い笑顔を向け合っていた。
それから、新しい鉱石の特性や精製方法、そして加工の方法などを調べるために、灰輝鉱石の採掘が行われるようになり、数年後それらが確立して本格的な採掘が始まったことで、灰輝鉱石の知名度が現在の様になったのだという事だった。
「なるほど、灰輝鉱石の歴史ってそれ程古いものではなかったんだ。しかし、そんな話をカタリナ母さんが知っていた方が意外だ」
「ふふふ。実は、その鉱夫の一人娘って言うのが、わたくしの母なのですよ」
「え?」
「これが証拠よ。母が子供の頃お爺様に強請ってペンダントに加工してもらったのを、わたくしが頂いたのよ」
カトリーヌはそう言って胸元から灰輝鉱石の原石のペンダントを取り出して、呆気に取られているアルベルトに見せながら話を続けた。
「わたくしは貴族とは無縁の鉱夫の一家の娘だったのよ。若い頃のわたくしは騎士に憧れていてね、両親に騎士になりたいって話したら反対されちゃったのよ。でも、諦めきれなくて家を飛び出しちゃった」
カトリーヌは昔を懐かしむように、それでいて恥ずかしそうにアルベルトにそう言うと、アルベルトはカタリナをフォローするように言葉を返した。
「でも、そのおかげでパーシヴァル様と一緒になれたんだから、カタリナ母さんの選択は間違って無かったんじゃないかな」
「どうかしら。パーシヴァルと一緒に里帰りして、この人の第二婦人になるって言ったら、二人ともひっくり返って泡吹いていたわよ」
カトリーヌはそう言って、過去を思い出しながらケラケラと笑い声をあげていた。
そして、その後もアルベルトとカトリーヌが何気ない会話をしていると、妖魔族に捕らわれていた人達を連れてパーシヴァル達が戻ってきた。
「何かあったの? あなた」
疲れ切った様子のパーシヴァルにカトリーヌが声をかけると、パーシヴァルは一言――――。
「下級悪魔が召喚される魔法陣が仕掛けられていた」
「「――ッ!?」」
アルベルトとカトリーヌが驚きのあまり声を失っていると、ディアナが傍に寄って来てアルベルトに耳打ちして来た。
「パーシヴァル様は下級悪魔との戦いでかなり消耗されているので、このまま魔獣とやり合うのは危険かと思います。なので、パーシヴァル様には捕らわれていた人達を連れて、ヴェネッツァに戻って頂いた方が良いのでは?」
ディアナの言い分は正しいのだが、果たしてパーシヴァルが大人しくいう事を聞いてくれるのか、と、アルベルトは困ったような表情で愛想笑いを浮かべてディアナに返事をすると、パーシヴァルに近づき声をかけた。
「下級悪魔の討伐、お疲れさまでした。休む間もなく申し訳ないのですが、次の行動について、よろしいですか?」
「ああ、構わぬ」
「まず、この人達を早急にこの森から脱出させる必要があります」
「うむ」
「ですので、パーシヴァル様とベアトリーチェ、そして、数名の騎士で護衛をお願いできますか」
アルベルトの言葉を聞いて、パーシヴァルは威嚇するような眼光でアルベルトを睨みつけると、低く唸る様な声で答えを返してきた。
「アルベルトよ、貴様はこの儂にブライアンとクロエの仇に、一矢も報いず帰れと申すか」
予想通りの反応を返すパーシヴァルにアルベルトは言ってみただけだ、といった感じで肩を竦めてみせると、パーシヴァルは胡坐をかいたまま年寄り扱いをするなと、愚痴るように呟いて周囲にいる家族たちに苦笑いを浮かべさせていた。
「仕方がないですね。それではベアトリーチェとここにいる騎士たちで、森の外まで皆さんを護衛して、そのまま野営地で待機していてください。指揮はベアトリーチェ、頼んだぞ」
「分かりました、アル兄さん」
「それと、丸薬は飲んでもらっているのか?」
「はい、服用してもらっています」
「分かった。それじゃ、あとは任せたぞ」
アルベルトが軽くベアトリーチェの背中を叩くと、ベアトリーチェは拳の握り締め気合を入れ直して騎士たちに出発の号令をかけた。
そして、騎士二名とベアトリーチェを先頭に虜囚たちを引き連れ、その周囲を騎士たちが囲むように位置取り、入ってきた洞窟の入口に向かって進み始めた。
カトリーヌ様は実は鉱夫の孫娘で、騎士に憧れて家出。やはり猪突猛進なキャサリンのお母様でした。