第7話 旅立ちの前日
早朝、アルベルトが出かける準備をしていると部屋の扉を叩く音がしたので開けると、冒険者ギルドからの使いだという男が目の前に立っていた。
男は半刻後に騎士団が出発するので、それまでに西門の前で待っているようにとアルベルトに伝えて帰って行った。
出かける準備を終えたアルベルトはディアナの部屋へ向かい、今から騎士団と共に出発すること伝えて宿屋を出ると道中の店でリュックを買い、馬を借りてから西門に向かった。
西門の前で待っていると護送馬車を3台伴って分隊程度の騎士団がやって来た。
護送隊の隊長らしき騎士はアルベルトと軽く挨拶を交わしたあと、早々にという感じで門兵に大門を開けさせ、護送馬車の速度に合わせてアリアたちの住んでいた村へ駆け出した。
二刻半ほど馬を走らせてアリア達の住んでいた村に着いた騎士たちを、アルベルトが先導して村の中央の広場に捕らえている狂信者たちの所へ案内すると、護送隊の隊長がアルベルトの側に寄って来て気さくに話しかけてきた。
「マグナス殿、あれは何ですかな?」
「石牢のようなものです。奴らを捕らえたまでは良かったのですが、そのまま放置して街に戻る訳にもいかなかったので、逃走されないために土魔法で急場凌ぎに作って奴らを閉じ込めています」
「ほお、マグナス殿は魔法が使えるのですか。それにしてもなかなか上手く作られている、器用なのですなっ、ハッハッハッハ!」
「いえ。ギルドに連絡の取りようがなくて、途方に暮れての苦肉の策ですよ」
「ハハハハッ、謙遜されるな。して、あの石牢は四方を壁で囲まれておるようなのだが、中の奴らを連れ出せるように壁の一部に穴を開けるのを、マグナス殿にお願いしてもよろしいかな」
「はい、わかりました」
「それでは、よろしく頼む」
アルベルトは隊長に応えると石牢に向かって歩いて行き、壁に手を当て土魔法の呪文を詠唱して人が余裕をもって通り抜けられる程度の穴を開けると、近くにいた騎士に声をかけた。
騎士たちは開いた出口から次々と狂信者たちを護送馬車へ連行して、全ての狂信者たちを護送馬車へ収監し終えたあと、若い騎士が隊長の元へ報告しに駆け寄ってきた。
「分隊長殿っ! すべての狂信者どもの収容を終えました!」
「うむ。それでは帰還の準備ができ次第、ブルックに向けて出発する」
「はっ!」
隊長の命令を伝えるために若い騎士が護送馬車へ向かって駆け出すのを見て、アルベルトは隊長に助けたこの村の生き残りの娘のために衣服を持って帰ってあげたいと伝えて、少しの間この場を離れる許可を貰うとアリアの家に向かって歩き出した。
アルベルトはアリアの住んでいた家に入ってアリアの衣服を探し出すと、それを今朝買ったリュックの中に収めてから、家中の運び出すことができる家財道具を悉くマジックボックスの中に入れていった。
そして、動かすことができない据え付けの収納の中にある物も、全てマジックボックスの中に入れ終えると、アルベルトは何も物がなくなったがらんとした家の中でベルとセレスに呼びかけた。
「ベル、セレス、聞こえるか?」
「ここにいるよー」
「傍に、いるのぉ」
ベルとセレスがそう言って姿を現すと、アルベルトに抱きついてきた。
「ベル、セレス、お疲れさま。もう大丈夫だから戻ってくれて良いよ」
「ヤダっ!」
「やだって……」
「まだぁ、アルと一緒が良いのぉ」
「いや、騎士団の連中に見られる訳にはいかないし、それに街の人達にも」
「こうすれば大丈夫っ!」
「これでぇ問題ないのぉ」
ベルとセレスは手のひらサイズの大きさになるとアルベルトが着ているコートの左右のポケットに入って、ポケットの縁に手をかけて顔だけ出してそう言ってきた。
アルベルトは溜息を吐き好きにさせると、家の外に出て帰還の準備を終えた護送隊と共に住民の居なくなった村を後にした。
◇◆◇
昼を一刻ほど過ぎた頃にブルックの街に着いたアルベルトは、護送隊の隊長に半刻後に騎士団の詰所に来るように言われて騎士団と別れたあと、一度、宿屋に戻ることにした。
宿屋に戻ったアルベルトはディアナ達が帰って来ているか確かめるために、ディアナの部屋の扉を叩くとアリアが扉を開けて出迎えてくれた。
「ただいま、アリア。ディアナさんは居てるかな?」
「おかえりなさい。中にいるよ」
「入って良いかな?」
「うん」
アルベルトはアリアに確認して部屋の中へ入ると、家から衣服を持ってきたと言ってアリアにリュックを手渡しながら、ディアナに旅に必要な物は買えたのかと聞いた。
「はい。それとこちらが残りのお金です」
「それはディアナが持っていてくれ。俺が居ないときに金が入用になったら困るだろ?」
「そうですね。分かりました、それでは預かっておきます」
「取り敢えず俺が持っていて支障のないものはマジックボックスに入れておくので、後で整理しておいてくれないか」
アルベルトがそう言うと、ディアナはまたあの非常識な空間に収納するのかとジトっとした目で見てきた。
それをコートのポケットの中から見ていたベルとセレスが、クスクスと笑い声をあげながらディアナの前に飛び出した。
「ディアナちゃん、まだ慣れないのねぇ」
「ディアナー。こんなことでそんな顔してたら、この先持たないよっ」
「どういうことですか?」
「それはねぇ。一言でいうとぉ、アルってぇビックリ箱みたいな人なのぉ」
「そうですか……って!? んなっ! なんで二人ともそんなに縮んでいるのですか!」
「遅っ! ディアナって天然系?」
「んぐっ……。そんなことはありません! しっかり者だとよく言われていました」
「ディアナちゃんってぇ、意外とぉ弄られキャラだったりぃ」
「はぁ……。お二人だけですよわたしを弄るのは、それで何故そんなに小さくなっちゃったんですか?」
「ボクたち最上位の精霊だし、これくらい簡単にできちゃうのっ」
「そういう事ではなくて…………ッ!? 最上位!!」
「うふふふっ、また驚いていますわぁ」
「ディアナ、最上位精霊を二人も連れて歩いているところを、あまり見られる訳にもいかないから小さくなってもらっているんだ。ベル、セレス、あまりディアナを揶揄うなよ」
「そういうことですか……」
ディアナが項垂れながらも納得したと飛び回る二人を見ているその横で、アリアも瞳をキラキラとさせながら惚けるように飛び回る精霊たちを見つめていた。
「そう言えば宿屋の主人に聞いたんだが、この街には湯屋があるらしいんだ。ディアナ、アリアを連れて夕飯までに行って来たらどうだ?」
「そうですね。アリアをお風呂に入れてあげたいですし、そうさせて頂こうかしら」
「俺はその間に少し用を済ませてくるから、戻ったら俺の部屋に来てくれ」
「分かりました。それでは荷物の整理を済ませたら湯屋へ行ってきますわ」
「ああ、それじゃまた後で」
アルベルトは精霊二人をヒョイと掴んでコートのポケットに入れて部屋を出ると、騎士団の詰所に向かうにはまだ時間に余裕があるので武具屋で訓練用の木剣を買うことにした。
武具屋で手頃な皮鎧と木剣を見繕っていると丁度良い時間になったので、店を出て騎士団の詰所に向かったアルベルトは、そこで狂信者たちを捕縛した事を認める証明書を受け取ってからその足で冒険者ギルドを訪ねた。
「マリアさん、教えてくれた通り証明書を持ってきた」
「いらっしゃい、アルベルトさん。それじゃ報奨金の支払い手続きをしてくるから少し待っていてくださいねっ。あ! そうだ」
「どうした?」
「アルベルトさんの冒険者の登録情報を見たときに思ったのだけど、ダークエルフと人族のハーフなのに見た目が人族と変わらないのですね」
「ああ、俺も魔族の混血以外では見たことがないな」
「でしょー! なんか珍しいなぁって、特別な感じで良いですねっ」
マリアはそう言って微笑みながらカウンターの横の階段を上がって行った。
それから大して待つこともなく、マリアは報奨金の入った革袋を持って戻ってきた。
「おまたせー。これが今回の報奨金ね。この書類に受取りのサインをお願いします」
「分かった」
「何かね、アルベルトさんが捕まえたあいつらの中に支部の幹部が居たらしくて、そこそこの金額になっているわよっ」
「そうなのか? ディアナ達と旅をすることになって路銀が心許無くなっていたから正直助かる」
「アハハ。その様子だと、本当に困っていたみたいね」
「ああ。…………あいつらが根絶やしにされて、一日でも早く安心して暮らせるようになるといいな」
「そうね……」
そう言ってアルベルトはカウンターの上の報奨金が入った革袋を掴むと、冒険者ギルドを後にした。
宿屋の自分の部屋に戻ってベッドで横になっていると扉を叩く音がしたので、扉を開けるとディアナ達が立っていた。
アルベルトは一緒にディアナ達の部屋へ行き、ディアナが整理した荷物をマジックボックスに収納してから、二人と共に夕食をとるために宿の食堂へと階段を下りて行った。
今回は話中に時間について書いていましたので、この世界での時間の概念について補足説明します。
この世界では1日は18分割されていて、日の出が『一の刻』、日没が『十の刻』になり、正午は四の刻と五の刻の間ぐらいになります。
また、1刻は1時間半くらいで、半刻が約45分くらいになり、四半刻は大体20分くらいになります。