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孤児と錬金魔術師  作者: 珠優良
第二章 帰郷と邂逅
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第64話 救出作戦Ⅰ

 アルベルトは壁に繋がれた鬼族の男の拘束具と、鎖が引き千切られた状態で手足に嵌められたままの鬼族の女の拘束具を、錬金魔法を使って破壊すると、エレナとベルに鬼族の二人を野営地にまで連れて行くように指示を出した。


「二人を野営地まで届けたら、ベルは引き続き別動隊のフォローを頼む」


「良いけど、この鬼族の女の人、かなりヤバくない?」


 アルベルトは怖いくらい厳しい顔をして頷き、野営地に戻ったらセレスに鬼族の二人を回復するように伝えてくれとベルに頼んだ。


「もしもセレスがまだ戻っていなかったら、ベルがセレスの所に行って伝えてくれ」


 アルベルトの言葉にベルが軽い口調で了承すると、エレナがアルベルトはこれからどうするのだと聞いてきた。

 その問いに、アルベルトは自分たちが入って来た通路に繋がる穴を見上げて、最初の予定通り自分たちが入って来た入口を塞ぎ、カトリーヌ達と合流すると返した。


「兎に角、早急にこの場から移動しないとな」


 アルベルトはそう言って、ベルに鬼族の女を連れて先に野営地に戻るように指示すると、ベルは鬼族の女に抱きつくように抱えて、元来た道に向かって飛んで行った。

 そして、エレナには鬼族の男を侵入してきた鍾乳洞の天井付近にある穴まで運んだあと、アルベルト自身も運ぶように頼んだ。


「それではアルさん。わたくしはこの方を送り届けたら、そのままパーシヴァル達の道案内に向かっても宜しいのでしょうか?」


 侵入してきた通路まで戻ったエレナがアルベルトにそう尋ねると、アルベルトは首を横に振って答えた。


「いや、パーシヴァル様だけ早急に西の入口まで連れて来てくれ」


 エレナはその答えを聞いて、不思議そうに首を捻りながらアルベルトを見つめると――――


「アルさんは西の入口がある場所の検討はついているのですか?」


 と、尋ねた。


その問いにアルベルトは子供の頃を思い出して、懐かしむような顔をしながら


「まあな、エレナも覚えているだろ? キャシー姉さんに散々連れまわされた西の丘の横穴のことを」


 と、アルベルトがそう答えると、エレナは過去を振り返り成程と納得して、野営地に送り届けるために鬼族の男を抱きかかえた。


 しかし、アルベルトはそれを制して鬼族の男を野営地に届けたあと、パーシヴァルとローガンに、鬼族の夫婦を救出したことで作戦を変更する必要ができたことを伝えるようにエレナに頼んだ。


「それでは、わたくしは一旦、野営地に戻ってから、パーシヴァルを連れて西の入口に向かいますわね」


「ああ、頼む。それと、ローガン兄さんに西の入口が子供の頃の遊び場だった丘の横穴だという事も伝えてくれ」


「承知しましたわ」


 エレナは鬼族の男を抱えて洞窟から出ると、魔物たちに見つからないように、一度、魔の森の上空に向かって上昇したあと、野営地のある場所に向かって飛んで行った。


 そして、エレナと別れたアルベルトは鍾乳洞から続く通路を、土魔法を使い魔物に簡単に破られない程度の距離を埋めると、洞窟から出てカトリーヌたちと合流するために駆けだした。


◇◆◇


 アルベルト達が鬼族の夫婦を救出してから少し経った頃、妖魔族の男が鬼族を拘束していた鍾乳洞を利用した部屋に向かって、下卑た笑みを浮かべながら歩いていた。


「そろそろ女の方は、魔王様の糧にするために良い感じに熟成されている頃かも知れませんね。クックック」


 妖魔族の男は呟きながら、魔王の魂を宿した魔獣が堕ちた鬼族を喰らえば、魔王の力も一気に増して、魔王自らその仮初の身体を適したものへと変化させることができるはずだと夢想していた。


「男の方が堕ちていなかったら、今度は子供を目の前で甚振(いたぶ)るのも面白いかもしれませんね。クククッ」


 そんな事を呟きながら鍾乳洞に続く扉の前に着いた妖魔族の男が、興奮を抑えきれないといった感じでその扉を開くと、違和感を覚えて頭をすっぽりと覆うフードの中の顔を訝し気に歪めた。


「静かすぎますね……」


 妖魔族の男はそう口に出して部屋の中に入るなり、鬼族を拘束していた方を見て更にその表情を歪めると、速足でその場所へ向かった。


「力を封じられていたあいつらが、どうやって逃げ出したのだ」


 忌々しそうに声を出した妖魔族の男が足元に転がる魔物の死体に目をやり、その死体を調べるようにしゃがみ込むと、ギリッと歯を軋ませ怒りに満ちた瞳をして、自分に言い聞かせるように呟いた。


「この殺され方は剣によるもののようですね。侵入して来た何者かがここの存在に気が付いて、偶然見つけたあの二人を連れ去ったのでしょうか」


 妖魔族の男はそのまま思考を巡らせて、侵入者が魔の森の調査をしていた騎士団よりも、忍び込むことに慣れている冒険者ではないかと推測すると、いずれにしても、そう遠くないうちに騎士団がここにやってくるだろうと結論付けた。


 そして、妖魔族の男は音もなくスッと立ち上がり、足早に部屋から出ると、カッカと踵を鳴らしながら騎士団の襲撃に備えるために、速足で地下牢のある場所に向かって歩き出した。


 然程(さほど)時間を掛けずに地下牢のある場所に着いた妖魔族の男は、その場所の中央に立ち呪文を詠唱し始めると、妖魔族の男の足元が円形状に漆黒に染まり、その中に赤く光る魔法陣が浮かび始めた。


「常闇の深淵に住まう者たちに願う、(とき)の声が響く時、魔の王の盾と矛と成るを望む者を此処に顕現させ給え≪悪魔召喚(サモンデーモン)≫」


 呪文の詠唱を終えると、妖魔族の足元に広がっていた魔法陣が、漆黒と共に地面に吸い込まれるように消えていった。

 妖魔族の男は魔法陣が完全に消えたのを確認すると、立て続けに呪文を詠唱しだした。


「闇と月の精霊に我が魔力を捧げ願う、彼の者たちに偽りの恐怖を映し出す瞳を与え給え≪恐怖の囁き(フィアウィスパー)≫」


 詠唱を終えると、白と黒で描かれた魔法陣が、地下牢がある場所の地面全体を覆うように展開して魔法が発動した。


「さてと、あとは間抜けな客が来るのを待つだけですね。クククッ」


 妖魔族の男はそう呟くと、歪な笑みを浮かべながらその場を後にした。


◇◆◇


 セレスの案内で洞窟の西の入口を目指していたカトリーヌ達は、目的地を目前にして、入口を守るように周囲を警戒している魔物たちから、隠れるように息を潜めていた。


「セレス様、案内はここまでで宜しいですわ」


 道案内の必要がなくなったカトリーヌがセレスにそう言って、アリアとファンティーヌの所へ戻るように促すと、セレスはいつもの調子で返事をしてカトリーヌ達に背を向けて元来た道を戻り始めた。


「セレスさん、アリアとファンティーヌの事、お願いしますね」


 死人使い(ネクロマンサー)達との闘いの時のことを思い出して、ディアナが立ち去ろうとするセレスの背中に念を押すようにそう声を掛けると、ディアナの訴えるような瞳を見たセレスもまた、その時に受けたアルベルトのお仕置きとベルから課せられた罰を思い出して、頬をヒクつかせると、ぎこちない笑顔でディアナに答えた。


「こ、今度はぁ、ちゃ、ちゃんとするからぁ大丈夫よぉ」


 そう言い残して立ち去って行くセレスの後姿を、ディアナが一抹の不安を覚えながら見つめていると、カトリーヌが声を掛けてきた。


「最上位精霊が守ってくれるのです、何も心配する必要はありませんよ。それよりも、今はわたくし達のすべきことを成しましょう」


 カトリーヌ達を見てディアナは頷くと、気持ちを切り替えるように短く返事をした。


「それでは、まずはあの魔物たちを何とかしないといけませんわね」


「ですが、お母様。アル兄さんは中の妖魔族には気付かれないように、と言われていましたよ」


 クリスティーナとベアトリーチェがどうしたものかと考え込んでいると、カトリーヌがニヤリと笑みを浮かべて、何という事はないといった感じで告げてきた。


「あの程度の魔物なら、騒ぎになるほどの戦闘になどならないさ」


「何か策があるのですか?」


「策というほどのものでもない。わたしとディアナが斬り込むのに合わせて、ベアトリーチェの弓とクリスティーナの魔法で、わたし達の攻撃範囲の外の魔物を倒してもらえば良いだけの話だ」


「カトリーヌ様!?」


「どうした? ビーチェ。何も心配はいらん、勝負は一瞬で方がつく」


「いえ、そうではなくて……」


 今まで凛とした言動や立ち居振る舞いで、最も貴族らしい女性だと思っていたカトリーヌの口調が変わったことに、ベアトリーチェが戸惑いを隠せずにいると、クリスティーナがクスクスと笑いながらカトリーヌに話しかけた。


「あらあら、うふふ。久しぶりの実戦で血が騒ぐのは分かりますが、言葉遣いが元に戻っていますわよ、カタリナ」


 クリスティーナの言葉にベアトリーチェとディアナが目を丸くしていると、カトリーヌはこちらの方が素なのだと、今のカトリーヌの方がらしくないのだと、クリスティーナが二人に教えている横で、カトリーヌは恥ずかしそうに頬を染めて、指で顎を掻いていた。


「クリス、もう、そのくらいにして頂けませんか。わたくしもアル君から頼まれていたというのに、羽目を外し過ぎたようですね。申し訳ありませんでした」


 カトリーヌが気持ちを切り替えるようにそう言って頭を下げると、ベアトリーチェとディアナはあたふたと両手を振って、そんな事はない寧ろそこまで気を許してくれたことに感謝していると伝えた。


 二人の言葉にカトリーヌは普段の淑女然とした笑みではなくて、まるで少女のような微笑みを返すと、今度はクリスティーナが目を丸くして声をあげた。


「あらあら、まあまあ。カトリーヌのその笑顔がまた見られるなんて、ビーチェとディアナさんに感謝しますわ」


「よ、良いではないですか、今くらいはっ! それよりも……」


「ええ、そうですわね」


 一瞬にして雰囲気の変わった二人に、ベアトリーチェとディアナはごくりと生唾を飲み込んで、その顔をじっと見つめていた。


「それでは、ディアナさん、ビーチェ。行きますわよ!」


「はいっ!」


 ディアナはカトリーヌの勢いに押されるように返事をしてから、セレスが消えて行った方に一度視線をやったあと、アルベルトから貰った剣に手を掛けて、カトリーヌと共に西の入口を守る魔物たちに向かって駆けだした。


(今はあの子の心の拠り所になっているファニーも居るのだから、あの時みたいには成らないわよね)


 ディアナは心の内でそう呟くと、ファンティーヌの存在に深く感謝しながら、腰の得物を鞘から抜き出して、目の前に迫ったゴブリンの胴を薙ぎ払うようにして真っ二つにした。

いきなり作戦変更を余儀なくされたアルベルトさん。妖魔族にも警戒されてしまいました。

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