第62話 部隊の編制と作戦
あと数年もすれば齢七十に手が届くというのに未だ覇気の衰えない、白髪を短く切り揃えたパーシヴァルの鋭い眼光を受け流すように、アルベルトは首を横に振ってパーシヴァルの言葉を否定すると、ローガンがアルベルトを責めるように口を開いた。
「おい、アルベルト。なら俺たちはいつ動けば良いのだ?」
「直ぐに……」
アルベルトはローガンの問いに答えると、そのまま話の途中であった作戦について話し始めた。
洞窟の入口付近で戦闘が始まれば隠れて移動する必要もないので、二個小隊を別動隊として別任務を、残りの三隊は本隊として先遣隊のカトリーヌたちと合流後、入口に近づく魔物の討伐。
そして、洞窟の入口までは、直ぐにセレスとエレナを戻すので、道案内はどちらかにしてもらってくれ、と伝えるとエレナが声をあげた。
「その案内役は、わたくしがさせて頂きますわ」
エレナの積極的な態度にアルベルトが訝し気な目を向けると、エレナはその視線を往なすようにクスリと笑って、そのまま言葉を続けた。
「アルさんのことですから、この森の中で力を使えないわたくしたちにも、何か任せるつもりでいたのでしょう?」
「ああ、森の外に逃げ出そうとする魔物の処理を、お前たちと別動隊にしてもらうつもりだったんだ」
「その程度のことでしたら、ベルさんかセレスさんのどちらかだけで充分ですわ。わたくしにも少し考えがありますから、案内役が終わった後は別行動をとらせて頂きますわね」
エレナが反論は許さないといった感じでそう告げると、アルベルトはエレナの顔を見てその意思が固いことを悟り、仕方がないといった感じで横道に逸れた話を元に戻すことにした。
「分かった。エレナの事だから何か考えがあるとは思うが、捕らわれている人たちを助け出すまでは、派手な行動は控えてくれ」
「心配しなくても、承知しておりますわ」
「それなら良い。それでは、別動隊の話がでたので、先にそちらの話をしよう」
アルベルトは先遣隊である自分たちが出発するのと同時に、別動隊には魔の森の外に魔物が逃げ出さないように、外周の警戒と森の外に出ようとする魔物の討伐を任務とすると指示した。
その支援として、ベルにも汚染された魔素の影響が少ない上空から、別動隊と連携して警戒と討伐、場合によっては足止めをするように伝えた。
「全員が作戦に参加してしまうと、子供たちは誰が守るのですか?」
話を聞いていたディアナが心配そうにアルベルトに尋ねると、アリアとファンティーヌも不安そうな顔をしてアルベルトを見つめていた。
「心配ない、それも今から説明しようとしていたところだ」
アルベルトはそう言うと、そのまま話を続けた。
アリアとファンティーヌには別動隊と共に、森の外の野営地にまで戻ってもらい、道案内を終えたセレスに護衛してもらう。
ただし、セレスが野営地に着くまでは、別動隊の内の一分隊で子供たちの護衛をするように伝えると、ファーガスが声をあげた。
「アルベルト殿、挨拶が遅れました。わたしは第三師団長を務めるファーガス=グラントと申します」
「聞き及んでいます。オイゲン様の御子息で、あのキャシー姉さんの手綱を握っておられる方だと」
「ハハハ。度々、手綱を振り切って暴走するのを許してしまっていますけどね」
「キャシー姉さんの行動を全て把握するのは、骨が折れますからね。それで、俺に何か言いたい事があったのでは?」
アルベルトの問いに、ファーガスは緩みかけた表情を引き締めて、セレスが野営地に着くまでの間、子供たちの護衛は自分に任せて欲しいと願い出てきた。
ファーガスの申し出にアルベルトは、その若さで師団長を務めるほどの傑物に子供たちを守って貰えるならば心強いと快諾して、セレスが到着した後は別動隊の指揮を執って欲しいとファーガスに頼むと、そのまま続けて先遣隊と本隊が合流してからの策について話し始めた。
アルベルトは自身とカトリーヌたち、それと本隊が合流したら、まず三小隊の内、洞窟内に魔物が侵入するのを防ぐ二小隊と、捕らわれている人たちを救出するための小隊に部隊を分ける。
そして、救出部隊は洞窟内に突入後、通路の分岐点に二分隊を残して退路の確保、残りの三分隊で捕らわれている人たちを解放して、その後、速やかに野営地まで護衛しつつ撤退するように伝えた。
「あと、魔王の因子を宿した魔獣がいる場所に鬼族が二人、拘束されているはずだから、そちらは俺とディアナで助ける」
アルベルトが最後にそう言って話を終えると、髪と同様に白い髭を蓄えた顎を撫でながら、パーシヴァルが口を開いた。
「ふむ、救出作戦の方はそれで良かろう。じゃが、魔獣と妖魔族の方は何とするつもりじゃ?」
「余程の間抜けでもない限り、俺たちが鬼族を助けに行けば、流石に気が付くだろうから、鬼族の二人はディアナに任せて、俺が相手をするさ」
「お主一人でかの?」
「流石に一人じゃ無理があるよ。だから、部隊を指揮する者と、魔獣と妖魔族を相手にする者をどうするか、今から決めようと思っていたんだよ」
アルベルトが呆れるような目でパーシヴァルを見ると、パーシヴァルは然もありなんといった感じでガハハと笑った後、射抜くような目をして自分はアルベルトと共に行動すると、その場にいる者すべてに有無を言わせぬ気迫で言い放った。
パーシヴァルの主張を受けて、アルベルトは一度ぐるりと全員の顔を見た後、その言葉に続けるように、其々に担当してもらう持ち場を告げ始めた。
「分かりました、パーシヴァル様には俺と一緒に来てもらうとして、ローガン兄さんには洞窟入口の部隊の指揮を頼みたい」
「おうっ、任せておけ」
「洞窟内に侵入されないようにするだけで良いんだからな。森の外にはファーガスさんの部隊もいるんだ、派手に魔物を追い掛け回して、本来の役目を忘れないでくれよ」
「おい、アルベルト。お前は俺を何だと思っているのだ、そこまで脳筋ではないぞ」
憮然とした態度で返すローガンに、アルベルトはその気合の入れようがデュカルトと同じ匂いを感じさせたのだと弁解すると、ローガンは嫌そうな顔をして、あんな奴と一緒にしないでくれと呟いていた。
ローガンの言葉にアルベルトは苦笑いを浮かべて、ファーガスに視線を移すと、森の外には魔物を一匹も出さないで欲しいと改めて頼んだ。
「心得ております、アルベルト殿」
「ベルもファーガスさんたちのフォローを頼んだぞ」
「まっかせてー」
「上位精霊に支援して頂けるとは心強いです」
頼もしそうにベルを見るファーガスに向かって、ベルは人差し指を突き出し、チッチッチと左右に振ってその言葉を否定した。
「違うよー。ボクは風の最上位精霊なのさ」
ベルがファーガスの言葉を訂正するようにそう言うと、セレスとエレナまでもが自身を紹介するように声をあげた。
「わたしはぁ、水のぉ最上位精霊ですぅ」
「わたくしは御存知でしょうけれど、光の最上位精霊ですわ」
精霊三人娘たちのことを知らなかったパーシヴァルたちは、三人の発した言葉を耳にした次の瞬間、アルベルトを凝視したまま固まってしまった。
「その気持ち、痛いほど良く分かりますわ」
「ええ、そうですね」
同じ経験を持つディアナとベアトリーチェはそう呟くと、同情するように溜息を吐いていた。
稍々あってパーシヴァルたちが我に返り、蜂の巣を突いたように喧々囂々としてアルベルトに向かって騒ぎ始めると、アルベルトはまたかと魂が抜けたような虚ろな目をして、収拾のつかなくなった事態が収まるのを待っていた。
そして、息を切らせるほどに言いたい放題だったパーシヴァルたちが、落ち着きを取り戻し始めると、パーシヴァルは自分に言い聞かせるように呟いた。
「スゥーハァー。い、今はアルベルトを問い詰めている場合ではなかったのじゃ」
パーシヴァルの呟きに騒いでいた者たちは渋々ながらもそれに頷くと、ベアトリーチェが話を進めるために、アルベルトに話しかけた。
「それで、洞窟内に突入する救出部隊の指揮は誰が執るのですか?」
「そうだな、クリスティーナ様とビーチェに……」
「お断りしますわ。わたくしもアル君に同行するのですから、うふふ」
アルベルトの言葉を遮ったクリスティーナは、視線だけで人を殺める事ができるのではないかと思えるほどの、殺気を含んだ瞳でアルベルトに微笑んでいて、アルベルトは背筋に冷たいものを感じて額から一筋の汗を流すと、カトリーヌに視線を移して、取り繕うように若干早口でカトリーヌに突入部隊の指揮を頼んだ。
「仕方ありませんね。ビーチェ、何が起こるか分かりませんから、不測の事態に備えて油断だけはしないように」
カトリーヌがそう言うと、ベアトリーチェは緊張した面持ちで頷き返した。
「それでは、カトリーヌ様にこれを預けておきます」
「これは?」
アルベルトから差し出された革袋を、カトリーヌが怪訝そうな顔で受け取り中の物を確認していると、アリアとファンティーヌが声を揃えて薬だと伝えてきた。
「回復薬ですか?」
「いえ、体力強壮薬です。体力を一時的に向上させることができるので、救出した人たちに与えてください」
カトリーヌはアルベルトの意図を察して納得すると、丸薬の入った革袋を閉じて帯剣用のベルトに括り付けた。
そして、改めてアルベルトが洞窟内へ突入するメンバーの確認したあと、他に提案がなければ、魔物たちが洞窟内から出た頃を見計らって作戦を開始すると伝えた。
その場の全員がアルベルトの言葉に無言で頷くのを見た後、パーシヴァルはローガンとファーガスに作戦開始までの間に、騎士団の部隊編成をするように命じていた。
パーシヴァルたちに振り回されながらも、アルベルトは部隊編成をやり遂げました。