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孤児と錬金魔術師  作者: 珠優良
第一章 出会いと再会
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第4話 リディア=ターナー

 東の空が(うっす)らと白み始めたころ、リディアは目が覚めて昨夜の出来事を思い出していた。


 夜更け過ぎに村長宅に押入った狂信者たちは、何処にいるのか分からない、種族の違うわたし達に向けて、村長たちの命を守りたければ姿を現せと叫んでいました。


 夫のエドは初めてこの村を訪れた時に、魔族であるわたし達を快く向かい入れてくれた、村長たちを救うために奴らの元へ行く覚悟を決めると、わたし達には逃げるように伝えて、わたし達の家とは広場を挟んだ真向いにある、村長の家の方に向かって出て行きました。


 エドから言われたとおり、彼が家を出てから少し時間をおいて、わたしは娘のアリアを抱きかかえながら、村長宅の方からは死角になっている裏口から静かに家を出ると、気付かれないようにできるだけ音を立てずに、村の出口に向かって逃げ出しました。


 逃げる途中で村長の家の方からの揉める声に振り返ると、エドの「リディアー! 生き延びろー!」と叫ぶ声に胸が張り裂けそうになり、その場に(うずくま)って泣き出したいのを堪えながら、アリアだけでも守らなければいけないと思い、わたしは走り続けました。


 村が阿鼻叫喚に包まれ始める中を森に向かって走り続けていると、民家の陰から飛び出してきた狂信者の一人に見つかり、背後から斬りつけられて意識が途切れそうになったけれど、わたしはここで気を失うわけにはいかないと、朦朧とする意識のまま只管(ひたすら)走り続け、気が付くと何処をどう走り抜けてきたのかも分からず、いつの間にか追手がいなくなっていました。


 足元も覚束ない状態で側にあった家に入って身を隠すと、わたしは確認する様にアリアの顔を覗き込みました。

 さっきまでエドの事を呼び続けていたのですが自身の心を守るためなのでしょう、アリアは眠るように意識を失っていました。


 そして、わたしも次第に意識が遠のいていき、自分の命ももう尽きるのだろうと覚悟して、最後の気力を振り絞って娘を隠すように覆い被さると、意識を手放していました。


◇◆◇


 どれくらいの時間気を失っていたのだろうかと、わたしは霞む意識の中で聞こえてきた人の声に意識を向けていると、娘に覆いかぶさって床にへばり付くように倒れ伏しているわたしの視界に、何者かの足元が入り込んできて、一気に意識が覚醒するのを感じました。


(あいつらに見つかってしまった!? アリアが殺される!!)


 わたしは焦燥感に駆られ半ばパニックになりながらも、あらん限りの気力と体力を振り絞って目の前の足を掴もうとしました。

 しかし、思うように身体に力が入らず、目の前のズボンの裾だけを力の限り握りしめて、掠れた声で娘の命だけは助けて欲しいと懇願することしかできませんでした。


 あの時は村長さんの依頼を受けた冒険者が、あんな夜更けに村を訪れるなんて思ってもいなかったから、本当にアリアが殺されるのではないかと心臓を鷲掴みにされたような恐怖を覚えて、気が触れそうになりました。


 そんな時、白く長い髪を頭の後ろで束ねて深い森の様な深碧(しんぺき)色の瞳をした、少し日に焼けたような肌のアルベルト様がわたしの願いを聞き入れて下さっただけでなく、わたしの命までそのお力で繋ぎ止めて下さいました。


 それは大変嬉しいことなのですが、助かったと安堵すると、ふつふつとわたしたちだけが生き残って良かったのだろうかという思いが湧いてきて、殺されたみんなの事を思い出して胸が痛くなり涙が溢れてきます。


 これからはアリアを一人で育てていかなくてはならないのに、泣いている場合ではないのは分かっているのです。でも……。


 今だけは、今だけは泣くことを許して欲しい。あの子が目覚めたらもう泣きません。

 だから、今だけは泣くことを許してください。最後の時までわたしたちのことを想い愛してくれた、エド。


◇◆◇


 一頻(ひとしき)り泣いて、少し落ち着いてきたので窓の方を見ると、薄らと朝靄(あさもや)が立ち込める中を朝陽(あさひ)が乱反射して、(やわら)かい光が窓から差し込んできていました。


 わたしは娘に会いたくなってゆっくりと体を起こしてみると、眠りにつく前にアルベルト様が言ったように、魂と魔力がこの身体に馴染んだのか、違和感なく動けるようになっていました。

 そして、自分のものとなったこの身体を確かめるように、ゆっくりと立ち上がり手足を動かしていると、とんでもないことに気が付いてしまったのです。


(わわっわわわわわたし、ななななにも身に付けてない!? 素っ裸じゃないですか!!)


 思わず大声で叫びそうになるのをぐっと堪えて心の内で絶叫し、辺りを見渡して取り敢えずにでも身に付けれそうな衣服を探していると、アルベルト様がわたしに呼びかけながら家の中に入って来ようとしていました。


「まままま待ってください! 今は入ってこないで!!」


「どうした!? やはりリディアに合わせて作った身体じゃないから不具合でもあったのか?」


 暢気(のんき)な口調で尚も入って来ようとするアルベルト様にわたしは焦り、咄嗟に側にあったベッドの上のシーツを掴むと、アルベルト様から身体の後ろが見えないようにしながら前を隠そうと考えて正対するために振り返ると、アルベルト様はすでに家の中に入って来ていて、殆んど何も隠せていないわたしの方を見ていました。


 わたしはシーツを胸元に抱えるように引き寄せながら、無意識に手近にある物を(ことごと)くアルベルト様に向かって投げつけながら、絶叫していました。


「あ゛あ゛あ゛なななんで、入って来てるんですかああああああああ!!!」


「お、おい。リディアさんちょっと待て!」


「ででで出て行ってくださあああああああああああああああい!!」


「落ち着けって! その身体は特別製なんだ。そんな力で物を投げつけるんじゃない!」


 きっと、今のわたしは、あのうねうねした大嫌いなデビルフィッシュのように、真っ赤な顔をしているに違いありません。

 それにエド以外の男性に裸を見られるなんて、悲しくて、わたしはその場に(くずお)れるように座り込んで、めそめそと泣き出してしまいました。


「ぐすっ……。エド以外の男性(ひと)にすべて見られてしまったああああ」


 もう泣かないとエドに誓ったのに、ぐすん。


 アルベルト様は、わたしが泣き止むまで外で待っていてくれて、落ち着いたのを見計らって、わたしのための衣服を一式、家の中の玄関の近くに置き、身に着けるまで外で待っていると言って出ていきました。


(あれ? アルベルト様って、ずっと玄関の前に居たはずですけど、どこからこの服を持ってきたのでしょう? お連れの方たちが来た様子もなかったように思うのですけど……)


 わたしは首を傾げながら衣服を身に着けると、おずおずと玄関の扉を開けてアルベルト様を招き入れました。なんだか少し呆れているようです。


(はぁ……。気まずい……)


「落ち着いたようだな……」


「はい。取り乱してすみませんでした」


「元の身体でもないし、そもそも、その身体は俺が創ったものだ。何を取り乱しているんだか……」


「そういう問題ではありません!! 人妻としてのモラルの問題です! アルベルト様ってデリカシーが無いって言われませんか!」


 アルベルト様の余りにもデリカシーのない物言いに、わたしは苦言を呈してアルベルト様の顔をジトっと見上げていました。


「きちんと反省していますかっ!」


「まあ、取り敢えずそれは置いといて。あの子が……」


「置いとかない!! は・ん・せ・い・していますか!!!」


 わたしはアルベルト様の言葉に食い気味で、床をドンッ! と片方の足で勢いよく踏みつけると、背伸びするようにして睨みつけながら反省を求めました。

 まったく、アルベルト様は女性に対しての扱いがなっていないようです。これは要教育ですね。


「すまなかった、今後は気を付ける」


「分かってもらえればいいです。あ、それと娘の名前はアリアです」


「そうか。そのアリアが目覚める前に大事な話は済ませてしまおうか」


「はい。分かりました」


「まず、その身体について言い忘れていたことがある。そのことから話そう」


「この身体のことですか? ものすごく身体が軽くなった感じで、元の身体よりも使い勝手が良いですよ」


「なるほど、身体と魂の適合は問題なさそうだな。それと、身体が軽く感じるのは、その人形というか、ホムンクルスは、元々、俺の護衛用に創った戦闘特化型だから当然だ」


「へぇそうなのですかぁ…………ッ!? 戦闘特化型っ!!」


 わたしは一瞬、何を言われたのか分からなかったが、言葉の意味を理解すると思わず目を見開いて、アルベルト様の顔を凝視していた。


「脳の機能に不具合でもあるのか? 一瞬、思考が停止したようだが」


「コホンっ。そうではなくて、どうしてそんな身体を使ったのですか? わたし……、自慢じゃないですけど戦闘スキルとか経験とかって、まったくないですよ」


「見れば分かる。それに手持ちのホムンクルスが、それしかなかったんだ」


「んぐっ……」


(なんだろう、なんか悔しい。それにアルベルト様ってなんだか変。こんな……、とんでもホムンクルスを創れる人族っているのかしら? もしかして、アルベルト様も魔族?)


 それからアルベルト様は、この身体について一つ一つ説明してくださいました。

 

 まず、肉体的には聖騎士の5倍程度の身体機能を有すること。戦闘特化型であるため戦闘技能に関しても、ほぼ全ての技術を身体と脳内に記憶済みであること。

 但し、ある程度の戦闘経験がないと制御できずに危険だから、自分の意思とは関係なく身体が反応しないように制限をかけてあること。

 それから、このハイスペックなホムンクルスの活動エネルギーとして、転移させたわたしの魔力を、ほぼ全て使用しているので魔法が使えなくなっていることなど、わたしでは半分も理解できないことを色々と説明してくれました。


「それでも、人族の魔力量なら活動エネルギーが足らず、普通の人族と変わらない程度の力しか出せないから問題はなかったんだが、リディアは魔族だったから魔力量が多くて……って、おい、どうした? やはり不具合でもあったか」


 アルベルト様は、思考が停止して固まっている、わたしの両肩に手をかけて、ゆっさゆさと揺さぶってきました。


「いえ。あまりに突拍子もない話に仰天して、(エド)のところに行きそうになっていただけですわ。昨日まで普通の母親で妻だったのに、一夜明けたら歩く戦闘兵器って……」


「アリアを守るためなら、それでも良いんじゃないのか?」


「はぁ……。そうですね、これからは夫の分も…………。アリアを守っていかなければなりませんものね」


(まだダメね、不意にあの人(エド)の事を考えると胸の奥が痛い。だめだめ! アリアの為にもっと強くならないと!)


「それに……。この力があれば、アリアに(まと)わりつく悪い虫は(ことごと)くこの力で……。フフフフフフ」


「あのぉ……。リディアさん? 大丈夫か」


 あっ、アルベルト様が引いちゃってる。でも、仕方ないですよね、可愛いアリアのためなら理性だって投げ捨ててやるのだから。

 エドも、友人も、村さえも失った。もう、わたしにはアリアしかいないのだから、あの子だけは絶対に守り抜いてみせる。

今回は、リディア視点で回想っぽくしてみました。

読んでみて興味が湧いたり、続きが読んでみたいと思った人

感想とか貰えると嬉しいです。よろしくお願いします。

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