第3話 滅ぼされた村の顛末
暫くすると、女性の魂が宿った人形がゆっくりと瞼を開いた。その瞳は人形の赤い瞳からグレーに変化していて、体型以外は殆んど魂の影響を受けないのだが、珍しい変化だとアルベルトは感じた。
錬金魔法という分野を自ら編出したアルベルトだったが、学者肌という訳でもなかったので、そういうこともあるのかと変化の一例として、あまり深く考えず記憶に留めるだけにした。
その変化の異常性を気にも留めずに――――。
「どうだ、違和感はあるかもしれないけど、気持ちが悪かったりしないか?」
「……はい。大丈夫そうです」
「そうか。でも、夜が明けるまでは身体を満足に動かせないはずだから、そのまま横になっていればいい」
「わかりました」
「そういえば、まだ名前を聞いていなかったな。俺はアルベルト=マグナス」
「わたしはリディア。リディア=ターナーといいます。アルベルト様」
「様なんて付けなくていい。リディアさん、貴女の見た目は勿論だが、命の在り様も別物になっている。さっきも言ったが限りなく不死に近い存在になっている」
「はい」
「それでだ。貴女とあの子のこれからの関係なんだが、俺が考えるには二つの選択肢があると思う。一つは全てをあの子に話して親子としてこのまま一緒に暮らしながら、あの子を育てていく道」
「…………」
「もう一つは、何も告げずに両親は死んだものとして、例えば、貴女を私の従者、若しくは知り合いということにして、あの子を陰から見守っていく道」
「…………」
「他にも選択があるかもしれない。あの子とどう関わっていくのか、自分でよく考えてみてくれ」
「はい……」
アルベルトには、二人にとってどうするのが幸せなのかは分からない。だから、リディアに自分で決めるように伝えると、村を襲った奴らのことを考え始めた。
あいつらがこの村を襲ったということは、この村に亜人種がいたのは間違いないはずだが、見た目で亜人種と分かる者の遺体はなかった。ということは見た目が人と変わらない魔族が住んでいた、若しくは魔族の村だったということか。
しかし、魔族なら高い魔法能力がある。寝込みを襲われたとしても、ここまで一方的に蹂躙されるとも思えない。俺の住んでいた村を襲ってきた時でさえも、何人かは返討ちにされていたから奴らの死体も転がっていたのに、この村にはそれらしき死体どころか痕跡すらない。
どういう手段でこの村を襲ったのか。俺が思考を巡らせているとベルが飛び込んできた。
「アルー。見つけたよー!」
「ベルか、それで奴らはどこに」
「ここから北西の森の中を西に向かって移動してたって。今はボクの妹たちが、森から脱け出せないように幻術で遊んでるよ! ニッシッシ」
ベルは悪戯が成功した子供のように笑い、次はどうしたらいいのかと尋ねてきた。
「それじゃ。セレスと一緒に行って奴らを無力化して、この村の中央の広場にでも集めて逃げ出せないようにしておいてくれるか」
「オッケー! それじゃ行ってくるー」
「殺すんじゃないぞ」
「分かってるってー」
ベルはセレスのところに向かって飛び出そうとするその背中に、アルベルトの忠告を受け軽い返事をして文字通り飛んで行った。
それを見届けた後、アルベルトはリディアに村で起こったことを確認するために話しかけた。
「リディアさん。俺には此処でのことを、冒険者ギルドに報告する義務がある。貴女には辛いことかもしれないが、話してもらえないだろうか」
「はい……」
「この村を襲った奴らは人族至上主義者の集団だと思う。あいつらがこの村を襲ったということは、ここに亜人種が居たはずなんだが、見た目で亜人種と分かる亡骸はなかった」
「やはり狂信者たちでしたか……」
「それで、さっき人形に貴女の魔力を移した時に思ったんだが、リディアの魔力量からこの村が魔族の村だったのでは、と」
「いいえ、違います。わたしたち家族だけが魔族でした」
「リディアの家族だけ!? そうか、奴らはここでも、無差別に同族までも殺したのか……。それで貴女たちが居てどうしてここまで一方的に蹂躙されたんだ?」
「それは……」
リディアは目を伏せ、唇を噛みしめて、一呼吸置いてから事情を話し始めた。
「わたしと夫が大きな物音で目覚めて窓の外を見ると、広場を挟んだ向かいの村長の家の前で、村長さんとその息子夫婦が数人の武装した人たちに囲まれていました。そして、村長たちを助けたければ、亜人種に、私たちに出て来いと叫んだのです」
「…………」
「夫はわたしたちに逃げるように伝えると、村長の家に向かって出ていきました。村長さんたちを人質に取られたうえに、彼らがどの程度の規模の集団なのかも分からず、仲間が潜んでいる可能性もあったので、夫は抵抗することもできず、彼らに一方的に理不尽な暴行を受けていました」
「卑劣な……」
「それを見かねた村長の息子が、夫に暴力を振るっていた彼らのうちの一人に、自分たちの事も顧みず殴りかかったのです。ですが、それを見ていた彼らのリーダーらしき男が村人たちに聞こえるように、大声で話し出したのです」
リディアは身体の震えを抑えるように、両方の手の指を組んで握りしめ言葉に詰まりながらも、ぽつりぽつりとその後のことを語り続けた。アルベルトは、リディアが語ることの顛末を黙って聞いていた。
リディア曰く、狂信者のリーダーは村長の息子の行為に対して、この村は魔族によって魂が穢されている。魂が穢されていないと証明するには、村人自らの手でリディアの夫を殺さなければならない。それができないと言うのであれば、村のすべてを聖なる炎で焼き払わねばならない、と口上を並べていた。
しかし、村長がこのような狂人に従う必要などない、今は自分たちの身の安全だけを考えて逃げ延びなさい、と村人たちに訴えかけると、村人たちは村の外に向かって逃げ出しはじめた。
村長の指示に狂信者のリーダーが口元を歪めて笑うと、徐に右手を頭の上まで上げ、前方に向けて振り下ろそうとするのを見たリディアの夫は、瞬時にその行為の意味を理解し、村人への凶行を阻止するために魔法を発動しようと詠唱を始めたが、周りに居た狂信者たちに取り押さえられ、村長さんたちと共に嬲り殺しにされた。
そして、それを発端に、狂信者たちは逃げ惑う村人を一人残らず殺害しようと、暴虐の限りを尽くし始めた。
リディアも狂信者たちの手から自分の子供を守ろうと、途中で遭遇した狂信者に背中を斬りつけられながらも、狂信者たちから逃げるために走り続け、運良く逃げ延び見つかることなくこの家に隠れることができたが、背中の傷が深く我が子を守るように覆い被さったあと意識を失ったので、その後の事は分からないということだった。
しかし、状況からすると、粗方、村人を殺し尽くした狂信者たちが、隠れ潜む村人たちも殺すために村に火を放ったというところか。
話し終えたリディアは、悔しさ、悲しみ、恐怖などの様々な思いが胸中で渦巻き、気持ちが整理できないといった感じで、横になったまま両手で顔を覆い、涙を流し続けていた。
「話してくれてありがとう。それと、すまなかった。狂信者たちのことは俺に任せて、朝までゆっくり休んでいればいい」
「……は……い…………」
アルベルトは、外に出ると目に付いた半壊した家に向けて手を翳し錬金魔法を唱え、壁板や柱を材料にした、見た目だけは聖樹の柩と同じ普通の柩を2つ作るとマジックボックスに入れて、村の中央の広場に向かって歩き出した。
◇◆◇
広場に着くと、すでにベルとセレスが狂信者たちを拘束して一か所に集めていた。狂信者たちはこちらに向かって何か叫んでいるようだったが、周囲にその声は響くことはなく、忌々し気な目でこちらを見ていた。
アルベルトは路端の石を見るような感情の籠らない目で、狂信者たちを見ながら右手の掌を前に突き出して、狂信者たちを取り囲む最低限の大きさの石壁の牢をイメージして錬金魔法を唱えた。
≪心象創造≫
座り込んでいる狂信者たちの下の地面に、金色の魔法陣が現れ上方へ移動すると、その下方には中を覗くための僅かな穴が開いた四方を石の壁で囲まれた石牢が、周辺の地面を抉り取りながら出来た。
そして、最後に人の背丈の3倍ほどの高い位置で採光用のいくつかの小さな穴が開いた天井を作ると、魔法陣は消えていった。
作り終えた石牢を一瞥すると、アルベルトはこちらに走ってくるベルとセレスの方へと向かって歩き出した。
「アルー。終わったねー」
「アルぅ。わたしぃ疲れちゃいましたわぁ」
「二人ともありがとう」
正面からアルベルトの腰に抱き着いて腹に頭を擦り付けてくるベルの頭を、ぽんぽんと優しく撫でてやり、左腕に抱き着いて体を密着させてくるセレスには、気が済むまで好きにさせてやりながら、二人に礼を言って労った。
「ベル。あいつらの音を封じたんだな」
「うんっ。あいつらめちゃくちゃ喧しいし鬱陶しいんだもん。真空の隙間をちょちょいって作ってねっ。ダメだった?」
「いや、静かでいいよ。あの二人をゆっくり寝かせてやりたいしな」
「アルぅ。わたしもぉ眠いから膝枕してぇ」
「あぁー! セレスずるーい。アルーボクもー」
「そうだな、俺たちもひと眠りするか……。その前に奴らも寝かし付けないとな」
アルベルトは右手を狂信者たちに向けて翳すと、無詠唱で水の闇の合成魔法を、最低限の魔力を込めて発動させた。
≪誘眠霧≫
魔法名を唱えると青と黒で描かれた幾何学模様の魔法陣が狂信者たちの頭上に現れて、石牢内に霧が立ち込め始めると、彼らは次々と意識を手放していった。
「ベル。レジストした奴が三人いるから、物理的に寝かし付けて来てくれないか」
「物理的なら、どんな方法でもいいのー?」
ベルはシュッシュッと声に出して拳術家のように左右の拳を交互に突き出し、にへらと笑ってそう聞いてきたので、アルベルトは「ああ、かまわない」と答えると凭れ掛かって休むことができる場所まで移動した。
さすがは精霊、ベルは身体を風に変えて石牢に開いた穴からするりと進入すると、拳術家の真似事をしていたはずなのに、途中で拾った手ごろな棒切れで、レジストした三人の後頭部をフルスイングしているようで、意識を刈り取るたびに「ナイスショット!」と楽しそうな声を上げ、同時に打撃音が石牢の中から響いていた。
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