代償
連休なのでUpしました。
お楽しみ頂ければ幸いです。
俺の呼び出しで事務所に来た一ノ瀬善は興味深げに事務所の中をあちこちみて歩いていた。
「へぇ~、ここが家賃だたとはねぇ。さすが尊だな」
俺は苦笑いを浮かべる。
正確に言えば、”ただ”ではなく、報酬が貰えるのだが話が面倒になるのを避けるため善にはそこまでは言っていない。
善とも尊同様、腐れ縁の間柄である。小中高と一貫性の学校だったため、みんなガキの頃からの付き合いだ。
善の親父さんはIT会社の社長だが、「今から親父に縛られるのはごめんだ」と言って今はフリーのWebデザイナーをしている。
と・・・いうのはおそらく建前だろうが・・・。
180センチという身長と、色香漂うルックスで学生時代からモデルなんかもやっていた善は、俺の知る限り常に複数の女が取り巻いてる。
まぁ、一言で言えばチャラいのである。
「で、なに? 志童が珍しく俺を呼び出したわけは?」
ソファーに座る善に、よく冷えた缶コーヒーを差し出した。
「あのさ、HP作ってくれないかな?」
「HP? なんの?」
善は首をかしげる。
「いや、だから・・・ここのっ」
「あぁ~そおいや表に変な看板出てたっけ?あれ、本気の看板だったんだ?」
そう言われると、流石に俺も気恥ずかしくなってくる。
「いや、だからあの看板は尊がいつの間にか置いて行ったんだって。
そしたら、客がきて・・・・それで・・・仕方なくというか・・・」
尻すぼみになりながらも、俺は善に泣き女が俺の前に現れたことを事を話した。
「へぇ~、そんなこと実際にあるんだぁ?」
「あぁ・・・って、善お前信じるのか?」
「え?嘘なの」
「いや・・・・嘘・・・じゃないけど・・・・」
想像以上に善は泣き女に関して、あっさりと受け入れたことに俺の方が気後れしてしまう。素直なのか、適当なのか・・・それとも馬鹿なのかわからないが、とりあえず信じてくれたことにほっと胸を撫でおろす。
「で、HPねぇ・・・うん。 いいよ。
志童の頼み事なんて珍しいしね。それに、一応俺だって志童の友達として脱ニートは喜ばしい」
__脱ニート・・・・ね・・・
苦笑いを浮かべる俺に、善は「ところで・・・」と体を前に乗り出し、膝の上に頬杖をつくと、妖艶な笑みを向けてきた。
同じ男なのに、やたら色気のある善の視線に思わずドキリとする。
「報酬は?」
__やっぱり・・・そうきたか・・・
「う~ん・・・・・」
俺は腕を組んで空を見つめる・・・・。善の言う報酬とは、金の事ではない。善が何を求めているのかはわかっている。
「CAとの合コン・・・・で、どうだ?」
善はにやりと、口の端で笑った。
「よし、成立っ」
善が差し出した手を握り、握手を返す。合コンセッティングの手間は増えたが、まぁ何とかなるだろう。とりあえずHPもこれで解決だ。
俺はほっと胸を撫でおろした。
「そうと決まれば、早速とりかかるかっ。
まぁ階層構造も単純そうだから、明日の夕方にはUPできるようにしてやるよ」
「えっ?
そんなに早く?」
善が実はすごくできる奴だというのは知っているが、そんなに早くできるものかと驚いた。
「まぁ、、、な。あ、志童パソコン用意しとけよ。
それとっ。例のセッティングが納品条件だ。忘れるなよ?」
「ぁあ・・・・うん、大丈夫」
CAとの合コンは、善を全力で動かす動力源としては十分だったようである。
鼻歌を歌いながらご機嫌で帰っていく善を苦笑いで見送ると、俺はスマホを手に取りある人物の連絡先を表示させた。
__こいつへの頼み事は避けたがったが・・・背に腹は代えられない・・・か
スマホには「楓」の文字が表示されている。俺の姉、庵野雲楓である。
小さくため息をついて、全く気が乗らないが仕方がない。俺はスマホの発信をタップした。2コールもならないうちに、スマホから楓の甲高い声が鳴り響いた。
__暇かよっ
思わず心の中で突っ込んでいると俺が声を発するよりも先に、楓がマシンガンの如く話始める。
「もしもし、志童?ちょっと、あんた部屋引き払ってたでしょぉ!なんでそういうことちゃんと連絡しないのよっ!それで?今は?今どこにいるの?」
スマホを耳から10センチ以上離しても楓の声はよく聞こえてきた。
できればここの場所は知られたくない。以前の部屋にも酔っぱらっては、夜中だろうが何だろうがやってきては俺の部屋で更に酒を呑み大騒ぎする楓にはうんざりなのだ。楓相手には、俺のプライバシーは一切ない!と言っても過言ではないのだ。
「あぁ~、そうそう実はちょっと引っ越ししてね。。。ってか楓にさ、ちょっとお願いがあるんだけど・・・」
楓からの質問はとりあえずスルーして、さっさと要件を伝える。
「CA・・・ねぇ~まぁ、いいけど。相手が尊と善なら、彼女たちも飛びついてくるでしょうから。ところでさ、志童。あんた、何企んでるわけ?
それにっ、新しい住所教えなさいよ!」
「あ~、わかった、わかった。そのうち、教えるからっ。じゃ、明日の夕方までにセッティングして連絡よろしくっ」
それだけ言うと、俺は慌てて電話を切った。こうでもしなきゃ、楓の追及は延々と続く。まぁこんな切り方をしても、ちゃんと頼んだことはやってくれるのが楓だ。その辺は、姉として一応信頼しているつもりだ。
ちなみに合コンメンバーにさらっと尊を加えたのは、こちら側のメンバーのスペックをより高いものにするためだ。尊の了解は勿論得ていないが、どうせ善が無理にでも尊をひっぱっていくはずだからなんの問題もないだろう。
今日のミッションを一応やり終えて、俺はソファーにごろりと横になった。
このソファーは尊の家が経営するホテルで家具入れ替えの為に不用になったソファーである。さすが、一流ホテルのソファだ。肌ざわりといい、弾力といい、申し分ない。
思い描いたような呑気な生活とは少し違ってきているが、それでも会社勤めをするよりは百倍ましだ。
5月の暖かな日差しが差し込み、事務所の中は昼寝をするには最適な温度になっている。
うららかな日差しの中、俺はゆっくりと意識を手放した。
次の日の夕方、予告通りに善はやってきた。
善に遅れること、20分。
尊もやってきた。尊の腕にはノートパソコンが抱えられている。
少し前に新しパソコンを買ったからと、前に使っていたノートパソコンを俺が貰い受けることになっていた。
俺がソファーの上で膝を抱えている間に尊がパソコンをセッティングし、尊がUPしたサイトをたった今セッティングしたパソコンで管理できるようにしてくれた。
俺自身は1ミリも動いていないが、無事パソコン関係のことは済んだようだ。
「はぁ~、できたぁ~!いくら階層構造単純ってったて、やっぱこの短納期はきついわぁ~」
「いや、やっぱ善は凄いよ。昨日の今日で、このクオリティのホームページつくっちゃうんだからさ」
テーブルの上で、善が作ってくれたホームページを俺と尊は見ていた。
「うん。確かに・・・。24時間で仕上げたとは思えない・・・」
『大切な故人の葬儀
故人を想い溢れる涙で演出』
書いてあることは激しく胡散臭いのに、ホームページの雰囲気がそれらしく見せるから不思議である。俺と尊とでホームページを見て、改めて善を見直していたちょうどその時、事務所のドアが静かに空いた。
「あのぉ~、甲斐様からのご注文をお届けにあがりました~」
気の弱そうな男が顔だけ覗かせて恐る恐るこちらを見た。
「あ、ご苦労さん。わるいね」
尊がそう言って入り口まで行くと、男はほっとしたような顔をして持ってきたものを尊に渡した。
それがテーブルの上に広げられると、俺はゴクリと喉を鳴らし目を輝かせた。
「まじかっ。尊、ほんとお前最高だよ~」
「わかったから、くっつくなって善っ」
抱きついてくる善を、尊は全力で押しのけている。善は基本的にスキンシップが激しい。それは相手が女でも男でも構わずなのだ。
まぁ、いつもの事なので俺も尊もさほど気にしなくなってはいるが、これで勘違いしてしまう女の子は多いのもまた事実だ。
ところで、尊がテーブルに置いたもの。
それはこの事務所のすぐ近くの寿司屋の寿司だった。もちろん、回らない寿司やである。
見るからに新鮮な脂の乗った特上寿司が3人前。
この銀座の一等地にある寿司屋に出前などという庶民的サービスはない。尊だからこそ、なせる業である。
俺は二人に冷えたビールを渡し、3人で乾杯をした。冷たいビールが俺の喉を通り、次に脂の乗った大トロ寿司を一気に口に頬張ると、この世の幸せを感じた。
「で、早速だけど志童くんっ」
善が期待感満載の笑みを向けて、俺を幸せの絶頂から容赦なく引きずりおろした。尊は何の事だ?というように、ビール片手に善と俺を交互に見ている。
俺は尊に対し苦笑いしながら、さっき楓から届いたばかりのlineの画面を黙って二人の前へと差し出した。ふたりが同時にスマホの画面を覗き込む。
『いい?志童っちゃんと引っ越し先教えなさいよ!
で、これが約束のCAのセッティング。
来週の土曜日 場所はそっちで指定して。
時間は19:00 CA 3名用意しといたから。
尊、善・・・それからあんたも行ってきなさい。
先方にはそう伝えてあるから。
たまには女子と遊んで、世捨て人を卒業するように!』
「はぁ~?」
楓からのlineをみた尊が、思わず口に含んだばかりのビールを吹き出しそうになっていた。
「なんで俺まではいってんだよっ」
尊は握りしめた拳をプルプル言わせながら、隣に座っている善に詰め寄ったが善は涼しい笑顔で応えた。
「う~ん・・・なんでだろ? よくわかんなぁい♡でも尊・・・楓さんのご指名だから仕方ないんじゃない?」
子供の頃からの習慣とは実に恐ろしいものである。
善も尊も、ガキの頃から楓には弟の俺同様に奴隷のように扱われ、今だに楓は二人にとっても脅威の存在である。
「ってか・・・なんで、俺まで・・・・
それに世捨て人ってなんだよ・・・別に俺、世を捨てた覚えねぇし・・・」
がっくりと肩を落とす俺に尊が冷たい視線で言い放った。
「知らないうちに俺まで巻き込まれてるんだ。志童、お前だけ逃れようなんてそうは問屋が卸さないぞ」
「うんうん。みんなで仲良く行けばいいじゃないかぁ~。CAちゃん、待っててねぇ~」
俺と尊が盛大なため息をつく中、善だけは終始ご機嫌だった。
何はともあれ、優しい?悪友のお陰でとりあえずのインフラも揃った。気が付けば、泣き女との約束の日も明日へと迫っていた。
次回は来週の金曜日を予定しています。