需要と供給
杵島玄明です。
第4部 需要と供給公開しました。
泣き女、杵島は大好きです^^
「はぁ?喪服を着た女が目の前で消えたぁ?」
「あぁそうだよっ、だからさっきから何度もそう言ってるだろ」
夜、仕事帰りに来た尊は、昼間自分で持ってきたビールを旨そうに喉を鳴らして飲んでいる。
「で、その女が妖怪だと?」
「そうだ。あれは、妖怪 泣き女だ。っていうか・・・自分でもそう言っていったし・・・」
尊はあきれ顔で、俺を見ている。
__うぅっ、その目をやめろ・・・・俺がおかしいみたいじゃないか
速攻で35缶を飲み干した尊に、冷えたビールを渡し自らも2本目も空ける。カシャッという小気味いい音がふたつ続けて事務所の中に響いた。
「俺だって最初は信じなかったさ。でも、消えたんだよ。俺のっ、目の前でっ!」
尊は2本目のビールに口をつけながら、少し考えるように長い足を組みなおした。なんでもない仕草がやたら様になっていて腹が立つ。
「だいたいな尊っ、お前のせいだからなっ!お前が変な看板置いていくからこんなことになるんだ。『妖怪相談所』じゃ、妖怪に困ってる人間じゃなくて、妖怪の為の相談所みたいにとれるじゃないか。だから、あんなのが来たんだ・・・」
俺はぶつぶつと、尊に抗議をするが尊は全く気にする様子はない。
「で、その泣き女だっけ?どんな妖怪だって?」
__信じてないくせに・・・・
無駄とわかりながら、目を細めて、じっとりと尊を見る。
「だから、あっちこっちの葬式に勝手に顔を出して泣くんだよ。そうすることで、葬式を盛り上げる。それが、泣き女だ。まぁ・・・本人も自慢げに言ってたし・・・」
「へぇ~しっかし、妖怪の行動ってホント理解できねぇよなぁ。それをしてどうすんだ?」
「知らねぇよ。俺に聞くなよ。3日後にまた来るらしいから、お前自分で聞けばいいだろ」
「また、来るのか?」
「あぁ・・・そう、言ってた」
俺はソファーの上に足も乗せると、頭を抱えた。
「そうだよ、忘れかけてたけど・・・あいつまた来るんだよ。
どぉすんだよ。今日はなんとかごまかして帰らせたけどさ。だいたい、いくら不特定多数が葬式に来るからってそんだけ派手に泣きさけべば、当然故人との関係を親族は疑うだろっ。このご時世に自由に葬式に出まくって泣けるようにしろなんて、無理だっ」
泣き言を言いまくる俺の目の前で尊は、なにやらずっと考え込んでる。そして、にやりとあの悪い顔を見せた。
__うぅっ、尊がこの顔をするときは大抵ろくなこと考えてない・・・
嫌な予感がする・・・・というかいやな予感しかしねぇ・・・・
「なぁ志童・・・それ、使えるぞ」
__ほら、きた・・・・
尊は組んでいた足を戻すと、身を乗り出した。
「確かに今の葬式事情は昔とは大きく変わっている。人と人との関係も希薄になっている分、冷めた葬式も多い」
「それで? なにが使えるんだよ・・・」
俺はソファーの上で、最高潮にいじけながら膝を抱えて上目使いで尊を見た。
「だからだよ!あぁ~もぉっ!なんでわかんねぇかなっ!今はさ長寿大国だとか言われてるけど、全盛期に活躍した人も引退して老人ホームなんかで余生を過ごすうちにすっかり忘れられて過去の人になってる。なんて話も少なくねぇんだよ」
俺は昔親父に連れられて出席した葬儀を思い出していた。同業の大手企業の会長の葬儀だ。一軒の屋台から一代で全国チェーンにまでのし上がったその人は105歳と大往生ではあったが、引退後認知症となり30年以上も老人ホームで過ごした。その間にすっかり故人の威厳は失われ形ばかりのただ大きいだけの葬儀となっていた。
「たしかに・・・・尊の言ってることもわかるような・・・・」
「だろ?親族は威厳を保ち続けたいわけだ。それに大した人望がなかった故人にたいして人望ある人であったと見せたいってこともあるだろ?」
「そうだろうけど・・・・随分な言いようだな・・・・」
思わず苦笑いを返す俺に、尊は至極真面目な顔で言い切った。
「なぁ、志童。世の中ってのは、需要と供給の利害関係さえ一致すればなんだってビジネスになるんだぜ?」
尊の言ったことを頭のなかで整理してもう一度その意味を考えてみた。と、同時に自然と思い出されたのはじっちゃんの葬式だった。
俺は末っ子だったこともあり、じっちゃんには可愛がられていた・・・と思う。そのじっちゃんが死んだ。じっちゃんの葬式の風景で記憶に残るのは、目をギラギラさせた親戚の叔父や叔母たち。それに気が付いているのに、気づかないふりして白々しい言葉をかける参列した大人たち。
子供ながらに、俺はそれを見ているのが嫌だった。
あの葬式で、じっちゃんのために泣いた奴はいるんだろうか・・・・。
「なるほどな・・・・」
改めて俺は尊の言っている意味を理解した。
「たしかに・・・・時に必要かもしれないな・・・」
「よしっ!そうと決まれば、募集だな」
尊はこの状況をどこか楽しんでいるかのようだ。
「でも、大丈夫かなぁ?妖怪を派遣するわけだろ?誰かが見ている前でふわぁと消えたりしたら大変なことになるんじゃないか?」
そう、泣き女は志童の目の前でなんのためらいもなく消えたのだ。
派遣先の葬儀場で気まぐれにきえないとはかぎらない。
「そりゃぁ、志童。お前の社員教育次第だろ?」
俺は思わず、飲みかけたビールを吹き出しそうになった。
「社員教育ってっ。おれは妖怪を雇った覚えはないぞっ」
「同じことだろ」
俺は返す言葉もない。
確かにその通りといえば、その通りである。
「さてとっ」
そう言って尊は飲み切ったビールの缶をバリバリッとつぶすとテーブルに置いた。
「そうと決まれば即行動っ!ちょうど明日、仕事でメディア関係の打ち合わせがあるから新聞の方は俺にまかせろ。ネットの方は・・・まぁ、がんばれ」
俺の返事も聞かぬまま、尊はそのまま手をひらひらと振りながら事務所を出て行った。
「募集・・・か・・・って、なぁんか尊にうまく乗せられてる気がすんだよなぁ・・・『葬儀で泣かせて頂きます』ってか?」
自分で声に出して言ってみると急におかしくなってきた。
「怪しすぎるだろぉ~。まぁそんな募集どうせ客なんて来ないだろうし・・・まぁいっか」
そのままソファーに横になると、ほろ酔いの俺の意識を睡魔が攫って行くのに左程時間はかからなかった。
続きはまた、来週。
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ではまた。
杵島玄明