66. ローザに勝ちました
震える声音で、ローザが答える。
「い……いませんよ、そ、そんな人は」
どうしてそこまで恐れおののいているのか。
「いるじゃないの。権力と財力を持った人が」
そう指摘すると、ローザはいつもの苦虫を噛み潰したような表情になる。
私はそれを無視して、彼女に向かって畳み掛けた。
「独身の公爵さまよ? おまけに美形。なにが不満なの。権力と財力があれば十分だって言っていたじゃない」
「そう……なんですが……」
なんとローザは最近、マリウスさまに口説かれているのだ。
もしかしたら彼は、人妻というより、なかなか手に入らない女に食指が動く人間だったのではないでしょうか。
どちらにしろ、理解はできませんが。
彼がローザにこだわるのは、あれだ。物語によくある、「今までこんな女はいなかった、面白い」とかいうやつですよ。
ローザが言うところの『三人目の男』のリュシアンが言ってました。
ね? 『恋夢』は、そんなに現実から離れた話ではないのよ。
私は頬杖をついたまま、小首を傾げて話し始めた。
「文をさんざん送られて、なのに最近はちっとも返事をしていないって」
「なんで知っているんですか?」
目を見開いて、ローザが訊いてくる。
ふふふ、驚いてますね。
でもそれだけじゃ終わらないんですよ。
「破り捨てているんでしょう?」
「そこまでなんで知っているんですか……」
「贈り物もたくさん送られてきてるって」
「……それは送り返します」
「でもまた戻ってくるんですって?」
「……だからもう面倒なので、あとでまとめて送り返す予定です。いや、本当に、どうしてそこまで……」
女子会の議題は、最近はもっぱらそれなので。
私はなんでも知っています。
議長はできる女フローラなので、いろんな情報を仕入れてくれます。
ローザのいないときにコソコソやっているんですよ。その日記みたいな物語を夢中で書いていたから気付かなかったんですね。
最近は、お菓子じゃなくて軽食になってきたんですよ。
先日は、クリスティーネさままで交じってました。
「ええと? 次の満月の夜に城門の前の広場で待つって書かれていたのに、行かなかったんだっけ?」
「なんでそこまでー!」
叫ぶようにローザが声を上げる。ちょっと面白くなってきました。いや、もともと面白がってましたね、すみません。
「はい、そこで質問です」
私が人差し指を一本立てて、すましてそう問うと、ローザは眉根を寄せつつも渋々と答えた。
「……はい、なんでしょうか」
「ローザの友人のドレーク伯爵夫人は、どうやって殿方を夢中にさせていたのだったかしら?」
それを聞いたローザはぴたりと動きを止めたあと、愕然としたのか、あんぐりと口を開けた。
ローザのそんな顔、初めて見ました。
ドレーク伯爵夫人の手腕とは。
文にほいほい返事をしては駄目で。
たくさん贈り物を貰って。
約束はすっぽかす。
「ああー!」
ローザは頭を抱えた。
そうですね。そりゃあ夢中にさせちゃいましたね。
「そこでもう一度訊きます」
「……はい」
「権力と財力を持っているのに、しかも容姿までもいいのに、どうして駄目なのよ」
「だ……だって、彼は問題がありすぎます。浮名を流し過ぎです」
まあそうですね。しかも人妻ばかりですものね。
フローラによると、最近はおとなしいみたいですけれどね。
それでも普通なら、とてもおすすめできる人ではないんですがね。
でもローザは、権力と財力があれば十分、って言っていたじゃない。
「つまり、権力と財力があるにも拘わらず、さらに誠実さを求めていると」
「……う」
「ずいぶん欲深くないかしら? それは現実的な話なの?」
「ううう」
「すなわちローザは結婚に物語のような夢を抱いてしまっているのね?」
「ううううう」
勝った。
まさかローザに勝つ日がくるなんて!
ほーっほっほっほ、と高笑いをしてやりたかったけれど、私はそれをぐっと我慢した。
するとローザは、テーブルに置いてあった紙の束を取って胸に抱くと、俯いてぼそりとつぶやく。
「ま……」
「ま?」
「前向きに……考えます……」
「えっ、ちょっ、ちょっと」
ふらふらとローザは歩き出し、立ち去って行く。
おーい、職務放棄ですよー。
というか、本当にマリウスさまをおすすめしているわけじゃないんだけどな。
まあいいか。権力と財力があれば十分って言っていたのはローザだし。
すると入れ替わりに、あちらからシルヴィスさまがやって来るのが見えた。
彼はローザと、なにやら二、三、言葉を交わしたあと、すれ違ってから小さく首を傾げている。
シルヴィスさまは私の元にたどり着くと、訊いてきた。
「ローザはどうしたのだ? 真っ青な顔色をしていたが。なんでもないとは言っていたのだが……」
「恋の悩みです」
「恋? マリウス殿か」
椅子に腰掛けながら、納得した様子でうなずいている。
知っているんですか、そのこと。
「まああれは問題児ではあるのだが、公爵位を継ぐ前はそうでもなかった」
「そうなんですか」
「元々、公爵家の三男で、継ぐ予定はなかったのだが」
「だが?」
「長男と二男がどちらとも、駆け落ちしたあと、女性に捨てられた」
「ああー……」
なるほど。よーくわかりました。
つまり女性たちは公爵さまのところに嫁ぎ、公爵夫人になりたかったのだ。しかしなにが問題だったのかは知らないが、認められなかった。
思い詰めた長男がまず駆け落ち。貴族でもなんでもない一人の男になってしまった彼は捨てられる。
で、次に公爵位を継ぐことになったのは二男。これまた恋人との結婚を認められず。
そして駆け落ち。貴族でもなんでもない一人の男になってしまった彼は捨てられる。
一度駆け落ちしてしまった二人を公爵家に戻すわけにもいかない。家を捨てたんだものね。
そんなわけで、三男にお鉢が回ってきた。
そしてマリウスさまが公爵位を継いだとたん、女性たちに囲まれるようになったんだ。
それで、女性というものを疑っている。
で、女遊びは結婚を迫らない人妻に限る! となったわけだ。
なんにしろ、やっぱり薦められない……。
考え込んでしまった私に、シルヴィスさまは声を掛けてくる。
「まあ、心配することはない」
「そうですか?」
「二人とも、大人だ。周りが心配することではない」
そう言われると、そうですね。
ひとまず、ローザに幸あれ、と祈っておきましょう。
次回、完結します。
ちなみに、マリウスは先王の弟の息子という設定。
つまりシルヴィスの従弟にあたります。




