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【WEB版】夢見がちな王女は物語みたいな恋がしたい! ~偽装結婚なんて許しません~  作者: 新道 梨果子


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62. だだ漏れでした

 恋をしよう。


 シルヴィスさまの言葉が、私の中に染み渡る。

 涙はいつの間にか止まっていた。

 止め方がわからなかった涙は、シルヴィスさまが受け止めてくれたのだ。


 私はシルヴィスさまの背中に腕を回して、ぎゅっとしがみつくように抱きついた。


「はい」


 彼の胸に頬を押し当て、その温もりを感じながら、私は伝える。


「二人で、恋をしましょう」


 シルヴィスさまは私の髪を撫でてくる。それがとても心地良い。

 まだ三月(みつき)も経っていないのに、とても長い片想いが叶ったような気分だった。


 いや、三月じゃない。

 十六年間、私はずっと待っていたんだ。

 魂が惹かれ合うように、私は待っていたんだ。

 まさか私の人生に、こんな奇跡が起きるだなんて。

 本当に、恋物語みたいだ。

 『恋夢』よりも、もっと素敵な。


 心臓の音が聞こえる。

 少し早いその鼓動は、私を幸せな気分にしてくれる。


 こんなこと、知らなかったの。

 好きな人に抱き締められると、幸せな気持ちでいっぱいになるんだって。

 現実の男の人は、とても大きくて頼もしいんだって。


 そうしてしばらく私たちは互いに温もりを感じながら抱き合っていた。

 のだけれど、ふいに頭の上から、「うーん……」と悩むような声が聞こえてきて、顔を上げる。


「シルヴィスさま?」

「いや、……なんというか、……葛藤中だ」

「はあ……」


 葛藤中?

 私は首を傾げてシルヴィスさまの顔をじっと見る。けれど彼は私の顔を見ようとはしない。

 よく見ると、ほんのり頬が染まっていた。


 ……あ。


 なんとなく恥ずかしくなってきて、どちらからともなく身体を離した。

 だからといって、その場から動くことはできなくて、私たちはもじもじと向かい合ったまま、立っていた。

 ……どうやらお互いに恋愛初心者なので……こういう場合、どうしたらいいものやら、きっと二人ともわからないのだ。


 ええと、ええと、『恋夢』ではどうだったかしら。『僕愛』はどうだったかしら。

 駄目だ、ぜんぜん頭が回らない。

 こういう場合、どうしたらいいのかこれっぽっちもわからない!


 私は苦し紛れにシルヴィスさまに話し掛ける。照れ隠し以外の何ものでもないが、他になにも思いつかない。


「だ、だったら、最初からわたくしを気に入ってくださっていたってことですよね!」


 私が拳を握った両手を胸の前で振りながらそう主張すると、シルヴィスさまは少し身を引いた。


「あ、ああ……そうなるな」

「ということは、最初からシルヴィスさまが変なことを考えなければ、こんな面倒なことにはなっていないってことじゃないですか!」


 そうだ。最初からシルヴィスさまが、普通に私と結婚をする、と思っていてくれれば、なんにも悩む必要はなかったのではないのか。

 結局、偽装結婚うんぬんがなければ、ごくごく普通の結婚だったのではないか。


「……まあ……そうなのかもしれないが」

「そうですよ!」


 私は口を尖らせる。シルヴィスさまが悪い! そういうことにする!


「いや……なんというか……」


 なにやら口の中でごにょごにょと言い訳をしている。


「なんですか?」


 私は腰に手を当てて、ぐいっと顎を突き出した。

 するとシルヴィスさまは観念したように、口を開いた。


「やはり二十三歳の差というものは……」


 ここにきて、それ言っちゃうんですか!

 そう抗議しようとしたとき、シルヴィスさまは続けた。


「なんというか……罪悪感……というか、背徳感……がすごくてな」


 うっ。

 恥ずかしそうに口にするものだから、私まで恥ずかしくなってきました。

 シルヴィスさまの顔は、さっきよりも赤くなっています。


「だから……まあ……なるべく、子どものように相対しようと……」


 な、なるほど。そういう。

 いきなり子ども扱いだった理由が、判明。

 本当にもう、なんというか。


「もう、子どもには見えていませんよね?」

「あ、ああ」


 私が上目遣いで責めるように問うと、彼は慌てたように、こくこくとうなずいた。

 それならいいんですが。


 子どもには見えていない。

 つまり、大人の女性に見えている。


 それなら。

 訊いてみたい。

 うん、思い切って訊いてしまおう。今、とってもいい感じだし。よし。


「じゃ、じゃあ……わ、わたくしのこと……今は、どう思っていますか?」


 訊いたー!

 うわあー!


 一気に顔が真っ赤になったのが、自分でわかった。

 対してシルヴィスさまは、訝しげに眉根を寄せる。


「……もしかして、今までの話でわからなかったのだろうか」

「いやっ、わかったんですが、あっ、あのっ、ちゃんと聞きたいというか、なんというか……」


 あまりに焦り過ぎて、言い訳じみた言葉が口から出てくる。

 シルヴィスさまはしばらく考え込んだあと、こちらをじっと見つめる。

 私はなにを言われるだろうかと、どきどきしながらその口元を見つめ返した。


 シルヴィスさまの口が、動き始める。

 そして。


「愛している」


 その言葉を聞いたとたん、視界が急に下に移動した。


「ひゃっ」


 また変な声、出たー!

 というか、腰が抜けたのだ。それで視界が変わったのだ。

 私はその場にぺたりと座り込んでいた。


「大丈夫か、エレノア」


 シルヴィスさまは慌てて、こちらに手を差し出してくる。


「だ、大丈夫です」

「そんなに驚かせることだっただろうか」

「ええ……、まあ……、予想外だったというか……」


 これ普通、予想できないと思います……。

 好きだ、とか、その辺りまでですよ、予想できるのは……。


「そうなのか。エレノアが好きだという本に書いてあったから、これがいいのかと思ったのだが」

「は……え?」


 今、なんと?


 シルヴィスさまがこちらに差し出した手を、私はようやく手を伸ばして握り返す。ぐっと握ると彼は私を引っ張って立たせた。そして椅子に座らされた。

 その間、私はずっと、呆然としたままだった。


 いや、だって、なんだか、今、とんでもないこと、え?


「ほ……本?」

「ああ。『恋の夢の中で揺蕩う』だったか」


 一瞬、息が止まった。

 『恋夢』。

 え、聞き間違い? いや、こんなこと、聞き間違うはずがない。

 私、言ったことあった? いや、ない。ないはず。


「……どうしてそれを」

「うん? 読んだが」


 読んだ? 『恋夢』を? いつ? なぜ?


「どうやらその話に夢中だと聞いて取り寄せた」


 シルヴィスさまは淡々とそう教えてくれた。


「なっ、なっ、なっ」


 なんですって!


「だっ、誰から聞いたんですか」

「フローラからだ。彼女がオルラーフに連絡を取って、取り寄せてくれた」

「いっ、いつ読んだんですか」

「本が届いたのがハーゼンバインに行っている間だったからな、そのあとで」


 できる女ー! 仕事が早い!

 確か、第二回女子会あたりで、初めて『恋夢』の話をした。そこからすぐに動いたとしても、早い。

 すごいわね……海の向こうの国の本だというのに……。

 フローラのできる女っぷりを見せていただきました。


「参考までに読ませてもらったのだが」

「どっ、どうでした?」

「オルラーフの男は、ずいぶん情熱的なのだな。余には少し難しい」


 困ったように眉尻を下げて、髭を撫でながらそんなことを零す。


「あ……いや……。あれは物語ですから、少々表現が大げさかと……」

「そうなのか? それならいいが」


 あああああ。認めてしまった。現実とは違うって。

 なんという敗北感。


 ……いや、ちょっと待って。

 『愛している』って言葉が出るのは、最新刊が初めてのはず。

 そうよ、やっとアルが告白したのよ。


 そうですか……。読破……したんですね……。

 私の趣味嗜好、だだ漏れなんですね……。


「『恋夢』には、二十三歳年上の男性も出てきますが……」

「そういえばそうだな。でも彼はちょっとありえないから、あまり参考にはならないように思うが」

「そ、そうですか?」

「彼が主人公を望むのは、誠実なふりをして不誠実だと思う」


 ……ローザと同じことを言っている。

 ここにもいました、現実主義者。

 そうね、シルヴィスさまって、なんだかローザと気が合う感じ、するものね。


「余なら、彼に軍を任せたりしないな」

「そ、そうですか……」


 まあ、フェリクスが軍に関わっている話、ほとんど出てきませんからね。

 というか、『恋夢』は恋物語が重要なわけで、その辺の話には特に興味ないです。仮に書いてあっても斜め読みします。

 軍人だから鍛えていてお腹が出ていない、それだけでいいんです。


「実はわたくし、その二十三歳年上の、フェリクスが一押しですの」

「そうなのか。それなら少し、勇気が出るな」

「勇気」


 おお。『恋夢』、仕事するじゃないですか。

 やっぱりあれは名作と呼ぶにふさわしい物語だわ。


 するとなにかに気付いたように、シルヴィスさまはこちらを覗き込んだ。


「もしかすると、そのフェリクスを、余に重ねていたのか?」

「ええ」

「ああ、それで……」


 なにか納得したようにうなずいている。


『余を通して、どこか遠くの誰かを見つめていらっしゃる。そのようにお見受けする』


 シルヴィスさまはそう話していた。

 その原因が『恋夢』にあると、今知った模様です。


「でも、シルヴィスさまのほうが、断然いい男です」


 私がそう伝えると、彼は何度か瞬きをして。


「そう言っていただけるとありがたい」


 そしてあの、幼く見える笑顔で笑った。

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