表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【WEB版】夢見がちな王女は物語みたいな恋がしたい! ~偽装結婚なんて許しません~  作者: 新道 梨果子


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

53/67

53. 憎しみの視線を向けられました

 しばらくして、シルヴィスさまと衛兵が食堂に戻ってくる。

 私はそれを目で追い、シルヴィスさまが口を開くことなく椅子に腰かけるのを見ていた。

 憔悴している、と思った。

 深く椅子に腰掛け、背もたれにすがるようにしている。


 ローザが椅子を用意してくれたので、私は彼の斜め前に座った。


「シルヴィスさま?」


 なにか私にできることはないか、と考えてみても、なにも思いつかなかった。

 しばらくして、彼はぽつりと言葉を紡ぐ。


「……侍女たちが、泣いてしまってな」

「……どうして」


 シルヴィスさまはひとつ息を吐くと、こちらにゆっくりと顔を向け、口を開いた。


「身体中、服を着ていると見えないところは、傷と痣だらけだったと」


 私は息を呑む。

 後ろのローザは見当がついていたのか、小さくため息をついただけだった。その傷と痣を見たのであろうフローラは、はらはらと涙を零している。


 辛気臭い女? そんな目に遭って、彼女が笑えるわけがないじゃないか。

 エルマ夫人は最初に会ったときからずっと、自信なさげな様子だった。きっと自信は夫にすべて削ぎ落されたのではないか。

 どうしてそんな酷いことができるのだろう。


 ああ。

 今、わかった。

 クロヴィスさまが言っていたこと。


『早く大人になりたい』


 そうして王弟殿下を立場でも力でもすべてにおいて、追い抜きたいと思っていたのだ。だって彼は、負けたくない、とも語っていた。


『大切な人を守りたい』


 大切な人とは、母親のことだったのだ。彼は幼いながらに、守るものを持っていた。

 本来ならば、守られるべきは子どもであるクロヴィスさまのはずなのに。

 クロヴィスさまは彼自身の力で、母親のこの状況を打破するつもりだったのだ。


 誰も口を開かない。

 重苦しい空気が、食堂を満たしていく。


 しばらくして部屋の扉が開き、エルマ夫人が入室してきた。

 私は立ち上がり、シルヴィスさまの近くの席を譲った。

 彼女はおどおどと小さく頭を下げると、椅子に浅く腰を下ろす。

 私はローザの隣に立って、彼女の話を聞くことにした。


「エルマ」


 シルヴィスさまが夫人に話し掛ける。労わるような声音だった。


「余は、そなたがこの件に関わっているとは思っていない」

「いえ、そんな……」

「正直に言ってくれ。クロヴィスの身にも係わるぞ?」


 その言葉に、夫人の肩が跳ねた。

 沈黙が続く。けれどシルヴィスさまは辛抱強く、彼女の口が開かれるのを待った。

 そして。


「……でも、わたくしではなく、ケヴィン殿下が王位簒奪を企てたのだとしたら、殿下はその罪に問われるのでしょう?」

「ああ」


 シルヴィスさまはその問いを肯定する。

 エルマ夫人は小さく息を吐き、話し始めた。


「……私の実家は、ケヴィン殿下のお慈悲で生活できているようなものです」

「そのようだな」

「陛下。王弟の妻であること、それだけにしかわたくしの価値はないのです。でしたら、わたくしの罪というほうがいいではありませんか」


 『王弟の妻であることにしか価値はない』。

 そんなはずはない。そんなはずはないのに、きっと彼女はずっとそう責められ続けてきたのだろう。


 それを言ったのは誰か。

 王弟殿下? いや、それだと少しおかしい。彼ならば、『王弟の妻である価値がない』と罵るだろう。


 ならば、それを言ったのは。

 おそらくは、彼女の実家だ。暗い癒着で失脚したという、元教皇一族だ。


 もしかしたら、実家も王弟の暴力は知っていたのかもしれない。それでも、家のためにと戻されたのかもしれない。

 逃げ場のない彼女は、理不尽な暴力をその身に受けながら、自分の境遇を受け入れ続けた。

 もしそうだとしたら、彼女の絶望は、想像に難くない。


「お願いです、お慈悲を……! 殿下がいなくなったら、どうしたらいいのかわからない……」


 そう懇願して彼女は頭を下げる。

 それは、彼女の人生を引き換えにしてまで守るべきものなのだろうか?


「エルマ、それはできない」


 シルヴィスさまが苦渋の色を浮かべてそう告げると、エルマ夫人は、わっとテーブルに伏せて声を上げて泣き始めた。

 そんな彼女に、シルヴィスさまは声を掛ける。


「ただ、そなたの身だけは保障させてもらおう。もちろん、クロヴィスも」

「わたくしと……クロヴィス殿下だけ……」


 彼女は涙に濡れた顔を上げた。


「そうだ」


 その返事を聞いても、彼女は目を泳がせる。


「でも……でも、わたくしの家は……」

「そこまでは保障できない。そもそも、不正による失脚をしたからには、それ相応の罰を受けるべきだ。それは彼らが償うべきで、そなたが負う責任ではない」

「でも……困ります……わたくし、責められてしまう……」


 もう彼女は、考えることを放棄している。

 自分で逃げ出すことも、もう思いつきもしないのだろう。

 クロヴィスさまだけが、彼女を守ることを考えている。


 夫人はぽつりと喋り始める。


「陛下……」

「なんだ」

「どうして見逃してくださらなかったのです?」

「なにをだ」


 シルヴィスさまは、エルマ夫人の質問に眉をひそめる。


「わたくしの祖父が、不正をしていたことを。あれは、王城からの糾弾でした。陛下のご意思でした。明るみにならなければ、ケヴィン殿下だって、ずっとお優しくいてくれたはずです……!」

「それは無理だ。今、自分がなにを言っているのかわかっているのか?」

「いいではないですか、少しくらい! わたくし、そのせいで……そのせいで!」


 そうしてまた彼女は泣き始める。

 言っていることは無茶苦茶だ。でも、彼女の身体中にある痣と、実家からの責めを思うと、エルマ夫人を非難することはあまりにも酷なような気がした。


「すまなかった。気付いてやれなくて」


 シルヴィスさまの謝罪に、けれど夫人は皮肉げに口の端を上げる。


「気付いた今は……なにをしてくださるのです?」

「そなたとクロヴィスの身の保障。そこまでだ」

「そうなんでしょうね。それが精一杯なんでしょう」


 そう返して、エルマ夫人は小さく笑う。


「……政略結婚なんて、こんなものです」


 そして夫人は身体を起こすと私を振り返る。

 その視線を受け、私は少し身を引いた。憎しみの込められた視線だった。どうして私は彼女から憎まれているのだろう。


 彼女は小さく首を傾げ、そして口を開く。


「どうして笑っているの?」

「え?」


 笑ってなんていない。そう言い返そうとしたときだ。


「どうしてあなた、笑っているの? 政略結婚なのに。二十三歳も年上の人と結婚させられそうなのに」

「私は」

「私みたいに可哀想な人が来たと思ったのに。それが嬉しかったのに」


 その言葉に、しん、とその場が静まり返った。


「なのに笑っていられるなんて、まだ現実を知らない子どもなのね」


 そう続けて、エルマ夫人は鼻で笑った。

 私はなにも反論できずに立ち尽くす。


 だが。


「無礼な!」


 ふいに、ローザが叫んだ。


「オルラーフ王国第一王女であらせられるエレノア殿下に、なんという言い草!」

「ローザ、いいの」

「よくありません! とんでもない侮辱です!」

「いいの。わざわざ火種を作ることはないわ」


 これは、政略結婚なのだ。

 アダルベラスとオルラーフが、協定を結び、国交を回復するための。


 どこでどう話が回るかわかりはしない。それがどう転がるのかもわかりはしない。

 わざわざ揉め事を起こすことはない。

 今は、静観するべきだ。


 それはローザもわかったのか、口を噤んだ。

 けれど少しして、また喋り始める。


「……これだけは、言わせてください」


 ローザは拳を握った。何事かに耐えているようだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

★ 2025/9/10 書籍発売! ★

双葉社さま告知ページ ↓ 
『年上陛下の不器用な寵愛 ~政略結婚なのに、私を大事にしすぎです!~』
i1011040/
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ