32. ひどい絵面を想像させちゃいました
はい、第四回女子会開催。
テーブルの上のお菓子は、今日も豪華です。
「いったいなにが起こったのです?」
「なに……なにが起こったんでしょうね……」
その場にいなかった侍女たちから、私は質問攻めにされていた。
いったいどう説明すればいいんでしょうね。
私は両手で顔を覆い、机の上に肘をついて、はあ、と息を吐き出した。
確かに朝には憂鬱は半分になっていた気がします。でも、きれいさっぱりなくなるのは、さすがに無理だったようです。
フローラがおずおずと私に話し掛けてきた。
「あの……申し訳ありません、私どもは陛下にお仕えしているもので……」
「いいのいいの、謝らないで。それはちゃんとわかってるわ。何事もなかったし」
私は手をひらひらと顔の前で振る。
「ええ、陛下がすぐにお戻りになられたので、それはわかるのですが……では、なんのためにあんな暴挙に出られたのか……」
暴挙。
そうよね、あれは暴挙としか言いようがない。
「陛下はなにも仰らないし」
フローラはしきりに首を捻っている。
でも。
私は自分の額に手を当てた。なんだかまだ熱い気がする。
口づけされたの、額に。
そのときは唖然としてしまって、ちゃんと自分の中で咀嚼できなかった。
でもそのあと、ベッドの中でそのときのことを思い出してしまって。
暗闇の中、枕に顔を埋めて、「あああああ」と一人で足をバタバタさせていたのよ。ついでに枕も両の拳で叩きまくった。
額が熱くて。ちょっと恥ずかしくて。忘れたいような、絶対に忘れたくないような。
そんな気持ちが、朝起きてもまったく消えていなくて。
それをローザにも打ち明けられていない。
「もう本当に、いったいどうしてこうなっちゃったのか……」
私は長く深いため息をついた。
「陛下となにをお話しされていたのです?」
侍女たちがそう問うてきて、私は顔を上げる。
「え?」
「だって、なにがしかのきっかけがあったのではないですか?」
「ああ、そう、そうね……」
シルヴィスさまがどうして私を運んだのかは、私自身はわかっている。
でもそれを、彼女たちにどう説明すればいいのやら。
「子ども扱いしないでくれって頼んだのだけれど……」
「それで肩に担がれたんですか?」
「そうなるわね……」
侍女たちは、ますます謎は深まった、という表情をして顔を見合わせている。
どう考えても、あれ、大人の女性に対する扱いではないですものね。
「では、ハーゼンバイン領の話はどうなったのですか?」
いくら考えてもわからないものは仕方ない、と思ったのか、フローラが話を切り替えてきた。
私は椅子に座り直して答える。
「ああ、それは保留ね」
「保留?」
「ハーゼンバインに行くには時間がかかるからって」
少々違う気がしないでもないが、説明はこれでいいだろう。
結局、あのまま結論は出なかったわけだし。
「じゃあ時間の調整ができれば行けるかもしれませんね」
そう返してきて、フローラは微笑んだ。
その言葉に、私よりも侍女たちのほうが、きゃっきゃっとはしゃいでいる。
これってもしかして、私が『恋夢』を読むように、疑似恋愛を楽しんでいるのかしら。
だとしたら、絶対成就させないといけないわ。
恋物語の終わりは、愛し合う二人が幸せに暮らすようになるものだもの。
でも……。
現実はそう甘くはない、と大人たちが私に言うのだ。
何度も。何度でも。
けれど侍女たちは、明るい声で話し続ける。夢の続き。
「満開だったら素敵よね」
「でももし咲いていても、手を繋いで歩かないと」
「自然に手を繋ぐようにするのはどうしたらいいかしら」
「多少強引でも、手を伸ばすしか」
「その場合、陛下……どうなさるのかしら」
「肩に担ぐなんてことはないわよね……」
「まさか。え、まさか」
「まさか……?」
侍女たちのはしゃいだ声が、どんどん小さくなっていく。
間違いなく今、彼女たちの脳内には、アーモンドの花が咲き乱れる並木道を、シルヴィスさまが私を肩に担いで歩く姿がある。
どんな絵面だ。
ああ、もう。
なんてことをやってくれたんだろう、あのやろう。
◇
女子会も終盤というところで。
席を外していたローザが戻ってきた。
「姫さま」
「うん?」
呼び掛けられて、振り向く。
「クロヴィス殿下がお会いしたいとのことなのですが」
「クロヴィスさまが?」
「後宮の外の長椅子でお待ちですが、いかがなさいますか?」
「行くわ」
そう答えて私は立ち上がる。
そうだそうだ、昨日、助けを求めたんだから、きっと気になっているんだろう。
どう説明すればいいのかはまるでわからないが、ちゃんと説明しなくては。
私はローザとともに、後宮の外へ向かう。
するとクロヴィスさまはいつかと同じように、長椅子に座って足をぶらぶらとさせながら私を待っていた。
「クロヴィスさま」
「エレノア!」
長椅子からぴょんと飛び降りると、クロヴィスさまはこちらに駆け寄ってきた。
かわいさは今日も変わりませんね。
「大丈夫だったか?」
「ええ、大丈夫ですよ」
そう答えて微笑むと、クロヴィスさまはほっと息を吐き出した。
「また弓場に行こう。これから」
「えっ」
「大丈夫、伯父上の許可は取っている」
「そう、ですか」
クロヴィスさまは以前と同じように、私に向かって手を差し出した。
なんだか複雑な気持ちを抱いたまま、私はその話に乗ることにし、クロヴィスさまの手の上に自分の手を乗せた。




