5.8月3日(前編)
8月3日、今日は和歌さんの家に行くために埼玉県に来た。埼玉県は東京とは違って駅周辺から離れると畑が多い。僕はバスに乗り、和歌さんに教えてもらった所で降り、和歌さんから聞いた住所をもとに家を探した。やがて、「月岡」と書かれた表札を見つけた。多分、ここだろう。僕はインターホンを押した。すると、小さな女の子が出てきた。この子が夕樺梨ちゃんだろう。その子は猫のぬいぐるみを抱いていた。「もしかして、ゆかりちゃん?」と聞くと、「あなたはだぁれ?」と聞かれた。そりゃそうだ。突然知らない人に自分の名前を呼ばれたら僕だって驚く。でも、聞かれた事には答えなければならない。「僕は、五十嵐真筝といいます。お姉さんの願いを叶えるためにここに来ました。」夕樺梨ちゃんは僕の事をもっと怪しい目
で見ていた。確かに、もうお姉さんは死んでいる。そんな人の名前を出すなんて、ましては、願いを叶えるために来た、とまで言っている。そんな可笑しそうな人、僕でも警戒するよ。でも僕はどんなに怪しまれても和歌さんの夢を叶えなければならない。だから僕は勇気を出してこう言った。「和歌さんの日記帳とピンクのくまとケータイ電話を貸してください‼」僕は小学4年生の女の子に頭をさげた。すると、夕樺梨ちゃんはびっくりした様子で僕のことを見ながら言った。「なんで日記帳の事知ってるの?あれゆかりとお姉ちゃんの二人だけの秘密って言ってたのに。まさか、ゆかりとの約束を…」「違う!そうじゃなくてね!」危ない、僕の恩人の妹に変な誤解をさせてはいけない。僕は和歌さんの心臓をもらった事、夢の中で日記帳をもとに旅をして欲しいと頼まれた事、その他色々と夕樺梨ちゃんに全部話した。全てを語った後、夕樺梨ちゃんは静かに口を開いた。「お姉ちゃんが死んだのゆかりのせいなんだ。」僕は「えっ」って言った。「お姉ちゃん、ゆかりの誕生日プレゼントを買いにいつもは通らない道を通ったんだ。そして事故に遭って死んじゃった。」夕樺梨ちゃんは涙をぽろぽろと流し始めた。「それなのにね、ゆかりへのプレゼント袋はお姉ちゃんの血で真っ赤だったのにね、」夕樺梨ちゃんは抱いていた猫のぬいぐるみを僕の目の前に突き出してこう言った。「プレゼント、全然汚れていなかった。まるで何事もなかったかのように綺麗だった。」確かにそのぬいぐるみは血の後も全然無くまるで一緒に事故に遭った事なんて忘れているかのようだった。夕樺梨ちゃんはぬいぐるみを抱えたまま泣き崩れてしまった。僕はそんな彼女になんて声をかけていいかわからなかった。でも不意に和歌さんが夢で言っていたあることを思い出してこう言った。「お姉さんは夕樺梨ちゃんの事なんて恨んでないよ。」「ほんと?」夕樺梨ちゃんは顔を静かに上げて言った。「もちろん。だってお姉さん夢で言ってたよ。『幽霊だったら今頃恨んでいる人達を脅かしてる。』って。でも夕樺梨ちゃんそんなことされていないでしょ。」僕の問いかけに彼女は「うん。」と言った。「だから大丈夫だよ。そんなに泣かないで。お姉さんが心配しちゃうよ。」僕は夕樺梨ちゃんの頭をポンポンと弾ませるように撫でた。その時、玄関の引き戸がガラガラと開き「ゆかり!誰かお客さん来てるの?」という声が聞こえた。それは、和歌さんのお母さんだった。僕は和歌さんのお母さんに向かって深々とお辞儀をした。