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4.夏祭りと月の光

 7月31日、あの不思議な夢を見てから約一週間半が過ぎていた。そして、健康診断で異常が無かったので僕は退院する事が出来た。約1年ぶりの実家。懐かしい匂いがする。お昼ご飯は肉じゃが。「昨日の残り物でごめんね。」とお母さんが言った。「いいよ。大丈夫。」僕はこう言った。本当の事だ。病院食は味が薄い(まぁ、それで慣れているが)。だから、お母さんの味は残り物であろうと美味しい。5歳から入院していた僕にとってはご馳走だ。それが今日から毎日食べられる。嬉しい気持ちもあるが、なぜか申し訳ない気持ちがあった。                                          そんなこんなで気づけば夕方になっていた。外から音楽が聞こえる。「そういえば今日は夏祭りの日か」とお父さんが言った。「真筝、行って来たら。」とお母さんが言った。「えっ、僕、人の多い、夏祭りは、はじめてだよ。」僕はそう言った。僕は病院の夏祭りは何年も経験しているが、盆踊りの曲が流れて、浴衣を着てる人がいっぱいの夏祭りは僕にとってはテレビの中の世界だ。花火は病院の窓から見たことはあるけどね。そしたらお父さんに「そんなことはないぞ真筝、3歳か4歳くらいの頃、家族3人で行ったじゃないか。真筝はその頃人見知りでずっと母さんの後ろに隠れてて、帰る時には段差につまずいて泣いたから、父さんがりんご飴買ってやったの覚えてないのか。」と言われた。「そんな昔の事、覚えてないよ。」と僕は言った。                                             僕は浴衣を持ってない。だから、普通に半袖・短パンで行った。お祭りの会場は近所の公園。多くの人で賑わっていた。盆踊りの太鼓を叩いていたのは高校生の女の子らしい。凄くカッコよかった。その時、声をかけられた。「五十嵐さん宅の真筝君?」近所に住んでいるおばさんだった。「はい。そうです。」僕は答えた。「前に会った時より大きくなったわね。」多分約1年半前くらいのことだろう。一時帰宅の際に僕は家の周りを散歩していた。その時、このおばさんに声をかけられた。近藤さんという。あの時、大根を貰ったっけ。車椅子だったから大根を膝にのせてそのまま家に帰った。バランスを保つのが大変だったからよく覚えている。そんな事を思い出していると近藤さんに「あれ真筝君、返事が無いけど。」と言われた。「あっ、すみません。あれから7センチくらい伸びました。」僕は急いで返答をした。近藤さんは言った。「お母さんから聞いたよ。手術成功したんだって。良かったじゃない。」僕は「あっ、ありがとうございます。」と言った。近藤さんは続けて言った。「私、このお祭りの盆踊りクラブに入っているの。良かったら真筝君も踊る?」僕は迷ったが「じゃあ、一曲だけ。」と盆踊りクラブの方々と一緒に踊ることになった。 踊り終わった後、一曲だけなのに僕はとても疲れた。これから和歌さんのために旅にでるというのに、こんなんで大丈夫なのか、と思った。そんな事を考えていたら「真筝君、お疲れ。これあげる。」とブレンド茶とあんず飴を貰った。お腹が空いたので、あんず飴を食べた後、お好み焼きを買った。食べ終わった後、ヨーヨー釣りをやったり、スーパーボールすくいをやった(1・2回目はポイが破れ、3回目でやっと3つすくえた)。かき氷を買う時、僕はマンゴー味にした。理由は病院の夏祭りで無かった味だからだ。屋台の人に「練乳かけますか?」と聞かれ、これも病院には無かったので「あっ、お願いします。」と言った。その時、アナウンスが流れた。”7時半になりましたのでこれより花火大会を行います。皆様、南側の花火会場に集まってください。”と。僕は買ったばかりのかき氷を持って花火会場に向かった。花火会場に着いた時にはすでに人が大勢いて僕は後ろの方だったが、こんな間近で花火を見たのは物心ついてからははじめてだった(※お父さんの話参照)。病院の窓からの景色も良かったけど、間近で見た花火は迫力が凄かった。色もとても鮮やかに見えた。そんな感じで1時間の花火が終わった。僕にとってはとても感動した花火大会だった。お祭りは9時に終わったが今までで一番楽しかった夏祭りだった。                 帰り道、僕はとっても綺麗な月を見た。そういえば今日は月のとなりに火星が見える日だっけ。この前、ニュースでやっていた。僕は家に帰って「お父さん、カメラある?」って聞いた。「あるよ。確かここら辺に...」と棚の中を探し始めた。「あぁ、あった、あった。」「このカメラは、真筝が生まれた時に買ったものだ。真筝のかわいい写真をいっぱい撮ろうと思ってね。だけど、5歳くらいで病気になったもんだから、使う機会がほとんど無くなってしまって。」お父さんが見つけたカメラを手に取ってそう言った。「でも、去年のクリスマス会の時の和樹君との写真。あれ、このカメラで撮ってくれたよね。」僕は言った。そう、お父さんは病院で何かイベントごとがあると仕事が忙しい日以外は必ず来て写真を撮ってくれた。和樹君との写真、特にクリスマス会の写真は和樹君との最期の写真なので、僕にとっては宝物だ。「和樹君ね~…。」お父さんはそれだけ言った。僕と仲が良かったからお父さんも何か思うことがあるのだろう。僕もお父さんも数秒間無言になったが、お父さんが思い出したかのように口を開いた。「あぁ、そう、そう。で、このカメラ一体何に使うの?」僕は言った。「月の写真を撮ろうと思って。」お父さんが言った。「おぉ、そういえば今日は月と火星が一緒に見える日か。いいぞ、自由に使ってくれ。」「ありがとう。お父さん。」僕は走って外に出た。しっかりピントを合わせて撮ったはずなのに初めてだからか少しぼやけてしまった。でも、今日の月が撮れたから満足だった。僕はまた、自分の目で月を見た。月の光は儚く、そして、尊い。僕は、ふと、夢の中の和歌さんの事を思い出した。ぼやけた世界のふんわりとした存在。僕にとって月の光と和歌さんの存在は似ているような気がした。                      僕は和歌さんの事を考えながら家に帰った。家に着いて「ただいま。」と言うと、お母さんの声が聞こえた。「お帰り。月の写真はどうだった?」僕は「少しブレたけど、大丈夫。」と答え、自分の部屋に戻りカメラを置くと手洗いうがいをしに洗面所に向かった。  寝る前、お父さんの部屋に行った。「ねぇ、お父さん。」と僕が言うと、「どうしたんだい、真筝。」と聞かれた。「このカメラ、当分借りていい?」って聞くと「いいけど。どうした急に。」と言われたので「僕、旅をしようと思ってるんだ。旅っていっても家を出ていくわけじゃないよ。なんていうか、色々な所を日帰りでめぐる感じの...」と色々と説明していたら、「いいぞ、真筝。」と冷静にお父さんが答えた。もっとびっくりされるかと思ったから、僕は驚いた。「い、いいの…?」そしたらお父さんがさっきまでの冷静な顔はどこへ行ったと思うくらいのにっこりした顔でこう言った。「真筝はずっと病院の中にいたんだ。病気が治ったからには、和樹君の為にも、その和歌さんっていう人の為にも、真筝の好きに生きろ!」                                              こうして僕はお父さんのカメラを持って和歌さんの夢を叶える旅にでる事になった。                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                                          そして、きっとこの頃だろう。僕が月の写真を撮りはじめたのは...。

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