某アイドル育成ゲームは乙女ゲームの部類に属するのか否か※こちらは悪徳令嬢転生ものです
2000年初頭。ゲームの主役は据え置き機からより手軽なスマートフォンへと移っていった。
ソシャゲ部門はゲーム業界の主力となり、様々なアプリが開発されていく。
その大半は半年を生き抜くことさえ出来ず、大半は一年以内にサービスを終了していく。
そんなソシャゲ戦国時代真っ只中の2018年においてランキング上位を常にキープしているイケメンアイドル育成ゲームがあった。
そのゲームは世の女性たちを虜にしていき、次々と沼に落としていったのだが、
私は未だに疑問に思っている。果たしてこのゲームを乙女ゲームに分類していいのか?と。
このゲームに出てくるキャラたちは全員イケメンである。
主人公は、そのアイドルたちを陰で支えていく同級生の女の子である。
同世代の男女が同じ場所で生活し同じ目的のために手を取り合って成長していくのだ。
当然恋愛が芽生えてもおかしくない。
実際、アイドル育成ゲームは他にも星のように数があり、そのゲームの大半は乙女ゲームと言って差支えがなかった。
このゲームが開発されて数年後、似たようなゲームが配信された。
そのゲームはアイドルではなく、 イケメン役者を育てていくゲームである。
登場人物はプレイヤーである監督と呼ばれる指導役のヒロインを除いてすべてが男性。
様々なタイプの男性がいて、そのうちの数名は監督に明確な恋心を抱いている。
他のキャラクターたちもそこまであからさまでないにしろ、監督のことを好意的にみている。
乙女ゲームと明言はされていないが、乙女ゲームの雑誌に特集記事が組まれる、そんなゲームである。
ではその某アイドル育成ゲームはどうなのかというと、確かにヒロインを口説いているアイドルはいる。
でも、ヒロインを口説いているアイドル(♂)にはもれなくヒロインよりも明らかに仲がいいアイドル(♂)がいる。
いくら熱心に口説かれてても『もしも、その子と付き合っているなら、その子もお前も殺して俺も死ぬ』とまで断言するヤンデレが近くにいるのならば遠慮したい。
アイドル活動に熱中するばかりに、倒れてしまったアイドルがいる。
そのアイドルをヒロインは熱心に看病する。このシーンはスチルにさえなっている。
乙女ゲームではよくある王道の恋が芽生える瞬間、あるいは恋心を自覚するシーンではないだろうか。
ところが、このゲームのすごいところは、そんなスチルの後に『まぁ、お前は俺の彼女じゃないけどな』と明言されるのである。
そこまではっきり言われてしまえばこちらも今更『彼女になりたいです』とは言えないだろう。
ちなみに彼にはお気に入りの後輩(♂)と背中を預けられる相棒(♂)がいる。もはやどちらが本命なんだ?と問い詰めたいほど二人とも仲がいい。
さて、何故今更、この某アイドルゲームがBL……じゃなかった。乙女ゲームに属するのかと私が気になりだしたのには当然理由がある。
私は、これまた2000年初頭に起こったなろうブームでシコられてすぎた王道すぎる『悪徳令嬢転生もの』を身をもって経験しているところなのである。
そう思うに至った理由は多数ある。
・前世の記憶がある。
・実家は公爵家でそこはかとなく黒い噂がある。
・私の容姿は美人だが人にきつい印象を与える顔立ちである。
・婚約者は王太子でイケメンである。
・王太子の周囲の人間もイケメンである。
・一年ほど前に転校してきた庶民育ちで今は伯爵家の養女である可愛い容姿の女の子に王太子とその周囲のイケメン達は夢中である。
箇条書きにしてみたが、ざっと見てもこれはまごうことなき悪徳令嬢転生ものである。
何度も見てきた設定である。ついでに言うなら、明日は王宮で卒業パーティーがある。
これは、私が婚約破棄をされるとみて100パーセント間違いない。
さて、ここで問題なのが、今になってもなお、私がこのゲームの原作を思い出せないところなのだ。
悪徳令嬢転生ものは大半は乙女ゲームが舞台だ。
原作さえわかってしまえば、対策が優位に立てられる……そう思っていた時期が私にもありました。ええ、油断していましたとも。
でも、一向に思い出せないのだ。どこかで見たことがある、そして聞いたことがある声なのに。
例えば、私の婚約者、王太子を見てほしい。
さわやかなイケメンボイスは、某テントウムシを彷彿とさせる。
容姿もこれこそザ・イケメンという王子面。でも、赤毛であることから、条件はいくつか絞られる。
最初はイケメンバージョンの長男だと思っていた。
ところが、奴には他に兄弟はいない。側近にも青をトレードマークにした奴がいるが、彼はクールビューティーキャラだ。
確かあの兄弟の青は肉担当。クールビューティーは緑だったはずなので除外された。
兄弟と言えば、私にもイケメンの兄がいる。
公爵家の長男だが、その物腰と声はあくまで執事を思わせる。
腹黒そうだし、髪の色も容姿とも似ている。
だが、そもそもあれはメインヒロインが強すぎて夢的な妄想が入る余地はあまりないように思える。
と、まぁ乙女ゲームの枠を外してアニメや漫画も考えてみたのだが『これだ!』と合致するものが見当たらない。
見当たらないまま、婚約破棄イベントが始まろうとしている。
これは絶対絶命のピンチなんじゃないだろう。
原作がわからないままだとこの後の展開もわからない。
ざまぁ展開ならばいい。だが、何も対策を立てていない以上これは無理に等しい。
勘当ルート。実家と縁を切られて庶民に落ちてスローライフ、もしくは身分の低いデブ貴族の嫁にされるパターン。
正直、貴族のお嬢様生活慣れすぎてて働くのは無理っぽいし、デブおじさんも……まぁこっちは人によるけど、不潔な人だと絶対嫌。私に拒否権はないけど。
牢にぶち込まれルート。
これも、貴族の優雅な暮らしになれた私にはかなりきつい。ねずみとか出そうだし。無理。
国外追放ルート。
だから一人で生きていくの無理だって。
処刑ルート。
はい来世来世。
……どれも最悪な結末だ。だが、このうちのどれかが明日待っている。
正直、将来の王妃とかめんどいから嫌だったし、婚約破棄されるのは大歓迎だけど優雅な生活は捨てられない。
「というわけで、どうしたらいいと思う?」
「……正直、君の言っていること半分も理解出来なかったけど、とりあえず相談相手間違っていると思わない?」
「あら、適任じゃない?だって貴方がこの婚約を薦めていたのだし……」
「そりゃそうだけど、でも君って本当に大胆な女性だよね?今何時かわかってる?」
私は彼のすぐそばにあった純金の時計をちらりと見る。
「午前二時ね」
「そう。真夜中だよ。僕はもうとっくに寝ていたんだけど?」
「でも、卒業パーティーは明日だし、相談するには今日しかないでしょう?」
「そりゃそうだけど、君以外の人間だったら今頃不敬罪とか不法侵入とか諸々で牢獄行き待ったなしだったよ?」
「じゃあ私を捕まえる?」
「……捕まえないよ。捕まえないけどさぁ……もっと常識とかさぁ……」
「常識云々で言えば、王太子のほうがひどいんじゃなくて?」
「……仮に今君が言った婚約破棄が本当に起きるなら、そりゃあそうだと思うけど……そこまでアホな子に育てた覚えはないんだけどなぁ」
「あら。育児なんて王妃様と教育係に任せきりだったのによく言うわね」
「うっ……痛いところを突くね。まぁそんな可愛げのないところも僕は嫌いじゃないけどね」
「あら。じゃあ、もしも王太子が婚約を破棄してきたら、側妃にでもしてくれる?」
「いくら何でも息子の嫁さんを寝取る訳には……それに年齢差も結構あるし」
「でも、嫌いじゃないでしょ。若い女の子」
「うっ……」
「それに、側妃なら面倒な仕事はあまり回ってこないし、私って本当は年上好きなの。それに陛下は夜もお上手そうだわ」
にっこりと笑った私に陛下は戸惑った表情を浮かべていたけど、
その気がないなら、そもそも真夜中に訪ねてきた結婚前の小娘を自分の寝室に招き入れることは決してないのだ。
最終手段には違いないが、これで、最悪のルートは免れそうだ。
「さて……婚約破棄イベントいつでもいいわよ。かかってきなさい」
「私は、マリーローズ嬢との婚約を破棄する!」
卒業パーティー当日。私の婚約者である王太子は高らかにそう宣言した。
その隣にはかわいい顔立ちのヒロインちゃんがいる。
周囲は異様なざわめきの後、シーンと静まり返り、誰もが私の顔色を窺っていたが、想定内だったので、私の表情筋は一ミリも動かなかった。
この後、ヒロインちゃんがありもしないいじめの容疑を私にふっかけてきて……
「すまない。マリーローズ嬢……私は、このリリー嬢と一緒にいるときに気付いてしまったのだ」
おや。本当にすまなそうな顔をしている。
これは珍しくヒロインちゃんは正真正銘のいい子ちゃんだったパターンか。
まぁ、なろうにおいては少数ではあるが、いくつかそんなルートもあったなと思い出した。
「私が本当は誰を愛しているのかを……君に向けた愛も本物だ。しかし、それは親愛に他ならない」
なるほど、ヒロインちゃんに会って本当に愛に気付いたと。
初恋を実らせたのか。お幸せにな王太子。私は反対しないぞ。この展開ならば追放も処刑もなさそうだし。
「私が本当にそばに居てほしいのは……君だよアンリ」
そうか。そうかアンリ……え?アンリ??
「は?王太子様、いったい何を……?」
驚いているのは、イメージカラー、ブルー。クールビューティーにして王太子の側近。
今の今まで名前が出てこなかったアンリ君だ。まぁ、私の名前もヒロインちゃんの名前も今の今まで出てこなかったけど。
「君が好きだアンリ。乳兄弟として幼いころからずっとそばに居てくれた君を私はずっと想っていた……しかし、この国の後継者である私は、それを今まで言い出せなかった。この恋は決して実らない、実らせちゃいけないのだと思っていた。でも、リリー嬢に諭されたのだ。自分の気持ちに嘘はついてはいけないと。たとえ、それが周囲を……君を、私自身を苦しめることになったとしても、私はもう君を愛おしいと思う気持ちを止められない!」
「お、王太子様……」
王太子は周囲の視線なんて全く気にせず、アンリ君の手を掴み、怒涛の勢いで告白している。
アンリ君は突然のことで動揺して目を泳がせているが、その顔色は青というよりは赤い。これは脈ありかもしれない。
そして、手を繋ぎあう王太子とアンリ君を見つめながら、ヒロインちゃんは目をうるうるさせながら手を合わせて拝んでいる。読めた、腐った元凶はこいつだ。
「ちょっと待ってください」
この狂った……いや腐った展開に待ったをかけたのは、私の兄。
そうあくまで執事っぽいのに貴族の兄様だ。
でも、まずい。この展開で口を出してくるということは……
「王太子様では、アンリを幸せになんて出来ません。それが出来るのはあくまで私だけです」
ほらー!やっぱりー!!第三の男来たよこれ!!
ちなみにヒロインちゃんは『王子×側近も美味しいけど、悪友同士も美味しいよ!』とここまで聞こえる声で尊みを叫んでいた。
というか、アンリ君と兄様って悪友同士だったの?初耳なんですけど?
そう思った私の脳裏に『アンリ君は身分が違うのに王太子に贔屓にされていると学校で虐められていた。それを助けてあげたのが私の兄である』という情報がふと混ざりこんできた。
これは……この記憶はまさか……
目の前ではBLの修羅場が繰り広げられている。
そう。BL……私はやっと思い出した。
「……そういえばあったわ。昔一度だけ読んだBL小説にそっくりだ。この展開……」
前世の私はどちらかといえば、乙女ゲームや夢小説を好んでいたのだが、
一度だけBL好きな友達に借りて小説を読んだことがあった。
義理でパラパラと捲るように読んだだけだったので、今まですっかり内容を忘れていたのだが、この後の展開も思い出せた。
「陛下。やっぱり、私を側妃にしてください」
婚約破棄騒動の後、私は再び陛下の寝室を訪れて告げた。
「そうしないと、この国の跡継ぎが産まれず、王太子がこの国の最後の王になってしまいますから」
「どうしてそうなった……」
仕方がないです。ここ、BL小説の世界ですから。