07「夜の一幕」
「ナンシー。マーガレットは、部屋に戻ってるか?」
「ええ、在室しております。何でも、明日は早起きしたいのだとか」
期待を込めて質問したギルバートに対し、ナンシーが扉の前で冷たく返事をする。ギルバートは、何とかドアを開けて中に入ろうとするが、ナンシーは彼の動きに合わせ、右へ左へと行く手を遮り続ける。
「へぇ、珍しいこともあるものだな。――そこを、どいてくれよ」
「もうお休みになってますので、入室は、ご遠慮願います」
頑なに拒むナンシーに対し、ギルバートは更に食い下がる。
「入れてくれよ。寝顔を見たいんだ」
「見るだけでよろしければ、写真を撮ってまいります」
「いや、触れたいし嗅ぎたいから、画像だけじゃチョット、って、何を言わせるんだ」
ギルバートが一人ノリツッコミをしていると、フェルナンデスが側に近付き、進言する。
「ギルバートさま。そこまで執着なさると、マーガレットさまが血縁関係になければ、立派な通報案件ですよ。僕としては、ここは諦めたほうが賢明かと思います」
「フェルナンデスの言う通りですよ、ギルバートさま。――建設的なことを言うなんて、珍しいこともあるものね」
同意したナンシーは、明日は雪が降るとでも言いたげな表情でフェルナンデスを見下ろす。フェルナンデスは、それを忌々しげな表情で見上げ、両者は静かに睨み合って火花を散らす。
「使用人同士で仲違いするな。意見が一致してるなら、少しは仲良くしろ」
ギルバートは、フェルナンデスにそう言うと、再びナンシーに向かって頼む。
「それじゃあ、話を変えるけどさ。いつもベッドサイドに置いてる、動物のぬいぐるみがあるだろう? あれを、ここに持ってきてくれ」
「タータンチェックの、兎のぬいぐるみですね。何に使うのですか?」
「使途を聞かないで、いいから持って来なさい。これは、主人命令だ」
ギルバートが言ってる途中に、フェルナンデスは白手袋を外し、ギルバートの手を握ると、あとに続いて言う。
「午後の紅茶の時間から、どこか様子がおかしかったんだよな、マーガレット。庭で何があったのか、盗聴器を仕掛けたぬいぐるみを背負わせて確かめてやろう」
「あぁ、そういうことでございますか」
ナンシーが氷のように冷たい瞳で軽蔑の眼差しを向けると、ギルバートはフェルナンデスの手を振り解きながら弁解する。
「いや、その、これは兄として、妹の行動を把握しておかねばならないという義務感から生じたものであるからして、決して、イヤらしい意味に捉えないでくれ」
額に冷や汗を滲ませながら必死に話すギルバートから、ナンシーは視線を外すと、その先にいるフェルナンデスは、両手の掌を上にして肩を竦める。
「もう、結構です。当主として、いささか威厳に欠ける行いに思われますが、加担いたしましょう。すぐに取ってまいります」
「頼んだ。あっ、ついでに寝顔も一枚」
ドアを細く開け、部屋に入ろうとするナンシーに掛けたギルバートの厚かましい一言に、ナンシーは微かに眉根を寄せつつ、申し出を承諾する。
「わかりました。一緒に撮ってまいります」
ナンシーは、廊下に男子二人を残し、部屋の中へ姿を消す。