06「不思議な少年」
「ひと休みしようっと。フゥー」
山毛欅の大木に背中を預け、両足を投げ出して長座になり、マーガレットは目を細め、枝葉の隙間からキラキラと差し込む木漏れ日を見上げる。そこへ、そよ風が吹き、草花がサワサワという涼やかな音を立てる。
「う~ん、良い気持ち。そうだ。お兄さまに、お花の冠を作ってあげよう。フフッ。きっと喜ぶわ」
マーガレットは、足元に生えているシロツメクサを茎ごと抜き取っては十字に重ねて片結びにし、また抜き取っては片結びにし、そのうち、鼻歌を交えつつ、嬉々として作業に没頭していく。
*
「で―きた。お茶の時間になったら、渡してあげよう」
そう言うとマーガレットは、出来上がった花冠を頭にかぶり、スックと立ち上がる。その時、木々のざわめきのあいだから、ピーという甲高い笛の音が聞こえる。
「今の、何の音かしら? こっちから聞こえたような」
マーガレットは幹のほうへ振り返り、音を立てないように抜き足差し足で歩き、片手を樹皮に添えつつ、時計回りに樹の裏側へと回っていく。ちょうど、最初の位置から百八十度回ったとき、そこには葦笛を口に咥えた少年が、右半身を樹洞に寄りかかりながら立っているのが見えた。
「あっ!」
「ヒッ!」
マーガレットが驚いて嬉しそうに声を上げると、少年はマーガレットをチラッと見て、すぐに樹洞の陰に姿を隠す。
「あら、ごめんなさい。私、びっくりしちゃったものだから。急に大きな声を出されたら、怖いわよね?」
樹洞に向かってマーガレットが一歩踏み出して優しく囁くと、少年は、おずおずと顔を出し、そこで邪気の無い笑顔を向けているマーガレットをまじまじと観察する。マーガレットは、少年の警戒心を解くように、その場で腰を屈め、上目遣いで小首を傾げながら疑問を投げかける。
「さっき、笛の音みたいなピーッという高い音が聞こえたんだけど、あなたが鳴らしたの?」
少年は、しばし動揺した様子で戸惑いを見せたあと、マーガレットの靴を指差しながら、消え入りそうな小さな声で言う。
「さっきは、それを吹いたんだ。その、足の下の……」
「えっ? あぁ」
マーガレットが足をどけると、そこにはペッチャンコに潰れた葦笛が見える。
「しまったわ。大事な笛だったんじゃなくて?」
「ううん、良いんだ。葦なら、泉の畔に、いっぱい生えてるから。また作るよ」
「そう。でも、この近くに泉なんて、あったかしら?」
マーガレットが疑問を呈すると、少年は得意気に鼻を鳴らしながら答える。
「フフン。それは、僕だけの秘密スポットだからね。誰も知らないよ。それにしても、驚いたな」
「ごめんなさいね。おどかすつもりじゃなかったのよ。本当よ?」
「いや、そうじゃなくてさ」
少年は、そこで一呼吸置いてから、しみじみとした口調でボソッと言う。
「まさか、僕のことが見えるんなんてねぇ」
「ん? 今、何て言ったの?」
マーガレットが聞き返したとき、屋敷のほうからナンシーの声が聞こえる。
「お嬢さま。アフタヌーンティーの時間ですよ」
「ハーイ。――それじゃあ、また明日ね。これ、あげるわ」
マーガレットは、少年の頭上に花冠を被せると、急いで屋敷に戻っていく。