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マーガレット、十二歳の夏  作者: 若松ユウ
本章「別荘バカンス」
5/11

05「朝の一幕」

「ごちそうさま。お庭に行ってきます」

 椅子を降り、窓が開放されたバルコニーへと駆けだそうとするマーガレットだったが、それは叶わない。なぜならば。

「お待ちなさい、マーガレットお嬢さま。グラスには、まだ牛乳が半分残っています」

 ナンシーが、マーガレットの穿いているカボチャパンツの後ろにあるリボンを掴んで引き留め、そのまま腰を掴んで持ち上げ、再び椅子に座らせるからである。マーガレットは、頬を膨らませて不満を顕わにしながら言う。

「半分も飲んだから、良いじゃない。お腹いっぱいなのよ。別荘(サマーハウス)に来てまで、ガミガミ言わないで欲しいわ」

 染みや皺が一つもないクロスが掛けられたテーブルの上には、グラスに半分ほど残った牛乳の他、パン屑と卵液がわずかに残った皿と、その右端に揃えて置かれた銀製のナイフとフォーク、そしてクシャッと丸められたナプキンがある。

「ガミガミとまで申しておりません。私は、お嬢さまの教育上、当然のことを諫言しているに過ぎません」

「カンゲンって何よ? 私にも分かるように言いなさい。そうやって、難しい言葉で誤魔化そうとしたって、駄目なんだから。ね?」

 怒りと疑問が入り混じった調子で、愛嬌たっぷりにマーガレットが小首を傾げながら言うと、隣の席でクロックムッシュを平らげているギルバートが、ナイフとフォークを皿の両端に置き、ナプキンで口元を拭ってから加勢する。

「マーガレットは小柄だから、胃袋も小さいんだよ。クロックマダムは残さず食べたことだし、無理に飲ませることないだろう。大目に見てやれ」

「はたして、小食な人間が、厨房に忍び込んでマドレーヌをつまみ食いするでしょうか?」

「フェルナンデス、何か言ったか?」

 ギルバートが斜め後ろに顔を向け、眼光鋭く低い声で言うと、視線の先に立つフェルナンデスは、同じように視線をそらしながら平板なイントネーションで言う。

「シツゲンデシタ。テッカイシマス」

 二人のコミカルなやりとりをみたマーガレットが、口元に手を添えてフフッと笑うと、ナンシーは呆れた様子で淡々と言う。

「ギルバートさまのお言葉もありますし、バカンス中でもありますから、目を瞑ることにします」

「わ~い」

 両手を上げて喜ぶマーガレット、それを微笑ましく眺めるギルバートと、ため息を吐くフェルナンデス。

「ただし。ディナーの席では、同じような真似をしないでください。良いですね?」

 人差し指を上向きに立て、注意を引きながらナンシーが言うと、マーガレットは、椅子を降りてナンシーに抱きつきながら言う。

「フフッ。何だかんだ言って、心は優しいのよね、ナンシー」

「僕には、毒舌家で堅物の生命人形(リビングドール)に、優しい心があるとは思えないな」

「フェルナンデス?」

「何でもないです、ギルバートさま。しばらく、口にファスナーをしておきます」

 蛇と蛙のような男子二人を尻目に、ナンシーは、慈しむようにマーガレットの後頭部を撫でると、肩に手を置き、抱きつくマーガレットを引き離しながら、やや困ったように眉を下げながら言う。

「お嬢さま、そろそろ」

「あら、ごめんなさい。――それでは、お庭に行ってきます」

 マーガレットはナンシーの側を離れ、ギルバートのほうを一目見て微笑んだあと、急いでベランダへと駆け出す。

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