04「フェルナンデスの嘆息Ⅱ」
②「主人と妹」
――ギルバートさまは、先程バスルームから戻られ、いささか、いえ、こちらが気持ち悪いくらいに、ご機嫌になっています。
「錦糸のようなブロンド、サファイアのような瞳、白魚のような華奢で色白な手。ハァ、最高だ」
パジャマ姿のギルバートが、恍惚とした表情で言うと、フェルナンデスは、呆れまじりに言う。
「感傷に浸っているところ、申し訳ございませんが、そろそろお休みになりませんと、明日の体調に差し障りが生じますよ、ギルバートさま」
「ムードを壊す奴だな、フェルナンデス。せっかく、夢見心地だったのに」
ギルバートが不満げな声音で眉を顰めながら言うと、フェルナンデスは、淡々と事務的に謝罪文句を口にする。
「大変、失礼いたしました。入眠を邪魔してしまったようで、申し訳ございません」
――まったく。十七歳の男子が、十二歳の女子と一緒に入浴しているなんて。兄妹でなければ、犯罪性を疑われるところです。
「謝らなくて良いけどさ。心の広い主人で良かったと思えよ。俺がユーモアの通じない頑固者だったら、とっくにスクラップにしてるところだがらな」
「はい。ギルバートさまにお仕え出来ることは、望外の喜びでございます」
フェルナンデスが畏まった態度で丁寧に謝意を伝えると、ギルバートは疑わし気な目を向けつつ、話題を転換する。
「本当かよ。――あっ、そうそう。さっき、廊下でナンシーに言われたんだけどさ」
そこで一旦、言葉を区切ると、ギルバートはフェルナンデスを目をジーッと見つめる。
――何が言いたいのでしょう? 何か良いことを閃いたときのような、愉快そうな顔をしていますけれども。こういう顔をするときは、たいてい、ろくでもないことを思い付いたときなんですよね。
しばし、無言で見つめ合っていたが、やがてフェルナンデスが、沈黙に耐えかねて口を開く。
「あの男装大女に、何を言われたんですか?」
「彼女のほうが背が高いからって、僻むのは良くないぞ。――俺が明日のことでナンシーと段取りを確認してる隙に、マーガレットに怖い話を聞かせたそうじゃないか」
「ええ。『退屈だから、何か面白いお話をしてよ』と、マーガレットさまにせがまれましたので」
さも当然のことのように、いけしゃあしゃあとフェルナンデスがのたまうと、ギルバートは、溜め息まじりに文句をつける。
「やれやれ。そのせいで、ナンシーから皮肉交じりに注意されたんだぞ」
「お言葉を返すようですが、執事の失敗の責任を負うのも、使用者たる主人の務めかと」
「それは、そうだけど。負わずに済むなら、それに越したこと無いんだから、頼むよ」
「承知いたしました。以後、気を付けます」
「事前に防いでくれると、有難いんだけどなぁ。――あぁ、疲れた。今日は、挨拶に、移動に、書類整理にと、全身を酷使したから、クタクタだ」
そう言いながら、ギルバートはスリッパを脱ぎ捨て、キングサイズのベッドに、うつ伏せで飛び込む。
「おつかれさまです。おやすみなさい」
静かに寝息を立て始めたギルバートに、フェルナンデスは、そっと毛布を掛け、その場を静々と立ち去る。
――ぬいぐるみや鉢植にカメラを仕込んであることは、まだナンシーに気付かれていないようですね。妹さまを心配するのも、ほどほどにしてくださいよ、ギルバートさま。