11「ガールからレディーへ」
「ミルクセーキを持って来なさい」
――別荘から戻られたマーガレットお嬢さまは、開口一番、このように宣言されました。
「承知いたしました。すぐにお持ちします」
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「ドレスに着替えるわ。秋物のドレスは、もう仕立て屋さんから届いているのかしら?」
――ミルクセーキを飲み終えたお嬢さまは、続いて、そのように宣言されました。一瞬、聴覚機能が麻痺したかと思いましたが、言われた通りにすることにいたします。
「はい、ございます。それでは、衣裳部屋のほうへ参りましょう」
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「メイド服に着替えなさい。もう、執事の真似事をしなくて良いわ」
――身体のラインにピッタリフィットしたドレスをお召しになったお嬢さまは、最後に、そう宣言されました。さすがに、ここまで矢継ぎ早に言われては、疑問を挟まないわけにはいきません。
「いったい、どうなされたのですか、マーガレットお嬢さま。心変わりの理由をお話しいただかなければ、承知いたしかねます」
――恋をしたのではないか、という話が持ち上がってますが、ここは本人の口から、真相を確かめなければなりますまい。
ナンシーが問いただすと、マーガレットは、急かすように言う。
「いいから、私の言う通りにして。着替えたら、お話しするわ」
「わかりました。では、しばらくお待ちください」
マーガレットに向かって一礼したあと、ナンシーは廊下へと姿を消す。
――最後にメイド服に袖を通したのは、何年前だったかしら。
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「お待たせいたしました」
ビクトリア調の飾り気の少ないメイド服を着て、ナンシーは部屋に戻る。マーガレットは、その姿を認めるとオットマンから脚を下ろし、背筋をピンと伸ばす。そして、目の前を指差しながらナンシーに言う。
「着替えたわね。立ち話もアレだから、そこにお座りなさい」
「お気持ちは、ありがたいのですが、私は使用人ですから」
ナンシーが断ろうとすると、マーガレットは毅然とした態度で、ピシャリと言う。
「言い訳は、結構。私が座れと言ってるんだから、座ればいいのよ」
「はい」
ナンシーがオットマンに腰かけると、マーガレットは満足げに頷き、おもむろに話し出す。
「これは、私だけの内緒にしておこうと思ったんだけど、ナンシーにだけは言っておくわ。これから話すことは」
「他言無用、ですね? 誰にも言いませんよ」
ナンシーが発言内容を先回りして約束すると、マーガレットは小さくコホンと咳払いをして、話を続ける。ナンシーは、ときおり無言で首を縦に振って相槌を打つ。
「この夏、私は一人の少年と出会ったの。そして私は、その子に惚れてしまったの」
――男性陣の予想通りでしたか。恋には、女を目覚めさせる力があるようですね。
「だけど私は、その少年とお別れしないといけなかったの。なぜなら、その少年は、夏のあいだしか私と会えない運命にあったからなの」
――どういう運命なのか、今ひとつ合理的な説明がされていない気がしますが、ここは大人しく続きを聴くことにいたしましょう。
「そこで私は、今度少年に会うときは、見違えるような立派なレディーになろうと決意したってわけ。これが、私の理由よ」
「なるほど。それなら、私も協力いたします」
従順な態度で同意すると、マーガレットは満面の笑みを浮かべて立ち上がり、ギュッとナンシーに抱きつく。
「ありがとう。ナンシー、大好き」
――軽々しく好きだと言うべきではありませんよ。涙腺が無いのに、泣きたくなってくるではありませんか。
※以上で、マーガレットのひと夏のお話を終わります。最後までお読みいただき、ありがとうございました。