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マーガレット、十二歳の夏  作者: 若松ユウ
本章「別荘バカンス」
10/11

10「出逢いと別れ」

「出る、出ない、出る、出ない、……ムゥ」

 花弁が一枚だけ残った雛菊を恨めしそうに睨むマーガレットを見て、ハンドレッドはクスッと小さく笑いをこぼしながら言う。

「どうやら、今日の晩御飯には、人参が出るみたいだね」

「せめて、小さく刻んであることを願うわ」

 マーガレットは、持っていた雛菊を、ちぎった花弁が散らばる水中に投げ入れると、ハンドレッドが着ているチュニックの前ポケットを見ながら訊ねる。

「ねぇ。他には、何か持ってるの?」

「あるよ。ちょっと待ってね」

 ハンドレッドは、ポケットに両手を入れてゴソゴソと探ると、一枚の笹の葉を取り出す。

「あら、細長い葉っぱね。それを、どうするの?」

「端っこを、こうして重ねて折り込んで、反対側も、同じようにすれば、……ほら、舟が出来た!」

 手元を覗き込んでいたマーガレットは、出来上がった笹舟を見て、胸の前で両手を合わせて感動する。

「まぁ、可愛いお舟!」

 ハンドレッドは泉のほうへ上半身を乗り出し、笹舟を慎重に水面に浮かべる。浮かんだ笹舟は、ゆっくりゆっくりと、二人の視界から遠ざかって行く。

「ハンドレッド号、無事、進水いたしました。なんてね」

「フフッ。それにしても、お庭の樹の中に、こんな綺麗な泉があるなんて、私、ぜんぜん知らなかったわ」

「誰にも教えたことが無いからね。というより、普通の人間は、僕の姿が見えないし、僕の声も聞こえないから、教えようが無いんだ」

「それじゃあ、私は特別ね。あっ」

 マーガレットの腹部から、キューッという音が鳴り、彼女は気恥ずかしそうに俯く。ハンドレッドは、素知らぬフリをして立ち上がると、マーガレットの手を取って立ち上がらせながら言う。

「そろそろ、お屋敷に戻ったほうが良いよ」

「そうね。今日は楽しかったわ。楽しい時間は、あっという間に過ぎて行くわね。また明日」

 屈託のない笑顔でマーガレットが別れの挨拶をすると、ハンドレッドは、憂えがちに目を伏せながら、モジモジと小声で言う。 

「明日は、……会えないよ」 

「えっ、どうして? 何か、ご用事?」

 小首を傾げるマーガレットに対し、ハンドレッドはブンブンとかぶりを横に振って否定すると、口を真一文字に引き結び、決然とした態度で言い切る。

「地上に出られるのは夏だけで、秋から翌春までは、地下にある精霊の国へ帰らなければならないんだ。だから今年は、これでお別れだよ」

「そんな。……せっかく、仲良くなれたばかりなのに」

 ショックを隠せない様子で、マーガレットは両眼を見開き、両手で口元を覆い隠す。そして、ハンドレッドの二の腕を両手で掴みながら、目に涙を浮かべて懇願する。

「お別れなんて嫌よ。お願い。私も一緒に連れて行って」

 ハンドレッドは、困ったように眉をハの字に下げつつ、掴まれた手を優しく振りほどく。そして、マーガレットの潤んだ瞳を見つめながら、キッパリと言う。

「君と僕とでは、命の長さが違うし、生きる世界が違うんだ。君には、お兄さまや、執事たちが居るだろう? 君が居なくなったら、きっと悲しむよ。だから、連れて行くことは出来ない。また来年、会おう。それまで、さようなら」

 ハンドレッドの決意が翻らないことを悟ったマーガレットは、カボチャパンツのポケットからハンカチを出して目元を拭い、悲しみを堪えて微笑みながら、やや涙声で言う。

「きっとよ? 来年、また会わなきゃ駄目なんだから。ね?」

「あぁ、約束するよ。心配しなくても、僕はココから離れられないし、一年なんて、あっという間だよ。さぁ、もう帰らなきゃ」

 そう言うと、ハンドレッドはマーガレットの手を引いて歩いていく。マーガレットは、引かれるまま重い足取りでトボトボと続いて歩く。しばらくすると、三叉路の前に辿り着き、二人は、別々の道の前に立って最後の挨拶を交わす。

「そのまま、一本道を真っ直ぐ行けば、君のお屋敷の庭に行けるよ。それじゃあ、バイバイ」

 ハンドレッドは、手を振りながら地下へ続く道を歩いて行く。マーガレットは、彼の姿が見えなくなるまで手を振ったあと、意を決して地上へ続くの道へ一歩踏み出す。

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