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マーガレット、十二歳の夏  作者: 若松ユウ
前章「執事それぞれ」
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01「ナンシーの憂鬱Ⅰ」

 皆さま、ごきげんよう。

 私は、クールヘッド・ウォームハーツを家訓とするマーシャル家に仕える執事でございます。

 主に、マーガレットお嬢さまのお世話を任されているのですが、十二歳になるというのに、一向にレディーとしての自覚が芽生えないものですから、毎日、手を焼いております。

 オッと失礼。最前より、世間話をするものではありませんね。

 百聞は一見にしかずと申しますから、早速、ある一日の様子を、ご覧いただきましょう。


①「お嬢さまと好き嫌い」


――朝。それは、太陽光が燦々と降り注ぎ、小鳥が賑やかに囀り、草花が目を覚ます。そんな清々しい時間、なのですが。

「マーガレットお嬢さま。今日は、ギルバートさまがギナジウムよりお戻りになりますので、ドレスをお召しください」

 燕尾服に白手袋を着用した執事が、淡々と平板な声で告げると、マーガレットは頬を膨らませて抗議する。

「いやよ」

――まったく。年齢が一桁の幼児が着るようなカボチャパンツ姿で、恥ずかしくないのでしょうか。

「お嬢さま。私の手を煩わせないでください。さぁ」

 執事は、マーガレットのウエスト部分にあるリボンを掴んで持ち上げ、そのまま米俵でも運ぶように脇に抱えて運んで行く。

「着ないったら、着ないんだから。下ろしてよ」

 マーガレットは、ジタバタと手足を動かして抵抗するも、その努力むなしく、そのまま衣裳部屋に連行される。

  *

――結局、先程はワードロープを引っ掻き回しただけに終わりました。あとで散らかした服を片付けなければと思うと、いくばくか気が滅入ります。

「マーガレットお嬢さま。好き嫌いなさると、大きくなりませんよ」

 執事がエッグスタンドの上に残っているゆで卵を見ながら、ウンザリとした口調で言うと、マーガレットは、ニッコリとした笑みを浮かべながら言う。

「いいの。ちっちゃいほうが可愛いから」

「お言葉を返すようですが、万事に控え目なままでは、殿方は靡きませんよ」

 執事が、マーガレットの身体に足下から頭の先まで視線を走らせながら言うと、マーガレットは、しゃあしゃあと言う。

「フェルナンデスと同じことを言うのね。でも、お兄さまは、このままで良いって言ってたわ」

――あの性悪眼鏡と、一緒にしないでいただきたい。それから。あのシスコンには、一言申し上げねばならないようですね。


②「お嬢さまの執事」


――昼。ブランチのあとは、お勉強の時間。少しでも教養あるレディーになるよう、あの手この手で机に向かわせようとしているのですが、いつも三分と持ちません。

「マーガレットお嬢さま。先程から鉛筆が止まっていますよ」

 執事が机を指でトントンと叩きながら言うと、マーガレットは鉛筆を抛り投げて言う。

「大昔のことを知って、何の役に立つのよ? こんないい天気の日は、お外で遊ぶべきよ。お勉強は雨の日でもできるけど、お庭には、晴れた日でないと出られないもの。はい、決まり」

 椅子から降りてドアに向かおうとするマーガレットだったが、執事は素早くマーガレットの行く手を遮り、正面から両脇の下を両手で抱えると、そのまま椅子に座らせる。

「嫌いな勉強をしないためなら、どんな理屈でも捏ねようという執念を、学習意欲に変換していただきたいところでございます」

 執事が皮肉を込めた口調で言うと、マーガレットは長い睫の生えた目を伏せ、溜め息を一つ吐いてから言う。

「私も執事がよかったと思って、フェルナンデスと同じ格好をさせたのに。私が望んでたのは、これじゃないわ」

――外見だけ似せても、元の構造はメイドのままですからね。男装の麗人になるのが、関の山です。しかし、これでも私なりに努力しているのですよ、お嬢さま。

「何が、お気に召さないのですか?」

 執事が腰を屈め、マーガレットの顔を覗き込むようにしながら言うと、マーガレットは顔を上げ、執事を指差しながら言う。

「それよ。そういう、すました態度が気に入らないの。真面目すぎる」

――真面目すぎましたか。なるほど。

「では、ご期待に添えるよう、不真面目について勉強いたします」

 執事は真摯に言ったが、マーガレットは不満そうな顔をしたままだった。

  *

――勘の良い皆さまなら、薄々勘付いていらっしゃるでしょうが、私は、生身の人間ではございません。そう。使用者の霊力と水で動く、生命人形(リビングドール)でございます。

「水銀とか、硫酸とか。もっと、こう、凄い燃料で動くものじゃないの?」

 パンケーキを頬張りながら、マーガレットが言うと、執事は眉を顰めながら言う。

「水にも、銅像を溶かしたり、木材を腐らせたり、地球を温めすぎたり、山を削ったりする作用がありますよ。――口の中を空にしてから、お話しください」

 マーガレットは、もごもごと口を動かして食べ切ると、執事に疑問を投げかける。

「そんな危険なものなの?」

「はい。たかが水、されど水です」

 淡々と応えると、執事は、オレンジジュースの入ったグラスを置いた。

※マーガレット:十二歳。遊びたい盛り。後ろに大きなリボンが付いたハイウエストのカボチャパンツを愛用。

※ナンシー:男装の麗人。真面目で、毒舌。使用者の霊力と水で動く生命人形(リビングドール)。お嬢さまの希望で、燕尾服と白手袋を常に着用。


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