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臆病な俺はきっかけを探してる。

作者: れをん。

 大学を卒業し、初任給の良い会社に入社。

 俺はそんなことが出来なく、大学を卒業し初任給はぼちぼちな会社へと入社した。


 入社し仕事に慣れるまでの一年はいろいろと忙しく、休日でさえ仕事のことを考えていた。これはブラック企業とは言い難いが、それほどまでにゆっくり出来なかった。


 電車通勤で一時間ほどかけ、そこから路面電車で三十分ほど揺られて会社前くらいだ。朝は早起きだし、夜は終電にのれない時間まで残業で帰れない日も多々あったり……。一年経過した今、猛烈に職務放棄して飛び降りたいーー。


 ニヤケながらもそう考えてしまう。

 しかし、この日々でもいいことがない訳では無い。電車でとある女性が目に入っていて、いつの間にか電車に乗ってる最中、女性を眺めていた。


 その女性は見るからに会社員だろうというリクルートスーツを着こなし、少し茶髪の長髪で毛先がうちに巻かれている。ナチュラルなメイクで、すっぴんでも美人だろうという面影を持ち、身長は高からずというくらいだがヒールを履いているからだろう、身長がかさ増しされている。

 

 憂鬱な日の朝は嫌いではなく、案外好きだった。乗車駅、降車駅且つ時間帯さえも同じだった。

 残業で帰れない日なんか頭をグシャグシャと掻きむしっている。それくらいその女性は心の癒しになっているらしい。


 そんな女性とどうにかこうにか会話でも。という気持ちがあった。気づけばきっかけを探していた。勿論きっかけなど見つからず時間が経ち別れ時に差し掛かる。自分自身でも臆病だと感じる。女性は俺の気持ち悪く、暑い視線に感づいているだろうか……。



 とある日、残っていた書類整理やらで残業だったが、思ったより早く終わったので終電ギリギリ乗ることが出来た。

 見渡す限り例の女性の姿なく肩をがっくりと落とした。そして、疲れを感じていたらしくゆっくりと意識が遠のいていった。


 肩を軽く揺さぶられているのがわかり、それで意識が戻っていく。


「あ、あのぉ……」


 見上げると、例の女性だ。俺は飛び跳ねるかのように座席から立ち上がり、何故か深く頭を下げ謝罪。 

 そんなかっこ悪い姿をみた女性はきょとんとしていた。


「すみません! なんかすみません!」


 謝罪し続けていると、きょとんとしていた女性はクスクスと笑い出した。


「あ、すみません。あまりにもおかしくて」


 女性は口に手を当てながら笑う。俺はなんのことかわからなく首を傾げた。

 その時車長さんがアナウンスする。


“金垣ぃ〜金垣です……”


 俺と女性の降りる駅だ。もしやそのために起こしてくれたのか、と女性を見る。すると“そうだよ”と頷いて見せてきた。

 俺は念願が叶ってしまったという喜びと、女性の顔を見れない恥ずかしさがこみ上げ赤面してしまった。顔が暑いと自分でもわかるほど。

 俺が顔を伏せていると、女性はポツリと呟く。


「やっと話せた……」


 とーー。

 もしかして女性もきっかけを探していたのか? まさかッ、そんなことあるわけないだろう。彼女はずっと車内で携帯を弄ってるんだぞ? 俺なんか見る時なんて無いはずで、見たとしたら目が合っているはずだ。


「ずっと探してました」


 俺は女性言葉で確信出来た。女性も俺と同じことを……俺は何故か気持ちが高ぶってしまい女性に名前を訪ねてみた。


「あ、私は納富……“納富雪美”です」


 どこか綺麗な名前で彼女の外見にはぴったりな名前だった。

 納富は俺に俺と同じ問をふった。


「俺は“風浜悠”よろしくお願い致します」


 緊張が解されていないのか、無意識に敬語を使ってしまった。その敬語と俺の見た目がマッチしなかったのか納富はクスっと笑う。


「やめてください。私の方が歳下じゃないですか」


 え!? 俺はてっきり納富のほうが上だと思い込んでいた。女性にこれを聞くのはデリカシーがないのかもしれないが意を決して聞いてみた。


「おいくつですか?」


 納富は笑顔で返答する。


「二十二です!」


 そこで俺は吹き出してしまった。なんたって、これほどまでに可愛く且つ美人な方がまさか自分より三つほど下だったとは感じもしなかった。


「俺は今年二十五になります」

「意外と歳近いですね」


 納富は笑顔を作って俺に寄り添うように言った。

 俺は気持ち悪がられるとわかっているが、女性に念願が叶ったと伝える。


「実はずっと話すきっかけを探してました。端的に言うと気になってました」


 自分が気持ち悪いと自身で引けるレベル。納富の表情を伺うのが怖くなった俺はサッと顔を伏せた。


「えっと……プロポーズですよね?」


 納富はどこか勘違いをしているようで、“気になる”というのが“好きです。結婚してください”に結ばれているようで、チラッと納富の顔を伺うと少し頬が赤く染まってピンク色にも見えた。


 電車は降車駅に着くと女性の表情は元通りで、冷静になっていた。


「降りましょうか」


 会話もいいところまで来たというのに、この列車は空気を読んではくれなかった。俺は長いため息を零しながら降りた。

 列車から降りた納富は俺の方へ振り替えり問い直した。


「さっきのはプロポーズですよね?」

「い、いや……プロポーズというか、なんというか……会話がしたいっていう念願が叶ったんです。ずっとお話しがしたって思ってたんです。だから、今は“付き合う”とか“結婚”とか欲は出てこないです」


 自分でも恥ずかしいことを言っているとわかっている。気まずく感じた俺は右手に下げていたカバンを左手に下げ変えた。

 それを見て納富も気まずくなったのだろうか、横髪を耳に掛ける行為をとった。

 そこから沈黙が続き、気まずさが増していく中納富がその沈黙を打破させるよに言葉を発した。


「私も悠さんのこと気になってました」


 その言葉に平常心を保てなかったのか、俺の肩がビクッと上がった。

 それから納富は改札を通りながら俺を半見でこれまでのことを話してくれた。


「ある日の朝、私は毎日のように同じ車両の同じ座席に座ってました。前の晩の疲れがとれず私は目を閉じ寝てしまいました。その時、持ってた携帯を落としちゃったんです。そんな時、スーツを着こなしている男性の方が無言で拾ってくださり、無言で渡してくれました。そんな小さいことから私は気になるようになってったんです」


 納富も言う通り、そんな出来事があった。画面が割れていないかとすごく心配したが、そんなこともなく大丈夫そうでほっとしたんだ。

 その時より前から俺は女性のことが気になっていた。理由も別にない。


「私、気になってる人がいます」


 それは俺以外ですか……なんて聞けるはずもなく口を瞑った。


「今度、どこか行きませんか?」

「俺でいいんですか?」


 瞬発的にそんな言葉が出てしまった。納富は俺の問に驚くように聞いてくる。


「悠さんのどこがダメなんですか?」


 問に問に問の連鎖。


「で、では今度どこか行きましょう」


 恥りながら言った言葉は詰まりつつ震えていて、男っぽくなかった。“今度”この言葉はあやふやな言葉だと知り得ながらも使ってしまう。


「決まりですね! アドレス聞いてもいいですか?」


 と、納富は携帯をポケットから取り出し始めた。俺は何も言わず携帯を取り出し、携帯を納富に預ける。


「えっと……私が操作していいんですか?」

「どうぞッ」


 俺は機械系に関しては鈍いのだ。だから納富にしてもらった方が早いという結論に至り携帯を渡した。


「他人に携帯渡せるなんてすごいですね。私には考えられないです」

「ま、まぁ……秘密もないし……携帯あんまりつつかないし」

「これから沢山使うようになっていきますよ!」


 その笑顔は俺に向けられず、携帯へと向かっていた。

 返された携帯のアドレス帳には『納富雪美』と記されていた。ガッツポーズしそうな腕を止めながら納富に問い詰めてみた。


「そ、その……」

「はい」

「納富さんってお付き合いとかされてる方いらっしゃるんですか?」

「はい?」

「あぁ……すみません……気になってしまって」

「やっと呼んでくれましたね、私の名前」

「え、えぇ」


 話しを反らそうとしているのか。結局どうなんだと聞こうとしたとき、納富は返答してくれた。


「いるわけないじゃないですか。私実は生きてきた中で付き合ったことないんですよ!」


 納富はどこか自慢げに言ってきた。俺も同じだが、俺がいうと“臆病者ですか?”って返されそうで怖く口を瞑るしか出来なかった。


「私はこんなにアプローチしてるんですけどねッ」


 納富は俺を睨むように言ってきた。


「えっと……俺もアプローチ頑張ってるほうなんだけど……」


 男なら自分からいってしまえ! ってのはわかる。わかるが実際、その状況になると言いづらい。緊張もあり、もしダメだったらと想像すると口にするのは困難極まりない。

 初めて話した日に告白なんて即興過ぎるじゃないか! 下準備というのがあったりだな……と言い訳を重ねながら俺は逃げる。


「ではとりあえず、私はここで」

「あ、っと……その」


 ドキドキと心臓の刻む音は全身に伝わり、脳まで響いて聞こえる。こうして人は告白するものなのだろうか……。


「えっと……」


 覚悟を決めるんだ。じゃないと遠くに行ってしまうんじゃないか。それだけは嫌だ。

 俺は手に汗握り、初めて会話したその日に自分の気持ちを打ち明けたのだった――。



 あれから……あれからどれくらい経っただろうか……十年は経っているか。今では仕事も頑張れている。なんたって。


「お父さんおかえりー!」

「おぉ由姫、出迎えてくれたのか! ただいま!」

「お父さん!」

「どうした?」

「くさい!」

「お父さんは臭くない! タバコが臭いんだよッ!」

「あら、お帰りなさい」

「あぁただいま、雪美」


 と温かく帰ってくる場所が、大切な人が、今の俺には出来たからだ。


「お風呂先は行ってくる?」

「あぁそうするよ」

「私もお父さんとはいりたーい!」

「由姫はさっきお母さんと入ったでしょ」

「えぇー」

「じゃぁお風呂行ってくるよ」


 こんな居場所をくれた、俺と雪美を出合わせてくれた、可愛い娘を無事生ませてくれた、神様っていうのに少し感謝……してみようと思う――。

お読みいただきありがとうございます。

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