花見と爆弾と私と
「姉さん、事件です」
「お前は何処のホテルマンか」
真顔でバカな事をのたまう奴の頭を即席ハリセンでひっぱたく。とはいえ、事件には変わりはない。とある春の夜、微かに吹く風に枝を揺らす桜の木の下で。
「ちょー愉快痛快ゆーこと聞かなきゃ皆粉末になっちゃう……爆弾」
奇抜な形で珍妙なネーミングの爆発物が放置されていた。
「こんなん放置したの誰だ?」
桜の木の下に無造作に置かれていた目に痛いカラーリングのムキムキマッチョがサタデーのナイトにフィーバーしているポーズというなんともふざけた像が全ての発端。私、神島東倭子と今ひっぱたいた愚弟、神島大和は少し離れていたから助かったが、半径15m内にいたバカ騒ぎしていた野郎達は酔った奴もそうでない奴も像からの音声で顔面蒼白。
『はいはいどーもー。皆さん花見楽しんでますかー!?そんな皆さんに割と天才科学者であるワタクシDr.ドクトルから粋で雅なプレゼント!ちょっとしたゲームです。今からこの像から半径15m内の皆さんはワタクシが指示した通りに動いてもらいまーす。皆さんで合計5回失敗するとペナルティ!なんとこの像から直径50km灰塵と化します。この街が地図から消滅するんです。あ、中の人が出ても阿鼻叫喚も吹き飛ぶエクスプロージョンなんで。入る分には構いません、途中参加大歓迎!奮ってご参加下さい。とりあえず信用して頂く為に軽くボンビング!』
Dr.ドクトル……博士博士って何だよ。街の何処かからか立ち上がる爆炎と激しい爆音が聞こえた。腹立つ事に冗談ではないらしい。
「おいお前ら!絶対逃げるんじゃないよ!この街の命運はお前らに掛かってんだからな!」
「ちょっ、そりゃないですよ東倭子さん!?」
コイツは職場の同僚の紫貴河白夜。平凡なくせに大層な名前の奴だ。
「名前の事はもう言わないで下さい!貴女も大概な名前なんですから!」
「うるさい黙れ爆発する前に殺すぞバカ野郎」
「せんせー、紫貴河先生と遊んでないで助けてー!」
★
おっと、バカ野郎に構っている暇は無かったんだ。我が愛しきクラン、私が担任するクラスの生徒達が助けを求めているんだ。しかし、どうしたものか。
『じゃ、そろそろ始めるよーい。まず初めは……右腕を肘を曲げて上げて、左腕は肘を下げたまま曲げて、そして右膝を曲げて左足と交差……シェー!』
「シェー!」
なんだろうな、十数人が揃って鬼気迫る顔でのこのポーズはシュールを超えてもうなんか怖い。
「先生、その目は止めて!ついでに一歩退くのも!」
「いや、でも、これは……スマン犬飼。不甲斐ない私を赦してくれ」
「目を逸らさないで!真っ直ぐ私達を見て、先生!」
「セリフだけならクライマックス感動シーンなんだが、シェーしながらってのは……どうする姉貴、あの迷惑スタチューの気が済むまで待つのか?」
「そうは言うがな我が弟。下手に近づけば私達も餌食だ。かといって、遠くからアレを壊せば爆発するやもしれん。八方塞がりだ」
『じゃー次行くよ。6人組で人間ピラミッド!余った人はその側でとりあえず激しく踊ってて。はいスタート!』
そうこうしていると次のお題が発せられる。被害者達は慌てふためきながらピラミッド作成、余った紫貴河は訳も分からず激しく踊っている。アハハハ。
「笑わんでください畜生!」
『さーてみんな楽しんでくれてるかな?そろそろ体も温まってきたよね。次は割と難しくなるよ!しっかりついてきてね』
「なっ!?」
動かないと思っていた筋肉スタチューが目を光らせ、動き出した。しかも動作が妙に滑らかだ。きもちわるい。
『足を肩幅開いて前屈みで右腕前回し左腕後ろ回し、はい5秒キープ、次は気をつけ前ならえしつつ一回転ジャンプ10回の後、ラジオ体操第2を4つ目まで!』
「ラジオ体操第2!?あれ、なんだっけ!?」
紫貴河を含め4人の動きが止まった。つまりは。
『4人失敗。猶予は残り一回。二回目の失敗の時点で爆破となります。悪しからずご了承下さい』
「紫貴河ァ!お前、教師のくせにラジオ体操も出来んのか!生徒に教える立場だというのに!」
「す、すんません!」
★
「……生徒達、失敗したが気にするな。高校生になってラジオ体操を忘れるのは仕方無い。安心しろ私が絶対助けてやるから」
「せ、せんせぇー!」
「なにこの扱いの差!?東倭子さん、僕にも優しい言葉を!」
「紫貴河、死ぬなら独りでな☆」
「違う!笑顔と語尾の星で騙されそうになったけど、それは優しい言葉じゃない!」
きゃんきゃん騒ぐバカ野郎は放っておいて。これは本気でピンチだな……仕方無い。
「ていっ」
「うわぁ!?」
『新規お客様、いらっしゃーい!こんな時に入ってくるとは豪気な方ですねー』
「俺にそんな強い意思はない!これは罠だ!」
こちらに両腕を広げて振り返る愚弟、いや愛しき弟。
「姉貴、何しやがんだ!?愚弟から扱いを少し良くしても騙されないぞ!」
とりあえず無視。安心しろ。策がない訳ではない。
「あー!神島大和がピンチだー!」
少しこだまする私のわざとらしいまでの声。これで奴がくる!
「やっまと、くぅぅぅぅん!」
声のする方を見上げると、落下傘部隊よろしく降下する人影。そいつの名は。
「君の親友で君に降り掛かる全ての危険を排除する男、桐生修一只今参上!」
ピースを横にして目に当てるというなんともなポーズで現れたのは我がクランの一員、桐生修一。またの名を全方位型完璧超人。
「待ってて、大和くん!すぐ助けてあげるから!」
「バカ、待て!」
「とぅっ!」
跳躍、着地。丁度筋肉スタチューの目の前。
「バカ野郎!お前まで入ってどうする!」
「そうよ、バカ桐生!」
「まあ落ち着いて、大和くん、犬飼さん。この爆弾を解体するから」
「出来るのか!?」
「爆発物処理は紳士のたしなみさ」
「何処の紳士だそれは!」
『じゃあ次行くよ!今度は少し趣向を変えてワルツを踊ろう!二人一組、余った人もしくはワルツを知らない人はその場で即席ダンス、ずっと終わるまで!レッツ、ダーンス、オア、ダァーイ!』
「大和、やるわよ!」
「こうなりゃヤケだ!それからトポ含むリーダーズフォース改め三バカ覚えている奴は少し仲良くなれそうだ!」
★
『ブレイブフェンサーだっぺ!』
「うん、スクエア時代の方が僕は好きだなー」
2作目は私的にはイマイチだったなー、ではなく。桐生、奇妙な踊りをしながらだが、なんとかしろよ。
「大丈夫ですよ、お義姉さん」
「桐生、先生と呼べ……ん?今、字がおかしくなかったか?」
そうこうしていると、筋肉から聞こえてくる音楽。シュトラウスの皇帝円舞曲か。導入部の静かな行進曲が流れる。
「犬飼!お前踊れるのか?」
「ワルツは淑女のたしなみです!」
「そう言えば何でも出来るなんて思うなお前ら!」
「慌てるな大和。思い出せ、昔、戯れに教えてやっただろう。なに、たかが10年ほど前だ」
「小学一年生に何教えてんだ姉貴!覚えてねぇよ!」
「大丈夫だ、体は覚えている。そう仕込んだからな」
「本当に何してんだ!?て、えぇ!?俺、踊れてる!?」
騒ぎながらも淀みなく、二人は怪しい創作ダンス集団に囲まれながら踊る。
「……まさか大和とワルツを踊れる日がくるなんて……母さんに教わっておいて良かった」
「ああ、俺も夜桜の下、こんな緊張感で踊る事になるなんて夢にも思わなかった」
見つめ合いながら優雅に円舞する二人を奇怪なダンスで見つめる男が一人。
「大和くんが……犬飼さんに……!あれ?僕は何をしているんだろう?」
「手を休めるな桐生!よく考えろ、お前は大和の命の恩人になるんだ。一番大和に感謝されるのはお前だぞ!ポジティブシンキングだ!」
「ハッ!そうだ、大和くんの命を僕は背負っていたんだ。よし、待っててね大和くん。すぐ助けるよ、爆弾から犬飼さんから」
ふぅ……なんとか持ち直したようだ。それにしても大和は良い親友を持ったようだ。ここまで想ってくれるなんて。でも、何故に犬飼から救うんだ?犬飼も助ける対象だと言うのに。それから曲が終わりに差し掛かった所で。
「解除成功!」
桐生が爆弾を解体、無力化したようだ。これで筋肉スタチューはただの気持ち悪い彫像だ。
「もう大丈夫だ!天音、もう踊らなくて良いんだ!」
「え……もう終わり?チッ、桐生、空気読めよ」
★
「そう良い思いばかりさせないよ犬飼さん」
何はともあれ、これで私達と街は救われた。いやいや、良かった良かった。
『ん?あれ?皆さん円の外に出ましたね。では爆発!…………最後に一言。この彫像の爆弾じゃ街消し飛ばせなかったから街中至るところに爆弾配置しました』
「は?」
そして私達は光に包ま……れ……た。
▽
▽
覚醒
▽
▽
「んな、アホなーッ!」
「ぬぉわっ!?」
そこでそれはないだろう。これで私達は塵と化して……ない?
「ここは……」
「あービックリした。姉貴、心臓に悪い目覚め方をしないでくれ」
「ん?………大和?……ああ、そうか夢だったのか。ふぅ、なんという夢だ、我ながら妙に都合が良かったり悪かったりする馬鹿げた夢だ」
一人納得する私。そうか夢か。なかなかリアルだったから、かなり恐ろしかった。
「で、なんだがな大和」
「朝っぱらからボケるなよ、今日は皆と花見があるから遅れる訳にはいかないだろ?だからわざわざ起こしに来てやったのに」
うん、そうか。よーし大和歯ァくいしばれ。
「あ?」
「乙女の部屋に勝手に入るなぁー!」
「25にもなってで乙女とか何を寝惚けたことぉるぶるふぇ!?」
「うるさい黙れ、まだ乙女なんだよ!というかお前は姉のパジャマ姿に劣情でも抱くのか!?」
「何故に実姉にそんなもん抱かなくてならんのだ!?恥ずかしいならその可愛らしい猫柄パジャマをやめろ!干すときちょっと恥ずかしぇべふっ!待てそんな連打すんな!って、バックドロップはまずい!流石に耐えられそうにねぇ!話せばわかる!悪かった、俺が悪かった!もう年増とか似合わないパジャマを着るなとか言わないからぁぁぁぁ!」
「問答無用ッ!」
コイツに地獄を見せたら紫貴河や我が生徒達との花見だ。友好を深めるには良い機会、更に親しくなろう。なにか、さっきまで見ていた夢が引っ掛かるが、もう思い出せない。まあ、別にいいか。
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁ!」
愚弟の断末魔で、今日も素晴らしい1日が始まる。