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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

食人鬼の謝肉祭


「人肉ビュッフェ!?」


 私がその風変りな単語を耳にしたのは、大学一回生の秋だった。一学期を一つだって単位を落とさずに終え、二学期も同じように努力しようと思っていた時のことだ。


 新生活への期待に胸を膨らませていた私は大学入学と同時に、大学のSF研究会に入会した。うれしいことに、わが大学のSF研は活発なようで、部員が多く、SF小説を読むのみならず、創作をしたり、評論をしたりしている部員も大勢いた。私も将来は作家になりたかったから、サークルの友人と切磋琢磨しながら成長できる事に喜びを感じていた。田舎で暮らしてきた今までとは、段違いで素晴らしい環境だ。


 そこで出会った、私にとって最も印象的だった男が佐賀美だ。彼は古典SFばかり読んでは、それについて文句ばかり言っているような人物だった。私と同級生で、学部も同じだったので、入学当初からすぐに気の置けない仲となった。


 佐賀美も作家を志しているらしかった。しかし、SF研のみならず、ミステリー研究会や文芸部、果ては短歌サークルにまで所属し、各所で創作を発表してはばら撒いていたらしい。どのサークルでもかなりの人気を博していたから、彼には才能があったのだろう。私はそんな佐賀美に憧憬に似た感情を抱いていた。


 そして10月初頭。私がいつものように部室に顔を出すと、佐賀美がいて、微笑みを浮かべながら、


「人肉ビュッフェに行かないか?」


「人肉ビュッフェ!?」


 私は己の耳を疑った。彼の発した単語の意味を、すんなりと理解することが出来なかったからだ。


 実はこういった事は、佐賀美と過ごしていると、かなり多かった。芸の肥やしだの取材だのといって、危険な行為を敢行していた。例えば、彼は大麻に似た成分のハーブを焚くパーティーへの参加を勧めてきたり、実在するヤクザの性質を知るための突撃取材の助手にされそうになったりした。もちろん、どの誘いも依頼も要求も断っていたのだが。


 混乱する私を見かねてか、彼は続けて、


「人肉だよ。人肉。人の肉。そのビュッフェが、XXで行われてるらしいよ。こりゃ行かなきゃでしょ!」


「はあ」


「なんでそんなテンションなの!? 人の肉を食べれる機会なんて滅多にないよ! 貴重な体験したくないの!?」


「うーむ……」


 早口で捲し立てる佐賀美に足して、私は腕を組んで考え込む。どうしたものか。正直、言ってみたい気持ちはある。今まで彼が提案してきたなかでは極めて安全な部類に入る誘いだろう。しかし、やはり気持ちとしては抵抗がなくはなかった。私は唸る。


「うーん」


「悩むくらいなら行動したほうがいいと思うぞ。善は急げって言うし。作家の卵たるものいろいろ経験しといて損は無いし。いいな? じゃあ行くぞ!」


 そういうと、彼は私の手をつかんで駆け出した。


-----------------------------


 2時間後、私たちは、人影の少ない町にいた。どことなく薄汚く、さびれた雰囲気を醸し出している。本当にここに人肉ビュッフェなんかがあるのだろうか。


「ここらへんらしいぞ」


「そういえば、それってどこ情報よ」


「この間知り合ったヤクザの人情報だけど」


「はぁー」


 情報ソースが胡乱だ。思わず溜息が洩れる。


「あっ、ここの路地裏を行くといいらしいぞ」


「はいはい」


 ほどなくして、目的の建物にたどり着いた。煌びやかなネオンサインが目を引く。看板には『キーボード』と書かれている。これが店名だろうか。


「ここの店主に、『アリス・ザ・ハスラーをください』って言うと、奥の部屋に通されるから、そこでビュッフェが行われているらしいぞ」


「なるほど」


「行くぞ!」


 意を決して私たちは『キーボード』に足を踏み入れた。


---------------------


 店内は、耳を劈くように大きな音でキーボードが鳴り響いている。思わず顔をしかめる。これではコミュニケーションも満足にとれないのではないか、と懸念が湧く。佐賀美の方はというと、全く気にするふうもなく、飄々とした様子だ。そういえば、私は彼が苦痛を感じたりする様を見たことはない。常にのらりくらりと生きているようだ。


 佐賀美は、わき目もふらずにカウンターまで行くと、開口一番、


「アリス・ザ・ハスラーをください」


「わかりました」


 店主と思しき老紳士は、表情一つ動かさず、彼の手を引いて、部屋の奥にあるドアへと向かって行った。佐賀美は私を指さして、


「彼も一緒でいいですか? 連れなのですが」


「構いません」


 私は二人についていく。ドアが開く。


 その光景は酸鼻を極めた。目に入るのは過剰なまでに刺激的な血の色。部屋一面が赤黒かった。そして臭い。鉄と油の臭いが鼻を突く。


「うっ」


 吐き気を催した私は、口を押え、さきほど入ったドアから外に出ようとする。しかし、


「ドアが開かない! ううっぷ」


 私はその場で盛大に嘔吐する。このドアは、内側からは鍵を使わないと開けられないタイプのドアだった。外から施錠されていては、鍵を持たない私たちにとってはなす術がない。佐賀美へと問いかける。


「どうするんだ!」


「おい! 出て来い!」


 佐賀美は私の質問に答えることなく、部屋の奥の暗闇に向かって叫んだ。その表情は、今までに見た事のないくらい真剣だった。


「ヘヘヘ……」


「よお……来てやったぜ……」


 すると、部屋の奥からぞろぞろと屈強な男が現れた。総勢数十人。その肉体は黒光りしており、眼球は真っ青だった。皆一様に、下卑な笑みを浮かべていた。その瞳の奥にみえる感情。悦び。


 この時私は直感した。食べられるのは私たちの方なのだ、と。こいつらはいわゆる食人鬼と呼ばれる存在だろう。彼らにとって私たちは食材でしかない。そんな彼らの考えが透けて見えた。


「オラァ!」


 一番前に立った男が、床を殴りつける。すると、蜘蛛の巣状の亀裂が一面に走る。なんという人間離れした力。人間の肉を食べるとこれほどの力を得ることができるというのだろうか。


「それじゃあ、いただきます」


 さきほど床を砕いた者が、私の肩をつかむ。激痛が走る。彼は全く力を込めているようには見えないにもかかわらずだ。


 死。今までの人生において、その一文字を最も強く意識した。


「死ね!」


 佐賀美は突然、隠し持っていたのであろう自動小銃を乱射する。瞬きする間に食人鬼の半分が物言わぬ肉塊と化す。残り半数は咄嗟に物影に隠れていた。これ以上銃を撃っても無駄だと判断したのか、佐賀美は拳銃を投げ捨てる。肉塊に埋もれて見えなくなった。


「死ね!」


 彼はどこからか脇差を取り出す。そして駆け出す。目で追えないほど早い!


「ウワアアア!」


「ギャアアア!」


 あちこちで断末魔を上げながら、次々に食人鬼たちが死んでいく。ある者は首を切られて、ある者は心臓を貫かれて。赤かった部屋が、食人鬼の青色の血で染まる。


「死ね!」


 脇差を振るう佐賀美の顔は、どこか神々しかった。


-----------------


 かくして私たちは、食人ビュッフェを生き延びた。時々、実はあれは夢や幻の類だったのではないかとすら思える。しかし、私の肩には、あの時食人鬼に握られた時の傷がまだ残っている。

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