東海山町の、あるお店
2016年、年明け
茨城県 東海山駅
この駅は寂れた無人駅で、1時間に1本電車は走るが、時計トイレ自販機といったおよそ駅に需要のあるものはない
この東海山町は山地が海に侵食された、リアス海岸と呼ばれる海岸を持つ、文字通り「海と山」の田舎町だ
当然ビルはないし、セブ○イレブンもない
ただ、こんな無い無い尽くしの町は僕の生まれ育った故郷で、実家がある
僕は今、駅で右往左往している不審者然としているところだ
ーーー僕は久しぶりにこの地を踏んだ
何を隠そう、その実家に帰るためである
寮制の高校を卒業したが、大学に行く気もなく、家業を継ぐために帰ってきた
今は一刻も早く家に帰りたい、と思ってはいるがしかし…
どういうわけか、腕時計がまた壊れてしまったのだ
電車を待つか、バスに乗り換えるか、あるいはタクシーでも呼ぶか
時間がわからないのではそんな事を悩んでも答えは出なかった
実家に帰る事に対して久しぶり、とは言ったが疎遠というわけではないし、寮に監禁されていたわけでもない
むしろ校則は緩かった
だが、夏、春休みには能力に関する講習会ーーーそれも合宿形式で試験まである!ーーーがあったから帰るタイミングが無かったのだ
『能力とは、人間が生まれ持った人としての性質と、その人間の歩いてきた人生から培われた経験の総合したものーーー(つまり性格とか人格とかそういったもの、大人しくそう書けばいいのに…)ーーーを実際に現象として世界に表象させるものである』
by『能力について 文部○学省作成』
たとえば、正義感に「燃え」たような、「熱」血タイプなら、炎とかマグマとかそういう系統の能力になる
僕の能力は本当に普通の、別段多くも少なくもない系統のものだが、どうも機械系に疎く、測定に失敗する事が多い…
まぁ、そんな事は今の僕にはどうでも良かった
ただ、どうすればいいのか立ち尽くしているだけなのだから…
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結局、母親に迎えに来て頂いた
「立ち尽くしてないでさっさと電話すれば良かったのに」
「なんだかこの年で母親に迎えに来てもらうなんて恥ずかしいじゃないか」
「何を言ってんのさ、子は何歳でも子供なんだよ、親にとっては」
「あ…ありがとう」
ありがたい言葉だ
3年間という月日を感じさせない距離感は15年間という積み重ねのなせる技だろう
…そろそろ家が見えてきた
目をつむっても玄関から自分の部屋まで壁を触って行ける、あの家が
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かんぱーい、という声が響き渡る
日も沈み、家族4人の揃った食卓である
喜ぶ3人と嬉し恥ずかしの1人
距離感は3年前と変わらない
父親が右手に持ち続けて温くなるビール缶と中身、それに文句を言う父親
4本出してあった缶ビールをひそかに2本片付ける母親
こちらの皿に、自分の嫌いな物を勝手に突っ込んで来る妹
相も変わらずといった雰囲気に安心する
あぁ…帰ってきたのか…」
ふっと溜息が出た
「そうだね、おかえり」
母親の声
そうだ
僕はこの東海山町に、帰ってきたのだ