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メシマズ異世界の食糧改革  作者: 空亡
第四章 魔王の仲間

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第90話  「メラニン色素の異常だっけか?」




 事態を飲み込めず、口をポカンと開けて呆ける稲豊。

 そんな彼の混乱を増長させるかの如く、今度はオサだけでなくパイロまでもが頭を下げた。



「ネロは俺の弟だ。アイツが何をしたのかは知らないが、その性格の悪さは知ってる。本当にスマン!」


「…………えっ? マジで? で、でも! この家でアイツを見たことは一度も無かったけど!?」



 未だ頭が混迷の霧より抜け出せない稲豊は、両手を振り振り狼狽しながら記憶を辿る。何度も非人街のオサの家を訪ねていた彼の記憶の中には、青髪の青年の姿は何処にも存在はしない。どう考えても、昨日の邂逅かいこうが初めてに違いなかった。



 そんな少年の絡み合う疑問をほぐしたのは、頭を上げたオサが放った次の言葉である。



「あいつは数ヶ月前に勘当したのです。今何処で何をやっているのか? 申し訳無いですが、詳しくは知りません」


「……前に話したよな? よその街に住んでる奴がヒャクを採って来てたってよ? それがネロだ。前は機嫌取りするみたいにヒャクを送って来てたけど、今は逆に俺の店に買いに来てるよ。何でも『奉公先』が決まったとかで、住み込みで料理人コックやってるらしい」


「数ヶ月前に勘当……。それにまさかのヒャク採ってた奴かよ。じゃあ俺はネロ(あいつ)の所為でネブに殺されかけた事に――――って! 今はそれどころじゃない。その奉公先は分かるか? アイツに会いたいんだ!」



 何とか思考を整えた稲豊は、「是が非でも」という意思を覗かせてパイロに詰め寄る。その居所さえ分かってしまえば、何があったか聞き出すのに必要な手間も時間も大幅な短縮が可能。少年は瞳を輝かせて、パイロの次の言葉を待った。


 そんな期待の籠もった瞳からスッと視線を外したパイロは、目を泳がせながら申し訳なさそうに口を開いた。



「悪いがそこまでは知らない。俺もネロのした事を許した訳じゃないんでな? そんなに深くは会話してないんだよ。俺が知ってるのは、アイツが一層住民街のどっかに居るって事だけだ」


「そ、そうか……。しかし、よりにもよって一層(住民街)かよ」



 ガックリと肩を落とした稲豊は、右手で後頭部を掻いて苛立ちを露わにした。

 それだけ、一層住民街という場所の敷居は高いのである。


 貴族や上級魔族で占められたその場所は、その土を踏むだけでも許可がいる。

 通行証無しで進入しようものなら、例え魔物と言えど殺されても文句は言えない土地なのだ。人間である稲豊では、ハードルの高さも更に上がる。



「クソッ! 今日パイロの店に来るとか言ってなかったか?」


「いや。昨日買ってったばかりだからな。当分来る予定は無いと思うぞ」



 八方塞がり。

 無茶をするのが得意な稲豊でも、こればかりは両手を上げて降参するしか無い。

 何とか無事に一層住民街――別名『貴族街』に侵入出来たとしても、その中からネロの奉公先を見つけるのは至難の業である。一日探し回っても、見つかる可能性は低いだろう。


 結局。

 王都での人探しは、断念せざるを得なかった。

 稲豊は何もする事が出来ず、ただ肩を落として屋敷への帰路につく。


 屋敷で待機していた少女と老人は、帰って来た少年を見るなりその成果を察した。そして責める事も無く彼を迎え入れ、振り出しに戻って次の手を考える。

 


――――だが。



 頭を捻った三名の健闘も虚しく、時間は刻一刻と過ぎていく。

 やがて昼が過ぎ、夕刻も終わりを告げ、世界に夜の帳が下ろされる。


 そんな中、料理長に任命された少年は、人狼の部屋の前で皿を持って立っていた。皿の上には彼の渾身の料理が収められていたが、それを胃に納めるべき者は、未だ扉の向こう側。結局稲豊は、この日ミアキスの姿を一度も見る事が叶わなかった。



「日に日に寒くなっていくな。お~さむっ」



 そしてそれは、ミアキスをルトに差し替えても同じこと。

 屋敷の主は一度も部屋から出てこず、温かい食事にも「いらぬ」の一言。欠片ほどの希望を持ってバルコニーで待っていた稲豊だが、待てども待てども彼女の姿は現れない。



「まぁ。別に約束してた訳じゃないしな」



 そんな言い訳を自分にするが、それでも彼の心は寒くなる。

 その寒さは決して、冷たい風の所為などでは無かった。もうとっくに来るはずも無い時間まで待った稲豊だが、少年はいつまでも待ち続ける。


 『あと五分』


 自分で決めたルールを何度も破りながら、彼は来るはずもない少女を待ち続けていた。




:::::::::::::::::::::::::::




 そして無慈悲にも――ミアキスが屋敷を去る日がやってくる。

 

 昨日以上に表情に暗さを携えた使用人達は、朝食の場で遺憾なくその落ち込み様を発揮していた。幾度となく食堂に吐かれるため息と、今この場に居ない人狼と主に投げ掛けられる視線。今までに無い重い空気に支配される屋敷の中で、それでも時間は止まってはくれない。


 来たるその時へと向けて、砂時計の中の砂はゆっくりと……だが確実に、時を刻んでいった。



「はぁ……」



 朝食も終わり。

 最後になるかも知れない説得も通じなかった稲豊は、この数日間で何度目になるかも分からないため息をつきながら、マルーの元を訪れていた。



「どうすりゃ良いのか? 誰か教えてくれよ……」



 命の恩人でもあり、口を挟むこと無く話を聞いてくれるマルーは、稲豊の良き相談相手でもあった。勿論、巨猪きょちょの口から解決の言葉が出る事は断じて無い。しかし、少年がこの屋敷で弱音をぶつける事が出来るのは、マルーの他にはいなかったのである。



「本当。お前を触ってると癒やされるわ~。喜んでくれたらもっと癒やされるんだけどな~」



 目付きの悪いマルーだが、彼の良いところは“怒らない”点にある。

 稲豊が何処を撫でようとも、喜びもしないが嫌がりもしない。少年はその巨大な鼻口部マズルの触り心地が好きだった。



「おっ?」



 だが今日は、普段の巨猪とは違う反応が返ってくる。

 マルーは鼻を「ふんふん」と鳴らした後で立ち上がり、ある方向へと視線を走らせながら、巨大な鼻を再び鳴らす。その意味に気付いた稲豊は、マルーの見ている方向を数秒間だけ見つめ、そして足早に厩舎を後にした。



 目指すは屋敷の玄関前である。




「うわっ!?」



 屋敷を裏手からグルリ半周し、玄関前を視界に捉えた稲豊は驚きの声を上げた。

 それもそのはず。大きな両開きの扉の前には、その扉を有に超える“変な生物”の姿があったからである。


 虎のような顔をしているが、その額にはドリル状の長い角を携えており。

 白と黒の斑模様の体毛から飛び出した四肢の先には、馬を彷彿とさせる蹄が巨大な足跡を大地へと残していた。謎の生物は稲豊の拳ほどもある緑色の双眸を少年へと固定し、荒い息を吐きながらも彼に飛び掛かろうとはしない。



 その事に稲豊が安堵したのも束の間――――少年の耳にこの上なく耳障りな声が届く。



「はっ。またお前か? 久し振りに前任地を訪れて感慨に耽っていたというのに、一度に気分が台無しだな」


 

 謎の生き物の影からそんな言葉を吐きながら現れたのは、稲豊が昨日会いたくて会いたくて仕方が無かった件の人物。青色の髪をした青年。ネロであった。


『お互い様だろ?』


 そんな憎まれ口を叩きたかった稲豊だが、それよりも大切な事がある。

 少年は不吉を呼ぶ男(ネロ)を「逃がさない」とでも言うかのように視界の中心に捉え、ズンズンと地面を踏み鳴らしながら彼の側へと近寄った。



「…………近くで見ると更に凄いな」



 手の届く距離まで謎の生物に近付いた稲豊は、体を引きつつもその不思議生物から目を離せないでいた。そして彼は、そこである事実に気が付く。



「キャリッジ?」



 マルーにも負けずとも劣らない体躯をした謎の生き物は、その巨躯で豪華な四輪車両を牽いていた。それからは紛れもない貴族特有のオーラが発せられ、持ち主の身分の高さを象徴しているかのようである。稲豊は首を伸ばし中の様子を覗ったが、黒の色付き硝子の所為で良く見えない。



「おっと。悪いがそれ以上は遠慮して貰うぞ? この中には僕の雇い主がいる。君如きでは会話する事すら烏滸おこがましい身分の御方だ。さっさとルートミリア様に声を――――」


「あ~疲れたぁ!」



 怪訝な顔で稲豊を追い払おうとしたネロだが、その台詞は途中で中断される。

 座る事に痺れを切らしたキャリッジの中の者が、外の開放的な空間を求めて勝手に飛び出したのだ。



「足を伸ばせるって最高ねぇ。もっと大きい車で来るべきだったかしらぁ?」



 そんな呑気な台詞を吐くのは、腰ほどまで伸びたストレート・ロングの桜色の髪に、その美しい髪の両側から飛び出した先端の尖った耳が特徴の少女。白く可憐なドレスを身に付けた彼女は、ミニスカートから覗く自身の太ももを軽く揉んでマッサージした。



「あ、あの……。異世界人の前なので、少し警戒して頂けると助かるのですが?」


「え~? でも“ユニトラ”は特に緊張してないわよぉ? 悪い人じゃないんじゃないかしらぁ?」


「し、しかし……万が一という事がありますので」



 そんな少女に、口元を引き攣らせながら声を掛けたネロ。

 汗を掻きつつもズレた眼鏡の位置を戻す彼を見て、稲豊は心の中でほくそ笑んだ。



「私は『アリステラ』よぉ? よろしくねぇ~?」


「ちょっ!? お嬢様!?」



 狼狽するネロをスルーして少年に右手を差し出したアリステラ。

 稲豊は、正面から見た少女の美貌に面を食らった。


 一見柔和そうだが、切れ長の瞳の奥からは悪戯好きな雰囲気を覗かせる。

 整った鼻に、潤いのある小さな口唇。稲豊より少し背の低い華奢な体は、何処か儚げな雰囲気を漂わせており、抱きしめたくなる衝動さえ少年に起こさせた。



「えっと……志門稲豊ッス。ども」



 ネロを見た時の毒気を完全に抜かれた稲豊は、白い手袋に覆われた小さな右手と握手を交わす。そしてそのまま何事もなく自己紹介が終わるかと思われたその刹那――――


 稲豊の頭上より唐突に、凛々しくも麗らかな声が天高く轟いた。



「アリス。誰彼構わず愛嬌を振りまくのは止めろ。我々上級魔族は、ただ誇らしくあればいいんだ」



 そんな言葉と共に大地に降り立ったのは、キャリッジの中にいたもう一人の少女だ。


 彼女もアリステラと同様に尖った耳と端麗な顔立ちをしているが、その表情は全く違う。冷徹ささえ窺わせる鋭い瞳と、愛想の全くない口元。黒を基調としたジャケットとフラッシュ・キュロットに身を包みブーツを履いた姿は、稲豊に気品溢れる騎手を連想させた。


 だが稲豊の気を引いたのは、美しさや気品だけではない。その純白さもである。

 ヒップの部分まで伸びた絹糸のような白髪に、雪のような色白の美肌。「ルト様と比べたくなるほどの驚きの白さだな」そんな感想を抱いた少年だが、無論口に出したりはしない。



「でも『クリステラお姉様』。中々可愛らしい殿方ですわよぉ?」


「知らん」



 クリステラと呼ばれた少女は、もう一人の少女の言葉を一蹴すると、稲豊の方へキリリとした緋色の瞳を向けた。その時彼は、二人の少女の顔が酷似していることに今更気が付く。



「エルフの――――双子?」


「あらぁ? アリステラ達に興味ありますの?」



 思わず呟いてしまった稲豊の言葉に、妹であるアリステラが緋色の目を爛々と輝かせて食い付いてくる。何かを言いたくて仕方がないと言った様子の彼女は、誰も訊いてはいないのに勝手に紹介を開始した。



「私達の母はノーマルなエルフとダークエルフのハーフでぇ、アリステラが普通のエルフの血を受け継いでますの。ほらぁ? クリステラお姉さまとアリステラは耳の形が少し違いますでしょうぉ? 触ってみてぇ?」


「え? あ、ああ! ホントッスね!」



 稲豊と肩がくっつく程に身を寄せて、あろう事か少年の手を取り自身の耳を触らせてくるアリステラ。そのあまりに積極的な様子に緊張する少年だが、マリアンヌで多少の免疫が作られているだけに、認識するだけの冷静さは持ち合わせていた。確かに少女の言うように、姉妹の耳の形は若干違う。少し斜め上に生えている妹と違って、姉の方は横向きに生えていた。



「ん? って事は?」


「うふふ。気付きました――?」



『妹がノーマルなエルフに寄っているのなら、姉の方は?』


 そんな考えに稲豊が思い至るのも、それは自然な事ではないだろうか?

 彼が疑問符を浮かべたのを、楽しそうな表情で眺めるアリステラとは対照的に、姉のクリステラは「やめろ」とでも言わんばかりに妹を睨みつけている。



「ぷ……くく。クリステラお姉さまは――ダークエルフの『アルビノ』なのよぉ。“ダーク”エルフなのに真っ白! あっははは!」



 お腹を押さえて笑い転げるアリステラと、白妙しろたえの肌をピンク色に染めて口唇をワナワナと震わせるクリステラ。彼女は腰の片手剣にまで手を掛けて、一触即発の雰囲気を漂わせている。



「そ、それは言うなと常日頃から言っているだろ!! お前というヤツは!!」


「あっははは! クリステラお姉さまが怒ったぁ~!」



 姉の怒号を聞いて、心底愉快そうに駆け逃げる妹。

 微笑ましい光景に見え無くもないのだが、右手で頭を抱えているネロを見ると、その苦労の度合いが垣間見える。稲豊は嘲笑を通り越して、少しだけ青年に同情した。



「……取り乱してしまって申し訳無い」



 クリステラは逃げる妹を無視し、もう一度稲豊の方を振り返り謝罪する。

 そして一度大きく咳払いをした後でビシと背を正し、天にも届くような高く凛々しい声で言った。




「屋敷の主に『第四・第五王女が来た』と、取り次ぎ願いたい――――」






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