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メシマズ異世界の食糧改革  作者: 空亡
第四章 魔王の仲間

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第87話  「不死身のはぐれメ◯ルとか無理ゲー」



 予定よりも随分と早い屋敷への帰還だったが、使用人も主人も心良く少年と人狼騎士の二人を迎え入れた。感動(?)の再会もそこそこに、客間へと集った皆の最初の話題は、当然の如く旅での成果となる。



「姫……我は…………!」



 どうしようも無い理由があるとは言え、ルトとの誓いを果たせなかったミアキスの表情は暗い。本来ならもう少し村で過ごす事で、自分の気持ちと折り合いを付けたかっただけに、天使との遭遇は彼女に取っての不幸に他ならない。



「――よい。お前達の顔を見た時点で結果が思わしくない事は判っておる。手を尽くした結果で失敗したのなら、妾は責めるような真似はせん」



 柔らかい表情と口調でそう告げた屋敷の主。

 しかしミアキスは表情一杯に申し訳無さを表して、頭を下げた後に椅子の上で小さくなった。ルトは騎士の落ち込んだ姿に心痛し、主の椅子に腰掛けたままで稲豊へ事情を問い掛ける。



「シモン。お前のコートの背面についておるのは“血”じゃな? 一体何があった?」


「血? あっ!」



 その言葉に首を後ろに捻った稲豊は、半身をドス黒く染めた蜘蛛の刺繍に気が付いた。血に染まったアキサタナに、背後から密着された際に出来た血痕である。それを忌々しげに見つめた後で、少年はルートミリアの方へと顔を戻す。



「実は――――」



 そして稲豊は、旅であった出来事を主へと報告した。

 勿論。その中に様子のおかしいミアキスや、彼女へのちょっかいは入ってはいない。



「なるほど。赤天使ならぬ“馬鹿”天使。アキサタナ=エンカウントか」


「知ってるんすか!?」


「父上から聞いた事がある。天使でありながら、神から二物を授けて貰えなんだ男じゃ」



 嘆息しながら右手で頭を抑えるルトに、稲豊は「二物?」と首を傾げて問い掛ける。すると彼女は、遥か遠くのアキサタナへ侮蔑の表情を向けると、さも鬱陶しそうに口を開いた。



「卓越したのは容姿だけ。地位や権力の上で胡座をかく能無しじゃと聞いておる」


「ですがお嬢様。先程のイナホ殿の話から鑑みるに、何かしらの能力持ちと見て間違いないでしょう。以前から有していたのかも知れませんが、魔王様と相対する機会が殆ど無いぐらいの職務怠慢ぶりですからなぁ。遭遇エンカウントの名が泣いておりましたよ」


「はぐれメ○ルみたいな奴ですね。そんな奴に遭遇した俺達は、不運ハードラックとダンスっちまった訳スか」



 軽口を吐く稲豊だが、彼はあの男の顔を思い出すだけで自身の体に虫酸が走るのを感じた。女好きの似た者同士なのに、絶対に相容れない存在。そんな思いを抱かずにはいられなかったのである。



「無能とはいえ、腐っても天使の一人。お前達が無事で妾は嬉しい。旅の疲れも溜まっている事じゃろ? まだ昼だが、今日はとにかくゆるりと休め。久し振りの風呂も堪能すると良い。ミアキスよ? 久方振りに妾の背中でも流してはくれんかの?」


「……承知しました。喜んでお供します」



 気を使った屋敷の主人の言葉に、ミアキスは申し訳無いながらも若干の明るい顔を覗かせ、二人は来た時よりも幾分軽い足取りで客間を去って行く。


 その去り際。

 ルトが「良くやった」といった微笑みを自身へと向けた事を、稲豊は見逃してはいなかった。



「イナホ様! ご無事で本当に良かったです!」



 三人になった客間では、少女メイドが少年の元へと駆け寄っていた。

 土産話をハラハラとした面持ちで聞いていたナナは、皆の無事が本当に嬉しかったとでも言うかのように、明るい口調で稲豊を労う。



「八日間。お前にも迷惑を掛けたな。特に変わりは無かったか?」


「皆が寂しそうにしていたこと以外は問題ありませんでした。あっ! でも一度マリアンヌ様が『ハニーが女の子と二人旅!? 浮気者!』って騒いでましたけど」


「あいつには意図的に教えてなかったからなぁ……。まあ、今度来た時に埋め合わせでもするか。お前にもお礼しないとな? 何か俺にして欲しい事はあるか?」


「いいんですか! じゃ、じゃあまた一緒に街へ行って欲しいです!」


「街? ああ非人街か。おっけ分かった。食材をまた仕入れないとダメだから、明日にでも一緒に行こう」



 破顔する少女メイドの頭を稲豊が撫でていると、次に老執事が彼へと歩み寄る。

 そしてアドバーンは何処か真剣な面持ちで、右手をスッと差し出した。



「イナホ殿。貴方様は頼み通り、しっかりとその務めを果たされました。私めは感激しておりますぞ! この礼はいずれ必ずさせて頂きます」


「でも俺……何も出来ませんでしたよ? 結局またミアキスさんに命を救われただけですし、油断した所為で一回捕まっちゃいましたし……」


「しかし、結果的にはどちらも無事に帰って参りました。もしイナホ殿がその場に居なければ、アキサタナの牙は間違いなくミアキス殿に向かっていた事でしょう。その場合、彼女は無事でいられなかったかも知れません」



 稲豊はその場合を想像し、体をぶるりと震わせた。

 あの色情魔にミアキスが捕まっていたのなら、きっと彼女はこの世の地獄を見ていたに違いない。少年はそんな未来を変えたのが自分だとしたのなら、少しだけ自身を好きになれる気がした。



「俺。誇って良いんですかね?」


「勿論。貴方様はミアキス殿の、引いてはお嬢様の恩人に御座います。これからも、是非宜しくお願い致しますぞ!」


「こちらこそ。よろしくお願いします」

 


 そして男二人は、熱い握手を交わした。

 親子以上に歳の離れた二人だが、その絆は固く、より強く成長していく。




:::::::::::::::::::::::::::




 その日の夜。

 

 稲豊は“ある場所”へと呼び出されていた。

 秋月に照らされたバルコニー。そんな場所に彼を呼び出す者は、この屋敷には一人しかいない。



「お待たせしました?」


「いや。妾も今仕方ここに来たばかりじゃ。ベストなタイミングじゃの」



 月夜のデートと洒落込む二人。

 稲豊は持参して来たボトルを取り出し、ルトは持参したワイングラスを取り出す。自然となりつつある、二人の営みである。



「呼び出したのは他でもない。ミアキスの事じゃ。一緒に居て何か気付いた事は無かったかの?」


「気付いた事ですか?」


「うむ。特に悪夢の原因についてじゃな」



 その言葉で稲豊が思い当たるのは、やはり村でのミアキスの異様。

 そして人狼が悲痛な顔で語った、思いもよらない過去である。


『我が全員殺したのだ。大人も、子供も、長老も、父も、母も……。全員を我が殺した』


 ミアキスは確かにそう言った。

 嘘か本当かは定かではない。しかし、あの場での真に迫った人狼の顔は、とても稲豊には嘘をついているようには見えなかったのだ。それが真実であるからこそ、彼女は苦しんでいるに違いなかったのだから。



「実は――――」



 稲豊は村での異常を、包み隠さず主に話した。

 自分で背負い込むには重すぎる荷ではあったし、何よりもルトが知るべき事柄だと少年は判断したのだ。「彼女ならば」そんな思いがあった事も、語った理由の一つである。



「人狼族が何者かに襲撃された事は知っておったがのぅ」


「あのミアキスさんが女子供までなんて……俺にはどうしても信じる事が出来ません。きっと何かしらの事情があるに違いありませんよ」


「そうじゃとしても、妾達にはそれを知る術が無いのぅ。どんな言葉を重ねようが、事情を知らぬ者の言葉ではミアキスに届くまいよ。さて……どうしたものか……」



 珍しく困り顔を浮かべるルートミリア。

 彼女ですらどうしようも無いほどに、ミアキスの心の傷は深くて暗い。

 結局。解決へと導く名案が浮かぶ事も無く、その日の夜は更けていった。




:::::::::::::::::::::::::::




「イナホ様にナナ様。この前の行事、村の子供達が大層喜んでいました。街の住人を代表してお礼を申し上げたい」


「構いませんよ。俺が好きでやってる事なので」


「ナナも好きでやってる事なので!」



 翌日の昼。

 稲豊は昨日した約束通り、ナナを連れて非人街へと赴いていた。

 街に来て最初にする事は、地下室にいるリーダー(オサ)への挨拶だ。


 今日も当然ミアキスは同行しているのだが、今回は表で待つ事になっている。

 唯でさえ傷心の彼女に、ヒャクの樹の臭いが充満した地下室は辛すぎる。と考えた、稲豊の計らいであった。



「それではこちらの気がすみません。何かあれば、是非我らを頼って下さい。貴方方の為ならば、人肌脱ぎましょう。人間だけに!」


「オサさんのキャラが未だに掴めませんけど、ありがとうございます。何かあった時は頼らせて貰いますね?」



 通例化した挨拶を終えて、オサの家から出る二人。



「じゃあ、また適当に子供達を集めて遊ぼうか?」


「はい! 出来れば男子ではなく女の子を中心に集めて欲しいです!」


「んじゃ男子は俺が担当するかね」



 ここからが言わば自由時間フリータイム

 ナナが待ち望んだ、子供同士で遊べる貴重な時間だ。余程楽しみなのか、少女メイドは鼻息を荒くして瞳を輝かせる。



「あれ?」



 だがそこで、ある違和感が稲豊の中に舞い降りた。

 表で待つと言っていたミアキスの姿が、何処にも見えないのだ。彼女が護衛対象から離れる事など、そうある事ではない。一抹の不安が、少年の鼓動を早くする。



「ナナ。先にミアキスさんを捜そう。きっと近くにいる」


「え? わ、分かりました!」



 稲豊の何処か緊張した様子に気付いたナナは、直ぐ様に了解を出す。

 そして歩き出した二人は、目を大きくして非人街にいるであろうミアキスの捜索を開始した。


 家の裏や階段の死角さえ余すこと無く視線を走らせる二人だが、人狼の姿は見当たらない。



「イナホ様。手分けして捜しましょうか?」



 捜索が予想以上に大変な事を察したナナが、そんな提案を稲豊に持ちかける。

 合理的且つ建設的な意見を少年は――――



「ダメ」



 と、二つ返事で却下して、離れたくないとばかりにナナの手を握った。

 少女は一瞬驚いた表情を覗かせたが、握った手から流れ込んでくる感情に気付がつくと、その右手を握り返す。そして頬を染めて俯き、「はい」と小さくもハッキリとした声を零した。



 臆面も無く手を繋いだ二人のミアキス捜索はそれからも続き、そろそろ捜索範囲を非人街の外へと稲豊が考え出した頃。事態は漸く進展を見せる。



「――――いたっ!」



 前に稲豊が暴言少女に出会った小川。

 その少女が座っていた場所に、丁度ミアキスが立っていたのである。少年は遠目でも分かる彼女の無事な姿に安堵の吐息を洩らした後で、ある一人の“存在”に気が付いた。



「ん? 誰だあれ?」



 何処か真剣な表情を浮かべた人狼の正面には、稲豊が見た事もない若い男の姿。

 身なりの良い青い洋服に身を包んだ男は、ミアキスにも負けないくらい背が高い。青の短髪に、鋭い双眸を覆った高級感溢れる眼鏡。理知的で整った顔をした細身の男は、良く見れば口を小さく開閉している。それが意味する事は一つである。



「会話してる? ミアキスさんの知り合いかな? まあでも、見つかって本当に良かった! 行こうナナ!」



 そう隣の少女に話し掛けた稲豊は、その姿に強烈な違和感を抱いた。

 そこに居たのは、いつもの元気で明るいナナの姿ではなかったのだ。



 オサの家の前で輝いていた大きな瞳には暗い影が落ち、桜色の口唇の奥にある歯はギュッと噛み締められている。額や頬に玉のような汗を浮かべ、稲豊へしがみついた少女の両手は、見て分かるほど小刻みに震えていた。



「お、おい! ナナ? 一体どうした!?」



 尋常ではない少女の様子に、稲豊は堪らず声を掛ける。

 するとナナは、しがみついた小さな両手に更に力を込め、意を決したかのように口を開いた。










「ミ、ミアキス様と話してる人………………前の…………料理長です……」








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