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メシマズ異世界の食糧改革  作者: 空亡
第四章 魔王の仲間

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第85話  「男の性(さが)」



 重苦しい沈黙が二人の間を流れるが、今度ばかりは稲豊も踏み込む事はしなかった。事情を知らない者が掛ける言葉など、この場では何一つ意味を持たないのである。


 ミアキスは墓を離れた後も村を徘徊し、稲豊はその後ろをただ着いて歩いた。

 やがて彼女は一つの家の前で足を止める。その家を眺める人狼の表情は『悲痛』の一言。そこがミアキスにとって、特別な場所であることは瞭然であった。



「――――ただいま」



 そう彼女が呟いた事で、稲豊はその場所の意味を知る。

 そしてそのまま壊れた扉の奥へと消えるミアキス。だが少年は、扉の前から動けずにいた。


 この家は言わばミアキスの聖域であり、簡単に足を踏む入れて良い場所ではない。それに、一人になりたい時は誰にだって存在する。稲豊は体を反転させると、来た道を逆に辿った。



「俺に何が出来る? なあ。俺はどうしたら良い?」



 マルーの元まで帰ってきた稲豊は近くにあった切り株の上に腰を下ろすと、目付きの良くない巨大な猪に話し掛けた。だが当然の如く、猪はその質問に答えない。少年を一瞥した後で、遠くを見つめるのみである。



「いや……今はミアキスさんを信じるしかない! いずれ話してくれるって約束したんだ。行動を起こすのはその時でも良い。無理に踏み込んで拒絶されても嫌だし」



 心の問題は恐ろしく繊細デリケート

 下手に手を出す訳にもいかない。彼女が歩み寄るのを待つ事に決めた稲豊だが、それでも少年の心にはシコリが残った。直ぐにでも解決してあげたいのに、その手段が見つからない。稲豊はやきもきしながらミアキスを待つ事しか出来ないでいた。



「マルーはあんまり悩み無さそうで良いよなぁ。俺も食って寝て、美女に使われる人生を送ってみたいもんだね」



 自身の膝に頬杖をついた稲豊がそんな愚痴を零す。

 すると、今まで体を休ませていたマルーが身を起こし、少年の方を睨みつけた。そして「ブルルンッ」と何かを訴えるように鼻を鳴らして主張する。



「悪かった悪かった! お前もずっと走ってて大変だったな! 帰ったら旨いモン作ってやるから。だから勘弁――――――」



 両手を振って弁解していた稲豊だが、そこで彼は漸く気が付く。

 目の前の猪が睨みつけているのが、“自分”ではない事に。マルーの視線は稲豊を通り越し、その背後へと向かっていたのだ。




――――そして。





「やあやあやあ。オカシイねぇ? こんな辺鄙へんぴな所に、人間と“ヴィカラ”。何をしているのかな?」



 突如背後から響いた声に、少年の心臓は一度に跳ね上がる。

 そして振り向くより先に声から距離を取った稲豊は、切り株から数メートルほど離れた場所で振り返った。



「これはすまない。驚かせてしまったかな? やはり美しいのは罪だなぁ」



 そんな言葉を吐きながら恍惚な表情を浮かべているのは、稲豊が初めて見る男だった。燃えるような赤髪短髪に、整った顔立ち。やたらと豪華な装飾の服に身を包んだ、一見人間にしか見えない美男子だ。男は「背中まで見て欲しい」と言わんばかりに、赤いマントがヒラリと舞うように回転ターンしてから、オレンジ色の瞳を稲豊へと向ける。



「…………驚いたのは容姿にじゃない」


「ん? という事はボクの存在に驚いたんだね? いやぁ。有名人は辛いね」



 ビートを刻む心臓が静まる事を願いながら、稲豊はなんとか声を出した。

 だが男は少年のツッコミにも動じず、「やれやれ」と首を振って困り顔を浮かべる。


 稲豊はそんな相手の飄々とした態度を見ながら、焦燥感に駆り立てられていた。

 この派手な男が敵であった場合、今の状況は限りなく好ましくないからだ。相手の意表を突けばマルーと共に逃げる事も可能なのかも知れないが、それではミアキスを置き去りにしてしまう。かと言ってミアキスの元へと向かえば、狭い場所に入り込めないマルーが置き去りとなる。


『なら方法は一つしかない!』


 戦闘の出来ない稲豊が考え出した作戦は――――



「俺は駆け出しの料理人コックなんですけど、新食材を探してたらいつの間にかこの村に……。少し休憩したら移動しようかと思ってたところ何すよ。世事にも疎くて、お兄さんが誰か分からなくてスミマセンね」



 相手をやり過ごすこと。

 男が居なくなってしまえば、後は悠悠自適にこの場を離れれば良いのだ。稲豊は出来るだけ平静を装い、呑気な声で語りかけた。



「知らないの? このボクを?」



 信じられないと言った声を出した男は、腕を組み悩むような仕草を見せた。

 そして数秒後にパッと顔を上げ、大仰に手を広げる。



「なら君は二重の意味で幸運だ! 何故ならこの辺りはボクの庭のようなものだし、それに――――」



 そこで男はもう一度くるりと回り、両の手で自身の肩を抱きながら言った。




「森の中で偶然“天使に遭遇エンカウント”するなんて……ロマンチックだろう?」




 その言葉に稲豊の瞳孔は大きく広がる。

 男の正体は、この状況で絶対に出会ってはいけない存在。魔王国に仇なす、最悪の敵集団の一人。稲豊はアドバーンの勘の良さに舌を巻くと同時に、自らの不運を呪った。


 男はそんな少年の心境を知ってか知らずか?

 口角を釣り上げた歪な笑みと共に、



「ボクの名は『アキサタナ=エンカウント』。少年よ。魂にまでその名を刻むと良い」



 そう言い放った。




:::::::::::::::::::::::::::




 得体の知れない存在への恐怖。敵への憎悪。ミアキスの状況。

 様々な想いや思考が稲豊の中を渦巻き、それは内心を隠そうとしたはずの表情にまで漏れ出づる。必死に感情の波を押し止める少年だが、それを見逃すほどアキサタナは無能ではない。



「どうした? 驚き過ぎて声も出せないのかな? まあ、哨戒中の天使ボクに出会えて嬉しいのは分かるけどね!」


「あっ……はい。まさかあの天使の一人に会えるなんて、思ってもいませんでしたので」


「そうかそうか! ハッハッハ!」



 満面に笑みを讃えた美男子は、機嫌良さそうに稲豊へと歩み寄る。

 そして腕の届きそうな距離で足を止めると、懐から丸まった紙切れをスッと取り出した。アキサタナはそれを器用に片手で開くと、少年に見えるように掲示する。



「ここが現在地。森を出て南に半日進むと国境に続く道が見えてくる。そこから東に進めば我らがエデンだ」



 一瞬、警戒をした稲豊だが、何てことはない。

 アキサタナが取り出したのはただの地図。エデンに行くつもりは無かったが、興味を示さないのも不自然に違いない。


 

 稲豊が眼前に広がる地図へと視線を走らせた――――その瞬間。



「いだぁ!?」



 稲豊の体は激しい衝撃によって飛ばされる。

 数メートル弾かれた少年は、体の痛みを感じながらも、元いた場所を振り返った。



「マルー何すん…………っ!?」



 そう。

 少年を突き飛ばしたのは、アキサタナではなく。

 背後に控えていた巨大な猪であった。マルーはリードを括り付けていた家の柱をし折り、それでもって稲豊へ突進したのである。


 何故に巨猪がそんな行動を取ったのか?

 振り返れば、少年の疑問は瞬く間に氷解する。何故なら先刻まで稲豊の立っていた場所には、赤い柄をした短刀が突き出されていたからである。



「……どうやら。悪運も強いみたいだねぇ?」



 勿論それを突き出したのはアキサタナ。

 彼の算段は、地図に気を取られた稲豊の喉を一突きにするというものだったのだが、それはマルーによって阻まれる。アキサタナは舌打ちをしながら、不敵な笑みを浮かべた。



「クソッタレ! いきなり襲い掛かるたぁ下衆い手を使うじゃねぇか」



 憎しみの炎を宿した瞳をアキサタナへと向ける稲豊。

 マルーに助けて貰わなければ、間違いなく命を落としていただろう。少年は頭を振り、弱気な心を吹き飛ばした。



「どんな手でも勝てば官軍だろう? それに君は人好しが過ぎる。初めてあった相手に油断しすぎ」


「チッ……返す言葉もねぇ」



 仮にも天使と名の付く者が、ここまで卑怯な手を使うのは予想外。

 稲豊はそれを『予想』に入れなかった自分を戒めると同時に、敵の卑劣さを再び脳へとインプットした。



「俺は人間だぞ? 何で俺を襲う?」


「そうだねぇ。先ずこの森にボクの許可なく入った時点で一殺いっさつ。ボクを知らなかった事で二殺にさつ。そして“野郎”である事で三殺さんさつ。おまけでヴィカラを連れている事かな? その猪。魔族が好んで使う『足』じゃないか。まあ、エデンでもそれを使う物好きはいるけどね」



 勝手な言い分を伝えるアキサタナだが、後半についてはおよそ正しい。

 昔はエデン国でも多かった巨猪だが、時代の流れと共に使役しなくなったのだ。それを知らなかった稲豊では、当然それに考えが及ぶはずもない。少年は「聞いてないよ」と心の中で愚痴りながらも、現状の打破について思考を巡らした。

 


「ここで死ぬか? 捕虜としてエデン国に行くか? 選ばせてあげるよ。ボクだったら死ぬ方を選ぶけど……君はどうしたい?」



 短刀を右手に持ち、じりじりと間合いを詰めるアキサタナ。

 本来なら絶対絶命のピンチだが、稲豊は不思議と落ち着きつつあった。目の前の男は確かに少年を殺そうとしているのだが、その覇気はアドバーンに遠く及ばない。屋敷の老執事の方が、恐ろしさは数段上に感じたのである。


 稲豊は隣で鼻息を荒くするマルーにチラと視線を送り、リードの位置を確認する。



「悪いがどちらもキャンセル。野郎と旅する気も、野郎に殺される気もねぇよ」


「へぇ。言うじゃないか。だが一理ある」



 そしてアキサタナが突きを繰り出そうと腰を屈めた。


 正にその時。



「うわっ! 美少女がミニスカで踊ってる!!」



 女好きの男への、成功率100%を誇る出任せ。

 あらぬ方向を指差し、大声を出すだけで相手の注意を逸らす稲豊の得意技である。

 


「何っ!? どこだ!!」



 案の定いもしない美少女を探すアキサタナ。

 その隙に稲豊は黒コートの右ポケットから小瓶を取り出すと、瞬時に蓋を開放してから勢いをつけて腕を振った。



「どこにもそんな女性は――――なにっ!? ぷはっ!!」



 気付いても時既に遅し。

 小瓶の中にあった液体は弧を描いて空を駆け、遠慮なくアキサタナの端麗な顔に降り注いだ。



「ぐぅ!! いた……イタタタ!!!! なんだこの液体は! 目が痛い!!」


「刺激の強い香辛料スパイスを混ぜた特製の『激辛水』だ。数分はまともに目が開かないぜ! マルー! 今の内に脱出だ!!」



 両手で顔面を抑えるアキサタナをその場に置き去りにし、稲豊はリードを掴み走り出す。背にでも乗れればもっと早く逃げる事が出来るのだろうが、それにはマルーの背が高すぎる。少年はミアキスの無事を祈りながら、彼女の元へと急いだ。


 だが事はそう上手くは運ばない。

 突如響いた轟音と共に、駆けていた稲豊の側にあった家が爆散する。

 


「うわっ!!」



 木材混じりの爆風に吹き飛ばされる稲豊とマルー。

 乱暴に放り投げられたおもちゃのように、少年の体は無造作に地面を転がり、石造りの井戸にぶつかり漸く止まった。



「……何が……起きた?」



 ぐわんぐわんと痛む頭を押さえ、何とか立ち上がる稲豊。

 数瞬後、彼は周囲の状況の凄惨さに息を呑んだ。


 燃え盛る家は原型を留めておらず、その飛び散った木片は地面や他所の家にまで突き刺さっている。稲豊は自身に大きな傷が無い事に安堵すると同時に、マルーの存在を探した。



「…………いた」



 稲豊は自分よりも遠くに飛ばされたマルーを見つけるが、巨猪は体を横たえたまま微動だにしない。「まさか!」と、覚束ない足取りでその巨体に近付こうとした稲豊。


 しかし――――



「一日に一度しか使用出来ないレベルの爆破魔法ローゼン・フレア。ボクはどちらかと言うと魔法の方が得意なんだ。光栄に思うと良いよ?」

 


 それを阻むように稲豊の前に立ち塞がったのは、真紅の衣に身を包む男。

 炎を立ち上らせる家を背にしたアキサタナは、まるで火の翼を持った天使のよう。だがその顔に浮かべる醜悪な笑みは悪魔のモノに他ならない。



「何で……目が……」



 あの液体をもろに浴びたにも関わらず、アキサタナの目は充血すらしていない。

 治癒魔法では治療出来ないのも既に確認済み。稲豊は訳が分からないといった表情で、睨みつける事しか出来ないでいた。



「せめてもの慈悲に、美しいボクが殺してあげよう」



 アキサタナが短剣を手にゆっくりと歩み寄るが、稲豊の体は依然として言う事を聞いてはくれない。今、少年に出来る事は、悪態をついてその時を待つのみである。



「天使の癖に……人を助けようと思わないのか……?」


「助けなら神に乞うと良い。残念ながら天国への案内はやっていないけどね」


「サービス悪ぃな……」


「野郎にサービスする趣味は無いんだ。悪いね?」




 そう言って短剣を引いたアキサタナは、残酷な笑みを浮かべながら――――



 それを稲豊の心臓目掛けて真っ直ぐに突き出した。






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