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メシマズ異世界の食糧改革  作者: 空亡
第四章 魔王の仲間

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第84話  「帰郷」



 ミアキスは御者台なので、中の稲豊に出来る事は殆どない。

 初めて見る風景をぼんやりと眺めたり、持ち物の確認などして暇を潰していたが、二時間も走ればやる事などとっくに尽きてしまう。



「…………暇だ」



 ポツリと呟いた稲豊だが、それに耳を貸す者すらいない。

 少年は頬杖をついてため息を零し、窓から見える御者台のミアキスの為にも、早い到着を心から祈った。



 幾らマルーでも、何日間も走り続ける事は出来はしない。

 本日何度目かの休憩を取っている時に、空を見上げたミアキスがおもむろに口を開いた。



「かなり日が落ちてきたな。安全な場所を見つけて明るくなるまで待機しよう」


「そッスね。ずっと座ってて俺の腰も悲鳴を上げているんで、賛成します」



 そして、とある岩陰に停止したマルーの猪車。

 ミアキスが周囲の安全を確認した後、二人はこの場で一夜を明かす事で一致する。


 敢えて川や森から離れた、小高い丘の岩陰。

 そこで二人は焚き火を挟むように腰を下ろし、一息をついた。



「どうぞ。ミアキスさんの分です」


「ああ。感謝する」



 以前にも活躍した黒い重箱。

 その中身の二割を稲豊が食べ、残りの八割をミアキスが平らげる。一見不公平にも見えるそれは、いつもの屋敷でのバランスである。味覚音痴ゆえの大食い。この異世界は、味覚音痴に対して優しく出来てはいなかった。



「もう辺りは真っ暗。魔獣とか大丈夫ッスかね? 寝込みを襲われたら洒落になりませんよ」



 持参した水で喉を潤し人心地ついた稲豊が、マルーへ食事を与えつつミアキスに問い掛ける。すると、人狼騎士は胸を張ってその問いに答えた。



「安心しろ。我が常に周囲を警戒している。この耳でも鼻でもな。少しでも気配を察知すれば、体が勝手に反応するように出来ている。少年は安心して眠って良い」


「流石ミアキスさん。逞しいというか何というか、凄く頼りになるッス!」



 旅にも精通した人狼に対して、それは稲豊の心の底からの賞賛であった。

 にも関わらず、ミアキスの表情は暗い。全身から漂わせる凛々しい空気も、今では見る影も無くなっていた。



「逞しい……。本当にそう見えるか? 少年」


「えっ?」



 ミアキスの言葉、その弱々しさに少年は軽い驚きの声を上げる。

 そして稲豊は気づくのだ。正面に座る人狼の体が小刻みに揺れているのは、陽炎の所為では無かったという事に……。



「我は全く逞しくなんかないさ。里への接近を感じるだけで体は震えだし、こ、声だって上手く喉を通ってくれない。食事だって……少年を守るという使命が無ければ、ちゃんと摂れたかどうか……」



 そう零したミアキスは、まるで寒さに凍えるかのように両腕を抱き、力無い瞳で焚き火を見つめる。縮んでしまったのではないか? と疑いたくなるほど、稲豊にはこの時の彼女が小さく見えた。


 音を探るためと耳こそ立ててはいたが、それも気を抜けば直ぐに項垂うなだれてしまう。ミアキスは自分の弱さに辟易しながら、大きく嘆息した。近寄り難い、鬱鬱たる雰囲気を醸し出す人狼。普通の者なら話し掛ける事すら躊躇してしまう空気だが――――



「そんな事ないッスよ」



 志門 稲豊は違った。

 ミアキスの隣に遠慮なく腰を下ろすと、少年は焚き火の方を向きながら、神妙な面持ちで声を掛ける。

 


「普通なら精神的外傷トラウマと向き合うだけでも厳しいのに、ミアキスさんはそれを克服する為にちゃんと努力しているじゃないッスか? 俺、本当に尊敬出来ると思ったんですよ?」


「そんな事はない。我はただ逃げてるだけさ……。今回の旅だって、本心では克服できるなんて思っちゃいない。過去に触れる事で、ほんの少しの変化に期待したに過ぎないんだ。取り返しの付かない事を仕出かした我は、死ぬまで業を背負って生きるしかないんだ!」



 いつもの冷静な姿とは違い、怯えたような目付きで声を荒げるミアキス。

 過去の彼女に一体何があったのか? それを知りたくない筈もない稲豊であったが、無理に聞いたところでミアキスは話そうとはしないだろう。



「それでも、『克服したい』って気持ちが大切だと俺は思うんですよ。そう考える事が出来るミアキスさんは、俺からすればやっぱり尊敬の対象に値します」


「我を尊敬など…………悪い冗談だ……」



 感情を昂ぶらせた後、ミアキスは再度塞ぎ込む。

 そんな彼女を見ていられなかった稲豊は、「どうすればまた、レクリエーションの時のような笑顔が見れるのか?」という事ばかりを考えていた。そして、それにはやはり、彼女を知る必要があるのだという結論に辿り着く。



「ミアキスさんが過去に何をしたのか知りませんし、自分から話すまで無理に聞くつもりもありません。ですが、これだけは言わせて下さい。俺はミアキスさんを仲間だと思っています。なので俺は無条件で貴女の味方をします。貴女が困ってるのなら助けたいし、悩んでいるのなら解消してあげたい。過去に犯した過ちを謝るのなら、隣で一緒に頭を下げたい」


「…………少年」


「だからもっと――――」



 稲豊はそこで一拍置いてから、顔の向きを焚き火からミアキスへと移動する。

 そしてある人物の言葉を、今度は彼が口にした。



「俺を頼って下さい。俺達は“仲間”なんすから!」



 少年が笑顔で語ったその言葉に、ミアキスはどう返答して良いのか困惑する。

 そして目を泳がせ、音も出せない口を開閉させた。凄く嬉しいのだが、その気持ちにどうやって自分が応えれば良いのか分からない。いや。分かってはいるのだが、それをして良いのか理解出来ないのである。結果ミアキスは、真っ直ぐな言葉から逃げるように俯き言った。



「…………ありがとう。今はまだ過去を語るだけの勇気を持てない…………だが、いずれ必ず私の弱さをさらけ出すと誓おう。その……今でなくて、すまない」


「いえいえ。偉そうな事を言いましたが、実は俺にも決着ケリを付けなくちゃいけない問題があります。なのでもし困った時は、遠慮なくミアキスさんを頼りますんで。よろしくッス!」


「フッ。了解した。その時は全身全霊でその想いに応えよう」



 そこでようやく、ミアキスはいつものニヒルな笑みを浮かべる。

 稲豊の見たかった満面の笑みでは無かったが、この状況での難易度を考えると、普段の笑みを出させただけでも及第点だろう。少年は場の重い空気が去っていくのを見届けるかのように、夜空を仰いだ。



「星――綺麗ですね」


「ああ。そうだな」



 しっとりと冷めた夜に、煌々《こうこう》と輝く幾千の星達。

 まるで焚き火から飛ぶ火花が、そのまま星になったかのような錯覚を稲豊は覚える。



『あのどれかが俺の世界なのだろうか?』

 


 そんな感傷に浸れば、必然と思い出す元の世界の住人の顔。

 胸の底から込み上げる「帰りたい」という思いから、目を逸らすように視線を落とした稲豊の瞳に、彼の興味を引くモノが映り込んだ。



「……おおぅ」



 稲豊は声にもならない感動の声を出す。

 彼がその視線の中心に留めて離さないのは、満点の星空を眺めるミアキス――――の耳。


 周囲の音を警戒しているのか?

 時折りピクリと動く犬耳の仕草は、少年の動物好きの本能を著しく刺激する。そして当然の如く湧き上がる「触ってみたい」という欲望。稲豊は初め我慢したが、好奇心の洪水は瞬く間に少年を呑み込んだ。



『触ってしまえ』と、心の中の悪魔が告げ。


『我慢は体に毒ですよ?』と、心の中の天使が告げる。



 稲豊はまるで吸い寄せられるかのように、ミアキスの犬耳へと腕を伸ばした。



「ぬあっ!? しょ、少年? 何を?」



 そして驚きの声を上げる人狼。

 しかしその触り心地の良さから簡単に手を離したくない稲豊は「すいません」と謝りつつ、久し振りの犬耳を堪能する。



「く、くすぐったい! ハハ! やめ……やめてくれ~!」


「すみません。すみません」



 一分後。

 本気でミアキスに怒られる事は本望ではない稲豊が、名残惜しくもその右手を犬耳から離す。後に残ったのは、珍しく息を上がらせる人狼と「我が人生に一片の悔い無し」と片手を上げる少年の姿。



「ま、全く。少年は油断も隙もないな。行動が全然読めない」


「いやぁ~。それほどでも」


「褒めてない」

 

「スンマセン! どうしても犬耳の魔力に勝てませんでした!!」



 恥ずかしい姿を見られて照れながら怒るミアキスに、稲豊は土下座して詫びを入れる。しかし、そこまで謝られては、逆に少年が不憫になるお人好しの人狼。



「……そんなに触れたいのか?」


「スベスベで凄く良かったです。でもそこまで敏感だとは思っていませんでした! スンマセン!」


「あ、ああ。我は昔から耳が弱点なんだ。だから――――触れるならば別の部位にして欲しい。その……毛並みとか」


「え?」



 まさかの逆リクエストに、稲豊は再び目を大きく開く。

 しかし、ここで断るのは逆に失礼な気がした彼は「じゃあ」と、またミアキスの隣に腰を下ろした。



「お言葉に甘えて失礼します」


「う、うむ」



 そして少年は、濡れハンカチで手を拭ってから金色の髪に触れる。

 稲豊はその艷やかなのにサラサラとした感触に感動を覚えると共に、幸せな触り心地を確かめるようにミアキスの頭を撫でた。


 目を閉じたミアキスは恥ずかしそうに頭を差し出していたが、それも少しの時間だけ。彼女の異常は、直ぐに首をもたげ出す。最初はその感触を堪能していた稲豊だったが、やがて彼は“ソレ”に意識を奪われる事となった。



「んっ……あっ…………ふぅ……」



 撫でられる気持ちよさから、やたらと官能的な声を出すミアキス。

 本人の自覚が無いだけに質が悪い。彼女は稲豊に預ける体重を次第に増やし、やがて完全に横になる。


――――そして。



「すぅ……すぅ……」



 少年の膝に頭を乗せ、そのまま寝落ち。

 そのあまりの平穏そうな寝顔を見たいが為に、稲豊はそれから暫くの間、ずっとミアキスの頭を撫で続けた。




:::::::::::::::::::::::::::




 明朝。

 顔を紅潮させたミアキスの姿がそこにはあった。



「さ、昨夜は迷惑を掛けた。噂には聞いていたが『ナデナデ』の力は危険だな! やはり封印する事にしよう。まさかここまでとは思っていなかった!」


「ミアキスさんがそういうのなら仕方無いッスね」


「よし! 朝食を済ませて早速出発しよう!!」



 駆け足で出発する少年と人狼。


 旅はその後も順調な歩みを見せ、三日後には目的地の『人狼の里』がある森にまで到達する。稲豊にとって残念な事は、あれからミアキスの寝顔を見る事が叶わなかった点だろう。そして人狼にとって残念な事は、遂に体の震えを抑える事が出来なかった点だ。



「大丈夫ですか?」


「……………………ああ。大丈夫……大丈夫だ」



 森の入口で足を止めたミアキスに稲豊は心配そうに声を掛けるが、彼女は気丈にも前を向き、自分の足に言い聞かせるように言葉を発する。そして意を決し踏み出した足は、地面ではなくくうを蹴った。



「ミアキスさん!?」


「だ、大丈夫だ」



 足を上手く動かせず、前のめりに転倒するミアキス。

 彼女は前屈みになりながらも、少年に心配をかけまいと、声だけは平静を装った。



「掴まって下さい」


「ああ。すまない」



 稲豊の右手を借り、ミアキスは漸く立ち上がる。

 普段とは明らかに様子の違う人狼。握った手からは、怯えから来る震えが少年に伝わった。



「ミアキスさん。初めての場所ではぐれると恐いんで、手はこのままでも良いですか?」


「そう……だな。了解した。守るのが我の務めだからな」



 手を繋ぐ事で何とか歩行出来るミアキスと共に、稲豊と猪車は森の中をひた歩く。そして奥へ進めば進むほど狭くなって行く道無き道。森に拒まれた猪車は途中で置き去りにし、リードのついたマルーだけを連れて、更に二人は奥へ奥へと進入した。



「……この先だ」



 どれくらい歩いたのかも思い出せない森の奥で、不意にミアキスがそう告げる。そして再び少年に伝わる彼女の怯え。振動を感じた稲豊は、それを押さえ込めるかのように右手に力を込めた。



「ああ。行こう」



 そして前を向くミアキス。

 二人と一頭の猪は、前へと進む。そして開ける前方の視界。

 そこで稲豊が見た物は――――



「……これ……は……」



 この場所へ来る前に稲豊が想像していたのは『里の禁忌に触れたミアキスが仕方なく村を追い出された』というものだったのだが、その認識が甘い見積もりだった事を少年は知った。それほどまでに、彼女の故郷が凄惨な状態であったからだ。


 森の中には非人街を彷彿をとさせる古風な木造建築があちらこちらに建ち、桶や壺などの雑貨が家の軒下に無造作に置いてある。井戸や畑などの生活感溢れる情景が稲豊の瞳に飛び込んで来たが、それは今の彼にとって違和感にしかならなかった。



「この村には、百人にも満たない人狼達が身を寄せ合って生きていた」



 そう口を開いたミアキスは繋いでいた手を離し、一人フラフラと歩き出す。



「里の者の絆は強く、何をするにしても一緒だった。狩りをしても、その成果は皆で分け合い、互いが互いを想い合って生きていたんだ」



 過去を語りながら覚束ない足取りで歩いていたミアキスは、地面に落ちていた誰かの人形を拾った。その人形は土や泥で汚れ、そして別の“何か”でも汚れている。



「ナナやタルトのような子供もいた。とても愛らしくてな? 我が抱き上げると、尻尾をパタつかせてコロコロと笑うんだ。それが嬉しくて、意味もなく世話を焼いたものさ」



 ミアキスは全て過去形で語る。

 それもそのはず。この村に入ってから、稲豊は一度だってミアキス以外の人狼の姿を見ていない。村には何の生物の気配もなく、朽ちた物や無人の家があるだけだ。


 その中でも稲豊が気になったのは、この廃村の至る所にある傷跡だった。

 三分の一が焼け焦げた家。砕けた扉。そして――――どす黒い何かの痕跡。


 それらは間違いなく。

 “戦闘”により出来た傷跡であった。



「あの事件が起きた後で、もう一度この村に戻った我は……この先の場所へと何度も往復し穴を掘った」



 虚ろな表情で村奥へと進むミアキス。

 稲豊は彼女を見失うまいと、マルーを適当な場所に繋ぎ、彼女の後を追った。そして一際大きな家の裏側、そこで見た光景に、稲豊は絶句する。



「皆がここで我を呪っている」



 ミアキスは、辺り一面に広がる『墓』の中心でそう言った。

 夥しい数の墓に圧倒される少年。それを悲しそうな瞳で見つめるミアキス。彼女は両手を広げ、墓の全てを示しながら。



「我が全員殺したのだ。大人も、子供も、族長も、父も、母も……。全員を我が殺した。どうだ少年? そんな我を……まだ尊敬出来るのか?」



 と、寂しそうに笑った。








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