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メシマズ異世界の食糧改革  作者: 空亡
第四章 魔王の仲間

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第76話  「手を合わせる←これ大事!」


「ぐおお……体が……痛ぇ」



 修行開始から四日目の朝。

 稲豊の体は全身に渡り、“筋肉痛”と言う名の魔物に蝕まれていた。四日目にして、のんびり屋の魔物が遂に牙を剥いたのである。もう起きねばならない時刻だと言うのに、彼の体がベッドから降りる事を全力で拒んでいる。


 少年が自身の痛みと格闘していた時、非情にも部屋の扉がコンコンと音を立てた。朝早く彼の部屋を訪ねるのは、屋敷では一人しかいない。震えるような小さな声で「どうぞ」と稲豊が返事をすると、開いたドアから人狼の女性が姿を現した。



「どうした少年? 表に居なかったので、心配したぞ?」


「す、すみません。見ての通りッス」


「なるほど」



 体を震わせながら亀のようにベッドに這いつくばる少年を見て、ミアキスはニヒルな笑みを零す。稲豊は彼女のその凛々しく笑った表情が嫌いでは無かった。何故なら、ミアキスがそう笑った次の瞬間には――



「少しジッとしていてくれ。マッサージをしよう」



 彼女の優しさに触れる事が出来るからである。

 いつもように力の籠もった按摩あんまではなく、撫でるように少年の体をほぐしていくミアキス。稲豊はあまりの心地よさに一瞬トリップしてしまう。それ故に彼は油断し、うつ伏せから仰向けに変わっていた事に気付くのが遅れてしまう。



「あっ」



 ミアキスが出した軽い驚きの声で、稲豊はようやく陶酔状態から帰還する。そして少年は今の自身の状態が、とても良くない事を今更ながら認識した。


 寝起き後に美女にされる、とても気持ちの良いマッサージ。

 だから彼の男性部分が自己主張を始めるのも、それは至極当然の事なのだが……。本人達の気まずさは尋常なものではない。



「す、すまない」


「こ、こっちこそスミマセン!」



 珍しく顔を赤くするミアキスと、勢い良く彼女から離れ、逆に顔を青くする稲豊。


『やってしまった……』


 少年がそんな自己嫌悪に陥っているのを見たミアキスは、自責の念を強く感じてしまう。そして現状を打破しようと考えた彼女は――



「……そこも……ほぐそうか?」


「結構ですぅ!!」



 稲豊は今日ほど、自分が小心者である事を憎く感じた事は無かった。



:::::::::::::::::::::::::::



 日本の冬ほどではないが、異世界の朝もそれなりに寒い。

 加えて太陽が顔を覗かせたばかりという時間帯である。稲豊は冷たい風から身を守るように両手で肩を抱いていたが、ミアキスにはそんな素振りが全く見えない。白のタンクトップにデニムのホットパンツという肌の露出が高めの様相なのに、寒がりもせず軽く柔軟体操をこなしている。


 

「少年。痛みはどうだ?」


「お陰様で。嘘のように良くなりました」


「そうか。痛くなったらまた言ってくれ」



 誰かの役に立つ事を至上の喜びとするミアキスは、楽そうに体を動かす稲豊を見て「フッ」とニヒルに笑う。それが彼女なりの照れ隠しである事に稲豊が気付いたのは、極最近の事だ。



「では、行きますか」


「ああ。きつかったら言って欲しい。ペースは少年に合わせよう」



 柔軟体操を終えた稲豊とミアキスは、木々の間をひた走る。

 ただでさえ暗い時間帯の、ただでさえ暗い森の中。多くの木や岩を躱しながら走るのには、かなりの集中力を必要とする。疲れたら少し休憩し、息が整ったらまた走り出す。そして二人は、かなりの時間を掛けて、目的地へと辿り着いた。



「はあ……はあ……や、やっと到着……」


「大丈夫か少年?」


「なんとか……はぁ……生きてます……」



 全身に汗をかき、息も絶え絶えな稲豊と違い、ミアキスは涼しい顔で瓶に入った持参の水を飲んでいる。彼女に取っては、山の中腹までのランニングなど容易な事なのだ。


『さすが狼』


 殆ど汗をかいていない彼女を見ながら、稲豊はミアキスの逞しさを羨ましく思った。



「んっ? ああ。すまないな。気が付かなかった」



 視線の意味を勘違いしたミアキスが、先程まで飲んでいた水入りの瓶を稲豊へと手渡す。そういうつもりでは無かった少年だが、喉が乾いていない訳ではない。関節キスである事に戸惑いながらも、稲豊は有難く頂戴した。



「幾つぐらい必要だ?」


「そっすね。三つ……いや四つお願いします」


「承知」



 ミアキスは稲豊の言葉を聞き届けるや否や、スルスルと“ヒャクの木”に登り、持参した袋にその実を収穫していく。そう、ココは稲豊お気に入りの高台広場。ここまでランニングするのが、少年のトレーニングメニューの一つとなっている。



「水晶も問題なしっと」



 ミアキスがヒャクの収穫をしている間、稲豊は紫水晶に異常が無いかのチェックを行う。王都の職人に作らせた、強度の高い透明なガラスケースに覆われた水晶は、今日も通常運転である。ケースについた葉っぱや小枝をハンカチで落とした頃に、収穫を終えたミアキスが降りてくる。



「じゃあ、戻りますか!」


「ああ」



 そして二人は、最後にその場所で手を合わせてから、屋敷へと戻るのである。

 勿論、帰りもランニングである事は言うまでも無い。


 屋敷に戻って来た後。

 ミアキスはそのまま鍛錬を続け、稲豊は風呂に入ってから朝食の準備を開始する。助手壱号ナナに指示を出し、慣れた手つきで彼が用意したのは、キノコスープとオムレツ。タル芋入りのサラダである。



「このプリプリとした食感が良いですなぁ。スープおかわりで御座います!」


「そう言うと思って鍋ごと持って来てますよ。どうぞ」


「あっ! あっ! イナホ様! ナナもおかわりです!」


「こらこら行儀が悪いですよナナさん。沢山あるので安心なさいな」



 母親口調で空になったナナの皿にスープをよそう稲豊。

 すると少女は目を輝かせながら、再びそれに舌鼓を打つのだ。自分の作った物を美味しそうに食べて貰えるこの瞬間。稲豊はそれが堪らなく好きだった。皆の幸せそうな笑顔は、それだけで彼の心を満たしてくれる。


 だからこそ、彼はどうしても“彼女”の事が気になってしまう。



「……はむ」



 特に言葉も発さず、目の前にある大量の食事を黙々と片付けていくミアキス。

 稲豊は、彼女が美味しそうに物を食べるところを見たことが無い。味の分からない彼女にとっての食事とは、ただの“魔素を補給する作業”。それ以上でも以下でも無いのだ。


 いつか彼女に「美味しい」と食べてもらいたい。

 そんな想いを密かに抱いていた稲豊だが、この朝食では無理なよう。いや、そもそも味が分からない者に、それを分からせるコト自体が不可能なのかも知れない。



「はあ……」



 稲豊は八方を壁に塞がれたような気分を味わいながら、キノコのスープをズズと啜った。



:::::::::::::::::::::::::::



 朝食が終われば、ルトの起きてくる昼までは自由時間。

 稲豊は洗い終えた皿を清潔な布で拭きながら、これからの予定について思いを巡らしていた。


――――そんな時。


 厨房の扉が音を立てて開き、一陣の赤い風が突如稲豊に覆い被さる。

 そして風は、彼の耳の奥まで響くほどの唸り声を上げた。



「ハニー!! 会いたかったぁ!!」


「今日も来たのか?」


「もちのろんや~! ああ、ハニーの温もりを感じる~!!」



 皿を持った稲豊の背中に抱き着き、ぎゅうぎゅうとその柔らかい体を押し付けてくるマリアンヌ。その心地良さには何とも言えない多幸感があるが、誰かに見られては気まずい。稲豊はスルリと彼女の腕を抜け出し、平静さを装いつつ会話に興じる。



「じゃあ、今日も教えて貰って良いか? 昼食は用意するからさ?」


「昼食がなくてもOKやで!」



 蕩けたマリーの視線を躱し、エプロンを外す稲豊。

 彼女が少年を訪ねて来たのは、実はこれが初めてではない。昨日も同じ時間帯にルトの屋敷を訪れ、今と同様にちょっかいを出して来たのだ。


 そして彼女を持て余した稲豊が、華麗にスルーしながら自室で文字の勉強をしていたところ。隣で覗いていたマリーが、実に的確に指導したのである。意外な事に、マリーには教授する才能があった。



「ここの文字なんだけどさ? どうしてこうなんの?」


「この場合は、意味が変わってくるんよ。やから、間違ってもこっちの文法を使ったらアカンで? 文字に敏感な魔物やったら、襲い掛かって来てもおかしないから」


「なにそれ? 『死因:文字間違い』とかもありえんの? 魔物怖ぇ……」

 


 二時間ほど経過すれば、次はルートミリアの“朝食”を準備する時間がやって来る。

 マリアンヌと一緒に厨房に戻って来た稲豊は、髪を後ろに纏めている彼女に気が付いた。そしてポニーテールとなったマリーは、壁に掛けてあった稲豊のエプロンを身に着け、興奮気味に手伝いを申し出る。



「さあハニー! 何でも言うてな? 共同作業は、夫婦の務めなんやから!」


「誰が夫婦だ。せめてコックと料理助手にしてくれ」


「んじゃあ、ウチは助手一号な!」


「残念、助手壱号は既にいます。弐号もいるし、参号は……永久欠番だ」



 軽口を叩きながらも、朝と同じ料理を“二人分”用意した稲豊とマリアンヌは、それを持ち食堂へと移動する。そしてルートミリアを呼び、昨日そうしたように姉妹は一緒に食事を摂るのだ。



「生門の総魔素数を数値化するなら、魔獣は百。人間は五百。魔物は千。魔族は一万といった具合じゃ。あくまで平均の数値じゃから、個人差は勿論ある。死門も生門と同じぐらいが普通じゃな。例外もおるにはおるが」


「俺は魔獣の百よりも無いんすよね……。ちなみにルト様はどれくらい何ですか?」


「妾か? 一億ぐらいじゃの」


「えぇ~…………」



 朝食が終われば、これまた昨日そうしたようにルトの授業を受け。



「イナホ殿。今の落ち方は惜しかったですなぁ。93点で御座います」


「あの……毎回落とし穴の位置を変えるの止めてくれません? 厩舎の中に掘ってるなんて予想外過ぎるんですけど」


「相手の裏をかくことは戦術の基本で御座いますよ」



 授業の後は、またまた昨日そうしたようにアドバーンと鬼ごっこをし。



「俺の右手よ真っ赤に燃えろ! 獄炎消滅波動砲ロエモ!!」


「変な当て字にしても威力は変わらんからな?」



 その後はルトの魔法の実技。

 そして全てのトレーニングが終わった頃に、ずっと稲豊を眺めていたマリアンヌと、ずっと風呂に入っていたタルタルは「また明日!」と言って帰っていくのである。



「疲れたぁ……」


「イナホ様はもう休んで良いと思います! 片付けはナナがやっておきますので!!」


「料理長は皆の模範にならんとイカンのだよ。ナナくん。さあ、皿を洗わせなさい」



 夕食とその片付けも終わり。

 ようやく稲豊にとっての休みが訪れる。広い風呂で垢と疲れを落とし、自室に帰るなりベッドに倒れ込み、泥のように眠る。


 そうしてまた明日も同じような日を送るのだろう。

 稲豊はそう考えていた。


――――だが翌日。


 彼はその考えを改めなくてはならなくなる。



:::::::::::::::::::::::::::



 この日の早朝。


 稲豊がミアキスとの合流場所である屋敷の前に現れると、昨日までとは違う光景が彼を出迎えていた。少年よりも早起きな人狼の姿が、何処にも見当たら無かったのだ。



「う~寒っ! 遅いなぁ……ミアキスさん……」



 冷たい風に晒されながら、稲豊はミアキスを待った。

 しかし、約束の時間から既に三十分が経過してるというのに、彼女の姿は一向に現れる気配を見せない。仕方なく稲豊は、昨日彼女にそうされたように、ミアキスを起こす為に屋敷へと戻った。



「ミアキスさ~ん。起きてますか~?」



 少年が三度ほど彼女の部屋の扉をノックしたが、何の声も返っては来ない。


『まだ寝てるのか?』


 そう考えた稲豊はそれを確認する為に「入りますよ?」と声を掛けてから、ミアキスの部屋へと進入する。



「真っ暗だ……」



 普段は目に優しくない彼女の部屋の壁紙も、今は全て漆黒に塗り潰されている。

 家具の位置やベッドの位置など、記憶を頼りにしないと分からないほどの暗闇である。稲豊は背中に冷たいものを感じながら、目を凝らして彼女の姿を探した。



「み、ミアキス……さん? ッスか……?」



 時間が経てば、暗闇にも目が慣れてくる。

 稲豊はベッドの上に人間大の影を見つけ、震え声でその影に語りかけた。


――――すると。



「ヒッ!?」



 少年の口から、思わず恐怖の声が飛び出した。

 何故ならギラついた獣の双眸が、突然に漆黒に浮かび上がったからである。


『殺される!』


 身の危険を察知した稲豊は、体を反転させ扉へと走り出す。

 だが、獣の動きはそれよりも素早かった。



「うぐっ!!」



 信じられない速さで突進する獣に、彼は為す術無く床に引き倒される。

 強かに体を打ち付けられた稲豊だが、痛みを感じる暇など無い。巨大な獣に馬乗りになられた少年は、身を捩って獣の体から抜け出そうとするが、まるでビクともしない。


 そんな稲豊を嘲笑うかのように、獣はゆっくりと彼の首筋に顔を埋める。

 喉笛を噛み千切られた自分の姿を想像した稲豊は、遂に自分の死を覚悟する。



――――そして金色の双眸を持つ獣は。


















「ゴメンなさいゴメンなさいゴメンなさいゴメンなさいゴメンなさいゴメンなさいゴメンなさいゴメンなさいゴメンなさいゴメンなさいゴメンなさいゴメンなさいゴメンなさいゴメンなさいゴメンなさいゴメンなさいゴメンなさいゴメンなさいゴメンなさいゴメンなさいゴメンなさいゴメンなさいゴメンなさいゴメンなさいゴメンなさいゴメンなさいゴメンなさいゴメンなさいゴメンなさいゴメンなさいゴメンなさいゴメンなさいゴメンなさいゴメンなさいゴメンなさいゴメンなさいゴメンなさいゴメンなさいゴメンなさいゴメンなさいゴメンなさいゴメンなさいゴメンなさい」













 稲豊に危害を加える訳でも無く。

 寧ろ縋るように少年に抱き着きながら――

 


「…………ミアキス……さん?」



 先程の稲豊よりも震えた声で、『ゴメンなさい』と、繰り返し誰かに謝り続けていた。







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