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メシマズ異世界の食糧改革  作者: 空亡
第四章 魔王の仲間

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第68話  「召集――後編」



「遅い……!」



 眉を吊り上げ、そう零したのはアルバである。

 彼女が召集の文に記入していた時刻から、既に三十分の時が経過していた。

 皆に振る舞われた紅茶も、とっくに冷めてしまっている。


 大将軍が不満の言葉を洩らす度に、緊張するレトリアとアキサタナの両将軍。

 時間にルーズな同僚を恨めしく思いながら、二人は身を固くしてただ時が過ぎるのを待つ。


 皆の思いが通じたのか?

 状況が進展を見せたのは、それからすぐの事であった。



「わっり~。超ガン寝してたわ! もう始まってる感じ? マジウケる」



 そんな軽口を言いながら“窓”から顔を覗かせたのは、ふわりとした薄茶色ツインテールの美少女だ。ライダースジャケットの正面を全開にしているので、黒ビキニに覆われた自己主張の激しい胸が惜しげもなくさらされている。



「よっと!」



 そんな可愛らしい掛け声と共に、少女は窓の外から作戦室内へと降り立つ。

 その際に黒のミニスカートがふわりと舞い踊り、アキサタナの鼻の下を伸ばさせた。



「将軍ティフレール=キャンディロゼ! ただいまとうちゃ~く!!」



 ティフレールと名乗った少女は、大将軍に敬礼をしながらニヒヒと笑う。

 そんな彼女に初めに話し掛けたのは、アルバではなく窓の側にいた新米の兵士であった。



「ティフレール将軍。出来れば窓からではなく、ちゃんと扉の方からお願いします!」



 彼の発した言葉に、室内にいた先輩兵士は顔を青褪あおざめさせた。

 新米兵士の勤勉な性格が災いに転じてしまった事を、先輩の兵士は直感したのだ。



「――――あ~?」



 ティフレールは一言そう洩らすが同時。

 恐ろしい速度と力で新米兵士の胸ぐらを掴み、彼の体の七割方を窓の外へと追いやった。



「ぐえっ! ぎゃあ!?」



 新米兵士は胸ぐらを掴まれた苦しみに嘔吐えづいた後、数瞬遅れで現在の自分の状況を理解し悲鳴を上げる。窓の外は何も掴める物が無い空間で、その数十メートル下には石畳の地面。今彼女に手を離される事は、自身の死を意味していた。



「地位も生物としても階級ランクがカスのてめぇが“第四天使”に意見できるとおもってんの? マジうぜぇ……。あーしに命令できんのは“三大天”だけだっつーの」


「止せ! ティフレール! 彼を離すのです!!」



 少女の暴挙に待ったを掛けるのはアルバである。

 上司の命令には従うしかない。ティフレールは手の先の新米兵士へと瞳を向ける。声も出せず、震える事しか出来ないでいる兵士。


 ティフレールは彼にしか見えないように薄く笑い、そして――――




――――――その手を離した。




「ぎゃああああぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」



 耳をつんざくような悲鳴と共に、新米兵士は数十メートル下へと落ちていった。

 その光景に唖然とする上司と同僚の将軍達。そして窓際のティフレールは、敬礼をしながら悪びれもせず言い放つ。



「大将軍アルバ様の命により、彼を離しました!」


「ティフレール……!!」



 アルバは苦虫を噛み潰したような顔でティフレールを睨みつけるが、本人は挑戦的な笑みを浮かべるだけ。一触即発の空気が漂う中で、レトリアはまだショックを引き摺り、アキサタナはおろおろと双方へと視線を泳がし、トロアスタは穏やかに紅茶を啜った。



 そんな緊張した空間を打ち破ったのは、召集を掛けられた“最後の一人”である。



「お待たせして申し訳ない! 人助けをしていて遅れました!! そして来城直後にまたの人助け、やはり私はそういう星の下に生まれているようです」



 そんな言い訳と共に、作戦室の扉が勢い良く蹴破られた。

 当然のように皆が向けた視線の先には、グレーの髪と瞳をした、アキサタナにも負けず劣らずの美青年。彼は左目を覆う無骨な眼帯すら気にさせない、爽やかな笑顔を振りまきながら入室する。皆は青年自身と、彼の手に抱かれている存在に目を奪われた。


 彼に姫のように抱きかかられているのは、先程ティフレールの落とした新米兵士。どうやら城に到着した青年が、偶々通り掛かったという顛末てんまつのようだ。



「ここで宜しいかな?」


「あ、ありがとうございました!」



 新米兵士を下ろした青年は、右目だけで皆の顔を見渡した後に。



「大勇者ファシール・B=ラインウォール。見参致しました!」



 自己紹介をしつつも流麗な敬礼をしてみせた。

 完璧な仕草と登場であるが、唯一惜しまれるのは彼がパジャマ姿である事。

 アルバは頭を抱えながらも、遅れてきた勇者を歓迎した。 



:::::::::::::::::::::::::::



 皆の到着により、ようやく開始される作戦会議。

 大勇者、大将軍、大参謀の『三大天』と、その部下の三将軍が着席した姿を見て、見張りの兵士は圧倒的な光景に息を呑んだ。人智を超えた力を持つ彼等は、その扱いも人と同列ではない。神格化された存在を目の当たりにしているのだ、兵士達が緊張するのも致し方無い事だった。



「ティフレール。先程の件は軍法会議ものだぞ! 上官の命令には従いなさい!!」


「チッ。反省してま~す!」


「舌打ちだと!? なんだその態度は! 十六という年齢に私が配慮するとでも――――!」


「まあまあ。アルバ殿。亀の甲より年の功、ここは拙僧に免じて」


「くっ!」



 大抵の者に言い聞かせられる大将軍であるが、ティフレールとは相性がよろしくない。いくら説教をしても暖簾のれんに腕押しだ。歯痒さから唇を噛むアルバだが、最年長に言われては引き下がるしかない。彼女は一度深く息を吐いた後、会議を先へと進ませた。



「レトリア将軍。報告を」


「は、はひ!」



 アルバに作戦の報告を促され、レトリアは緊張を隠せない声を出しながら立ち上がる。そして両手を後ろで組み、上ずった声で先刻の作戦の報告を開始した。



「トロアスタ様の指示により、アリスの谷で待機! 後に訪れた、敵の大臣補佐官率いる部隊と遭遇。コレを殲滅しました! 以上です」


「ご苦労」


「はい!」



 レトリアは安堵の息を洩らしながら再度椅子に腰掛けるが、その報告に疑問を持った者がいた。大勇者ファシールである。彼は頬杖をついたまま、緊張感の無いパジャマ姿で彼女へと問い掛けた。



「ん? 殲滅? 捕虜にはしなかったのかい?」



 ファシールが疑問に思ったのは、レトリアの性格である。

 好戦的とは呼べない彼女の性格を考慮すると、今回の作戦は実に思い切ったものだったからだ。



「えっと……その……」



 問い掛けられたレトリアは、しどろもどろに成りながらも必死に答えようとする。しかし彼女の言葉を遮るように、その真相は意外な人物によって語られた。



「レトリアちゃん。あーし知ってるよ? 初陣でキンチョーして体調崩してる間に……ぷ……くく! 部下がボーソーしちゃったんだよね? …………ぷぷ!」


「ええ!? そうなのかい? それは災難だったね」



 年下のティフレールに失態を暴露され、それをパジャマ姿のファシールに慰められる。レトリアはあまりの恥ずかしさから顔を真っ赤にし、今目の前に穴があったら、それが例え墓穴でも迷わず入るだろうと考えた。


 ティフレールの話を聞いてしまった兵士達も、自然と頬を緩ませる。

 先程彼等は神格化されていると説明したが、実はレトリアだけは例外である。最近将軍に出世したばかりの彼女は、“ある力”を持ってはいない。それ故に、兵士の中には未だ彼女を認めていない者も多く居たのだ。周囲の兵士達の笑みに気付いたレトリアは『これはいけない』と、更に必死になって弁明を始める。



「か、彼女達も悪気があった訳ではないんです! あたしの為に手柄を立てようと頑張って、必要以上に相手を追い詰めてしまった結果……死門を……」


「使われたと? それはまた大した覚悟だ。実に天晴あっぱれな輩ですな。アレを使われては、勝手に死ぬので捕虜にも出来ない。魔物の中にも肝の座った者もいるようだ」


「卿は甘すぎる! 死門を使われる事も考慮した上で行動すべきだ。今回の作戦では敵の不意をつく事も出来たと言うのに……、貴重な敵の情報が失われてしまった!」


「申し訳……ありません……」



 老人の援護射撃が加わった必死の弁明も虚しく、眉間に皺を寄せた大将軍アルバによって一蹴される。しかしそれは限りなく正論なので、レトリアは俯き謝罪する事しか出来ない。



「まあまあまあ! 良いじゃありませんか! コレで我々がしていた“仮定”は、より信憑性を増したという事ですよね? ね?」



 アキサタナは椅子から身を乗り出し、鼻息を荒くして皆に同意を求める。

 興奮にも緊張にも似た空気が卓上を駆け抜け、やがて皆の視線はファシールへと集まった。視線を浴びた勇者は皆の期待の眼差しに、落ち着きある態度のままで口を開く。



「うん。殆ど確定だね。現在いまの魔王国には――――魔王サタンはいない。少なくとも、動ける状態にない」



 ファシールの放った言葉に、アルバとトロアスタは深く目を閉じ。

 レトリアは緊張に表情を強張らせ、アキサタナは鼻を膨らませる。そして、ティフレールはニヒヒと笑った。



「今までは魔王領内で手を出そうものなら、飛んで来ていたからね。大臣補佐官という重要な立場の者を見捨てるなど、彼の性格からは考えられない。十中八九、何かあったと見るべきだ」


「やはり、前回の戦闘の傷が相当堪えたと見える。如何なさいますか? アルバ殿?」



 卓の上で組んだ両手の上に顎を置き、アルバは神妙な面持ちで参謀の問いに答える。



「罠の可能性も無くはないが……。この好機を活かさない理由は無い」


「じゃあ!? じゃあ!! じゃあ!! それじゃあ?」



 獣のように双眸を光らせた大将軍に、ティフレールは頬を上気させながら返答を詰め寄る。次の言葉が待ち切れない、と言った感じだ。そんな気持ちを知ってか知らずか、アルバは彼女の欲する言葉を皆の前で告げる。



「人と魔物、雌雄を決する時が来たようだ。今までのような小競り合いなどではなく、本物の戦闘をする。つまりは――――」



 静寂が作戦室内を包む込み、張り詰めた空気が漂う中で。

 人間と魔物、双方の歴史を動かす大いなる決断は――――



「今日にでも王に進言しよう。全面戦争を!!」



 ――――下された。



「マジやべぇ!! 超テンアゲなん・です・けど!!」


「僕と遭遇エンカウントする敵が今から憐れですね」


「せ、戦争…………全面戦争……」



 将軍三人は隠すこと無く感情を露わにし。



「先ずは軍備を整えて……訓練を……」


「勇者として、全力は尽くすよ」


「そこの君。紅茶のおかわりを戴けるかね?」



 三大天はそれぞれの形で、来たるべく軍旅へと思いを巡らせる。

 静寂から、溌剌はつらつたる空間へと変貌を遂げる作戦室。そんな中、アルバはアキサタナへと凛々しい表情を向ける。

 


「アキサタナ将軍。戦争となれば、卿の城は守りの要となるだろう。楽園へ魔が侵入する事だけは絶対に避けなければならない。理解して(わかって)いるな?」


「ええ勿論! お望みとあらば、敵の殲滅さえご覧にいれましょう。“神籬ひもろぎ”の力を持ってすれば、造作も無いことです」



 アルバの釘刺しに、アキサタナは自信に満ち溢れた顔と言葉で答える。

 それを聞き届けた大将軍は周囲の者達の顔を見渡し、覇気を宿した声を上げた。



「まだ王の許可は出ていないが、全面戦争は絶対に避けられない人と魔物の宿命である! 野蛮で醜悪な者共にこの世界を支配されるなど言語道断! この世界を統べるのは、我々人間でなくてはならない! 人に勝利を!!」


「人に勝利を!」


「人に勝利を!」



 大将軍に続くように作戦室に木霊する『人に勝利を!』の言葉。

 

 長き闘争に終止符を打つべく、立ち上がった六人の英雄達。


 彼等はまだ――――


『新たな魔王』の存在に気付けずにいた。




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