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メシマズ異世界の食糧改革  作者: 空亡
第四章 魔王の仲間

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第67話  「召集――前編」



 ――楽園の(エデン)国、神都『アート・モーロ』。

 大きな川が町の外周をぐるりと囲う、この世界最大の二都市の一つである。


 その都市の中央で、一際存在感を放つ巨大な建造物があった。

 湖上にて異彩を放つ建造物の名前は『ガーデン・フォール』。エデン国王が居住する、石造りの堅牢な王城だ。



「はぁ……」



 そんな王城に入って直ぐの大広間で、一人の若い女が物憂げな表情を浮かべていた。

 長く艶やかな黒髪を揺らしながらため息を吐くその姿は、通り掛かった兵士全員を振り返らせるほどに悩ましい。



「どうかしたのかね? レトリア殿」



 声を掛ける事すら躊躇ためらわれるほど絵になる彼女に、遠慮なく疑問を投げ掛けたのは黒衣の老人だ。禿げ上がった頭の後部にある細く長い三つの三つ編みと、太く大きな鼻とギラついた瞳が特徴的な彼は、曲がった腰に手を当てながら彼女をギョロリとした目で見上げて話す。



「何やらお悩みのご様子。拙僧で良ければ、相談に乗って進ぜましょう」


「だ、大参謀殿! 申し訳ございません。お見苦しい姿を……」


「いやいや。美しい女性が物思いにふける姿は目の保養になるというもの。若さの秘訣です」



 レトリアと呼ばれた女は、老人に敬礼をしながら先程の姿を詫びる。

 声を掛けられるまでその存在にすら気付けないとは、何たる未熟! 彼女は自らを戒めつつも、見つかったのがこの老人である事に安堵した。物腰が柔らかく聡明な彼は、皆の相談役として有名な存在でもある。



「申し訳ありません……。貴方にはまだ謝らなければならない事が……」



 レトリアは心底申し訳なさそうに表情を歪ませる。

 その先を話す事に若干の戸惑いを見せた彼女だったが、それは老人の手によってさえぎられた。



「構わんのですよレトリア殿。“将軍”としての初陣。完璧な成果を挙げられる者など、そうはおりません。一隊を壊滅させたのです。充分な成果ではありませんか。まぁ、“彼女”は苦言を呈するでしょうが、あまりお気になされるな」


「お気遣い痛み入ります……。しかし、私が悩んでいるのはそれだけではないのです……」


「ほぅ? お伺いしましょう」



 自身の言葉に、真摯に耳を傾ける老人。

 レトリアは少し悩んだ後に、意を決したように口を開いた。



「作戦を立てて下さった貴方にこんな事を告げるのは、とても無礼である事を承知しています。しかし、私はどうしても考えてしまうのです! 今回の……作戦について!」


「結構。遠慮せず仰って下さい」



 抑えていた感情を露わにする彼女だが、老人は動じない。

 安堵と不安の境界線に立つような不思議な感覚に囚われながら、レトリアは目の前の老人に悩みを打ち明けた。



「今回殲滅した魔物達は、戦闘に来ていたわけではありません。彼等は、ただ谷の調査に来ていただけなのです。それを……正面から挑むのではなく、だまし討ちのようなやり方が……」


「気に入らないと? しかし『エデン国の為』と、貴女は納得しておられたのではないですかな?」


「最初はそう思っていたのですが……いざ実戦に入ってみると……」


「ははぁ、成る程。あまりに一方的な虐殺だったので、少し思うトコロが出てきたと?」


「命令を下すだけの私が、このような悩みを持つことすらおこがましい事なのですが……」

 


 レトリアはそこで一旦言葉を区切り、数秒の沈黙の後に、ずっと頭から離れない悩みを口にした。



「我々のやった事は……“正義”なのでしょうか?」



 母の勇姿を見て育った彼女は、物心の付く時から正義感の強い子であった。

 だからこそ「母の為。皆の為。正義の為」と剣を握ったのである。そして任された、将軍という身に余り過ぎるほどの地位と重み。その初陣で、彼女は早速一つの壁に打ち当たった。


『正義とは何か?』 


 一つだが強大なその悩みを、レトリアは臆面もなく老人に尋ねる。

 その答えに辿り着けない限りは前に進めそうに無い。

 彼女は何かにすがりたかった。



「ふぅむ……成る程。いやいや……」



 老人は握り拳を自身の細く尖った顎に当て、少し下方を見ながらぶつぶつと呟く。

 しかしそれも数秒のこと。直ぐに彼は面を上げ、不安気な顔をするレトリアへと向けて、返すように質問を投げ掛けた。



「レトリア殿。貴女はまさか――殺しを“正義”などと考えているのではありますまいな?」


「えっ?」



 老人の口から飛び出した予想外な言葉に、レトリアの表情は驚きに変わる。

 だが彼はそんな彼女の返事を待つこと無く、次々と剣のような言葉を放った。



「考えてもご覧なさい? 【安全に暮らす為。誰かの笑顔を見たい為。復讐の為。金や領土などの為】これ等は全て“自分の為の殺し”です。何かを得る為に尊い命を奪う。これが正義である筈がない」


「正義じゃ……ない?」


「自らの利の為に他者を殺す。この行為を【悪】と呼ばず何と呼びましょう? 戦争をしている我々は皆――――断じて【正義】などではあり得ません」


「…………悪」



 老人の言葉に動揺を隠せないレトリアは、表情に影を落として黙ってしまう。そんな彼女の様子に、些かの言い過ぎを自覚した彼は。



「レトリア殿は十八になったばかり、まだまだ人生もこれから。自らの行為を勘考かんこうする時間は幾らでもある。そうして頭を悩ます事が、亡くなった魔物達への供養にもなるでしょう」



 すかさずフォローを入れ、そして――――

 


「正義という名の傀儡かいらいとならない貴女は素晴らしい。善悪すら思考しない者に比べれば」



 そう言うが同時。

 老人は城の入り口の方へと、大きな目をギョロと動かした。

 その瞳に釣られるように、レトリアも同じ方向へと視線を走らせる。そして、彼の言葉の意味を一瞬で理解した。



「ご機嫌は如何かなレトリア!! ボクと遭遇エンカウントしたんだ。良いに決まっているけどね!!」



 上機嫌で会話中の二人に近付いて来たのは、短い赤髪の男。

 スラッとした体に、端麗な顔立ち。よく通る声は、揺るがない自信を覗かせる。その身を包むのは、高級感が溢れんばかりの貴族服。女性の殆どが放ってはおかない容姿をしている彼だが――



「…………はぁ」



 レトリアは挨拶の代わりに、深い溜め息を返す。

 しかしそんな彼女の態度にも、男は一向にめげる気配を見せない。隣の老人へと顔を向け、大仰おおぎょうに挨拶を交わした。



「おお! 大参謀殿!! お久しぶりです。ご健勝なようで何より」


「アキサタナ殿も相変わらずのようだ。いや結構結構」



 簡単に挨拶を済ませた後に、アキサタナは直ぐに視線をレトリアへと戻す。

 そして彼女の全身を舐めるように見た後で、首を左右に振った。



「なんだいその服は? 僧兵の着る安物の服じゃあないか! 君も将軍になったんだ、僕が君に贈ったような高貴な服を身に着けるべきじゃないかい?」


「あんな露出の多い服なんか着れる訳がないでしょう。あたしはこの服が気に入ってるんだから、放っといて」


「ツレナイなぁ。まぁ、そんな部分も君の魅力なんだけどねぇ」



 隠す気もない男の下心の視線を、レトリアは歯牙にもかけず振り払う。



「では大参謀殿。時刻も迫っておりますので、一緒に作戦室へと参りましょう」


「そうですな。彼女を待たせすぎて雷が落ちるのは勘弁ですからな」



 足早にその場を去るレトリアと、その後ろに着いていく老人。

 アキサタナはもう一度「やれやれ」と首を振り、二人の後を優雅な足取りで追った。



:::::::::::::::::::::::::



「レトリア=ガアプ様。トロアスタ=マーダーオーダー様。とうちゃーーく!!」



 扉の両側に立つ二人の兵士が、声を揃えてレトリアと老人の来訪を叫ぶ。

 そして大きな木製の扉を、またもピタリと息の合った仕草で開いた。その整然とした兵士の姿に、レトリアはゴクリと息を飲んで扉を潜る。


 大きな木製の卓と椅子だけが置かれた殺風景な空間には、窓際に立つ数人の兵士達とは別に、既に先客が来ていた。先程の会話に出てきた“彼女”である。



「此度は態々御足労戴き、感謝致します」



 芯のある気の強そうな瞳と、首から下の頑強な鎧が特徴的な麗人。

 大将軍『アルバ=ベルトビューゼ』、その人だ。

 成人した子供が居てもおかしくない年齢の彼女だが、外見は誰が見ても三十代前半くらいにしか見えないだろう。


 彼女はガシャガシャと鎧の音を響かせながら、二人側まで歩み寄る。

 普通だったら揺れる筈の茶色いセミロングの髪も、今はバレッタによって固定されている。なので現在、揺れているのは彼女の鎧だけとなっていた。



「ア、アルバ様。この度は召集の命を受け、参上致しました!」


「レトリア。議題は前回と今後の作戦についてです。覚悟をしておくように」


「…………はい」



 大将軍の棘のある言葉にレトリアが萎縮した時。

 扉の向こう側より、先程の兵士達の大きな声が再び響いた。



「アキサタナ=エンカウント様。とうちゃーーく!!」


「やあやあやあ! アルバ様! 本日も見目麗しいですねぇ。僕の周りの女性達と比べても、貴女は上位であらせられますよ!」



 扉から姿を覗かせるなり、軽薄な態度と言葉を吐き出すアキサタナ。

 レトリアは彼に対して“鬱陶しい”と言った印象しか持ち合わせてはいなかったが、今回ばかりは『助かった』という感情を持たざるを得ない。



「軽口は慎みなさいエンカウント卿。ここは既に戦場の一部であると知りなさい!」


「え、ええ。もちろん……! 承知しておりますとも!」



 彼の取った不快な行動に、大将軍の意識が逸れたからである。

 調子に乗って萎縮したアキサタナを見て、レトリアは“大将軍”という存在の大きさを改めて認識させられた。



「アルバ殿。年寄りに立ち話は堪えますのでな、座っても宜しいか?」


「むっ? コレは失礼したトロアスタ卿。どうぞこちらへ」



 緊迫した空気も、老人のフォローで一気に弛緩する。

 レトリアとアキサタナは同時に安堵の表情を浮かべ、アルバとトロアスタが腰を掛けたのを確認してから、自分達も椅子へと腰を下ろした。




一ヶ月も休載して申し訳ありませんでした!

これから、また走らせて戴きたいと思います。

お気が向くようなら、また暫くのお付き合いをお願い致します。m(_ _)m

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