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メシマズ異世界の食糧改革  作者: 空亡
第三章 魔王との誓い

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第66話  「メシマズ異世界の食糧改革」

 流れる雲の形も大分変わってきたというのに、二人の主従は一切の会話もなく淡々とした時を過ごしていく。稲豊の方から簡単な声は掛けたのだが、ルトは反応アクションを起こす気配を見せない。もう一度この場所で彼女と夜を過ごしたいと願った少年であったが、このような形ではない。稲豊は心の中で涙を流した。


 先程の場面キスシーンを目撃したのか?

 当然の疑問が稲豊の中で膨らんでいくが、満月を肴にヒャクの果汁を飲むルトの横顔からは、何の感情も読み取る事が出来ない。



「ル、ルト様? 何か欲しいツマミなどありますか?」



 沈黙に耐え兼ねた稲豊が開口するが、やはりルトからの返答は無い。

 文句の一つでも言われたならば、すぐにでも謝罪する覚悟のある彼だったが、沈黙ではどうすれば良いのか分からない。


 

 下手に謝罪して藪蛇を突く訳にもいかず、稲豊にとって生殺しのような時間が続く中……。


 

 その終わりの言葉は、唐突に彼の耳に飛び込んできた。




「シモン=イナホ。何を隠している?」




 ここに来て初めて彼女が発した言葉は、稲豊を追及する言葉。

 先程のマリーとのやり取りを思い出し、赤面して狼狽する稲豊はなんと答えて良いのか分からない。彼はしどろもどろになりながら「あの」や「その」など言葉にならない音を洩らした。



「言い方を変えよう。お前は――――」


「いやえっと! さ、さっきのはですね!?」



 追及の手が休まらない事を察した稲豊は『最早これまで』と、土下座フォームへと移行する。謝罪の言葉を述べようと口を開いた彼だが、結局その言葉が発せられることは無かった。



 続くルトの言葉が――――




「何故、闇を孕んだ?」




 稲豊の深淵に触れるものだったからである。




「……へっ?」



 何の事を言われたのか理解できない稲豊は、土下座の状態で間の抜けた声を出す。

 ルトに促され立ち上がった後、彼は呆けた顔で白髪の少女を見つめた。

 


「理由に見当はついておるが、お前の口から聞きたい」


「な、何の事ですか? 俺は何も……」


「隠していないと申すか? では何故――――」



 彼女が向けてくる真摯な眼差しから、稲豊は逃げるかのように視線を逸らす。

 目を合わさなければ追及も来ないかも知れない。そんな彼の浅はかな考えは、当然ルトに及ぶはずもなく。本気で躱すつもりならば耳も塞ぐ必要があったのだと、稲豊はすぐに後悔する事になる。




「“アリスの谷での事”に……何も触れないのじゃ?」



 傷口にでも触られたかのように体を跳ねさせる稲豊。




「大体の事情はタルタルから聞いた。妾は怠惰だと自負しておるが、使用人達の状態は把握しておるつもりじゃ。普段通りのお前なら何かしらの反応を見せたはず。なのにお前の口から出るのは誘拐事件の話のみ。更に決定的なのは……、時折り覗かせるお前の闇じゃ」


「――――闇?」



 ヒャクの果汁入り瓶を手摺てすりに置いた後で、ルトは「自覚が無いのか」と、ため息と共に呟く。そして眉を顰める少年の方へ再度向き直ると、自覚の無い稲豊にも理解出来るように授業を開始した。



「体内の魔素が随分と澱んでおる。離れておれば分かり難いが、お前の傍に寄るとそれが良く分かる」


「……澱む?」


「うむ。魔素は精神の影響を色濃く受ける。攻撃的な性格の持ち主には炎の様な魔素が、冷静な者ならば水の様なといった具合にな。今回澱んでいるのは体内での話じゃが、妾ぐらいになるとその流れを感じる事など造作も無い」



 鸚鵡オウムのようになってしまった稲豊の質問にも、ルトは親切丁寧に説明する。

 しかし、説明を聞いた今でも稲豊は『何の事なのか理解出来ない』。そんな心の声が聞こえて来そうな表情のままである。「ならば」とルトは遣り口を変更する事にした。



「ではシモン。質問を変える。今回お前は魔物の脅威に晒された訳じゃが、魔物についてどう思う? やはり恐ろしいか?」


「いえ。それは全く。寧ろ魔物も人間と同じなんだなって、共感を覚えたぐらいです」



 それは稲豊の正直な感想である。

 転移当初ならいざ知らず、今の彼は魔物に対する恐怖心はかなり薄れていた。

 人も魔物も変わらない。寂しくなったら人間と同じように誰かの気を引こうとするし、情が揺らいで心変わりをする事もある。やり方に問題があっただけの今回の事件は、稲豊の中の魔物観を揺るがす程のものでは無かった。



「そうか。ならば次はこの世界の“人間”についてどう思う?」



 魔物への不信を感じさせない稲豊の言葉に、ルトは顔を綻ばせながら次の質問に移る。



「タルトやスフレなんかはしっかりしているし、非人街の人達も働き者です。パイロなんかは良い奴だし、オサなんかは見てて面白い時もありますしね。皆良い人達だと思ってますよ」


「ふむ。良い答えじゃ」



 皆の顔を思い浮かべながら語る稲豊。

 その瞳は温かく、表情も穏やかなものだ。



 そんな彼の言葉を聞き届けたルトは、敢えて一呼吸置いてから、件の質問を稲豊に投げ掛ける。



「では楽園の(エデン)国の兵士。つまりは――――“敵”についてどう思う?」


「死ねば良いと思います」



 突然の物騒な言葉に、覚悟を決めていたルトですら軽い驚きを覚える。



「問答無用で魔物()を殺しておいて悪びれもしない。惑乱の森にも大挙して押し寄せて、ネブの大切な物を根刮ぎ奪っていく。あんなゴミ達、生きている価値なんか無いです。皆死んでしまえば良い」



 憎々しげな表情で淀み無く話す稲豊は、言い終えた後に大きく目を開く。

 無意識の内に発したその言葉に、彼自身が驚愕したのだ。



「奴らにも理由があると思うがの?」


「理由があれば殺しても良いんですか? どんな理由があろうとも! あいつらは正義なんかじゃない!! 外道以外の……何者でもない!!」



 しかしそんな驚きも、次の質問では虚空へ消える。

 降って湧くドス黒い感情に支配され、稲豊は自然に語気を荒らげた。



「マリーとは違うのか?」


「彼女は食材(俺達)への最低限の気遣いを忘れていなかった! あいつらとは違う! 他者を凄惨にゲーム感覚で殺せるあいつらなんかとは全く違う! あんな奴ら、一人残らず“同様に”死んでしまえば良いんですよ!!」


「気持ちは良く分かるのだがなシモン。彼奴はそれを――――望むのか?」


「――――――――あ」



 そう言ったルトが何処からともなく取り出したのは、緑の帽子。

 独特な形状フォルムをしたその帽子は、アリスの谷を最後に何処かへいったはず――? 彼は先程までの勢いを完全に失い、ルトに渡されたそれをただ呆然と眺める事しか出来ないでいた。



「それはマリーの屋敷の貴様の部屋に置いてあった物じゃ。それが何を意味しているか分かっておるのか? その帽子を運んだのはシモン……、他でもないお前だ。タルタルにも確認したので間違いない」


「……俺が?」



 アリスの谷からマリーの屋敷まで、稲豊はずっとその帽子を握りしめていた。にも関わらず、彼の記憶の中に緑の帽子は存在しない。混乱の極みに立たされる少年だが、その疑問に答えてくれたのは目の前の少女であった。



「お前は敵の非道を目の当たりにし、それと同時に心の中に狂気()を宿した。しかし、ドがつくほどの博愛主義者だった彼奴は復讐など望まない。だからお前は無意識の内に目を逸らしておったのじゃよ。醜い自身の感情を、例え奴がいなくなった後とはいえ……見せたくなかったんじゃろうな」



 手の中の帽子を再び握りしめる稲豊。

 ルトの言葉に顔を上げた彼であるが、何を言って良いのか分からず、只々困惑した表情を浮かべている。



 そんな何処か可哀想な少年に、ルトは両手を広げて優しく語り掛けた。



「この二ヶ月間、お前は本当に良くやってくれた。だがその分、お前が苦しんでいる事も知っておる。魔物との生活は大変だったはず、元の世界へ帰る手段が見つからず不安だったはず、両国間の戦争に巻き込まれ辛かったはず。なのにお前は、それをずっと口にも出さず耐えてきたな?」


「そ……こと……」



 胸の内から湧き上がる感情に喉を支配され、稲豊の声は掠れて言葉にならない。



「だがなシモン? 妾はお前の主だ。お前が辛いのは……妾だって辛い。だから吐き出せ。闇だろうがなんだろうが、妾なら受け止める事が出来る。妾の前でくらい――――」



 慈愛を浮かべた表情のまま、ルトは少年に救いを与える。



「泣いても良いのだ。シモン」



 稲豊は普段そうするように仮面の笑顔を浮かべようとしたが、それは眉が下がり口角が引きつる不器用なものとなった。そして心の堰から溢れる大波に攫われるように、偽りの仮面は流されていく。その下に隠されていたのは、紛れもない稲豊自身の素顔であった。



「あ……くっ……っ……!」



 押さえきれない涙が両目から流しながら嗚咽する彼を、ルトは慈しむように抱擁する。稲豊は力を込めて抱擁を返しながら、この世界に来て誰にも見せ無かった弱い心を、主の前で全て晒け出した。



「この世界に来て……辛かったです。魔物に拾われて恐ろしかった……です。元の世界に戻りたいのに、どうすればい良いのか分からなくて……不安で……やばいぐらい苦しくて。親父や母さんの事を思い出さない日なんかなくて。でも……逃げ先すらどこにもなくて……」



 今までの苦しみを次々と吐露する稲豊。

 ルトは瞳を閉じて、静かに彼の言葉に耳を傾ける。



「そんなどうしようも無い俺にも……皆は魔物なのに優しくて! 今度は皆に嫌われるのが怖くなって……捨てられたらどうしようって、毎日考えるようになりました。でも最近は……ようやく、自分の境遇を受け入れる事が出来るようになったんです。ようやく適応して来たって……思ってたんです。そんな中、あいつに出会って……」


「うむ」


「レフト……あいつ。本当に良い奴だったんです。魔物なのに……人間よりも……人間らしくて。過ごした時間は短かったけど、俺はあいつが好きでした。あいつがどう思っていたか知らないけど、きっと俺達は親友になれた!」



 アリスの谷で別れて以来、一度も浮かばなかったレフトの姿が止め処無く稲豊の脳内を駆け巡る。それはまるで、押さえ込んでいたものが溢れ出したかのよう。やがてそれは、彼の最期の姿へと集約される。稲豊は一際強くルトを抱きしめた。



「レフトを惨殺した奴に、復讐してやりたいです!! でも……それをあいつは……きっと望まない……! ルト様……俺はどうしたら良いんですか? 悔しいです! 悲しいです……!! でも、俺は……弱い!! あいつに何も……してやれない……!」



 感情も涙も吐き出し尽くした稲豊の頬を、ルトは優しく撫でる。

 そして、互いの顔が見える位置まで体を離すと、穏やかな声で彼に語りかけた。



「シモン。彼奴の遺志を汲む方法が一つだけある。お前にしか出来ない上に、それはお前の為にもなることじゃ」


「…………え?」



 そんな方法があるというのだろうか?

 稲豊はハッと面を上げ、ルトの顔を見る。眼前にある自信に溢れたその瞳に、彼は確かに希望を見た。



「お前は知っておるな? 失踪した我が父が、我ら姉妹に託した願いを」


「…………最悪の食糧問題……その解決」



 魔王が娘に託した願い。

 それがどう自分と関係してくると言うのか? 稲豊は縋るようにルトの次の言葉を待った。



「それをお前と妾で解決するのだ」


「お、おれ? 俺なんかに一体……何が……?」



 あまりに予想外なその答えに、驚いてルトを見返す稲豊。

 しかし彼女の顔は冗談を言っているようには見えない。



「お前は既に問題解決の答えに辿り着いておる。マリアンヌの屋敷でのプロポーズを思い出せ。お前はあの時、マリーに何と申した?」


「あ、あの時……?」


「こう言ったのだ『人間よりも美味い物を作ってやる』。舌の肥えた異世界よりやってきた、舌の肥えたお前にしか出来ぬ究極の料理。それがこの世界の食糧問題を解決へと導くのだ」


「……究極の料理」



 魔物は人間が美味いから人を襲う。

 だったら、それ以上に美味い物が身近にあったらどうか?


 答えは明白である。

 誰が危険を犯してまで人間を襲うものか。

 

 それは確かに食糧問題の解決に大きく貢献するだろう。

 稲豊には光明が見えた気がした。



「魔物が人を襲う理由が無くなったのなら、人とて魔物を襲う理由が無くなる。そこで妾は魔王としてエデンに和平を申し出る。和平が通った時が、父上の悲願が達成した時じゃ。それは妾の願いでもあるし……、レフトの願いでもある」


「レフトの願い……。でも、そんなに上手く……いくんですか?」



 当然の疑問を投げ掛ける稲豊に、ルトは苦笑交じりに鼻息を荒く吐き出す。

 


「無論、問題は多々あるだろう。茨の道には違いない……、だがそれは唯一の希望でもある。藁にも縋る思いじゃが、分の悪い賭けだとは思っておらんぞ? 何せ妾にはお前がおるからの」



 いつもの悪戯な笑みを見せたルトは、再び真剣な表情へと戻る。

 そして稲豊の瞳を真っ直ぐに見つめ、いつにない真面目な声色で語った。



「シモン。誓約を結ぼう。お前は食糧問題解決の為に、究極の料理を完成させる。そうすれば妾は……、お前を元の世界に戻してやろう」


「元の世界に戻れるんですか!?」


「うむ。方法はまだ言えんが、必ず戻してやる」



 断言したルトの言葉に、稲豊は内心で喜びに舞い上がったが、手放しで喜んでもいられない。『究極の料理』そんな物をこの不味い食物ばかりの異世界で、本当に自分が作り出せるのだろうか? 難しい顔をする稲豊を見て、ルトは自身の言葉を疑われたのかと少し憤慨を覚える。




 そんな彼女が次に取った行動は、稲豊の思い掛けないものであった。




「疑うのなら。信じさせてやろう」



「何を? ――――んっ!?」




 あろう事か彼女は、稲豊の顎を両手で優しく抑えると同時。

 唇同士を強く触れ合わせた。


 目を白黒させる稲豊だが、次の瞬間に更なる衝撃が稲豊を襲う。

 少し開いた彼の口内に、熱く湿り気を帯びた何かが侵入し、稲豊の舌先をチロリと撫でたのだ。


 それがルトの舌だと気付いたのは、彼の中に彼女の『状態』が流れ込んで来たからである。その中身は『信頼』と『真実』。マリーの時とは違い、嘘をついているようには感じなかった稲豊だが、今はそれどころではない。彼女が唇を離すまで、稲豊の頭は完全に溶かされていた。



「どうじゃ? お前になら分かるだろう?」


「は、はひ! えと……歳。俺と同じなんですね」


「ほぅ? そんな事まで分かるのか。面白い能力じゃの」



 これ以上ないぐらい顔を真っ赤にする稲豊。

 それに対してルトが浮かべるのは妖艶な笑み。


 しかし、ここで押し負けるようでは漢が廃る。彼は気合で煩悩を押し込めて、真剣な表情を浮かべる。それに釣られるかのように同様の表情をする彼女に、稲豊はハッキリと告げた。



「俺は元の世界に戻りたい。レフトの遺志を汲んでやりたい。マリーとの約束を果たしたい。貴女の役に立ちたい。だから……誓います! 俺は『究極の料理』を作ります。今すぐは無理でも、いずれ必ず作ります!」


「良く言った。それでこそ妾の見込んだ料理人コックじゃの!」





 自信に満ちた彼女から勇気を貰った稲豊は、ここにルトとの誓約を立てる。





「シモン。共に歩むぞ? この茨の道を」



「ええ。何処までもお供しますよ。この『メシマズ異世界の食糧改革』を!!」




 人間の少年と魔物の少女が食糧改革を目指す物語は、



 今この瞬間から――――動き出したのである。

















長くなり過ぎた三章もようやく終わりを迎えました。

コレも、こんな際どい物語を読んで頂いている読者様あってこそです。

本当にありがとうございました!

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