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メシマズ異世界の食糧改革  作者: 空亡
第三章 魔王との誓い

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第64話  「地味に辛い」

 時間は飛び、皆の夕食後の自由時間フリータイム

 大体の者が客間に集まり、各人各様の時を過ごしている。



「ハニーは何処に行きたいん? やっぱり新婚旅行は西の方がええ? でもその前に式が必要やね! やるなら城で盛大にやりたいなぁ」


「拒否する。というか、いい加減離れろ」


「イケズやなぁ。でもそんなハッキリ言える所も、ハニーの魅力やね!」



 その中でも一際目立つのは、やはり稲豊とマリーの座るソファーだ。

 端まで寄った彼の左肩に頭を置き、ハートを全身から飛ばしながら、マリーは甘い声で稲豊に愛を囁き続ける。彼女の甘い言葉と匂いに耐えながら、少年は頑なに拒否を続けていた。


 近くの椅子に腰掛ける慌てんぼうのメイドやミアキスがチラチラと目を見やるのは、一番豪華な椅子で本を読む屋敷の主人である。白髪の彼女は心を読ませない無表情で、淡々と本のページを捲っている。



「王手で御座います!」


「むっ! 持病の腰痛が!! 待って頂きたい!!」



 アドバーンと三つ目のメイドは少し離れた位置で、稲豊お手製の将棋に没頭している。彼等だけは室内に漂う甘い空気など我関せず。独自の空間を作り上げている。



「イナホ様! どうですか!」



 そんな言葉と共に部屋に飛び込んで来たのは、タルトの手を引いたナナ。

 稲豊に説教をして、その際に誤解も解けた彼女の機嫌は既に戻っていた。



「へぇ。良く似合ってるじゃないか!」



 最初何の事を言ってるのか分からない稲豊であったが、視線をナナの後ろに隠れる黒髪の少女に逸らせば、それは一目瞭然。タルトがその身に纏っていたのは、屋敷に来た時の年季の入った服ではなく、ナナ渾身のドレスだったのだ。



「…………ほんとう?」


「ほんとほんと! お姫様かと思った!」



 ピンクと白のドレスに身を包むタルトの姿はとても可愛らしい。

 所々にある子蜘蛛のアップリケが少し気になった稲豊だが、そこは個性オリジナリティーという事で目を瞑った。稲豊はソファーを離れ、タルトの頭を撫でながら賛美の言葉を贈る。俯いた少女の表情は彼からは見えないが、満更ではないものに違いなかった。



「……ハニーは幼女に対してなんや優しない? ウチと対応が全然ちゃうやん」



 そう不満を零したのは膨れ顔のマリーである。

 


「好感度の差だな。優遇して欲しければ選択肢は慎重に選べ」


「好感度は負けても、胸の大きさなら負けへんで! ハニーやって身近におるんはおっぱいの大きい娘の方がええやろ? ここを辞めてウチの屋敷に来ぉへん? 給金なら言い値で払うで!」


「だから何でそういう選択肢を選ぶんだよ!? 周囲の反応から自身を省みろ!」

 

「ん~?」



 マリーは稲豊の言葉のままに周囲の者達へと視線を走らせる。タルトは俯いたままなので良く分からないが、その後ろのナナは膨れっ面。二人のメイドは“やれやれ”といった感じでため息を吐き、ミアキスとアドバーンにすら同様の仕草を向けられる。



「ウ、ウチ悪くないもん」 



 それでも否を認めないマリーの態度に遂に業を煮やしたのは、読んでいた本を荒々しく閉じたルトである。びくと跳ね上がった愚かな妹に対し、姉はドスの利いた声を言い放つ。



「妾の前で聞き捨てならん言葉を放った挙句に、全く悪びれないその姿勢。貴様はほんに妾を怒らせる天才じゃのぅ」


「た、ただ誘惑しただけやん! 成功した訳でもないのに、そんな目くじら立てんでも――――」


「そちらではない。例え我が使用人が引き抜かれたとしても、妾は貴様を責めようとは思わん。心を繋ぐ事の出来なかった妾の責任じゃからな」



 呆けた顔で首を傾斜させるマリー。

 その仕草に更に感情を刺激されたルトは、声のトーンを上げて糾弾する。



「……悪かったな? 胸が小さくて。しかし、胸に脂肪をつけているのがそんなに偉いのか? だとしたら牛は神か何かか?」


「そ、そこまでは言ってへん……」


「黙れ。貴様にはあまり反省が見られないようじゃから、やはり罰を与える」


「そんな殺生な!? 許してくれるて言うたやん!」



 眠れる獅子の逆鱗に触れてしまったマリーは「気にしてたんか?」とは口が裂けても言うわけにはいかず、抗議の言葉で我慢する。

 


「マリー。思い出してもみろ? 許すと言ったのは妾だけじゃ。事件の被害者二人は、まだお前に対して言及しておらんぞ?」


「ほえ?」



 間抜けな声を出して、タルトと稲豊の二人に顔を向けるマリアンヌ。

 二人は横並びになり、何か相談をしている様子。場の不穏な空気を察し、二人に無言で笑顔を送る被告マリーだが、返ってきたのは笑顔ではなかった。



有罪ギルティで」


「判決が出たな」


「ええっ!? んなアホな!」



 稲豊の言葉に反応したルトが指を鳴らすと、まるで示し合わせたかのように傍観していた者達が動き出す。そしてたちまちの内に、マリーは大の字でテーブルの上へと寝かされる事となる。両腕にはミアキスとアドバーン、両足にはメイドの二人だ。



「……おいたわしやマリー様」


「そう思うんやったら助けんかい! アドバーン!!」


「さっきの発言はどうかと思いますわ。お嬢様」


「あんたも事件の共犯者やんか! なっとくいかへん~!!」



 身を捩るマリーだが、幾ら彼女の怪力でも両手両足を押さえられては動けない。

 そんな彼女の様子を堪能したルトは、次にある魔法を指先に込める。それは仄白い淡い光を放ち、マリーの背筋を凍らせた。



「やっ! ちょっ! 何する気なん!?」


「すぐに分かる」



 素足にされたマリーの両足裏にルトの光る指先が一度ずつ触れると、その光は虚ろになりやがて消える。目を力強く閉じて来たる異変に備えるマリーだが、いつまで経っても体に異常は見られない。不思議に思う彼女を放置し、ルトは黒髪の少女の元へと向かった。



「本当にこれで良いのか? 妾としてはもっと厳しい罰でも良いと思うがな?」



 ルトの最終確認に、タルトは頷き「これでいい」と一言。

 

 何故こんな事態が引き起こされたのか?

 それはこの屋敷に戻る際の、猪車での移動時間まで遡る。



:::::::::::::::::::::::::::



 稲豊、ミアキス、タルトの三人が乗車する猪車内部。

 それは少年の一言から始まった。



「悪いなタルト。俺だけスッキリしちゃって。お前だって何か思う所はあっただろうにさ?」


「……おもうところ?」


「えっとつまり……。まだ気分は晴れていないっつーか。お前だってあんな目にあったんだから、仕返しの一つぐらいしたかっただろ?」



 半ば稲豊が予想していた事ではあるが、タルトは首を左右に振った。

 そして続く「怒っていないのか?」という質問に対して、今度は首を縦に振る。



「無駄だ少年。非人街の者達は理解しているのだ」


「理解?」



 無表情でそう語るミアキスに、稲豊は怪訝な顔で聞き返した。



「彼等はこの魔王国において、自分達が身分制度カーストの一番下にいる事を理解している。上級魔族に身を捧げるのは当然の事で、恐らく今回少年が関わって居なければ、少女は何の抵抗も無く食われていただろう」


「こんな幼いのに……、そんな覚悟を普段からしているって言うんですか? そんなの……」


「だがな少年? 敵国の者である事を考慮すれば、この扱いはかなり優遇されていると言えるのだ。我等魔物がエデンの連中に捕まれば、情報を抜かれた後に殺される。それが例え、この少女のような幼子でも……な」



 少年の居た世界とは違う、この異世界のコトワリ

 平和ボケを自覚している稲豊だが、この時ばかりは戦争を憎んだ。そしてそんな理なんかにも負けたくない、彼は自らの理を持って少女を諭した。


 

「タルト。そんな処世術、俺は嫌いだけど理解は出来る。“仕方ない”なんて諦めたくは無いけど、俺は自分の弱さ()ぐらい自覚してる。何にも出来ないかも知れない。でもそんな弱い人間だって、心の底ぐらいは正直に生きるべきだ。心までは、理不尽に飲まれるべきじゃない」


「…………よくわかんない」


「つまりはあれだ! 嫌な事やられたらやり返せ。一方的にやられるだけなんてフェアじゃない。今日に限っては相手が魔族だからとか気にするな。お前のやりたい様にやれ」



 稲豊の言葉に動揺を見せるタルト。

 それは少女の心の奥底のある感情を刺激する。



「お前が優しい事は良く知っている。でもな? ただ言う事を聞くだけが優しさじゃないと俺は思う。間違っている相手や悪い事した奴には、ちゃんと叱ってやるのが本当の優しさ…………の様な気がする」


「少年。そこは最後まで自信を持って伝える場面だと思う」


「すみません。俺って人に言えるほど優しい人間じゃないなぁ……って考えたら、何か悲しくなって来て……」



 卑怯者で小心者な稲豊は深く頭を垂れて落ち込むが、小さな手に頭を撫でられた事により面を上げる。



「…………イナホのいうこと、なんとなくわかった。でも、食べるのはイヤ」


「いやいや。何も同じ事をやり返せって言ってるんじゃない。タルトなりの説教(仕返し)をすれば良いんだよ。自分の心に正直にな?」


「――――じゃあ」



:::::::::::::::::::::::::::



 そして時間は現在へと戻って来る。


 

 皆で口裏を合わせた作戦は、計画通りに事を進ませていた。



「ハニー助けて~!! なんやよう分からんけど嫌な予感する~!!」



 助けを懇願するマリーを余所に、稲豊はタルトに羽根ペンを手渡す。

 それを手にした少女はテーブルへと近付き、一度稲豊とルトの顔を確認した後、お仕置きを実行した。



「…………こちょこちょ」


「きゃあ!? んん!? あっ! や、止めて~!!」



 ルトから聞いた弱点、足の裏をタルトに羽根ペンで擽られ悶絶するマリー。

 ただでさえ敏感な箇所なのに、ルトの感覚魔法により感度を三倍にまで上昇させられているのだ。稲豊は地味だが強烈な罰に、地味な戦慄を覚えた。

 


「もっ! 本当!! ウチが悪かったから!! 堪忍して!!!! あきゃっ! ヒャッ!!」


「…………もう悪いことしない?」


「せ、せえへん!! タルトちゃん達には手ぇ出さんからぁっ!!」


「イナホを困らせない?」


「困らさへん~! ハニー! ウチそんな嫌な娘や無いよね!?」



 顔を真っ赤にして問い掛けるマリーだが、稲豊が手に持っている物を見て驚愕に目を大きく開く。それはまさかの二本目の羽根ペン。何に使用するのか? 火を見るよりも明らかである。



「ナナ。風呂に入るんで、俺の分はお前が代わりにやっておいてくれ。足は二つあるからな」


「はい! 任せて下さい!」


「はぁ!? おかしないそれ!! ハニーの方がええ~!!」



 ナナは受け取った羽根ペンをユラユラと揺らしながら、悪意の含んだ笑みを浮かべる。殺気を感じて更に身を捩るマリーだが、周りの者達はビクともしない。それはまるで生物で出来た錠のよう。



「タルトちゃんは右足お願いします! ナナは左足担当するね!」


「……わかった!」



 打ち解けあった少女二人が楽しそうに悪戯をする姿を背に、稲豊は微笑みを浮かべながら客間を出る。その際に「せめて見てって~!」とマリーの悲鳴が聞こえて来たが、彼は素知らぬ振りをしてその場を後にした。


 この仕置によりトラウマを刻まれたマリアンヌは、それから少しだけ大人しくなったという――――

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